019.『そんなことないです』

ソファーに深く腰掛けながら、テーブルの上に浮いているウィンドウを見ている。


そこに映っているのはリサたち固定パーティーの配信。


8人のメンバーは全員がクラメンのようで、試行錯誤をしながらバカみたいな密度で繰り出される攻撃ギミックの解法を相談している。


ちなみにこのゲームの配信は、旧来のMMOのようにモニタに表示さる画面をそのままキャプチャーして配信サイトに流すなんてことはできないので、専用の機能を使うことになっていてその様子は外部サイトだけじゃなくゲーム内でも視聴できるようになっている。


そもそもこのゲームはキャラクターの一人称視点なので、それをそのまま配信するとなにやってんのかわからないんだけどね。


あと酔うし。


その対策として、配信画面は配信者の視界ではなく、後方に浮かべた配信カメラ視点ということになる。


まあそれ以前に、ある程度高難易度に慣れてないと何やってるのかもわからないんだけどね。


あたしなんかはなんか凄い複雑な攻撃を避けながら攻撃してるんだななんて小学生並みの感想しか出てこない。


さながらヤムチャ視点だ。


なのでそこまで興味ないテレビ番組を流し見てるくらいのノリでゆっくりしていると、家のチャイムが鳴ったので視線を向ける。


「お邪魔しまーす」


「いらっしゃい」


訪ねてきたのはノゾミちゃん。


彼女はどっかの誰かと違って事前にアポを取るという常識を持っているので迎えるあたしの方もスムーズだ。


まあ頻繁に遊びに来るのに毎回アポを取られるとそれはそれでメンドクセってなるのは否定できないけど。


事前に聞いていたように今日のノゾミちゃんはひとりきり。


アリスちゃんとクロちゃんは別のことをしてるとのことだった。


「これって配信ですか?」


「そうそう、アルティメットって知ってる?」


隣の椅子へと促して、お茶を用意しながらノゾミちゃんの質問に答える。


「一番難しいのですよね」


「うん。それで大抵クリアまで一週間くらいかかるから、誰が一番最初にクリアするかの競争が配信されてたりするの」


「そうなんですねー。アイさんは参加しないんですか?」


「あたしは高難易度はあんまり行かないかなー。疲れるし」


そもそもおそらくマジに取り組んでもクリアできないだろうなんて前提は見なかったことにしておく。


「なるほど」


「それよりもこうやって家でゆっくりしてる方が好きかな」


もはやリアルよりもゲームの中でだらだらしてる方が落ち着くくらいだし。


まあ自室に馴染みすぎて服装が油断しすぎなのは否定できないけど。


あたしの今の格好はキャミソールとショートパンツで、リアルなら朝のゴミ捨てか真夏の深夜にちょっとそこのコンビニまでって範囲ならギリ外に出ても許されるか……?って恰好。


