021.リラックスタイム

「んー……」


あたしの頭の下、膝の上に頭を乗せたリサが低く呻き声をあげる。


場所はあたしのマイホーム。


普段はソファーで膝枕される側のあたしが、今日はリサを接待していた。


「いい加減切り替えなさいよ」


「うー……」


リサがぐずってるのはアルチの結果が望み通りじゃなかったことが原因。


5位でも十分立派だと思うけどね。


そもそも数十万人が遊んでるゲームのトップなんて取ろうと思って取れるもんじゃないだろうと思うわけなんだけど、本人的には手を伸ばせば届く範囲な扱いらしい。


はー、ゲーム上手い人間は羨ましいですなー。


なんて嫉妬の一つでも言いたくなるというか、一周回ってレベルが高すぎてそんなこと言う気も失せるというかそんな気分だ。


「んん~~~……」


そもそも結構な頻度であたしの所に来てるのに世界一とか目指せるのかって疑問になるんだけど、このゲームは人間性能偏重だから強くなるのに長時間の拘束は必要ない、らしい。


まあ人間性能っていっても運動神経とかじゃなくてゲームに強い思考力と判断力のほうらしいけど。


装備も用意するのに苦労するわけじゃないらしいしね。


らしいらしいって伝聞調ばっかりじゃんと思うかもしれないけど、そもそもエンドコンテンツプレイヤーの更に上澄みの事情なんて知らないんですわ。


ということでエンドプレイヤーの悲哀なんて知らないんだけど、だからといって関係ないと切り捨てるには知らない間柄じゃないのでこうして膝枕をしている。


一応リアフレだしね。


しかしこうしてるのも飽きてきた。


リサがへこんでる原因の一端があたしとの約束にあるとしても、部屋で座ったままできる暇つぶしには限界があるのだ。


というわけでシステムウィンドウを浮かせて、なにかないかなーとインベントリの中を眺める。


基本的にあたしは手持ちはきっちり整理しておきたいタイプなのでそんなに無駄なものは入っていない。


消耗品の予備や貴重品、トレード不可のクエスト報酬なんかは倉庫に突っ込んでるし、それ以外はほとんどバザーで処分済みだ。


とりあえず売れる物は全部売って、必要になったら買いなおせばいいってスタンスなので実質バザーが第三の倉庫。


ちなみに第二の倉庫は装備品専用の収納があるからそっちね。


装備の重ね着とかも、基本的には一旦収納にしまってからシステムを使う形になるし一通りそこに入れておけば問題ない。


ということで手持ちはたまに使う補助アイテム、お菓子、飲み物、パーティークラッカー、花火、スクショ現像用のフィルムとかそんな感じ。


子供かっ!


って思うかもしれないけど、たぶん大体のプレイヤーは似たり寄ったりだと思うよ。


当然のように所持品の枠には上限があるので、お菓子を好きなだけ持ち運べないのが一番の不満かな。


子供かっ!


