013.マスターからのプレゼント

ログインすると視界の左側にピコンとクランメッセージが表示される。


クランメッセージというのはクランマスターからなにか連絡がある時とかに使われる機能のことで、ログイン時に自動で表示される設定になっている。


大体連絡板みたいな使い方。


わりとこういうログインタイミング関係なく全員にお知らせする機能って他にないから貴重なのよね。


まあゲーム外のSNS使えばできるけど。


そんなマスターからのメッセージは以下のような文面。


『お菓子作ったから良かったら貰って欲しいんじゃよー』


テレポート、クランハウス。


シュピン。




テレポートした目の前には自分のクランハウス。


このゲームはどこでもテレポート出来る訳じゃないんだけど、クランハウスには直で転送できるシステムになっている。


ハウジングエリアをわざわざ移動するのめんどくさいし、という理由で同じようにマイホームも転送可能ね。


ちなみにクランハウスは基本プレイヤーホームと一緒なんだけど、Lサイズよりもう一つ上のLLサイズが追加されている。


大所帯クランだと100人こえたりするからそれでも人が集まるとカツカツになる、らしい。


うちのクランは数人の小規模クランだからMサイズで十分、というかそもそも全員集まることがほぼ無いのでそれでも持て余してる。


マスターが気まぐれに勧誘してきて人が増えたり減ったりするのだけど、基本的にぼっち気質の人間を勧誘してるっぽいから団体行動は成立しないのだ。


あたしも人のことは言えないけど。


以前のネトゲ歴で他のクランかそれに類するものにも入ったことはあったけど、クランイベントとかめんどくさい……ってなったことは数知れず。


そんなあたしだから、こういうクランに誘ってくれたマスターには感謝していた。


「こんー」


挨拶をしながら玄関を開けて中に入ると、中にマスターの姿はなく代わりにクラメンの一人がいた。


「おいすー」


「あたしが一番だと思ったのに空気読んでよねー」


「いきなり理不尽だなオイ!」


彼の名前はユリウス。


あたしの後にクランに入ったメンバーだ。


ちなみにフレンド登録はしていない。


連絡取りたかったらクランチャットで呼び出せば困らないしね。


まあそんなに仲良くないだけで仲悪い訳でもないけど。


感情としてはだいたい無。


なんならギルドのおじさん(NPC)の方が仲良いまである。


「そもそも、俺より先にスーさんが来てたから。もう帰ったけど」


「なら仕方ないか」


「素直に納得されるとそれはそれで理不尽だな!?」


なんて意見は無視して戸棚に保管されているお菓子の包みを手に取る。


数はクラメンの数-3だからあたしが三番目。


そのまま持ち帰って食べてもよかったんだけど、もしかしたらマスターが帰ってくるかもしれないからリビングの椅子に腰掛けてテーブルに包みを置く。


中身はクッキー。


「いだたきます」


手を合わせてから四角いクッキーを一つ口に運んでサクリと割る。


きつね色とコーヒー色が四分割モザイクになってるアレね。


もしゃもしゃと噛むと口の中に甘味とバターの香りが鼻をくすぐる。


おいしい。


はあ、無限に食べてたい。


クッキー自体は調理師になれば簡単に作れるんだけど、マスターの作ったのだと思うと別格だった。


使用用、保存用、観賞用でみっつ欲しい。


でも流石にマスターに無限に作ってとは言えない。


これシステムでワンポチ作成したのじゃなくてちゃんと手作業で作ったのだしね。


一応焼けるのを待ったりって手順はゲーム側で簡略化できるけど、それでも気軽にお願いするには手間がかかる。


なんて考えていると、テーブルの向かいの包みに目が行く。


「ねえ、そのクッキー頂戴?」


「嫌に決まってるだろ急に何言ってんだ」


「1万…、いや10万ゴールド出すから…!」


「必死過ぎてキモいわ!」


「あーっ!」


ぱくぱくと奴の口に放り込まれていくクッキーを見てあたしの叫びが響く。


「せめてもっとちゃんと味わって食べなさいよっ!」


「そこかよっ!?」


「うぅー……」


口惜しいけど流石に口からは取り出せないので諦めて自分のクッキーを大切に口に運ぶ。


今度は黄金色の丸いクッキーだ。


おいし。