いつも部屋でゆっくりしてる時の格好で、リア男に入室許可を渡す気にならない原因。


まあフレにリア男いないんだけどさ。


別に男が嫌いで女が好きなわけでもないんだけどね。


ただネトゲに出会いを求めていないから、自然と仲良くなるのが女の子が多いってだけで。


そんな緩い格好のあたしに対して、ノゾミちゃんはクエスト行く格好のままでちょっと窮屈そうだ。


「ノゾミちゃんも脱いでいいよ」


「こ……、ここでですか……?」


「あはは、別に全裸になれって言ってるわけじゃないよ。ああでも、部屋着持ってないか」


自宅がなければ部屋着使う機会もほとんど無いもんね。


「じゃあこれあげる」


クローゼットの前まで移動して、半袖のシャツとパンツをノゾミちゃんに差し出す。


どっちも夏の夜に着て寝るのに丁度良い感じのラフさの物。


ちなみに部屋の中は普段のあたしの格好に合わせて温度を調整しているので、今の季節に外に出たら凍えそうな格好でも問題ない。


リアルに合わせてゲーム内の季節も冬だから、あえて寒めの室温に設定して厚着と暖炉で気分を出す人もいたりするけどね。


「貰っちゃっていいんですか?」


「これは凄い安いやつだから遠慮しなくていいよ。というかNPCショップで売ってるやつだし」


「えっ、そうなんですか?」


「ほらここ」


システムウィンドウを見てアイテム詳細を表示すると、ショップ販売価格:1000ゴールドと書いてある。


「ほんとだ」


オシャレ系の装備ってバザーで高いのが多いけど、たまにショップで安価に売ってるのもあるのよね。


「というわけでどうぞ」


「ありがとうございます」


受け取ったノゾミちゃんが、システムウィンドウを操作して戦闘用の装備から服に着替える。


「うん、似合ってる。折角だからゴムとかヘアピンも使う? ヘアバンドとかもあるよ」


「あっ、そこまでは大丈夫です」


遠慮しなくていいのにと思うけれど、まあなんでもあげすぎるのもよくないか。


悪しき前例から学ぶのは大事。


自分で選んで買う楽しみっていうのもあるだろうしね。


「アイさんそのヘアピン可愛いですね」


「ありがと~」


今のあたしはちょうど配信を見ていたので、前髪をピンで留めてデコ出しスタイルになっていた。


ノゾミちゃんもお揃いでどう?と言いかけて自重する。


さっき遠慮されたばっかりだっていうねー。


「そういえばノゾミちゃんは髪型変えたりする?」


「ゲームの中の話ですよね。簡単に変えられるんでしたっけ?」


「うん、登録されてる髪型なら自由に変えられるよ」


まあ、その髪型を増やすにはバザーで買わないといけないので、人気の髪形はかなり高かったりするんだけど。


「でも私は長いの似合いませんから」


今の赤いショートヘアも似合ってるけど、ロングも似合わないってことはないんじゃないかな。


「そんなことないと思うけどなー。そうだ、ちょっと来て」


「わっ、わわっ?」


ノゾミちゃんの手を引いて階段を降り、大きな三面鏡の化粧台の前の椅子へ彼女を座らせる。


「ちょっと待ってねー」


システムウィンドウを操作して、試着モードからロングヘアを選択。


「ここのボタン押してもらえる?」


「あっはい」


ノゾミちゃんが承認ボタンを押すと、ぱっと髪型が背中まであるロングヘアに切り替わる。


「うん、やっぱり似合ってる」


「そうですか……?」


「そうそう」


元が可愛いっていうのもあるけれど、ロングのノゾミちゃんは普段の元気な印象から女の子らしい印象によるけれど、これもこれで似合ってる。


というか一粒で二度おいしいって感じだ。


「折角だからスクショしてアリスちゃんとクロちゃんにも見せてあげよっか」


「それはだめですっ」


「そう?」


そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに、と思うけど本人が嫌だというならやめておこう。


「じゃあ次はこれ」


再度システムウィンドウを操作すると、今度は長めのポニーテールに切り替わる。


「こういうのもいい感じだね」


「これって結んでる位置は動かせるんですか?」


「多少は動かせるけどあんまり自由にはできないかな。サイドテールとかだとまた別の髪型になっちゃうし」


髪型自体がコンテンツ報酬として扱われることもあるので、あんまり自由度が認められていないというのはゲーム側の都合なんだけどまあしょうがない。


ヘアピンとかは大丈夫なんだけど、結んだり持ち上げたりするとシステムに修正されて自然に解けちゃったりするのよね。


「でもおさげとかも髪型さえあれば出来るよ」


またウインドウを操作すると、今度は左右にひとつずつ、ゴムで結わえられたおさげが流れる。


「前と後ろどっちが好き?」


「自分でするなら後ろですかね」


「了解」


お下げを左右で摘まんで後ろに流すと丁度肩甲骨の辺りに先っぽが届く。


「うん、かわいい」


鏡を通してノゾミちゃんを見ると、読書が似合いそうな雰囲気の美少女になっていた。


「アイさんはどっちが好きですか?」


「あたしは前かなー」


答えるとノゾミちゃんがお下げをくいっと引っ張って肩の前へと流す。


「似合いますか?」


「10万ゴールド払うから今日からこの髪型にしてくれない?」


「なんですかそれ」


おかしそうにくすくすと笑うノゾミちゃんが今日一番かわいい。


