007.『婚活、してみてもいいかな』

「結婚おめでとー!」


祝福の言葉とともにパチパチと拍手に包まれ、あたしもその様子にまざる。


本日の主役席には白いタキシードとウェディングドレスを着た新郎新婦の姿。


あたしは来賓席でリサと並んでその様子を見学している。


まああたしはリサの付き添いで出席してるだけでどっちとも知り合いじゃないんだけどね。


そもそもあたしに結婚式の招待状を送ってくるような相手なんてほぼいないし。




このゲームの結婚システムではお互いの場所に直接テレポートする機能や、財産の供給などの機能があり今日みたいに結婚式を挙げることもできる。


そしてパートナーは同姓でも可なので、この前リサに求婚されたように女キャラ同士で結婚することも可能だったりする。


まあ所詮アバターを通したゲーム内のシステムだしね。


なのでガチ恋してる恋人同士から、友達の延長線上の結婚、はたまた結婚式を挙げることでもらえるドレスなどのアイテム目当ての偽装結婚なんてものも存在したりする。


全部ネットで聞いた話だけど。


何度も言うけど、あたしを結婚式に招待するフレンドなんていないんで。


一番社交性を持ってるフレンドといえば隣に座っているリサだけど、気が変わってなければリサが結婚式挙げるときにあたしは招待席じゃなくて主役席に座ってるだろうしね。


今のところあたしにそんなつもりはないのでその予定は未来永劫存在しないけれど。


「綺麗だねー」


「そうね」


新婦を見て羨ましそうな表情をしているリサの言葉に同意した。


結婚式というシチュエーションはともかく、あのウェディングドレスはデザインが凝っているし、色変えも可だと聞いているのでコーディネートに可能性を感じる。


あのドレスはトレード不可バザー不可だから、着るにはどうやっても結婚するしかないのよねー。


黒染色でガンナーやったらスタイリッシュドレスガンアクションになって楽しそう。


ロングブーツとロンググローブで魔改造してバトルドレスって感じにしてもいいし。


そんな妄想をしていると、気付けば式はケーキ入刀から立食パーティーに移行していた。


リアルの結婚式なら主賓や親族の挨拶やらあるところだけれど、ネトゲだとサクッと済むから気楽でいいね。


新郎新婦はフレンドと談笑しているし周りもそんな雰囲気なので、あとは終わるまで食事でも貰ってれば問題ない。




「リサちゃん!」


「ユニカちゃん、結婚おめでとー!」


「ありがとー!」


テンション高めで抱き合ってるリサと新婦さんがひとしきり盛り上がったのを確認してから、そろそろいいかなと声をかける。


「ご結婚おめでとうございます」


「ありがとうございます」


なんてお互いにお辞儀をして来賓ノルマは完了。


そのあとはリサを交えて談笑が始まる。


「お二人は仲がいいんですね。もしかしてお付き合いしてるんですか?」


そんなユニカさんの質問に、ネトゲの中でお付き合いって感覚もよくわからないな、なんて思ったりするが流石にゲーム内で結婚式までしてる彼女には言わない。


「私たちはねー……、あいたっ!」


余計なことを言いそうな気配がしたリサの尻をパシンと叩くと驚いて身体がビクッと跳ねる。


ちょっと面白かった。


「いや、痛くはないでしょ痛くは」


何度も言ってるがゲーム内に痛覚は実装されていないので触られた感触はあっても痛みを感じることはないのだ。


「痛くはないけどビックリはしたよー、どうしたの急に?」


「いや、お尻に虫がついてたから」


「絶対にでしょ!?」


まあ嘘だけど。


「ちゃんとついてたわよ、カブトムシ」


「それ叩いてどうにかなるものじゃないよね!?」


確かに、叩いたら角が手に刺さりそう。


そもそももしカブトムシがいたら誰かのペットでシステムに保護されてるだろうしね。


「その場合、飼い主の第一候補はアイちゃんだと思うけど」


「あたしがわざわざ呼び出して人のお尻にくっつけるなんてそんなこと……、やるかも」


「やらないでよ!」


まあリサ以外にはやらないからセーフってことで。


「という訳でご覧の通り、あたしたちはただのフレンドですよ」


「凄く仲良さそうに見えますけど?」


そんなことはないと思う。


「まあ、たまにあたしが部屋で寝てるとベッドに潜り込んできたりしますが」


「詳しく聞かせていただいても……!?」


言うと同時にガッと肩を掴まれた。


食いつきが凄い。


「本当に付き合ってたりはしないですよ。気分としてはペットの犬か猫みたいなものです。まあ撫でるのは嫌いじゃないですけど」


「リサちゃんがそういう距離感で人と接してるのあんまり見たことないんですけど、本当にただのフレンドなんですね」


それはリアフレだからでしょうね、と思ったけどリアル側の事情を匂わせたくはないので黙っておく。


「リサにとってはあたしが最初のフレンドなので刷り込みたいなものかもしれないです」


