第三章

020.雪山とシロクマと✕✕✕✕

あたしがトナカイの背に乗って雪山をトコトコと移動していると、ぱらぱらと舞う粉雪の向こうにスキルのエフェクトが見えた。


んー?


不思議に思いつつ微妙に視界の悪い中を進んでいくと、そこには戦闘しているプレイヤーとシロクマのネームドモンスターの姿。


プレイヤーは一人きり。


ジョブはランサーかな?


一応タイマンでもだいたいのネームドは倒せるように設定されているけど、アタッカー単騎だと基本的に予兆有りの範囲攻撃は完璧に避けることが求められる。


それを全部避けてもにも定期的なオートアタックの殴りダメージとヘイト1位指定攻撃で確定ダメージあるしね。


ということでネームドのソロ討伐は相応に難しく、例に漏れず彼女も苦戦を強いられているようだった。


ネームドの削り具合は残りHP8割程度。


対する彼女の残りHPは3割程度。


多分どっかで範囲踏んだんのかな。


一応アタッカーにも自己回復スキルはあるけれどリキャストの関係で連発はできない。


多分ここからノーミスで殴り続けられればジリジリHP戻せるだろうけど、その前に一発でもミスったらその時点で終わりって感じ。


なのでひとまずは戦闘に巻き込まれない距離でライドから降りて様子を眺める。


一応ヒールできるようにホワイトメイジにジョブチェンジ。


これで辻ヒールしてもいいんだけど、それで喜ばれるかは微妙なところかな。


このゲームで辻ヒールにヘイトやドロップの関係でのデメリットはほとんどないからそっちの問題はないんだけど、タイマンしてるところに邪魔なんじゃないかみたいな部分もある。