「そうだ、折角だから髪色も弄ってみる? グラデとかも出来るよ」


「うーん、でもやっぱりベースは赤がいいですかね」


「じゃあこんな感じで」


元の鮮やかな赤色からグラデーションをかけて毛先を深いワインレッドにすると、おさげの先も暗めの色合いになる。


「なんだか筆の先みたいかも」


「そうですか?」


「うん」


筆って先が黒っぽくなるよね。


それを手に取ると毛先がさらさらしていて、なんとなくそれでノゾミちゃんの首筋を撫でてみる。


「ひゃっ」


声を上げたノゾミちゃんがビクッと背筋を伸ばす。


「あはは、くすぐったかった?」


「もう、怒りますよっ」


「ごめんごめん」


笑いながら手を離すと、ノゾミちゃんが警戒するようにおさげをぎゅっと両手でキープする。


怒った顔もかわいい、なんていうと更に怒られそうだから言わないけど。


「あとはインナーカラーとかも弄れるけど、ノゾミちゃん興味ある?」


「インナーカラーって難しいですよね」


「そうだねー、全体黒でインナー赤とかだとたまに見かけるけど」


「んー」


唸りながらノゾミちゃんが、試しに髪は赤のままインナーカラーを黒に変更してみるけどやっぱりあんまりしっくりこなかったみたい。


「インナー黒にするならグラデは切った方がいいかもね」


「んんー。やっぱりあたしは元の色の方がいいですかね」


「そっかそっか」


まあ本人がしっくり来るのが一番大事だよね。


「あとはこういうのも面白いかなー」


「うわ、凄い」


髪色はそのまま、髪型を超ロングにすると椅子の背もたれを越えて床に広がった自分の後ろ髪を見たノゾミちゃんが声をあげる。


「女子力爆上がりヘアね」


「女子力を通り越してどこかのお姫様って感じじゃないですか?」


「少なくとも、日常生活を送るには普通に邪魔そう」


座ったままで数十センチ分床に落ちてるその髪は、立ち上がってもまだ毛先は床についたままになるはず。


「ある意味面白いとは思いますけど、これ踏まれたりしたら危なくないですか?」


「システムで保護されてるから、踏まれたり引っかかったりでアクションの邪魔になることはないはずだよ」


「そうなんですね」


「まあネタなのは否定しないけどね」


似合う人が居ないとは言わないけど、まずキャラ作りからクオリティ高めないとマッチしないので相当ハードルが高い。


「とはいえこの髪の量は凄いよね、ちょっと櫛ですいてもいい?」


「はい」


許可をもらったので、櫛を取り出してノゾミちゃんの髪へ通すために逆の手で軽く持ち上げるとずっしりとした感触が伝わる。


「おもっ。ノゾミちゃんは重くない?」


「はい」


「じゃあ自分と他人で髪の重量処理が違うのかな」


たしかに自キャラの身長体重関係なく運動性能は一定になっているから、そっちの方が自然なのかもしれない。


太ったキャラ作ったら動きづらいとか誰も得しないしね。


「すき甲斐がある量でなんか楽しくなってきたかも」


髪に櫛を通すとその圧倒的な質感に、さながら大型動物をブラッシングしてるような気分になる。


実際はすかなくても髪が絡まるなんてことはなく、それこそ床に引きずってもノーダメージなんだけど。


はー、しあわせ。


人の髪って触ってるとなんでこんなに幸せな気持ちになるんだろうね。


多分脳内でヤバイ物質が生成されてると思う。


はー、しあわせ。


でもよくよく考えたら髪を弄るって結構好感度高くないと許されない行為かもしれない。


「ノゾミちゃん、髪触られるの嫌じゃない?」


「今更じゃないですか?」


「たしかにそうなんだけどね」


コミュ障だからそういう気遣いとかも出来ないのだ。


っていうのは言い訳。


ただ単純に配慮が足りないだけだったかな。


反省。


「知らない人なら嫌ですけど、アイさんなら大丈夫ですよ」


「そっか、よかった」


「くすぐったいのはやめてほしいですけど」


「ごめんねー」


なんて謝ってから、一拍置いてふたりでくすくすと笑う。


鏡越しに映るノゾミちゃんの笑顔が眩しい。


「まあアイさんなら、なんて言われるほど大したことはしてないけどね」


なんか頼れる先輩ポジションに収まってる気がするけど、偶然出会ってからちょこちょこ遊んでるだけで大したことはしていない。


自分より頼れる人間も優しい人間も沢山いるし、今のポジションは偶然で出会ったって一点の結果でしかないしね。


なんて言うと、鏡越しにノゾミちゃんがこちらを見ているのに気付いた。


「そんなことないです」


「え?」


「そんなことないです。アイさんは優しいです。私はアイさんに会えて良かったですよ」


鏡越しに真っ直ぐ視線を合わせてノゾミちゃんの言葉。


つい否定しそうになったその言葉を、だけど否定しちゃいけないと飲み込む。


それはきっと彼女に失礼だから。


だから代わりに、お礼を言っておいた。


「ありがと、ノゾミちゃん」


「はい」


とはいえちょっと恥ずかしいので視線を落として髪をすく手に集中する。


単純な繰り返し作業なんだけど、今はそれがなんだか楽しかった。


「ノゾミちゃん」


「なんですか?」


「……、やっぱりなんでもない」


「えー、気になるじゃないですか。教えてくださいよ」


「秘密~」




☆秘密。


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