015.新時代ボイスチャット

『アイちゃん、今ひまー?』


『んー、どしたー?』


今は8人コンテンツのノーマルバトル中。


脳内に響いたリサの声に、あたしもボスの攻撃を避けながら念話を飛ばして答える。


このゲームは対面で会話をするのが基本なのだが、離れたところでもこうやって会話をすることができる機能がある。


ちなみに脳内に思考するだけで会話できるので周りの人に独り言言ってるヤバい奴みたいな目で見られることもない。


まあ急に他人からやられてもウザいだけなので設定で切り分けられて、他人からは最初に認証の許可を出す必要があるけどね。


電話の着信ボタン押す手順と一緒。


その点リサは最初から認証通してるフレンドなので初手声掛けである。


一人になりたい時とかクエスト盛り上がってる時は切ったりもするけど。


あとあんまり頻繁に話しかけられてもウザいからあたしの周りではほどほどだ。


人によっては四六時中喋ってる人も要るらしいけどあたしからしたら信じられないので多分別の人種なんだろう。


まあこの辺は旧来のMMOのテキストチャットと一緒ね。


旧来の見下ろし方ポチポチMMOにおいてチャットが本体なんて言われた時期から時を経て、アクション要素推しのMMOは気楽に狩りをしながらチャットする余裕を奪っていた。


アクションゲーやってる最中にキーボードでチャット打ってる余裕なんかないわけで、同時に外部ツールにおけるボイスチャットが流行った訳なのだけど、個人的にネットとリアルを切り分けたいあたしには馴染まなかった。


そして今、ゲーム内でキャラボイスを使って音声会話できる時代になり、ながらチャット文化は過去の興隆を取り戻していた。


流石に何人も同じチャンネルに入ると普通に邪魔ァ!ってなるけど、あたしはぼっちだからそんなことはほとんどないし。


つーかそんな人数で集まるならもうそいつらでコンテンツ行って普通に喋れって話になるしね。


あと、高難易度でながらチャットしてて死ぬと戦犯で吊るし上げられたりするらしいけどそれもあたしには関係ない話。


というわけで今はバトル中なのだが、サブタンクで暇なので普通に話を聞く。


むしろ暇つぶしに最適まである。


相当気を抜くか予兆を見逃さない限りタンクが即死はしないし。


『アイちゃんチョコの味にリクエストとかある?』


『んー? 別に苦すぎなければなんでもいいわよ。あ、でも抹茶味は無しで』


『味はなんでもね、それじゃあ形は?』


『一口で食べられる方がいいかな。大きいと持ってる部分が溶けたりかじった所から破片がこぼれたりするし』


『わかったー、それじゃまたねー』


え? それだけ?


『アイさん、今お時間いいですか?』


『んー、ノゾミちゃんどしたん?』


今日のあたしはモテモテだなー、なんて思いながら再び届いた念話に答える。


ちなみに、念話中に別の念話が飛んでくるとキャッチホンみたいになるんだけど今回は入れ違いで回避された。


あっ、強攻撃くるからMTに軽減飛ばさなきゃ。


身長4メートルくらいのボスが右手の斧を振りかぶったので、ちょっと待ってからスキルを投げる。


なんてやってる間にもおそらくコンテンツ外で落ち着いたところにいるであろうノゾミちゃんからの会話は進む。


『今日学校であったことなんですけど、』


『ちょっ、ちょっと待って』


ノゾミちゃんの言葉に慌てて制止した。


『どうかしましたか?』


『うん、とりあえずその話はあたしが聞いても大丈夫な話?』


『はい、大丈夫ですよ?』


そもそも、なんでそんなことを聞かれるのかわからない感じの反応だ。


『それじゃあ忠告だけど、そういうリアルの話はあんまり人にしない方が良いと思うよ』


もちろん個人の自由なのだが、リアル女子高生なんて出会い厨の良い的である。


MMOとはその歴史が直結の歴史であると言っても過言ではないのだ。(過言です)


まあリアルで会うことをすべて否定するわけではないけど、少なくともあたしにとっては君子危うきに近寄らずってやつだ。


ネトゲ婚とかが存在してるのは知ってるけどねー。


折角こうやって美形なゲームキャラのガワを被ってるのに、わざわざリアルで会いたいって気持ちにはならないかな。


なんて話はまあいいんだけど。


『それなら問題ないです、こういう話は信頼できる人にしかしてないですから』


その信頼できる人の中にあたしが入ってる時点で駄目だと思う。


そんな風に思ったが、念話で言っても伝わらないだろうなと言うことで諦めた。


まあ、あたしはリアルでネトゲのフレンドに会うとか全くやる気無いのでひとまず置いておいて、今度三人集まってる時に直接お話ししよう。


余計なお世話かもしれないけど。


『それで、なんだっけ?』


『はい、クロがジョブチェンジしたいって言うんです。でも、一人だけレベル下がると一緒にクエスト進められないじゃないですか。それでどうしたら良いかなって』


『なるほど』


クロちゃんが黒魔じゃなくなるのか。


『ちなみに、なんのジョブやりたいって言ってるの?』


『ナイトですね』


闇属性ジョブから光属性ジョブへのキャラ変が180度だ。


光と闇が両方そなわり最強に見えそう。


無口な彼女がナイトやってる姿は全く想像できない。


まあ、別にジョブイメージにキャラを合わせる必要も無いんだけど。


『ちなみに、アイさんがやってるナイトを見てやりたくなったらしいですよ』


『おおう……』


原因はあたしだったらしい。


あたしというかその時の装備やスキルのモーションに惹かれてだろうけど。


メイン盾とかどう見ても主人公ジョブだしね。


実際ゲームPVでは主役扱いされてるし。


わりと剣盾は個性出すのが難しくてコーディネートに困ったりもするんだけど。


なんて話は今はいいか。


とにかく、相談には答えよう。


『もう黒魔やりたくないって話じゃないんだよね?』


『はい、そうは言ってなかったです』


『ならメインクエストは黒魔で進めて、デイリーはナイトでレベル上げしたら良いんじゃないかな。今はメインクエストの経験値だけでストーリークリアするまでに1ジョブカンストするからそれで問題ないはず』