そんな風にゆっくりとクッキーを味わっていると、向かいのユリウスが暇なのか話しかけてくる。


「そいや地下迷宮行った?」


「行った行った。ペットのハムスター欲しかったけど結局バザーで買った方が早いってなったわ」


地下迷宮というのは最近追加された特殊IDで、軽い謎解き要素があったりする。


まあ答えはネットに転がってるんだけどね。


そして本命は装備とペットなどの各種報酬だ。


周回毎に確定で貰えるコインで交換できる装備はともかく、完全ドロップ運次第なペットとライドは結局一度も見ないで飽きたんだけど。


「あれ、俺10周で2つ落ちたけど」


「は?(威圧)」


脳みそのリソースの9割はクッキーを味わうことに割きながら雑談していたおかげで、つい本音が出てしまった。


「むしろアイが物欲センサーに引っ掛かるのはいつものことだし威圧されても困るんだよなあ」


「にしたって10周で2つは無いでしょ。そんな頻度で落ちるならバザーで10万単位で取引されてないのよ」


「まあそれはそうかもしれないが」


「というか2つも落ちたなら1つくらいあたしに寄越しなさいよ、やくめでしょ」


「役目ではねえよ。まあ金払うならあげてもいいが?」


「それはあげるとは言わないでしょうが」


とはいえ、実際タダで貰っても貢がれてるみたいで気持ち悪いなと冷静になって思った。


これがマスターからなら有り難く頂戴したあとになにかお礼をしようと頭を悩ませるだろうけど。


「じゃあバザーの最安値で」


「今いくらだ?」


「27万8000ゴールド」


「それならまあいいか」


お互いにシステムウィンドウでバザーの金額を確認してからトレード画面を開く。


まずお互いのアイテムとゴールドを設定して確認ボタン。


それを確認をしたら更に二人で承認ボタンを押す二重チェックシステムだ。


ちなみに、ゴールドの桁間違いは稀によくあるミスだから注意ね。


知り合い同士ならともかくそうじゃないならトラブルの元だし、バザーでやったら泣き寝入り確定になる。


そういえばアリスちゃんは大丈夫かな、なんて心配になったのであとでメッセージ送っておこう。


まあ今回は一応相手は知り合いだからミスしても大丈夫だけど、なんて思いつつ一応指差し桁を数えてから承認を押した。


「まいどありー」


ちなみにバザーは手数料として売る方と買う方が両方5%の手数料を取られるから、相手が知り合いならこうやって直接トレードした方がお得。


「んじゃ、俺は帰るわ」


「おつー」


ユリウスが帰ったのを横目で見ながら、中身が少なくなったクッキーの包みを前にしてどうしようかなと悩む。


ちょっとだけ、取っておこうかな。


今全部食べちゃうのは勿体ない気がしたので包みを紐できゅっと縛って、持ち帰る前にメッセージボードへ書き置きを残しておく。


『クッキーご馳走さまでした。美味しかったです。アイ』


直接メッセージでお礼言ってもよかったんだけど、バトル中とかかもしれないので遠慮しておいた。


それじゃあ帰りますかー。


いつまで待っててもしょうがないしログインしてから直できたからまだ日課も済ませてないということで、重い腰を上げてクランハウスから出ることにする。


玄関のドアノブに手をかけると、丁度外側からそれが引っ張られて思わずつんのめる格好になった。


「わふっ」


なにかにぶつかった感覚と共に、お腹の辺りから声が響く。


「あっ、すみませんマスター」


「大丈夫なんじゃよー、ってなんで抱き締められてるのかの?」


「そこにマスターがいたので」


「哲学的じゃのー」


「そうですね」


声が自分のお腹から響いてきてちょっとくすぐったい。


そして丁度良い高さにいたのでつい抱き締めてしまったマスターを解放して一歩下がる。


「どうぞどうぞ」


「ありがとうなんじゃよー」


玄関が閉まらないように手で押さえ、マスターを中へ促してからあたしも中へ入った。


「そうだマスター。クッキーご馳走様でした。美味しかったです」


「喜んでくれたなら良かったんじゃよー」


「あっ、今お茶いれますね」


マスターが椅子に腰を下ろしたのを確認してから、あたしはマスターとまったりするモードにスイッチを切り替えた。




☆今日の日課はお休み――!

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