014.日曜深夜の空気感
「アイ」
街のカフェで紅茶を飲んでいると名前を呼ばれて、このパターン最近もあったわねと内心思いながら視線を上げる。
「こんばんは」
「こんばんは」
今はゲーム内では夜の時間帯。
街のお店や各種施設は24時間閉まることはないけれど、一応のリアル感の演出としてNPCは定期的に交代で働いている。
そしてリアルの時間は日曜日の深夜25時過ぎ。
夜が明けたら学校、または会社に行く人たちが死んだ目で起き上がる時間だ。
当然ゲームの中でも段々と人が減っていって、テレポートの到着場所もなっている広場も人がまばらになっていた。
もう少ししたら寝るのも忘れて新しく始めたゲームに熱中してる新規ちゃんか、昼夜逆転の生活をしている人たちが、毎日がエブリデイのニートしか残らずにほぼ無人の街になる。
「それで、アイは眠らないの?」
あたしはゲーム内でリアルの話はしないけれど、それはそれとしてリアルの生活リズムを測られないようにログイン時間をずらしたりまではしないので、フレンドなら自然と落ちる時間は把握できたりする。
まあそれはあたしも一緒なんだけどさ。
「スミレだってインしてるじゃない」
スミレだって日付変更前には落ちて夕方からログインしてくるのが普段の生活のはず。
引退する前はそうだったし、復帰してからもそれは変わっていないように見えた。
「私は寝て起きたところだから」
「昼夜逆転生活~~」
「このまま明日の夜まで起きてれば問題ないわよ。それでアイは?」
「あたしは、秘密」
「人に聞いといて」
「勝手に答えただけでしょ」
とはいえ、流石に何も秘密っていうのはバランスが悪いかな。
「まあでも、今日は朝まで起きてるかもね」
ちなみにフレンド欄でまだインしてるのは2名ほど。
そも生活リズム合わないと結局出会う機会がほとんどないし、一緒に遊ぶことも難しいから同じ時間に遊ぶ人とフレになるのは自然な流れだけど。(※ニートは除く)
「それで、わざわざログインしてるのにアイはこんなところで何してるの」
「スミレが会いに来るのを待ってたんだけど」
「嘘でしょ」
「よくわかったわね」
このしょーもない冗談の応酬も、出来る相手はスミレくらいなので喋るのは嫌いじゃない、っていうのは嘘じゃないけど。
本当の所は、
「この人が減ってく空気感が個人的に嫌いじゃないのよね」
「月曜日に縛られない高等遊民の優越感的な?」
「そこまでは言わないけど」
「じゃあ人が減った分空気が綺麗になる的な?」
「確かに二酸化炭素濃度は減ってるかもね」
そもそもゲームの中だからそこまで再現はされていないだろうけど、人混みを見るとうわってなるのはリアルでもゲームでも一緒なので若干否定しづらい。
「実際昼より夜の方が落ち着くし」
「もうすぐ朝だけど」
「朝は好き。昼から夕方までは嫌い」
このゲームはリアルと違って朝と夜が数時間で入れ替わるので、今からリアルの朝が来るよりずっと早くゲーム内で朝が来る。
ついでにいうとフィールドに出ているプレイヤーに配慮して昼の時間の方が夜より長く設定されていたりする。
ちくしょうだれがこんなことを……。
まあフィールドでクエストする時、夜だと実際見づらいんだけどさ。
なんでもプレイヤーの中にはスクショを綺麗に撮るためにメインクエストは晴れの昼しか進めないなんてプレイヤーもいるらしい。
それはそれで極端な例だけど。
「あたしも昼の方が好きかしらね」
「まあスミレだしね」
「名前は関係ないけど」
「えっ、お昼の間は光合成してるんでしょ?」
「そうそう、あと毒があるから気を付けた方がいいわよ」
ボケをスルーされるのはいいんだけど若干言うことが怖いから困るわね。
それから少しして、スミレが頼んだ紅茶が届いて口をつける。
ピンと背筋を伸ばしたままカップを口に運ぶ仕草は常に人に見られていることを意識したもので、薄っすらと育ちの良さが伺える。
まあそれを含めて完成度の高いロールプレイだと言われたら脱帽だけど。
今日はナイトの鎧姿ではなく、上品過ぎずかといってラフ過ぎもしない若草色のドレスを着ている。
バカでかい芝生の庭のテーブルで優雅にアフタヌーンティーでもしてそうな見た目。
椅子に座ると床まで届く銀髪とエルフ族の尖った耳もあって、このファンタジーな世界観には違和感なく溶け込んでいるかな。
あとカップを持つたびに目線の高さに来る長めの爪もゲームの中じゃ誰にも咎められないしね。
まあ気になる部分がないわけじゃないんだけど。
「スミレってなんで眼鏡かけてるの?」
「なに? 戦争?」
「いや、エルフ耳に眼鏡って珍しいなと思って」
というかゲーム内に視力って概念はないから、リアルと違ってファッション眼鏡10割な時点で存在自体が珍しいんだけど。
「エルフ耳に眼鏡でもいいでしょ」
「悪いとは言ってませんが」
「それに似合ってるし」
「自分で言いますか」
「似合ってないって言うなら殴るわよ」
「いや、似合ってる似合ってる」
これは本当に。
「というか、前にも眼鏡の理由聞かれて答えたと思うんだけど」
「いや、聞いてないでしょ」
「絶対言った」
まあ本当に聞いて忘れてるだけだとしても責められるいわれはないけど。
そんなことを思いながら、スミレがくいっと片手で眼鏡を直す仕草を見て思った。
