005.ロリマスター

このゲームにおいて、廃人という単語を使う機会はさほど多くない。


それはこのゲームのバトルが記憶力とスキル回しに重きを置いているせいで、pay to win (課金した人間が勝つシステム)やplay to win (長時間プレイした人間が勝つシステム)になっていないからだ。


具体的には年に一度、パッチで追加される最高難易度バトルでも、数日中にはクリアされるので拘束時間は数十時間から百数十時間程度。


脳の回転が重要なので、新規コンテンツが追加されエンドプレイヤーが我先にと攻略を始めるような状況でも睡眠時間はちゃんととる傾向にあるのも関係しているかもしれない。


お風呂に入る時間やお手洗いに行く時間も惜しんでモンスターを狩っていた古式ゆかしいMMOとは時代が変わってかなり健康的だ。(そもそもゲームにハマっているのが不健康という話は置いておいて)


まああたしはそういったシステムのゲームも嫌いではないけれど。


むしろ個人的には時間を対価にレアドロップを掘るゲームシステムの方が好きまであるかも。


しかし、そんな健全なイメージを持つこのゲームでも、廃人と呼ばれるようなプレイヤーがいないわけじゃない。


その中でも一番多用されるのが釣り廃人であり、あたしの所属するクランのマスターがそれにあたる。


「なんだか誤解を招くような紹介をされたような気がするんじゃが?」


「気のせいですよ」


向けられた視線を右から左へ受け流す。


あたしの隣に座り、目の前の池に向かって竿を垂らしているのがうちのマスター。


当然キャラネはマスターではないのだが、数少ないクランメンバーからは基本的にマスターと呼ばれてる。


今日は珍しく、そんなマスターに誘われて二人で釣りに来ていた。


目の前には綺麗なエメラルドグリーンの湖が広がり、後ろには数歩進むと雲海が広がっている。


大空に浮かぶ孤島の湖という高所恐怖症には真っ青なシチュエーションだが、景色自体はかなり美しい。


なんで島が浮いているのかと言われれば剣と魔法のファンタジーな世界観だからとしか言えないわけだけど、落ちたら普通に死亡扱いで最後に使ったセーブポイントに強制転送されるから注意ね。


ちなみに陸上競技場くらいのサイズのこの島には、モンスターはもちろん他のプレイヤーの姿もなく貸し切り状態。


つまり二人きりのデートって形になるわね。


「それで、今日は何を釣りに来たんですか?」


「そんな身構えなくても大丈夫じゃよー、今回はすぐ釣れる予定じゃから」


小人族でキャラクリされたマスターのキャラはあたしの半分程度の身長で外見は女の子にしか見えないが、そのお婆ちゃんのような口調がミスマッチでオタク的にはある意味マッチしている。


