017.アプデ前のお約束

自宅の中、ソファーに座ったリサの太ももに頭をのせて横になってる。


ソファーの幅はあたしのキャラの身長よりも狭いんだけど、脚をひじ掛けの上にのせたら結構ジャストフィットな感じで気に入ってる。


本格的に寝る時だと邪魔になる感じだけどね。


そういう場合はベッドに行くから問題ないかな。


今日はベッドまでの自動運搬機もいるしね。


そのあと一緒にベッドに潜り込んでくるのが難点だけど。


「アイちゃん、アプデ楽しみだねー」


「そうねー」


今日はこうしてごろごろしているけど、数日後にはアップデートで忙しモードに突入してるはず。


中規模アップデートだからちょっとしたら平常運転に戻るけどね。


X.YZの整数のX部分が上がるのが大規模アップデート、小数第一位が上がるのが中規模アップデート、その次のZの部分が上がるのが小規模アップデート。


大規模アップデートは数年に一度で、スキップ無しで数十時間を超えるメインシナリオ、6つのID、4つのボスバトル、レベルキャップの解放などまさにお祭り騒ぎになる。


新アイテムの追加とか装備の更新もかかって最大の稼ぎ時でもあって、ログイン時には数万人待ちになるとかそんなレベル。


それに比べて数か月に一度の中規模アップデートはIDとボスバトルがひとつずつなのでほどほどのイベントって感じ。


それでもしばらく別ゲーに浮気してたプレイヤーが帰ってくる程度には盛り上がるんだけどさ。


「アイちゃんはログインしたら最初になにする?」


「やっぱりメインクエじゃない。なんか高く売れそうなのがあったら先に稼ぎに行くかもしれないけど」


装備や家具、他にもペットなど、新規追加アイテムで平時では考えられないような値段で売れるものが出てきたりもするし、新規アイテムの生産素材になって既存の素材が高騰したりなんてこともある。


まあでも相当手軽に儲かるとかじゃなければやっぱりメイン優先かな。


丁度囚われのお姫様を助けに行く準備をするって所でメインシナリオが続いたのでまあまあ気になってるし。


あたしとしてはあのお姫様が次のボスになるんじゃないかなんてマスターと話をしていたんだけど、流石にメタ読みすぎるってツッコまれたっけ。


だってあのキャラの声優さんが豪華なんだもん、某名探偵アニメなら確実に犯人なレベルで。


「リサはアプデきたらどうするの」


「あたしはまずかかし叩きに行くかなー」


「あー。そういえばジョブ調整予告されてたわね」


かかしというのは各ジョブで殴れるサンドバッグで、スキル回しが手に馴染むまで無限に殴れるモードの他に制限時間有で自分がどれくらい火力が出せてるかを確認できるモードもある。


なので高難易度に挑むプレイヤーには必須なコンテンツで、アプデ前後で数字を比較すればどれくらい上方修正されたのか確認もできるって便利機能だ。


「そいえば来週にはアルチだっけ」


「うん、応援よろしくね」


「がんばえー」


「もうっ」


あたしのやる気のない応援にリサが頭上で不満そうな表情をするが、正直あんまり興味がないのでしょうがない。


このゲームには難易度が5つに分かれている。


日課で普段あたしが通ってるIDやボスバトルがノーマル。


それよりちょっと強いけど普通にやってれば問題なくクリアできるようには難易度設定されているハード。


敵の攻撃を覚え、それをちゃんと避けられるように練習しないとクリアは難しいベリーハード。


それより更に難しく、タイムラインの暗記の他にパズルの解法を考えつつ、安定して高水準なスキル回しを求められるエクストリーム。


そして全てが最高難易度のアルティメット。通称アルチ。


ベリーハード以上はちゃんと練習しないとクリアできない高難易度と位置づけされていて、エクストリーム以上は世界で一番最初に誰が攻略するのかの競争が配信サイトで盛り上がったりする。


リサもそのレースに毎回参加していて、結構な上位に食い込むこともある、らしい。


彼女の固定チームの配信は数千人くらいが見てたりもするし、実はちょっとした有名人だ。


こうやって部屋でだらけてると全然そんな感じしないけどね。


ちなみにアルチは8人で攻略するはずなんだけど打ち合わせとかはいいのかな。


まあいっか。


「じゃあ世界一取れたらデートしてあげる」


「ほんと!?」


「ほんとほんと」


そもデートで何するかしらないけど、漫画だとこういう時デートを賭けたりするじゃん?みたいなノリで。


「ちなみに前回は何位だったんだっけ?」


「前回のエクスだと日本鯖で3位だったかな、世界だと10位」


あれ? ずいぶん話のレベルが高いな?


