016.お店屋さんでお茶会

左右に大きな家が並ぶ通りをノゾミちゃんたちと歩いている。


通常ハウジングエリアはそこまで人が多くないのだけど、この通りはまるで街中のように人が行き交っている。


理由は当然に並ぶ家々、正確にはそこで経営されているお店だけど。


個人のプレイヤーホームを流用して経営されているそれは普通にハウジングエリアの一角。


なんだけどお店は集まってた方が集客的にも効率がいいよねって話と、お店を経営するなら大きな家の方が都合がいいよね、って理由の複合で自然とLハウスMハウスの比重が高い通りに沿って出来上がったプレイヤーズショップ通りだ。


まあハウジングエリア自体が巨大なインスタンスエリアで、かつ同じ形のエリアが複数存在しているんだけど、基本的にこの通りの両脇に並ぶ数十軒の家はほぼ全部プレイヤーがやってるお店だって覚えておけばいいよ。


そんな説明をしている間にも、三人はそのお店に興味津々な様子。


様々なデザインの看板や経営内容に沿った外装作りの時点で興味を引くのはわかるけどね。


おしゃれなカフェからラーメン屋まで様々な飲食店、装備屋から洋服屋、アクセサリー屋、雑貨屋、素材屋、家具屋、果てはバーとか美容院なんかまで多種多様なお店まで通りに向けて看板を出している。


変わり種だとコスプレ専門店とかもあるよ。


なんでか知らないけどこのゲームだとキグルミは一定の人気を得ていたりするのでわりと繁盛してたりするっぽい。


まあ流石になんでも自由に生産できるわけじゃないからお店の品揃えにも限界はあるけどね。


基本的に元々システムに存在している物に多少手を加えるくらいが多いかな。


あんまり魔改造が過ぎると破損とみなされてロストするか汚れとみなされてクリーニングされる、らしい。


自由が過ぎるとキャラ物で著作権的にどう見てもアウトライン踏み越えたり、あとはゾーニング的にアウトな物を作る人間が出てくるのは目に見えてるからしょうがないけど。


料理なんかは例外でかなり自由にできるけど、そっちはそっちでリアルと同じ調理法でOKって訳じゃないみたいで別の意味で大変なんだとか。


「三人ともはぐれないようにね」


「はーい!」


大丈夫かな。


元気な返事の三人を先導するあたしは、さながら修学旅行の引率の先生の気分だ。


歩行者天国になっている通りは二車線道路くらいの幅で、そこまで混んでるわけじゃないけど気を抜くといつの間にか一人くらいいなくなってても気づかないかもしれないくらいの交通量はある。