そもそも論として普通に狩るなら人呼んだ方が楽だしね。


逆説的にソロで殴ってる場合はあんまり人に手伝われたくないって可能性も。


まあ呼ぶのめんどくさかっただけって可能性もあるけど……。


なんて悩んでいると、シロクマくんから白いオーラが立ち昇るのが見えた。


それに対するランサーちゃんは反応できていない。


あっ。


思うと同時にシロクマの咆哮が響き、同時にランサーの彼女がパタリと倒れた。


床舐め~。


まあ床というか雪だけどね。


ということでノソノソと向こうへ歩いていくシロクマくんの大きな背中を見ながら寝ている彼女へ蘇生を飛ばす。


『リザレクション』


天から降り注いだ光が彼女を照らし、その光がしゅぴんとあたしの目の前へと転送される。


「大丈夫ですか?」


「ありがとうございます」


手を差し出して倒れていた彼女を引き起こすと、二重の意味でお礼を言われた。


そのまま彼女が派手すぎないけど地味でもない、アプリゲーならSRくらいで排出されるキャラが着てそうな西洋鎧の兜を外すと、濃い青の長髪と共にスッとした顔が現れる。


見た目だと20代の後半くらいかな。


騎士団の副団長とかやってそうな見た目。


まあこのゲームにそんな役職はないけど。


「おひとりで討伐ですか?」


「はい、負けちゃいましたけど」


「ソロならタンクが一番楽ですかねー。タンクレベル上げてます?」


「いえ、ランサーとアーチャーしか解放してないです」


「なるほどー」


じゃあヒーラーも無しか。


視界を切り替えて表示した彼女のステータスを見る限り、まだメインクエストを攻略途中の人みたいだ。


「それならお手伝いしましょうか?」


「ご迷惑じゃないですか?」


「大丈夫ですよ、用事まではもう少し時間あるので」


ジョブはヒーラーのままでいいかな。


本当はタンクの方が楽なんだけど、そっちは蘇生できないからね。


彼女が床舐めてからずっとあたし一人で戦うのはお手伝いの意味がない。


戦闘中はジョブチェンジできないし、一旦ターゲット外れるまで離れて蘇生すると戦闘中のプレイヤーがいなくなってモンスターは瞬時に全回復するし。


んじゃ行きますかーってなる前に、一応確認をしておく。


「他にも人呼びます? エリアチャットで言えばいくらか集まると思いますけど」


ネームドは参加人数によってHP調整されるから人集めたら即終了とはならないけど、それでも討伐時間は短縮されるしなによりタンヒラは多ければ多いほど安定感は増す。


「出来れば人は呼ばずに倒したいのですが難しいでしょうか?」


「大丈夫ですよ。じゃあそうしましょうか」


多人数でボコるんじゃなくてガチで殴り合いたいって気持ちはわからなくもない。


それにシロクマくんは報酬あんまり美味しくないからそこまで他のプレイヤーに教えてあげないとって感じでもないしね。


ぶっちゃけあたしも暇MAXじゃなきゃ手伝わないし。


ということで前衛は槍さん。


一応パーティーを組んでおく。


ヒールする時は基本パーティーリストでHP確認するからそっちの方が楽なのよね。


ついでで表示モードを切り替えてキャラネを見ると『ユウキ』と書いてあったのでユウキさんと呼ぼう。


「それじゃあファーストアタックどうぞ」


「はい、行きますっ」


掛け声と共に槍をシロクマへ投げたユウキさんが、そのままスキルの効果でガッと突進した。




戦闘開始から少しして、後ろからユウキさんの戦いぶりを観察している。


遠距離攻撃できるからそこまで近づく必要もないのと、あくまでお手伝いっていうスタンスなので後ろから援護厚めでヘイト1位にならない程度の火力に抑えていた。


ランサーと白魔だと前者の方が火力出るからタゲ取るのは難しいんだけどね。


一応これでも数千時間はこのゲーム遊んでるからまだメインクエをクリアしてない新規さんよりはいくらかまともに動けるってことで。


もしリサがここにいて槍握ってたら全く追いつけないどころか大差でヘイト離されるだろうけどさ。


このゲームはメインクエストを進めていくほど敵のレベルも上がり、それに釣られて攻撃も多彩になっていく。


まあ何年もずっと似たような攻撃だけしてたら普通に飽きるって話だし、そこまでプレイしてきた分相応にプレイヤーの上手さも向上してるはずっていう前提もあるかな。


つまりあたしには見慣れた攻撃でもユウキさんにはそうではない、というものがたまに飛んでくるのよね。


シロクマくんが雄叫びとともにオーラを纏い、頭上に目玉のようなアイコンが表示されるのもそのひとつ。


3,2,1……。


あたしはユウキさんにダメージ軽減を飛ばしながら、タイミングを測って目を閉じる。


「グオオオオオオオオン!!!」


一際大きな鳴き声を聞いてから、余裕をもって目を開けると、予想の通り前に立つ彼女のHPは半分以上減っていた。


『ヒール』


「今の攻撃は敵を見てるとダメージを食らうので、目を閉じるか背を向けると回避できますよ」


「そうなんですねっ!」


なら先に言えと言われるかもしれないけど、攻撃パターンもネタバレになるので先に教えるのは良し悪しかななんて思ったり思わなかったり。


まあ先に教えてほしかったら彼女も直接言うでしょう。


ちなみに目をつぶっている間はスキルは投げられないけど、背中を向けているなら自身周囲の範囲攻撃ができるのでどっちで回避するかは時と場合によるかな。


ということでさっきの攻撃がもう一度飛んでくるので目を閉じてやり過ごすと、今度は彼女のHPも減っていなかった。


言われてすぐできるなんて優秀ねなんて思いつつ、オートアタックの殴りでジリジリと減るユウキさんのHPを定期的に戻しながら自分も攻撃していく。


「腕を振り上げたらそっち側に攻撃が来るので、反対側に回ってください」


「はいっ」


「のけぞったらそのまま倒れこみで正面範囲なので、後ろに回ってくださいね」


「わかりましたっ」


「氷の柱が立ったらその周囲に範囲ダメージがでるので、見てから離れましょう」


「了解ですっ」


ということで被弾を見てからアドバイスをして攻撃を続けていくと、シロクマの残りHPはあと少し。


途中で一回ユウキさんが死んじゃったので、ヘイトリセットされた関係であたしがタゲ取ってるけどそれ以外は順調だ。


「やっ!」


勢いの良い掛け声とともにユウキさんのスキルが当たり、HP表示が1%を切ったところで最後のトドメを譲るために手を止める。


「これで終わりっ」


ランサーで一番火力のある多段突きスキルを使い、宣言通りにシロクマの体力ゲージが完全になくなってその場に倒れた。


どさっ。


その巨体が地に伏した余波で、ぶわっと地面に積もっていた雪が宙を舞う。


「よっし!」


かれこれ20分以上戦っていたので、思わずガッツポーズを出したユウキさんへ声をかけた。


「お疲れ様です」


「ありがとうございます。おかげで倒せました」


「いえいえ」


このゲームは過度な疲労はしないようになっているが、激しく動けば息は上がるしそれが緊張を伴えば猶更だ。


肩で息をする彼女の吐息が寒さで白く霧になり、兜を外すと髪が汗で顔に張り付いていた。


このゲームはMMOだけど、こういう全力で敵を倒した時にしか得られない達成感もある。


それは年齢なんて関係なく、ファミコンより以前から続くゲームの楽しみ方なのかもしれない。


なんて頬を赤くしながらも嬉しそうに笑うユウキさんを見て思った。


まあ実際の年齢は知らないけどね。




「そういえば、アイさんはこんな所で何してたんですか?」


討伐報酬の確認が終わると、ユウキさんにそんなことを聞かれる。


ちなみに評価は当然最高ランクだったよ。


「あー、ちょっと景色を見に来たんです。よかったらユウキさんも一緒に行きます?」


聞くと彼女が頷いたので、システムウィンドウを操作してライドを呼び出す。


「えっ」


彼女が戸惑いの声を上げたのは、さっき討伐したシロクマと瓜二つのライドが呼び出されたから。


実はあのネームドは同型がライドとして実装されているのだ。


流石にサイズは人が二人乗れる程度だけどね。


「この子は襲ってこないから大丈夫ですよ。よいしょ」


シロクマの背中に置いた手を支点に、ぴょんと飛んで背中に横座りする。


「よければユウキさんもどうぞ」


「あ、はい」


差し出した手をぎゅっと握られたのを確認してから、よっと引っ張って隣に座ってもらう。


「それじゃあしゅっぱーつ」


シロクマくんの背中をポンとしてそのまま四足歩行でのしのしと走り出す。


まあ操作してるのはあたしなんだけど。


速度はスクーターくらいかな?