なんて思ったりもしたけど、まあ多分大丈夫でしょ。


あと実際にデートすることになっても買い物に付き合うとかそのくらいだろうしね。


「デートどこ行こー。12時間くらいならかかってもいいよね?」


「それはデートじゃなくて小旅行って言うんですよリサさん。っていうかゲーム内でそんなに時間かけてどこ行くのよ」


「登山とか?」


「えー、めんどくさい」


ちなみに登山というのは山に登るだけじゃなくて、なんか登れそうな所を頂上まで行けるか挑戦するというネトゲの文化のひとつ。


なのでこのゲームでも山だけじゃなく、ボルダリングみたいな崖登りや忍者みたいな城登りなんて要素もある。


そして総じて難易度が高くてめんどくさい。


「ダメ?」


「絶対にダメとは言わないけど」


ただとりあえず時間がかかるイベントこなそうとしてるなら考え直してほしいかな。


「んー、じゃあ今度までに決めとくね」


「そもそも優勝出来なきゃ無しだけどね」


「がんばる!」


「がんばえー」


あたしのやる気のない応援に、だけど今度のリサは気合十分だった。




それからおへその上にウィンドウを開いてアップデートの事前予告を見ていると、あたしの髪を撫でてなにやら満足そうにしていたリサの指が頬に触れる。


「アイちゃんほっぺた柔らかい」


「あんたのも変わらないでしょうが」


少なくともこのゲームに頬の柔らかさなんて設定はないので差異が出るとは思えない。


極端に太った体型なら別かもしれないけどさ。


「でも実際に私よりも柔らかいよ?」


「それは自分のより他人を触った方が柔らかく感じるっていうよくある錯覚よ」


「そうかなー」


言いながら人の頬を弄くり回すリサがうっとおしかったので、お返しに手を伸ばして頬を全力で引っ張ってみる。


「いふぁいいふぁい」


「痛くはないでしょ」


そのままパチンと離しても、赤くなったり指の跡がついたりはしていなかった。


「そういえばこのゲーム傷跡とかつかないのよね」


「たしかにそうかも」


「リサ、ちょっと指出して」


言葉のとおりに顔の前へ差し出された人差し指にがぶりと噛みつく。


リアルじゃ痛みで悶絶するくらいの勢いだったはずだけど、当然リサは自然体だ。


いや、なんか楽しそうかな?


「アイちゃん赤ちゃんみたい」


どちらかといえば猫に追い込まれた窮鼠みたいな感じじゃないかと思うんだけど、まあいいか。


そのままぱっと歯を開いて頭を引くと、リサの指には痕一つ残ってなかった。


「わかってたけど特に傷が残ったりしないのねー」


「なんだかこれはこれで寂しいかも」


…………。


そう言いながら自分の指を見るリサに、なんだか彼女の闇を垣間見てしまった気がする。


まあ闇というより性癖かもしれないけど。


どっちにしろ深掘りしても誰も得しないので気付かなかったことにしようそうしよう。


「そうだ」


「んー?」


「デートどこにするか決まったかも」


え? 今の流れで?


もはや不穏な物しか感じない展開なんだけど、詳細を聞いて事実を確定させてしまう方が厄介な気がして尻込みしてしまう。


大丈夫かな? 大丈夫だよね? 誰か大丈夫だって言って。


「楽しみにしてるね」


あたしの苦悩を他所に、さっきまで噛まれていた指をぺろっと舐めたリサは、珍しく妖しい表情で笑っていた。




☆ヤバイフラグが立った――!?

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