具体的に言うと二人で手を繋いで歩いてても大丈夫だけどそれが三人になると普通に邪魔かなってなるくらいの人口密度。


一応ここに来る前にパーティーを組んでおいたのでマップ開けばどこにいるかは表示されるけど、それはそれとしてはぐれないに越したことはない。


なんて心配をしながらも、一度アリスちゃんがはぐれかけただけで目的地に到着。


「良い匂いがしますね~」


「とりあえず入ろっか」


あたしとノゾミちゃんに続いて手を繋いだアリスちゃんとクロちゃんが敷地に入る。


そこはケーキがウリの洋菓子店。


店内と庭に数卓ずつテーブルが並べられていて、オシャレだけど素朴な雰囲気もあって落ち着く感じ。


あと持ち帰りもできるよ。


「いらっしゃいませー」


大きなエプロンの制服に身を包んだ店員さんに案内されて読んで外のテーブルへ。


ネトゲって性質上なのか店員さんはワンオペが多く、大抵家主兼店長がログインしている時間だけ営業していることが多い。


その分料理の類は事前に作り置きしてインベントリに収納しておくことができるから、ブラックな労働環境ではなくまったりしていることが多いけど。


「わあっ」


席に腰を下ろして渡されたメニューを開いた三人から感嘆の声が響く。


「これ本当に全部頼めるんですか?」


「うん、売り切れてなければだけどね」


メニューに載っているケーキはショートケーキやチョコケーキやチーズケーキみたいなメジャーなところから、ブッシュドノエルやエクレア、タルトタタンなんかまで様々。


ページを捲るたびに美味しそうで注文に悩むくらいだ。


「アイさんはよくこのお店に来るんですか?」


「だいたいフレンドに誘われて来るのが多いかな」


フレンドというかほぼリサだけど。


あたしはどっちかって言うと装備屋にお世話になることが多い。


クラフトをお願いするんじゃなくて実物並べるのを試着させてもらうのがメインだけど。


一応データベースで装備を確認はできるんだけど、こういう装備が欲しいなーって思っても装備の数が膨大すぎて探すだけでも一苦労なのよね。


その点店員さんはプロなので、展示されてある実物手に取ってこれに似た装備ってありますかって聞けば一発だ。


あともちろん気に入ったらその場で購入するよ。


「三人は注文決まった?」


「はい」


みんなが順番に頷くので、店員さんを呼んで注文を済ませる。


ちなみに今日はあたしの奢りね。


とはいえそんなに高くないけど。


このゲームでプレイヤーが経営しているお店はなぜか良心的な価格のところが多い。


なんでもゴールドを稼ぐより、人に喜ばれたりお店が人気になる方が嬉しいんだとか。


ふぉんとにぃ?って思うけどほんとらしい。


神かな。いや神じゃないかな。どっちかっていうと天使。


まあ実際金策するなら他にもっと効率良い方法があるっていうのも関係してるのかもしれない。


必然的にゴールド目的で店舗経営は減って趣味人が増えるんじゃないかな。


それとは別に全力で金稼ぎを目的としたホストクラブやキャバクラなんかが存在してるらしいんだけど関わったことないのでしらない。


「というわけでいただきます」


「いただきます」


ノゾミちゃんがチーズケーキ、アリスちゃんはチョコケーキ、クロちゃんはイチゴのタルト、あたしはモンブラン。


注文したケーキが並んでいて甘い匂いにお腹が鳴りそうだ。


「美味しい!」


うん、確かにおいしい。


本体をぐるぐると何重にも巻いている栗のクリームの一角をフォークで崩して口に運び、ついでに上に載ってる栗を一緒に食べる。


あまーい。


これでいくら食べても太らないっていうんだから最高ね。


見ると三人も同じようにケーキを口へと運んでいる。


素直に美味しさに目を輝かせているノゾミちゃん。


平静を装いっているけどもっと食べたいという気持ちが漏れているアリスちゃん。


フォークを握ってかなりの前傾姿勢になってるクロちゃん。


三人とも満足してくれたみたいだ。


それから追加で二口三口とフォークが進み、自然に交換会が始まった。


「アリス、一口ちょーだい」


「はいはい、交換ね。クロも食べるでしょ?」


「うん……」


テーブルの上でフォークを交錯させておすそ分けしている三人がひと段落してからあたしもモンブランを差し出す。


「あたしのも一口食べていいよ」


「ほんとですか!? ありがとうございます!」


「どういたしまして」


あたしのモンブランが三本のフォークで順番に山が採掘されていく。


そういえばモンブランってフランスとイタリアの間にある山のことらしいよ。


「私のもどうぞ!」


とノゾミちゃん。


二人も続いて取りやすいようにお皿をこっちに寄せてくれる。


「チーズケーキ美味しいですよ!」


「チョコケーキだって」


「こっちのタルトも……」


モテモテすぎる。ハーレム主人公かな?