リアルでも眼鏡なのかな。
聞かないけどね、リアルの情報だし。
「ちなみに、リアルでも眼鏡よ」
「聞いてないけど」
「そう?」
人の心読むのはやめてほしい。
「そういえば」
何かを思い出したスミレがスッと顎を上げてこちらを見る。
「いい加減マイホームの入室許可欲しいんだけど」
「えー」
前には許可してたそれは、一度のフレンド解除を経てまた未許可に戻っていた。
理由はなんとなくめんどくさいから。
「前は貰ってたんだしいいでしょ」
「でもリアル女性にしか許可出してないしなー」
「もう昔確認したでしょ」
「あの時とは別人の可能性もありますし?」
「いやないでしょ」
まあないと思うけどさ。
「はい、じゃあこれ」
と彼女のシステムウィンドウをクルリと向けられる。
そこに表示されていたのはプロフィール欄。
表示の許可範囲を今弄ったようで現実の性別[女性]ってちゃんと書いてある。
ちなみにこれはゲームシステム側から脳波で判定されるから偽装は不可ね。
あとあたしには普通に見えてるけど、他の人がこの画面を覗き込んでも性別の欄は非表示になってるはずなのでセキュリティは万全。
旧来のMMOと違ってフルダイブVRMMOでは実際に触ったりできるし、ゲーム内で入浴をできたりもするから流石にリアルの性別わからないと困るっていう措置。
逆に出会い厨には一番知りたい情報の一つだから、無理矢理聞き出そうとしたり設定変更を強要したりするとハラスメントできつーいペナルティを食らうけど。
なんと言っても脳波測定でBANされたらアカ転生不可だから大抵の人間はハラスメントラインを踏まないように慎重になる。
たまにそれもお構いなしにGMに連行される馬鹿も見るけど、本当にたまに。
というわけでリアル性別知られたくないって人間も非表示にする自由があるから安心。
あたしもフレンドの数人にしか表示許可してないしね。
そのうちノゾミちゃんたちにも入室許可あげることになるかもしれないけど、あの三人は無防備すぎて心配になるのよねー。
なんて話が逸れたかな。
「それでなんだっけ?」
「入室許可」
「あー……。それじゃあカードで勝ったら許可してあげる」
カードっていうのはゲーム内ゲームのことで、ボスを倒した時とかにドロップするカードを並べて強さ比べをするやつね。
ここまで来たらもう別に教えたくないわけじゃないんだけど普通に教えちゃつまらないかなというあたしの悪戯心に、スミレから抗議が上がるかと思ったらそんなことはなく代わりににやりと唇の端を上げた。
「あら、そんなことでいいの?」
「おっと、もう勝った気になるのはちょっと早いんじゃないですかね?」
「だって、昔やってた頃はあたしの圧勝だったじゃない」
まあその雰囲気の通りスミレは頭が良くて、カードとか麻雀とかポーカーとかを含めたゲーム内でできる知能遊戯全般で負けた回数の方が多いけど。
安定して勝ち星先行出来たのはライドレースくらいだ。
「でもね、カードの性能は常にインフレしてるんですよスミレさん」
カードは個人が敵からドロップしたものを使うので、所持してるカードによってお互いのデッキパワーにも差が生まれる。
そんな事実を目の前にしてもスミレは余裕の雰囲気を漂わせている。
「じゃあどれくらい強くなったのか確かめてあげる」
序盤でボコしたあと終盤で再戦する系のボスかな?
そんなこんなでだらだらとカードをしたり話をしたりしながら、気付けば結構な時間が経っていた。
ゲーム内では夜が明けて日が沈んでまた夜が明けそうな頃合い。
リアルでももう少ししたら朝日が見れそうな時間で、流石に疲れと眠気を感じるあたしたちの間にも緩い空気が流れてる。
ちなみに入室許可はとっくにあげたよ。
勝率は、聞かないで。
気付けば天気が変わって、薄っすらと霧が出ていた。
このゲームだと霧は天気の一つで、他にもマップ限定で猛吹雪とか灼熱波とかあるよ。
モニター越しに眺めてた頃と違って雨が降ると普通にめんどくさいから頻度は控え目だけどそれでもたまに降ったりするかな。
あとゲーム内アイテムで傘もあるしね。
まだ暗い街の中で街灯の光がぼうっと霧に反射して輪郭を失っている。
最低限の活動はできるけどやっぱり夜の帳が濃い風景。
そんな中で東の山間が少しずつ明るくなって、霧のスクリーンに光のカーテンがゆっくりと降りてくる。
それは幻想的で、清々しくて美しい、とても素敵な光景だった。
「そういえば、アイはこの光景好きだったわね」
あたしがこのカフェで、霧の夜明けを待つのが好きだって知ってるのはスミレだけだったっけ。
特に、街の人が限界まで減った空間でこの光景に包まれるのはとても綺麗で好き。
折角だからパシャリと一枚スクショを撮るけれど、この光に包まれた景色はやっぱり写真で見ても何段か見劣りする。
だからこの光景は、今ここにいるあたしたちだけのもの。
「ねえ、アイ」
「なに?」
視線は光の先から逸らさずに声だけで返事をするとスミレが少しだけ、言葉を躊躇ったような空気を感じた。
「ううん、なんでもない」
それからまた沈黙が流れるけど、それは気まずい沈黙じゃなくて緩くて心地良い雰囲気だった。
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