004.抱き枕(保温機能付き)とダブルベッド

目を覚ますと、すぐ目の前に女の顔があった。


一瞬リアルかと思ったけれど、瞳の色合いがリアルで知っているそれとは別物だと気付いて現状を思い出す。


「おはよう、アイちゃん」


「おはよ」


そんな風に目覚めの挨拶をして、だけどベッドから起き上がろうとはせずリサはこちらを見ている。


あたしがベッドに寝ているといつの間にかリサが添い寝しているのはよくあることなのでもう驚いたりもしない。


というかいつの間にかあたしがリサの腰に腕を回して抱き枕にしていたようで、起きようとしないのもそれが原因だったし。


しかし改めて至近距離で顔を見ると、本当に整った顔立ちだなー。


リサはこれでキャラクリがデフォルトなのだと思うと、世の中の不公平に文句言いたくなるね。


そんなあたしの気持ちを知らずに、見つめられて不思議そうな顔をしているリサになんだかイラッとしたので頬を摘んでそのまま引っ張る。


「ひょひょひひゃひょ?」


「なんでもない」


戸惑うリサのほっぺたを限界まで引っ張ってぱちんと離す。


現実ならそこそこ痛いだろうけど、ここはゲーム内なのでノーダメージだ。




ここはゲームの中のプレイヤーホーム。


このゲーム、通称ffofの中では睡眠をとることができて、その場合は起きてもゲームにログインしたままの状態でいることができる。


その性質上、花粉症などに悩まされず快眠を得ることができるので、一部の人は好んでゲームの中で睡眠をとったりもしていたりするとか。


逆にリアルじゃ寝返り一つもうてないから、長時間ログインしすぎると体の節々が痛くなったりするけどねー。


当然プレイヤーが寝ている間はキャラクターもその場に残るので、あたしは自宅の中でしか寝ないし、その状態でのマイホームへの入室許可を設定しているのはリサとあと数人くらいだけど。


システムである程度は保護されているとはいえ、流石に無防備な寝姿を不特定多数に晒す気にはなれないし。


「あたしが寝てる間になにかあった?」


「ううん、なにも」


あたしが寝てる間に横で添い寝していたリサに尋ねる。


もう慣れた光景なので今更一緒に寝ていることに疑問は持たないけど、せっかくログインしてるのに時間がもったいなくないんだろうか、なんて思うのはぼっちの思考なのかな?


