006.再会1/3

買い物から帰ってマイホームへの道を歩いていると、案内板を見上げている人影があった。


プレイヤーが家を変えるハウジングエリアは通常の街のエリアとは切り離されたつくりになっており、それ自体が巨大なインスタンスエリアとなっている。


まあプレイヤーが自由に家買うのに全部シームレスマップにしてたらどれだけ広いフィールド用意しても足りないわなって話ね。


そんな中で用事があるといえば自宅か、知り合いの家か、プレイヤーホームでお店やってる人の家かのどれかくらいなわけで、案内板を見ることはほとんどない。


つまり、あそこに立っている女子は初心者なんだろう。


声をかけようかな、なんて思っていると、彼女の方からあたしに気付いてこちらを見た。


「あっ」


「こんにちは」


挨拶はコミュニケーションの基本だ。


初対面の人にもとりあえずこれを投げとけばどうにかなる万能技。


応用に『今日はいい天気ですね』があるので、この二つをマスターしておけば生きていくのに困らないまである。


「アイさん、こんにちは」


んんんんん?????


この反応はどうやら初対面じゃなかったらしい。


と言っても人の顔を覚えるのが苦手なあたしの脳内には指の数ほどのフレンドの顔しかインプットされていないので、当然呼び出せる記憶などなかった。


「んー、ごめん。どこかであったっけ?」


「あっ、この前鍾乳洞ダンジョンで一緒になりました」


「どれくらい前?」


「一週間くらいでしょうか」


「あー……、うん思い出した。ノゾミちゃん、今日は一人なんだね」


思い出したというか、システムウィンドウからスクショを探し出して無理やり記憶を引っ張り出したんだけど。


やっぱりスクショはこまめに撮っておくに限るわねー。


彼女の顔は忘れてたけど、新規ちゃんと遊んで楽しかったことは覚えてたし。


「はい、今日は二人ともログインしてないので、一人です」


それは珍しい、と思ったけどよく考えたら一度しか会ってなかったので完全にあたしの偏見である。


仲良し三人組ってタグ付けしちゃったんだからしょうがないじゃんね。


あたしは悪くない。


「それで、ノゾミちゃんはどうしてこんなところに?」


「家を買おうと思ったんですけど、こうやって見てみてもよくわからなくて……」


聞けば三人でお金を出してシェアハウスをしようって話になったらしい。


いいなー、あたしも誰かとシェアハウスしたいなー、なんて思ったけどすぐにめんどくさくなって近寄らなくなるのが目に見えたからやめた。


あたし、家では基本ひとりでゆっくりしたいタチなのよね。


まあリサがよく邪魔しに来たりするけど、それでもやろうと思えば鍵を閉めて引きこもれる空間だと思うと精神的にずいぶん違いがある。


目の前の彼女とその友達はそんなことないのだろうけど。


「それじゃあ、あたしが案内してあげる」


「いいんですか?」


「うん、ちょうど暇だったしね」


あと初対面のことを忘れてたお詫びもかねて。


「じゃあとりあえず」


あとをついてきてもらうのもめんどくさいので、ライドの中からサイドカー付きのバイクを呼び出した。


ライドというのはこのゲームの乗り物の総称で、オーソドックスな馬型から世界観ギリギリのバイク、8人まで乗れるカボチャの馬車なんてのもある。


そのバリエーションの豊かさで、課金衣装と並んで課金ライドは運営の集金の柱だ。


「ノゾミちゃんはそっちに乗って」


「はい」


と頷きながら彼女が感想を漏らす。


「こんな乗り物もあるんですね」


「そうだねー、ゲーム進めると変なライドとか多人数で乗れるのなんかも出てくるよ」


初心者のうちは犬とか馬とかそんなのばっかりだけど、ストーリーを進めるとバラエティが豊かになってくる。


開発がネタ切れ対策に手を変え品を変えなんでも乗り物にしてるっていうのもあるけど。


「それじゃあ、しゅっぱーつ!」


「わっ!」


言うと同時にアクセルを全開にして急加速をするとノゾミちゃんから驚きの声が漏れた。


サイドカーの視点の高さで爆走するとジェットコースター並みの体験になるけれど、現実と違って落ちても危険はないので全力で飛ばしていく。


「きゃーーーーーっ!」


マップを横目に確認しつつスピードを可能な限り落とさずに何度か角を曲がり、さほど時間はかからずに目的地に着いた。


「だいじょうぶ?」


「ちょっと、休ませてもらっていいですか……?」


流石に刺激が強すぎたかな?