そんなことを思いながら手持ちを眺めていると、他の消耗品に交じってアロマキャンドルがあるのを見つけた。


たしかクエスト報酬で貰ったやつ。


大した値段でもないからあとで捨てようと思ってたのよね。


しかしまあ折角なので、インベントリからそれを呼び出して開封する。


キャンドルという名前の通りに火をつけないといけないんだけど、ここはゲームの中なのでシステム画面から使用すると自然と着火された。


うん、悪くないかな。


今使ったのはオレンジの香りで、美味しそうな空気が部屋に漂う。


焼きたてのトーストにオレンジのジャムのせて食べたくなってきた。


「んー……?」


リサもその香りに気が付いてあたしの太腿に埋めていた鼻先をすんと鳴らす。


「美味しそうな匂い~」


「そうね、何か食べる?」


「うん、あーん」


軽食でも作ろうかって提案だったんだけど。


あわよくばこの体勢から解放されればって思いもあったけど、まあいいか。


なんかあったかなー。


探して見つかったのがウイスキーボンボン。


丁度オレンジジャム入りだったので、それの包みを剥いてリサの口の前へ差し出す。


「あーん。ん、おいし」


甘い匂いを嗅いでたらあたしも食べたくなってきた。


「もういっこ頂戴?」


「一個だけね」


大きな包みに小さな包みで三個入りだったので、二個目をリサに餌やりしてから最後の一個を自分で咥える。


んー、おいし。


「アイちゃんはこういうの好き?」


「逆にチョコが嫌いな人間なんているの? もしいるとしたらそいつは実は地球外生命体かなんかじゃない?」


もしくは犬。


犬ってチョコだめなんだってね。


まああたしはリアルじゃ犬に関わるようなことないから関係ないっちゃ関係ないけど。


そういえば犬耳族はチョコNGなのかな?とちょっと思ったけどまあそんなことないか。


そんな設定付けても誰も得しないしね。


「そうじゃなくて、こっち」


とリサが指さすのはアロマキャンドルの方。


「ああなるほど、そっちね。別に嫌いじゃないかな」


オレンジの香りはたまたま持ってただけで特筆して好きとか拘りがあるってわけじゃないけど。


「じゃあどういうのが好き?」


とリサがのそりと身体を起こしてから、ふっとキャンドルを一旦消して、システム画面からデータベースを開く。


「んー。こういうのとかいいんじゃない?」


あたしが試しに指さしたのはラベンダーの香り。


とりあえずアロマといえばラベンダーのイメージがあるのよね。


なんかリラックス効果がある?らしいよ。


個人的に結構強めの匂いだから逆に脳みそ活性化しない?って思ったりするけど。


「どう?」


リサがウィンドウを操作して試用用アイテムを呼び出して二人で顔を近づける。


「んー、悪くないかな」


「そういえばアイちゃんのうちでたまにラベンダー飾ってたことあったよね」


「あー、あった、かも」


母がそういうのにハマってた時期があったんだけど、あたしがまだ小さかった頃だったかな。


あの頃はリサがランドセル背負ってうちに来てたっけ。


「ランドセルは一回帰って置いてから遊びに行ってたような」


「そうだっけ?」


過去の記憶、意図せず捏造しがち。


正しくは別の記憶と混線して勘違いしてるんだろうけど。




それから何種類も試してみた結果、リンゴの香りが一番好みかなって結論に落ち着いた。


「折角だし素材から作ろっか」


「それはいいけど、必要素材多くない?」


クラフトレシピを見ると、必要な素材は6種類。


装備でも素材は3種類とかで作れたりする物もあるので6種類は普通に面倒な部類。


まあ趣味アイテムだから逆に手間がかかるようにしてあるって可能性もあるけど。


初心者向けの必須アイテムが作るの面倒だとそれはそれで新規に優しくないしね。


ということで要求素材に文句を言うのは諦めて、バザーで各々の素材の値段を確認する。


「いや、たっか」


「あー、ほんとだー」


普通に採集できるリンゴの枝が1個1000ゴールド超えの完全にぼったくり価格であった。


ニッチ素材だからってたかすぎんよー。


「じゃあ自分で採りに行こっか」


「そうねー。よいしょ」


他にぼった値でしか出てないということは、逆に商機でもある。


まあ結局お小遣いレベルの話だけどさ。


なんて思いながら採集装備に着替えて、リサと一緒にテレポートで採集現場へと向かう。


「なんだか悪いことしてる気分になるかも~」


「そうね~」


あたしとリサが隣に並んでパッコンパッコンとリンゴの木の幹へと斧を振り下ろしている姿はリアルなら完全に通報ものだ。


なんで枝を採集するのに幹を叩いているのかと言われれば、システム側で用意された採集方法がこれだから。


正確には採集ポイントでどの素材が欲しいかを選んで斧を振り下ろすとインベントリに自動で格納されるってシステムね。


一応直で枝を折って集めることもできるけど、こっちの方が圧倒的に楽。


一振りで5つくらいずつ採集できるし。


そしてそんなことを何回か繰り返すとその採集ポイントではしばらくアイテムがゲット出来なくなるので、近くの別の採集ポイントへ移動して同じことを繰り返す。


「こんなもんでいいかしらね」


「わかったー」


言いながら最後の一振りをパッコーンと振り下ろしたリサの腕と同時に胸が揺れる。


あれ邪魔じゃないのかしら。


なんて思ったけど、リアルでも同じサイズなことを考えると圧倒的にこっちの方が楽なのかなと思い直した。


ゲームの中じゃ肩こりとかもないもんね。


ずっと横になってログインしてるとリアルの方の胸が垂れそうである意味不安にはなるけど。


まああたしには関係ない話か。


ゲーム内のアバターと違って、リアルのあたしにはそんな心配する程の胸はないし。


って誰が貧乳よっ。


はぁ……。


「リサ、何個くらい集まった?」


「んー、100個ちょっと」


「あたしもそれくらい」


といってもアロマキャンドルの素材に必要なのは3個だったので、残りは全部バザーに流す用。


つまり、相場破壊の時間だ。




灯りを消した部屋の中でキャンドルの火だけが揺らめいている。


わざわざ部屋を暗くすることに意味はあるのかな?なんて思ったりもしたけれど、なんかリサがこうした方が良いって言い出したのでこんな感じになっていた。


ちなみに今使ってるのはリサが作ったやつね。


あたしもいくつかクラフトしたんだけど、部屋で焚くのに二つもいらないという至極真っ当な理由で出番がなかった。


まあまた今度一人の時に使えばいいか。


完全に思い付きで作ったので、その機会が訪れるかも若干怪しいけど。


あと折角なので人に配ろうかなんて思って余分に作った分のひとつはリサの懐に入っていった。


「大切にするね」


いや、大切にするものではないと思う。


消耗品だし。


まあいいか。


アロマキャンドルといえばリラックス効果って印象だけど、確かにこうしてると落ち着くかもしれない。


ゲームの中だからこのまま寝ても万が一にも火事の心配とかもないしねー。


ソファーに深めに腰を埋めてゆっくりすると、隣に座ったリサが寄りかかってくる。


「火、綺麗だね」


「そうかもね」


アロマキャンドルの火と香りはリラックスさせてくれるけど、それを誰と一緒に感じるかも同じくらい大切なのかもしれない、なんて思う。


「アップルパイ食べたくなってきた」


リンゴだけに。


「あとで作ろっか」


「そうね、またあとで」


まあ、その時作るのはリサだろうけど。


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