見た目小学生から中学生くらいまでの身長のキャラしか作れない小人族はそこそこ人気種族だけど、中身が外見通りのリアル小中学生なんてことはほぼ皆無だろうしね。


これも一種のロールプレイみたいなものなのかな。


わりとこのゲームのプレイヤーは懐が深いので、そういうキャラ付けしている人も稀によく見かける。


あたしのフレンドに猫の姿で『にゃー』って喋る人もいたりするし。


まあリアルと一緒で濃いキャラ付けをしていると揶揄されることも無くはないが、少なくともゲーム内で度を越せばハラスメントでBANBANされるので平和である。


打って変わって外部SNSはゲームないほど平和じゃないらしいけど、まあ基本的にそっちを見ないあたしには関係ない話。


「それでどれくらいで釣れそうなんですか?」


「そうじゃなー、30分はかからないくらいかの」


「なら安心ですね」


釣りにのめり込む人間が廃人といわれるように、このゲームでは一匹の魚を釣るのにリアルで数ヶ月から数年かかることもあるという。


それに比べれば30分程度はほんのお遊びの領域だろう。


あたしも一応竿を垂らしてはいるが、基本的にマスターが釣ってくれるだろうと思っているので気楽にしている。


「それで今日はなんて魚がお目当てなんですか?」


「アトランティスサーモンじゃよ」


「アトランティックサーモン?」


急にリアルの回転寿司で回ってそうなネタに思わず聞き返してしまった。


「美味しそうな名前ですね」


「実際味が人気じゃのー」


このゲームでは調理師になれば実際に料理を作ることができ、当然それを味わうこともできる。


ついでにステータスアップのボーナスも付くので、生産系のジョブでは調理師が一番人気だ。


まああたしは生産系のジョブも全部カンストしてるけど。


ちなみに釣りも採集系のジョブである漁師のレベルが関係してくるのだが、同じくあたしはカンストしているので問題はない。


「ってこれバザー可なんですね。高いんですか?」


システムからデータベースを開いて検索すると、件の魚の情報が確認できる。


魚のほとんどはプレイヤーが出品するバザーで購入することができるので、実際に釣って図鑑を埋める目的でなければそっちの方が圧倒的に楽だ。


「それほどでもないかのー、ただやっぱり自分で釣った魚は格別なんじゃよ」


「そういうものですか」


特にゲームの中じゃ鮮度なんて概念はないから自分で釣ってもバザーで買っても変わらなそうだけど。


なんなら数年単位で倉庫にしまわれてる食材なんてのもあったりするけど問題なく食べられるし。


まあたまにマスターに誘われるのは嫌いじゃないからいいけどね。




それから少しして、釣糸を垂らして魚がかかるのを待ちながら気になったことをマスターに聞いてみる。


「マスターはなんで釣りが好きなんですか?」


別に釣りがつまらないとは言わないけど、漁師は他の採集系ジョブに比べてもあまり儲からない。


というか釣りを好むプレイヤーが儲かることを望まないという風潮がある。


曰く時間をかけた結果は魚という成果があり、そこに金策が絡まないからいいのだと。


大した報酬もなく相当な時間をつぎ込むのはあたしにはあまり理解できない考え方だけど、そういうプレイヤー間の思考の土壌があるんだろう。


まず報酬ありきでコンテンツを考えるのは悪い癖かもしれないが、とはいえプレイヤーの中では一般的な考えではあると思っている。


報酬次第でコンテンツが過疎ったり人気になったりするのはよくあることだし。


「そうじゃのー」


マスターはまるで髭を弄るように顎を撫でる。


もちろん少女の外見のそこには髭などないんだけど、何となくその仕草は様になっていた。


「珍しい魚、大きな魚を釣るのはもちろん楽しいんじゃがの。それ以上にその土地の自然と世界観を感じるのが好きなのかもしれんの」


「よくわからないですね」


あたしが素直な感想を返すと、マスターにハハハと笑われてしまった。


「難しく考えなくても、景色が綺麗とか風が気持ちいいとかでいいんじゃよー」


それくらいならまあ、わからなくもないかもしれない。


実際リアルと見まごうようなゲームないの景色はそれだけで価値があると言えなくもないし。


「あと釣った魚が美味しいとかじゃの」


「それならわかります」


「ハッハッハ。アイちゃんは素直でいいの」


「裏表のない素敵な人ですってよく知り合いにも言われますからね」


嘘だけど。




それからおよそ30分後、お目当ての魚の2匹目を釣ったマスターが釣竿をしまった。


システムウィンドウを操作したマスターが漁師から調理師にジョブチェンジしてエプロン姿に早変わりする。


このゲームでは決められた素材を用意して一時的なステータスアップ目的の料理を作ることができるが、それとは別に手作業で料理を作ることもできる。


指定アイテムの組み合わせ以外の創作手料理のステータスアップは雀の涙くらいしかつかないけどね。


とはいえ基本的にそっちは自分で手料理を作りたいプレイヤーの要望に応えるためのシステムなので問題はない。


マスター慣れた様子でトントンと釣った魚を捌いて刺身を作り、そのまま丼に盛っていく。


作業机に対して身長が足りないので小さな台に乗ってる姿がキュートだ。


「はいおまちー」


「ありがとうございます」


予め呼び出しておいた椅子に座りながら、テーブルに置かれた料理を見る。


贅沢に盛られた数種の刺身と中央に載せられた魚卵で、見た目も鮮やかな海鮮丼だ。


リアルで注文したら3000円くらいしそう。


料理を終えたマスターも、エプロンを外して自分の丼を前に椅子へと腰掛ける。


「いただきます」


「いただきます」


添えられた箸を受け取って、なぜか炊き立てほかほかのご飯と一緒に口へと運ぶ。


そのまま咀嚼して、カッと目を見開いた。


「美味しいですねこれ!」


オレンジ色の切り身はまるでサーモンのような味。


というかサーモンだこれ!


まあ名前からしてサーモンなんだけど!


「美味しかったならなによりなんじゃよー」


あたしの反応に、笑顔でマスターが教えてくれる。


「その中の一匹はアイちゃんが釣ったのじゃよ」


なるほど、確かにあたしが釣った魚の何匹かをマスターに差し上げたんだけど、それが料理になってあたしの元に戻ってきたらしい。


「そう言われると、なんだか達成感がありますね」


まあ同時に、自分が直で釣った魚は寄生虫とか大丈夫なんだろうかなんてリアルの思考に引きずられるけど、このゲームには寄生虫なんてバッドステータスは無いから大丈夫。


ネトゲサイコー!