そこそこ揺れはするけど、基本的に変なことしなければ落ちることはないのでその点は安心。


「ユウキさんは最近このゲーム始めたんですか?」


「そうですね、先月始めたばかりです」


「そうなんですねー。ネームド倒したのも初めてです?」


「はい、偶然見かけて戦ってみたんですけど思ったより強くて助かりました」


「基本的には複数人で囲んで叩くものですからねー。まあどうするか決める権利は発見者にあるので一人で倒す人もいますけど。そうだ、人呼びたい時の定型文があるのでよかったらどうぞ」


ということで、発見した時のエリアチャットの雛形と、それから開始までの流れを簡単に説明していく。


「最初はエリアチャットだけ流して、あとは慣れてる人に丸投げしても大丈夫ですよ」


「なら次に見つけたらそうしてみますね」


「はい~」


なんて話しているうちに目的地に到着。


場所はさほど高くない山の上で、周りには視界が届く限り積もった雪と降ってくる雪しか存在しない。


「ここですか?」


「そうです。良ければこれどうぞ」


言いながらインベントリから水筒を取り出す。


中身はホットココア。


ユウキさんがコップを受け取ってから、あたしは自分の分も取り出して一緒に口をつけた。


「美味しいです」


「それは良かった」


雪山で飲むココアはまた格別ね。


「それでここは……」


とユウキさんが言いかけた言葉と同時に、頬を撫でていた風がピタリと止んで、視界を遮っていた雪がスッと晴れていく。


同時に空を覆っていた雲も風に流されていき、開かれた上空には虹色の光が揺らめいていた。


「綺麗……」


深い青の夜空に緑の光のカーテンが何重にも揺らめいて、所々が赤や紫、黄色などに薄く染まっている。


満点に広がるオーロラは、彼女がつい呟いてしまうほどに美しかった。


おそらくここまで鮮やかで色合い豊かなのは現実のそれよりいくらか誇張が入っているんだろうけど、それでもファンタジー世界なら許されるだろうといった範囲である意味MMOらしい絶景のかもしれない。


「凄い、凄い綺麗ですねっ」


「そうですねー」


感想を呟きながらも心はオーロラに掴まれているユウキさんを見て、折角連れてきたのにがっかりされなくてよかったかななんて思う。


空気が凍っているかのような静寂と冷気に耳の先がチリチリするけれど、それもこの幻想的な光景とココアの温かさを際立たせてくれている。


うん、やっぱり来てよかった。


なんて考えながら少し待って、興奮がいくらか落ち着いたユウキさんに顔を向ける。


「折角だからスクショ撮りましょうか」


「あ、そうですね」


この絶景はスクショ映えする風景だけれど、あんまりにも綺麗なのでそんなことも忘れて見入ってしまうなんて失敗を何度かしたことがあったので今回は忘れずにカメラを用意しておいた。


ひとまずはカメラを構えてそのまま上空をパシャリ。


それから浮遊型のカメラを出して少し離したところに浮かべる。


「一緒にいいですか?」


「はい、もちろんです」


許可が貰えたので上空のオーロラが背景になるように角度をつけてパシャリ。


確認するとちゃんとオーロラの下でカメラ目線に笑っているあたしとユウキさんが映っていた。


シロクマくんの背中に座っているのもロケーション的に悪くないかな。


「良ければどうぞ」


「ありがとうございます」


現像した写真をユウキさんへプレゼント。


今度はユウキさんが操作したカメラで二人並んで撮影する流れになる。


浮遊カメラを使うのが初めてだったみたいでちょっと手間取ったけど無事ツーショットを撮ることが出来た。


実際には写真に光の輝きまで保存することはできないので、やっぱりどうしても実物のオーロラよりは見劣りする物になるのだけど、こうして誰かと一緒に美しい景色を共有したという記録としては悪くないんじゃないかな。


「ゲームってこんな楽しみ方もあるんですね」


「そうですね。あたしもそんなに風景とか楽しむ派でもないですけど」


やっぱりMMOといえば戦闘とレベル上げと金策とドロップ掘りがメインコンテンツだって認識はある。


「でもこういうのもたまには悪くないかもですね」


「はい」


あたしの横で嬉しそうに笑った彼女は、今までの雰囲気よりも少しだけ幼く見えた。


本当に、たまにはこういうのも悪くない。

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