023.装備ショップとメカクレの秘密

日の落ちたハウジングエリアを歩いている。


ハウジングエリアは夜でも街灯の明かりで歩くのに困らないくらいの明るさは確保されていて、ついでに各々の家の照明と庭具でこの辺りは街中と同じくらいの明るさがあった。


その中の一角、剣と盾を重ねた看板のお店が今日の目的地だ。


「こんばんはー」


「いらっしゃいませ~」


中に入って挨拶すると、元気な声が出迎えをしてくれる。


今がゲーム内時間では夜だし、リアル時間でも夜だけど特に問題なくプレイヤーズショップは営業しているところが多い。


というかリアル昼に営業してる所の方が珍しいか。


「それで今日はどうしたっすかー? この前のパッチで追加された装備ならキャスターのドレスがオススメっすよー。まああれはID産なんで売れないっすけどね!」


小人族でキャラクリして、緑のショートヘアが特徴的な彼女はこのお店の店主さん。


この店は装備全般を扱う武器防具屋だ。


といっても実際にクラフトするよりはコーディネートを提案してくれるっていう方がメインのお仕事だけど。


彼女とは偶然お店に招待されて、それからたまに顔を出している程度の顔見知りな関係。


ちなみにフレンド登録はしてない。


リアルじゃちょっと関わるのがめんどくさくて敬遠したくなりそうな勢いで喋る彼女も、ゲームの中のロールプレイだと思えばさほど気にならない、かな。


「アタシはリアルでもこんな感じっすけどねー」


「リアルの話はいいから。今日はあたしじゃなくて彼女の装備を見に来たの」


その彼女というのは、あたしの後ろに隠れているクロちゃん。


今日はいつもの三人組ではなく、クロちゃんと二人きりだ。


「ありゃりゃ、気付かず申し訳ないっす。アタシはこの店『緑一色』の店主、ミドリっす」


雀荘かな?


「ちなみに雀荘じゃないっすよ」


アッハイ。


ちなみにこのゲームにはショップ経営のためのシステムなんてないので当然店名を設定するところなんかもないんだけど、実際に自分のお店に名前を付けているプレイヤーは多い。


そもそも店自体がロールプレイなのもあるけど、お店の名前をアピールして覚えてもらうという一連の流れには無視できない程度の営業効果があるらしいよ。


「それで本日はどういった装備をご希望っすか?」


「クロちゃんがホーリーナイトを新しく始めるから、それ用に一式よろしく」


「はいはいっすよ~。どういう装備が良いとかリクエストはあるっすか?」


「鎧で……、できれば色は白がいい……、です」


「やっぱりホーリーナイトは白が人気っすよねー」


まあイメージカラーだしね。


「じゃあまずはこんな感じでどうっすかねー」


並べられた三体のマネキンに、それぞれ鎧が着せられていく。


左は鎧ではあるけど動きやすさ重視って感じのデザイン。


真ん中はアプリゲーの高レアキャラが着てそうなカッチリとした鎧。


右は地肌が全く見えないし布の繋ぎ目もほとんどないフルプレートメイルだ。


ここまでくると一周回って最低レアのキャラが着てそうな感じ。


『お前……、女だったのか!?』展開をやりたいならこれ一択だろうけど。


並べられた三つの鎧でクロちゃんが選んだのは真ん中の物。


まあ一番無難だよね。


ということで左右の鎧はしまわれて、そこに全身鎧でも地味なのと派手なのが着せられる。


真ん中と合わせてR、SR、SSRって感じだ。


「これならどうっすか?」


「ん……、真ん中……、かな……」


「わかりましたっす。それじゃあ今度はこの鏡の前に立ってもらっていいっすか?」


「はい……」


指定されたのは高さが2メートルほどある全身鏡。


クロちゃんがその前に立つとミドリさんがシステムウィンドウを操作する。


「とりあえずこんな感じっすかねー、ここのボタン押してもらっていいっすか?」


頷いたクロちゃんがウィンドウをタッチすると、鏡の中の姿がぱっと切り替わる。


「わっ」


「結構いい感じじゃない」


「そうっすね、よくお似合いっすよ!」


実際に着ている装備はそのままだけど、鏡の中のクロちゃんはホーリーナイト用の騎士鎧を着ている。


リクエスト通りに白と銀を基調に、所々金色で装飾されているその装備は『The 王道』って感じで悪くない。


変化球に走るのは王道に飽きてからでいいしね。


「スカートはいらないっすかね? こんな感じっすけど」


ミドリさんがウィンドウを弄ると他はそのまま脚部分の装備だけ鎧からスカートに切り替わる。


「これは……、あった方が嬉しいかも……、です……」


「じゃあ脚はこっちの方向っすね。 マントはどうっすか?」


「これは……、いらない、かも……」


「マントは抜きで、了解っす。あとはー」


言いかけたミドリさんの目に留まったのはクロちゃんの前髪。


ぶっちゃけ邪魔じゃない?って聞きたくなるくらいに前髪が鼻先近くまで届いていて目を完全に覆い隠している。


いわゆるメカクレキャラな髪型だ。


「髪型変える予定とかってあるっすか? もしくは自動で髪がまとまる装備とかもあるっすけど」


「それは……、ちょっと恥ずかしい……、かも」


「そういえばあたしもクロちゃんの目見たことないかも」


なんて意識すると、俄然見たくなってくるのが人の心というもので、後ろから近づいて肩に手を置く。


「ちょっとだけ、見てもいい?」


「う、う~……」


だめかな……?