気持ち悪くなったりとかはしないはずだけど。


そういえば巨大タコさんが怖いって言ってたっけ。


「ここはアイさんの家ですか?」


バイクを止めた目の前にある一際大きい家はゲーム内で買える最大サイズのハウス。


当然個人では持て余すサイズなのであたしはもうちょっと身の丈に合ったサイズを使っている。


「ううん、知らない人の家」


「えっ?」


「それじゃ行きましょ、お邪魔しまーす!」


「ええっ!?」


驚くノゾミちゃんをスルーして扉を開けて中に入る。


「こんにちはー」


挨拶すると、中で椅子に座っていた女性が迎えてくれた。


「こんにちは」


「少し見学させて貰っていいですか?」


「どうぞどうぞ、ゆっくり見ていってください」


「ありがとうございます」


ということで部屋の中に入らせてもらう。


内装は中世ヨーロッパ風のコーディネートで、壁にはゲーム中のキャラクターを油絵風に再現した肖像画が飾られている。


家の外見も内装と同じような作りで飾られていたのを思い出す。


「統一感があって良い部屋ですね」


「ありがとう」


上品に笑う家主さんは家に合わせてキャラを作っているのか素がこんな感じなのか、どっちにしても家との親和性と完成度が高い。


中世貴族のような豪華なドレスを着ているその人は、ファンタジーモチーフのこのゲームでも飾りすぎかなと思わなくもないが、少なくともこの部屋の中ではちゃんと統一感が取れている。