食事を終えて、呼び出したアウトドアチェアに体を預けながらラジオをつける。


ラジオからは他のプレイヤーがやっている音声onlyの配信が流れてきて、風景に溶け込んでいく。


こういうのも悪くないかもしれないと思うのは海鮮丼で満足したからだけど、案外マスターの言っている楽しみ方というのはこういうのなのかもしれない。


リアルなら荷物を用意して何時間も準備やっとできるキャンプが、ゲームの中なら一瞬で出来るんだしね。


まあ今日はテントを張って本格的なキャンプをしたりはしないけど。


ラジオを挟んでとなり、あたしと同じようにアウトドアチェアに腰かけているマスターは、レトロな感じのカメラを握りながら周囲を観察している。


カメラっていうかもう射影機ね、あれ。


そもそもこのゲームのカメラは飛ばせるし、プレイヤーの視界をそのままスクショすることもできるんだけど雰囲気作りだ。


ちなみにそういう需要が結構あるのか、カメラのデザインは課金、非課金アイテム両方でそこそこの数があったりする。




マスターとはたまに誘われて今みたいに一緒に遊ぶこともあるけど、そこまで頻繁に顔を合わせるわけじゃない。


そもそも今のクラン自体がみんなで集まったりせずに、たまに顔を合わせるくらいの距離感を好む人間をマスターが勧誘してるっていうのもあるけど。


なのでふと聞いてみたいことを思いついた。


「マスターは結婚したいと思ったことありますか?」


「そもそもワシは一度結婚したことあるんじゃよー」


「えっ! 聞いてないんですけど!?」


「結婚してたのはアイちゃんと出会うよりも前の話じゃからのー」


といってもマスターと知り合ってからもう一年以上は経つので、結構前の話だ。


「んんー、あんまり詳しく聞かない方がいいですか?」


前は、というなら今は違うということで、事情があるには違いない。


「そんな気を使わなくても大丈夫なんじゃがの」


と言っても語ってくれたマスターの話では、以前の結婚相手はリアルの都合で引退してしまったのだという。


ありふれた話ではあるけれど、寂しい話であるのも事実なので申し訳ない気分になる。


あたしも、マスターが引退したら寂しい。


マスターと結婚してる訳じゃないけど。


「マスターはあたしより先に引退しないでくださいね」


「わしもアイちゃんに先に引退されたら悲しいんじゃがの?」


「それは保証できないですね」


ネトゲとはいつだって引退する時が来るものだ。


少なくともあたしにとってネトゲとはそういうもので、今まで何度も繰り返してきたそれを、今回は大丈夫とは言えない。


人に言っておいて自分はできないなんていうのは無責任なのはわかってるし、そもそも望んで引退したいと思ってるわけでもないんだけど。


「でもそう言ってもらえると嬉しいですね」


今までそんな風に言われたことはない。


それはあたしのあまり人と関わらないプレイスタイルのせいでもあるし、ほとんどの場合引退する人間を止めようとしても無駄だからということもあるだろう。


リアルで付き合いがあるわけでもなしに、ゲーム内で引退していく人間を引き止めるのは不可能に近いというのはネトゲーマーなら実体験として知ってる人がほとんどだろうし。


でも、だからきっと、引退されたら悲しいなんて言ってくれるマスターとの出会いはあたしにとって貴重なものだった。




「今日はありがとうございました。お魚美味しかったです」


そろそろリアルタイムがログアウトの時間になったので、自分の荷物をシステムウィンドウから収納してマスターに頭を下げる。


「そう言ってもらえるなら漁師冥利に尽きるんじゃよー」


「また誘ってくださいね」


「たまには、アイちゃんから誘ってくれてもいいんじゃよ?」


と言われるとちょっと困る。


あたしは人を誘うのが苦手ことはマスターにはバレてるので、ようするに頑張れということなんだけど素直にはいとも言えなかった。


人を誘うのってめんどくさいし、誘って断られるともっとめんどくさい。


なんならタイミングによっては誘われてもめんどくさいし。


その根底にあるのは大抵のことはひとりでやった方が早いし気楽だというコミュ障ぼっち体質の現れだった。


とはいえ、流石に直でお断りするのも申し訳ないので折衷案。


「前向きに努力します」


「うん、楽しみにしとるの」


そんな口調に似合わない小さな身体で嬉しそうにしているマスターは、やっぱり優しくて素敵な人だった。




☆コミュ障オタクにも優しいロリババアとか最高か――?

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