「……アイさんなら、いいです」


「やった」


勝利のガッツポーズをしてから、クロちゃんの前に回って少し屈み、その前髪を横に分ける。


「おお~」


「あ、あんまりじっくり見ないでください……」


「ふふっ、クロちゃんの素顔かわいい。左右で瞳の色がちょっと違うんだね」


「はい……」


おそらく本人のキャラクリにおける拘りポイントなんだろう。


普段は隠されている分、見れるとちょっと得した気分。


「うん、ありがと」


「どういたしまして……」


ということで手を離すと再び前髪がパサリと落ちて目が隠される。


「あの……」


「ん? どうしたの?」


「目、出した方がいいですか……?」


「んー、クロちゃんがしたい方で良いと思うよ。目が隠れてるクロちゃんもかわいいしね」


「はい……、ありがとうございます」


あとメカクレの目を出すと過激派に怒られそうで怖いし。


「それじゃそろそろ続きいいっすか~?」


「うん、お待たせ」


ということで最終調整と、それに合わせて剣と盾もコーディネートしてもらう。


「もうちょっとだけ……、派手さは抑え目がいいかもです……」


「じゃあここを変えてみるっすねー」


「あっ、はい……。こんな感じで……」


「おつかれー」


出来上がったコーディネートは姫騎士っていうほど煌びやかではないけれど、馬に乗って指揮を執っているのは似合いそうなくらいの品の良さを感じられる。


「うん、よく似合ってる」


「ありがとうございます……」


といってもまだ鏡への投影で試着している段階で、実物は着てないんだけど。


「じゃあ用意するんで少々お待ちくださいっすー、染色も一緒にやっとくっすね~」


「うん、よろしく」


選んだ装備には元々は白じゃなく、染料で色を変えてコーディネートされてた物もあったので、ちゃんと染めないとチグハグな色になってしまう部分もある。


カンカンとハンマーを叩く音を聞きながら、最終決定の装備一式を確認すると全身で予算抑え目の構成になっているのに気付いた。


クロちゃんは新規感あるしホーリーナイトも新しく始めるって言ったから気をまわしてくれたのかな。


まあ予算はあたしが出すつもりだったけど、それでも奢る金額は安い方がクロちゃんの心理的に優しいだろうし。


「さて、アイさんは気付いてると思うっすけど、クロさんにはひとつやってもらわないといけないことがあるっす」


作業を終えて戻ってきたミドリさんがこちらを見ながらそんなことを言う。


「やること……」


「そうっす。実はこの腕装備はID産なので自力で取ってもらわないといけないっす」


ID産装備はトレード不可バザー不可なので、オシャレしようとする数々のプレイヤーを苦しめてきた歴史があるのだ。


「まあその辺は大丈夫。あたしが一緒に周回するから」


「なら安心っすねー」


ということで会計を済ませてお店を出る。


ちなみに金額は材料費+加工費+コーディネート代の合計。


といっても何万もある装備から要望通りの物を選ぶ技術料と、一人につき何分も接客する手間と時間を考えたら原価から盛られてる額は微々たるものかな。


「それじゃ今日はありがとね。また何かあったらよろしく」


「ありがとうございました……」


「どういたしまして! またのご来店お待ちしてるっすっすー」


ミドリさんに見送られてお店を出る。


クロちゃんは買った装備はまだ身に付けずに元の装備のまま。


どうせ着るなら一式揃えてからの方がいいよねって話。


どっちにしろ今日揃えた装備は重ね着にするから、他にレベルに見合った性能の装備は用意しないといけないしね。


「それじゃあID装備取りに行こっか。クロちゃん時間は大丈夫?」


「はい……、ちなみに時間はどれくらいかかりそうですか……?」


「限界突破の1周10分として、多分一時間もあれば終わるんじゃないかな」


「ふえぇ……」


まあこれでも古のMMOのドロップ周回と比べたら本当にすぐ終わる方。


あの頃は単位が時間じゃなくて日とか週とか月とかだったしね。


流石に年はそんなになかったけど。


なんて懐古ネタは置いておいて、準備を済ませてクロちゃんを見る。


彼女も準備はオーケーのようなので、景気付けに二人で拳を突き上げた。


「それじゃ、がんばろー!」


「おー……!」


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