「アイさん、急にお邪魔して大丈夫なんですか?」


「だいじょうぶだいじょうぶ」


ネタ晴らしをすると、この家は訪問者歓迎の看板を掲げているのでアポ無しで訪問しても問題ない。


大抵そういう家はハウジングガチ勢で自慢の家を見られて喜ぶ人たちの家なのでむしろお邪魔したほうが喜ばれるのだ。


ちなみに、どの家が訪問者歓迎なのかはマップからその家をタップしたらわかるゾ。


「そういうことは先に言ってくださいよ」


「ごめんごめん」


そんな非難の視線を誤魔化すために室内を見渡す。


「やっぱりLハウスは大きいですねー」


「そうかもしれないわね、内装に凝るとこれでも物足りないくらいなのだけれど」


「確かに家具の設置上限とかもありますもんねー」


Lサイズの家では学校の教室二つ分くらいの広さの二階建て+地下の3フロアに上限数百のハウジングアイテムを置けるので、普通に家作りする分には困ることはほとんどない。


それでもコンセプト決めて世界観を作ろうとすると小物の数がかさんでカツカツになったりする、らしい。


「ノゾミちゃんはハウジングとか凝りたいタイプの人?」


「私は普通にゆっくりできればそれでいいかと思います。二人も多分同じかと」


「ならもう一つ小さい家でも大丈夫かな」


Lサイズの下にはMサイズとSサイズの2種類があって、MサイズはLサイズの半分くらい、Sサイズはその更に半分くらい。


なんにも考えずにLサイズを買うとその広さを持て余したりするので、ちゃんと下見をして確認するのは大事。


まあゴールドが有り余ってるならスペース余らせても困らないんだけど。


「そうだ、ノゾミちゃんこれ着てみて」


「これって、ドレスですか?」


「そうそう」


持ち物からこの部屋のコーディネートに合った煌びやかなドレスをノゾミちゃんに渡す。


「なんだか恥ずかしいですね……」


システムウィンドウを操作してパッと着替えた望ちゃんはその自分の姿が少し恥ずかしそうな仕草を見せる。


「たしかに、メインストーリー追ってる段階だとあんまりこういう格好しないかもね」


本編だと基本的にクエスト用の装備着てれば問題ないのでドレスとかにはあまり縁がないかもしれない。


これが最新パッチ分まで消化して暇になると、私服でお出掛けしたりメイドのコスプレしたりキグルミで日課消化したりする人間が増えたりするんだけど。


「それじゃあ一枚撮るねー」


赤い真っ赤なワンピースデザインのドレスを着て、恥ずかしそうに椅子に座っているノゾミちゃんを、呼び出したカメラで撮影する。


パシャリ。


うーん、満足。


「アイさんは撮らないんですか?」


恥ずかしさを誤魔化すようにこちらに話を振るノゾミちゃんがまたかわいい。


「あたしはだいじょうぶかなー」


陰キャらしく、自分を撮るのはあまり好きじゃないのだ。


まあゲームの中のアバターな分、リアルの自分よりはこれでも随分マシだけど。


ということでパシャパシャと撮影した写真が現像して束になった所で、満足したのでおいとまさせてもらうことにする。


「見学させていただいて、ありがとうございました」


「ありがとうございました」


「こちらこそ。またいらしてくださいね」


挨拶とともに礼をして、あたしたちは退出して次の目的地へと向かった。




Mサイズの広さを確認してから再びバイクを走らせて、自宅の前へと到着した。


本当は他人のプレイヤーホームに連れて行っても良かったんだけど、既に会話の流れであたしの家がSサイズなのは言っちゃってたからその上で他所の家に行くのはどうなの?みたいな気持ちもあったのだ。


ノゾミちゃんは別に気にしないだろうけど、あたしの気持ちの問題ね。


「よいしょ」


サイドカーに乗っていたノゾミちゃんが、和服で動きづらそうにそこから降りて立ち上がる。


前に寄ったMサイズのプレイヤーホームが屋敷モチーフだったので着てもらったのだ。


「ここがアイさんの家ですか?」


「うん、ちょっと待ってね」


家の中に入る前に、システムウィンドウを操作して自宅への入室制限を一時的に解除する。


普段はフレンドの中でもリアルの性別を知ってる相手しか入れないようにしているのだけど、今だけ特別ってことで。


前二つに比べたらクオリティも高くない普通の家だけどまあそこは許してもらいたい。


「Sサイズはそんなに広くないですね」


中に入ってノゾミちゃんが部屋の中を見渡しながらそんな感想を呟く。


「そうねー、三人でシェアハウスするなら最低Mはほしいかも。一人だとこれくらいの方が落ち着くんだけど」


Sサイズの広さはベッド二つ置いたら狭く感じるくらいなので、三人で住むにはどうあってもスペースの問題に当たる。


一応地下にもう一部屋あって、そっちはシングルのベッドをぴったり並べれば三つ置けなくもないけど。


とはいえハウジングに凝る訳じゃなく、ある程度自由に弄れるプライベートスペースとしてはこれくらいが個人的には丁度良いのよね。


広すぎる部屋に一人でいるとなんだか虚しくなってくるのし。


「あと単純に安いのもあるわねー」


「おいくらくらいですか?」


「Sは500万、Mで1500万、Lが5000万かな」


「たかい!」


長く遊んでればM以上でも普通に貯まるくらいの金額だけど、新規のノゾミちゃんたちには確かに高いかもしれない。


1500万くらいなら無担保で貸してあげてもいいかなと思ったりもしたけど、流石にやり過ぎかなと思って自重しておいた。


ちなみにこのゲーム、インフレ防止のゴールド回収システムがうまく機能しているので他のネトゲのように通貨のKとかMとかGの表現はあまり使われない。


写真の現像アイテムとかも金額は小さいけどそういうゴールド回収システムの一環ね。


「あとで引っ越しもできるから、ひとまずはS買うのを目標に金策したらいいんじゃないかな」


理想はM以上だけど無い袖は振れない。


それにまあ、お金が貯まるまで三人でSサイズをシェアハウスっていうシチュエーションも面白いんじゃないかなんて無責任に思ったり思わなかったり。


「そうですね」


「とりあえず、3人で500万ならそこまで苦労せずに貯められると思うよ」


一人頭166.6万なら、無駄使いをしなければ自然に貯まるだろう。


当然、各種金策を積極的にすればもっと早く目標達成も出来る。


「そうなんですね」


最高効率でガチ金策したら時給50万↑とか普通に出るしね。


まあその方法は新規プレイヤーには出来ないし、やると疲れるから必要に駆られない限りあたしもやりたくないんだけど。


なんて思っていると、ノゾミちゃんがこちらを見上げているのに気付いた。


「アイさん」


「ん?」


「よかったら、金策教えてくれませんか?」


「うん、それなら丁度四人いたら遊べる金策があるから今度それやろっか」


「はいっ」


嬉しそうに返事をしたノゾミちゃんの反応がちょっとくすぐったい。


「それでその……」


「うん?」


「フレンド登録お願いしてもいいですか?」


「あー」


そもそも登録してないのすっかり忘れてた。


ということでシステムウィンドウを開いてフレンドの申請を飛ばす。


「それじゃあよろしくね、ノゾミちゃん」


「はいっ!」


そんな元気な返事と一緒に、あたしのフレンド欄に名前が一つ増えた。




☆フレンドが増えたよ!やったねアイちゃん!

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