並んだ三つのケーキのお皿が触れて、カチャンと小さく音がする。


まあ偶然に三人の頼れる先輩ポジションに収まっただけなので、これがあたしの人徳だなんて勘違いはしないけどね。


「それじゃあ一口ずつ貰うね」


と右手から近い順に反時計回りに頂いていく。


三者三様の甘さはどれも違った美味しさがあってあたしは大満足だ。


「ご馳走さま、三人ともありがとね」


お礼を言うとみんな満足してくれたようなので、連れてきてよかったななんて内心で思った。




「そういえば三人とも学校の友達なんだよね?」


ケーキを食べ終えて一段落したので、紅茶を一口飲んでからそんな風に三人に聞く。


「はい」


「三人とも女子?」


「そうですね」


最初の質問はこの前ノゾミちゃんが言ってた話で、次の質問はあたしの推測だったけどまあ間違ってないだろうなとは思ってた。


そして自然に答えた三人に若干頭を抱える。


「自分で聞いておいてなんだけど三人のネットリテラシーがちょっと不安になってきた……」


なんてあたしの反応に三人は不思議そうな顔を浮かべる。


「特に年齢と性別はもうちょっと隠した方がいいんじゃないかな」


「どうしてですか?」


「それは若い女の子はどこでも大人気だからかな……」


有体に言えば若い女の子とリアルで出会いたい人間はネトゲにたくさんいるということで。


「でもアイさんのことは信用できるので大丈夫ですよ」


「そう? 案外あたしが女子高生と仲良くなりたい男の人かもしれないよ?」


「そうなんですか?」


まああたしは性別女だけどね。


ネカマにはあたしより女らしいネカマが探せばいくらでもいる。


そういう人たちの目的は出会いよりも仮想空間で女性になりきるのが目的な人が大半だろうけど。


とはいえ自衛しておいて損するものでもない。


あたしのリアルとネットの切り分けが極端なのは自覚してるし、三人に同じスタンスを強制するつもりもないけどね。


そういうことがあると知っているだけで避けられるトラブルもあるだろう。


タブンネ。


「ということで、ここに便利機能があります」


言いながら、あたしのシステムウィンドウをくるりとまわして三人に見せる。


そこにはプロフィールの画面が映っている。


「ここの性別の欄は基本が非表示になってるんだけど表示範囲が設定できるの。それでこの表示範囲の『性別表示を許可されている場合にのみ表示を許可する』って項目。これは相手が性別を見れるようにしてる場合にだけ相手にも性別を見れるようにするって設定ね」


つまりお互いの性別を、『せーので教えようね。せーのっ』っていうよくある茶番をゲーム側で肩代わりしてくれるシステム。


性別教えるにしても、これで相互に確認した方がフェアだし自衛にもなる。


ちなみにこれはサービス開始時にはついてなかったけど、プレイヤーからの要望で追加された機能だ。


「今三人の設定をこれにしたから、自分でも同じ設定にしたらあたしの性別を確認できるよ」


「なるほど」


三人がそれぞれにシステムウィンドウを開いて操作する。


一覧になっている所の表示が三人とも切り替わって[女性]と表示された。


万が一で騙ってる可能性もあるかなと思ったけど普通に三人とも女の子だったわね。


「やっぱりアイさんも女性だったんですね」


「性別以外はここにいるあたしとリアルのあたしは全然別物だけどね。あとあたしの性別は他の人には秘密ね」


「はーい」


素直な返事にあたしは満足して頷く。


「そうだ、あたしの部屋の入室制限もつけとくわね」


「お邪魔してもいいんですか!?」


「大丈夫だけど、あたし以外にも人がいるかもしれないから気をつけてね」


「それって……、恋人とか……?」


きゃーっと歓声があがる。


「残念ながらあたしは結婚してないのよねー」


なんてあたしの台詞は届いていないようで、三人で頭を寄せて盛り上がってるけどまあいいか。


こうやって見ると、やっぱり学生さんだなーって感じる。


「ちなみにアイさんは何歳なんですか?」


「それは秘密」


「えー、教えてくださいよー」


「じゃあ10歳」


「じゃあって言った!」


「もしくは100歳」


「急に10倍になってますね」


「間を取って50歳で」


「……あいだは、……55歳じゃ?」


「正解!」


一番いいツッコミをしたクロちゃんに、報酬としてケーキをもう一つ奢ってあげた。




☆ツッコミ選手権優勝者:クロちゃん――!

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