「あたしペットじゃないもんっ!」


なんて文句アリアリなリサの抗議はスルーして、そのままユニカさんと雑談を続け、聞いてみたかったことがあったので投げかけてみる。


「ユニカさんはどうして旦那さんと結婚しようと思ったんですか?」


「そうですねー、色々あるんですけど、やっぱり一番はずっと一緒に居たいって思ったからですかね」


「ずっと一緒にですか」


リアルならともかくゲームではネット上の関係と割り切ってる上に、ネトゲとはそのうち自然と引退するものという認識のあたしにはできそうにない考え方だ。


まあ引退しない人間もいるし、ゲーム自体がサービス終了しても外部SNSや直接連絡先を交換してリアルで交流を続ける人もいるんだろうけど、少なくともあたしはそうじゃない。


実際に、このゲーム始める前にもいくつかネトゲを引退してきた実体験があるしね。


あと引退するフレンドを見送ったこともあるし。


「でも、結婚する理由は人それぞれだと思いますよ? 仲の良い友達みたいな関係で結婚してる人も見たことありますし」


「どちらかと言えばそっちの方があたしには向いてる気がしますねー」


恋愛相手と言うよりはパートナー、もしくは相棒って感じかな。


例えるならゴンとキルア、ってダメだこれ解釈次第で恋人同士になっちゃう。


虎杖と伏黒……、も似たようなものか。


いっそ『結婚』じゃなくて『スールの契り』とかって名前にならないかな。


そっちの方向性の方がまだ頑張りやすい気がする。


なんて悩んでると、ユニカさんに再びガッと肩を掴まれれる。


「がんばってください!」


「あっはい。ありがとうございます」


なぜか今日の主役に応援されちゃった。




それから新郎に呼ばれていったユニカさんと入れ替わりに、いつの間にか別の知り合いと話していたリサが戻ってくる。


「アイちゃん、結婚したくなった?」


リサが今日あたしを連れてきた目的の一番が今のセリフかな。


幸せそうな結婚式見たら自分も結婚したくなるよねって理論。


実際に一定の効果はありそうだけど……。


「んー」


再び主役席に戻って仲睦まじくしている新郎新婦の幸せそうな様子を見ても、羨ましいとは思わなかった。


まずゲーム内でパートナーを作るという行為がしっくりこないし、結婚した後でもずっと一緒に居たいと思えるような相手に出会える気がしない。


さっきも考えたけど、ゲーム内で疑似恋愛する気にもならないしね。


そもそもあたしの脳みそが、結婚って言うシステムに向いてないんだろうな。


コミュ障だし。




でも、だからこそ、そんなあたしでも結婚したいと思えるような相手に出会えるなら、それはとても幸せなことなんじゃないだろうか。




そんな風にも少しだけ思ってしまった。


「婚活、してみてもいいかな」


「ほんと!?」


驚いた様子で喜びを表すリサ。


まあそんなリサは現状、結婚相手の候補に入ってないけど。


なんてセリフは黙っておく。


だってめんどくさいしね。




結婚式会場から退出して、そのまま新婦と二次会へ向かったらリサを見送り街へ戻ってくる。


そのままマイホームに帰ってもよかったんだけど、なんとなくカフェに入って一息ついた。


街中にあるこのカフェは、プレイヤーがハウジングエリアで経営してるものと違いNPCが経営していて料理や飲み物もゲームシステム側で用意された物しか出てこない。


だけど基本拠点の街の一つとして様々な施設が集合し、それを利用する多くのプレイヤーが行き交う様子を眺めるのはMMOをプレイしている気分に浸れて、プレイヤー経営のカフェでは感じられない空気があった。


私服で歩いてる人、初心者装備でマップと街並みを見比べている人、重装備でマッチング待ちをしている人、カップルで歩いている人、そんなカップルを妬ましそうに見ている人。


運ばれてきた飲み物に口をつけつつ様々な人の流れを眺めながら、たまに良い感じのコーディネートをしているプレイヤーの装備をチェックしたりしていると、丸いテーブルを挟んだ向かいの席に人が座る気配があった。


リサじゃないだろうけど、誰だろう。


そんな風に思いながら手を伸ばせば触れられる距離に座ったその相手を少し訝しみつつ確認して、息が止まった。


「アイ」


ずっと前に聞いた、まだ覚えている懐かしい声。


その声で何度も呼ばれた名前の響きは、まだ記憶に残ってる。




「えっ……?」




「久しぶり、まだこの街拠点にしてるんだ」


なぜかおかしそうに笑った彼女が微かに銀色の長い髪を揺らす。


その仕草ひとつで、あたしの重い記憶の蓋をあっさりと開かれる。


そこにいたのは、あたしがこのゲームで一番最初にフレンド登録した相手で、もうフレンドリストには名前がない相手。


ずっと前に引退したはずの相手だった。

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