『なるほど、クロに言ってみます。ありがとうございました!』


『どういたしましてー』


ということで念話が切れると同時に120秒スキルのリキャストが返ってくる。


20秒間攻撃力1.1倍の自己バフをかけてから温存しておいた最大威力のスキルを投げ、30秒リキャストで戻ってきたスキルと60秒リキャストで戻ってきたスキルと30秒で3スタックまでしておける別のスキルを使用。


また基本スキルを投げてその間にアクティブスキルを挟んで、スキル回しで一番忙しい時間をこなしていく。


『アイちゃん、今ちょっといいかのー?』


『はいなんですか!?』


今日はモテモテで嬉しいけど、丁度今忙しいからあと10秒後にしてほしかったなあ!


なんて思っても念話は待ってくれない。


まあマスターを待たせるなんて選択肢はないしね。


『今度クラン加入希望の子に会いに行くから付き合ってほしいんじゃよ~』


ザクザクっと長剣の二連撃を入れてから、左手で魔力の爆発をボスにぶつけつつ応える。


『あー、いいですよ。いつですか?』


『明日の八時くらいでどうかの?』


『わかりました、時間開けときますね』


『そう言ってもらえると助かるんじゃよー』


そもそも基本的に毎日ログインしてるし予定が入ったりもしないんだけど、クエスト申請すると十分以上拘束されたりするのでそれだけは回避しておこう。


『ちなみにどんな人ですか?』


『街中で暇そうにしててクラン未加入だから声をかけたんじゃよー、大人しい感じの子かの』


『あたしと同じですね』


『アイちゃんは酔ってベンチで寝てたのを保護した記憶があるんじゃが……』


『やだなあ気のせいですよ。あたしがそんなことするわけないじゃないですか』


『そうじゃったかのー……』


『そうですね』


断言するあたしに念話の向こうでマスターが納得いかないように首を傾げる様子が見えた、気がした。


かわいい。


しかし新メンバーかー。


クランというか人が集まると、その人数に応じて加速的に人間関係がめんどくさくなっていく。


これはもう人の習性だからしょうがないんだけど。


特にネトゲなんかは一人の姫chanによって数十人単位のクランが崩壊するなんてのもよく聞く話。


まあうちのクランは基本全員で集まるようなことがないからそういう確率は低いだろうけど。


例えばクランの中でネトゲ交際からのネトゲ不倫の輪が広がってたとしてもどうでもいいし。


マスターに迷惑かけない限りはね。


自分は大丈夫と思ってる人間が一番騙されやすいって言うから一応トラブルには気をつけてはいるけど。


あとあたしは単純に多人数の集まりが好きじゃないしあんまり興味もないのよね。


なんかの用事で三人集まったとしても、あたしを抜いたAとBが話始めるのを見て、もうここにあたしいる?帰って金策してて良くない?ってなるし。


仲良さめな知り合いでも四人が限界で、五人以上になるともう行く気も失せるかな。


ほらあたし、コミュ障なんで。


まあその点ゲーム内じゃそもそも指の数以上の人数の集団作るほどの知り合いがいないし、クランで集まる必要があるときもマスターがちゃっちゃか進行して早めに解散させてくれるしね。


そもそもマスターに文句言う人間なんていないんだけど。


結論:マスターに迷惑かけない限りは新人さんは歓迎しよう。


『新人さん会うの楽しみですね~』


『そう言ってもらえると嬉しいんじゃよ~』


ということで念話が終了したので戦闘に意識を戻す。


今頃マスターは他のメンバーにも連絡して予定を調整しているだろう。


本当にお疲れ様です。


意識を戻すとボスのHPは残り少し。


パーティーリストを見ると今のヘイト順位が見える。


このヘイト順位というのは基本的にダメージを与えた量と味方を回復した量でだいたい決まる順位。


ちなみにあたしは今最下位なんだけど、これはタンクの火力が他より低い調整がされてるのが原因だから問題ない。


むしろスタンス入れてないタンクより下のアタッカーが居たらそっちの方が大丈夫かな?ってなるやつだし。


今回は未だ死人も出てないようなので、順当にあと少しで終わるだろう。


このあとどうしようかな。


そういえばノゾミちゃんたち順調にメインクエスト進めてるみたいだし、クロちゃんに言ってた杖の作り方でもそろそろ伝えておこうかなー。


なんて考えていると視界が赤く染まってボスが大きく跳躍したのが見えた。


あ、やば。


思った瞬間にHPが一気に失われる。


バタン。


床おいしいなりぃ……。


なんて思いながら床の感触を全身で確かめていると、ヒーラーさんから蘇生が飛んでくる前にボスのHPが尽きて戦闘が終わり、一瞬気まずい沈黙が流れた。




☆一番目立って恥ずかしいやつ――!

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