少なくともあたしは、リサがプレイヤーホームで寝てたら放置してデイリー消化か金策でも始めると思うけど。


「アイちゃんはそろそろ起きる?」


「んー、まだ寝たい気持ちと何かしたい気持ちが半分ずつあるわね」


「私はどっちでもいいよ?」


どっちにしろ一緒にいるのは確定なのね。


まあ文句はないけどさ。




「そういえば、この前のパッチで家具が増えたらしいけど確認した?」


「んーん」


やっぱり起き上がる気にならなかったのでリサに話題を振ると首を横に振る。


じゃあ、ということであたしはハウジングの電子カタログを呼び出した。


プレイヤーホームは外装から調度品に至るまで変更可能で、それらはハウジングアイテムとして定期的に追加されていたりする。


「よいしょ」


リサに身体を起こさせてそのまま膝の間に座って背中を預けた。


そのまま身体の力を抜くと、ちょうど首の辺りに丁度いい膨らみが当たって頭が固定される。


うーん、らくちんらくちん。


この結構なボリュームのある胸もリアルと同じサイズと思うと呪いたくなるが、いい感じの枕になってるのも事実なので今日は許してあげよう。


ちなみに寝るときにクエスト中と同じ服装だと普通に邪魔なのでお互いに寝間着である。


タンクの金属鎧は当然として、キャスターのローブのような軽装でも皮素材の部分とかは結構当たると気になるのよねー。


その点寝間着はこんな風にくっついても全く違和感ないので素晴らしい。


まああまり人に見せられる格好ではないので家の外ではできないけど。


なんて思いつつ、呼び出したカタログを膝の上に乗せてペラリと捲る。


「今回はファンシー特集か~」


パッチ毎に追加される家具は共通のテーマを持つことが多く、今回はそれがファンシーらしい。


実際にページを捲ると、ピンク多め、フリル多め、キャラ物ましましって感じなので、今の部屋にはあまりマッチしそうにない。


今の内装はクラシック風なのよね。


とはいえ見ておいて損するものでもないので一通りは確認しておこうかな。


まあ別にハウジングガチ勢ほど拘っているわけではないから、模様替えすることに抵抗もないし。


あと基本的に家具は既存の素材からクラフトすることになるのだが、良い感じの家具はバザーでも人気で金策になったりもするのでチェックしておいて損はない。


「あっ、これ好きかも」


とリサが指さしたのは一人掛けのソファー。


試しにタップしてみると立体ホログラムが表示される。


それを指でつついてくるっと回してみると底面が確認できた。


わりとデザインは嫌いじゃないかな。


「ね、実際に座ってみていい?」


と請われたので、システムウィンドウを操作してそれを実際に部屋に呼び出す。


ちなみにこれは家の中限定のコマンドで、家主にのみ実行権限がある。


まあこれはお試し機能なので、実際に家具にするには買うか作るかしたアイテムを使用しないといけないんだけどね。


「えいっ」


ベッドからずりずりと降りたリサが、そのまま椅子へと腰を落とす。


「どんな感じ?」


「思ったより深く沈むかも」


なるほど。


家具のひとつひとつにも個別に弾性や肌触りが設定してあってどんな技術だと思わなくもないけれど、それを言ったらVRMMO自体が理解の範疇の外にあるので気にしない。


あたしが原理を理解できる範囲の機械なんてラジオがせいぜいだしね。


そのままずるずると身体を沈めて椅子と一体化していくリサは、自然と深く座るっている状態を通り越して寝転んでると言った方が近い姿勢になっていく。


「下着見えるわよ」


当然シャツの裾もショートパンツの隙間も防御力0になっているのだが、本人は気にする素振りを見せない。


「アイちゃんならだいじょーぶ」


そういう話ではないんだけど。


百歩譲ってあたしと一緒の時はいいとしても、他のプレイヤーと遊んでる時は大丈夫なのか心配になるわ。


まあリサはこんな様子でも弁えているところはあるから大丈夫だとは思うけど。




「他はどうー?」


戻ってきたリサとカタログを眺めるが、イマイチピンとこない。


「あんまり惹かれるのはないかなー」


「これなんて良いんじゃない?」


リサが指差したのはやはりファンシーデザインなベッド。


「デカくない?」


カタログでは指定されていないが、おそらく二人用である。


「だって今使ってるの狭いんだもん」


「当然のように人のベッドで寝ることを考えるのはやめなさいよ」


一応ここはあたしの個人宅なので、二人で寝ること前提にベッドを用意する気はないのだが、リサはそんな理屈を気にする素振りも見せない。


「ねー、アイちゃん。これ出して~」


「はいはい」


ということで渋々ながら、さっきと同じようにカタログから呼び出して部屋に置く。


「流石に部屋にふたつもベッドあると邪魔ね」


そこまで凝ったハウジングをしてなくてスペースに余裕があるのが幸いしたけれど、一人用の部屋にベッド二つは流石に過積載だ。


「あっちで寝てみよ?」


「んー、移動するのめんどいー」


なんて駄目人間のようなことを言うと、リサがしゃがんであたしの背中と膝裏に腕を通す。


「じゃあ、えいっ」


リサに抱き上げられた身体が、そのままベッドへと運ばれる。


そのままストンと降ろされると、マットが柔らかくて予想よりも身体が沈んだ。


新しいベッドは今まで使ってたものよりも上品な肌触りがする。


「これは、悪くないわね」


「あたしも好き」


隣に寝転んだリサ的にはお気に召したようだ。


でもやっぱりデザインがなぁ、となるので難しいところ。


「んー、やっぱり元のベッドでいいかな」


「そっかー」


なんて残念そうな声を出しつつ隣で横になってるリサは気に入った様子なので、今度彼女のマイホームに行ったらベッドが変わってるかもしれない。




「あ、そうだ。これあげる」


「えっ、なになに?」


持ち物リストから取り出したのは黄色い鳥のぬいぐるみ。


鳥といってもデフォルメされていてニワトリみたいなフォルムとサイズをしてるけど。


この前クエストでドロップしたもので、わざわざバザーの出品枠を埋める気にはならない程度に値段がつかないもの。


というかそこそこの頻度で拾える割に大して人気があるわけでもないので捨て値で投げられてるものだ。


「ありがとー! 大事にするね!」


そんな実情は知っているはずだろうけど、受け取ったリサは嬉しそうにそれを抱きしめている。


まあ喜ばれたならよかったかな。




「ねえ、アイちゃん」


「なに?」


結局元のベッドに戻ってまたごろごろしながらぬいぐるみを抱いているリサが、同じように横になって仰向けにシステムウィンドウを弄っていたあたしを見る。


「このまま寝てもいい?」


そんなことを言うリサは既に眠そうだ。


「別に良いけど、起きたときにあたしが居なくても文句は無しよ」


「えー」


なんて不満そうな声を上げられても、本格的に寝る前にはログアウトするつもりだからどうにもならない。


あたしはゲームの中でも眠りはするけど、就寝はリアルでしたい勢だ。


というか睡眠までゲームの中で済ませるといよいよリアルはいらないんじゃないかって気分になるから避けるようにしてる。


「それじゃあ、寝るまでなら一緒に居てくれる?」


「まあそれはいいけど」


どうせあたしもベッドから出る気はないし。


「それはそれとしてくっつくと邪魔」


「ひーどいー」


引っ付いてきたリサを剥がすと、そんな彼女がぴくっと眉を動かしてから中空のシステムウィンドウに視線を向けた。


「メッセージ?」


「んー」


リサが空中に浮かんだそれを指でなぞる。


プライバシー保護であたしからはその内容までは見えないけど、指の動きでメッセージの確認だけして返事をしていないのはわかった。


「なんだって?」


「なんでもなーい」


「嘘でしょ」


何か用事があるけど行きたくない、そんな雰囲気がリサから漏れ出てるのがわかる。


伊達に何年も一緒にいてないのよね。


そんな以心伝心に諦めたようにリサが口を開く。


「クランの集合だって」


「じゃあ行きなさいよ」


「行きたくなーいー」


リサのクランは高難易度攻略メインのプレイヤーの集まりで、タイムアタック等で結構有名な所だ。


その分召集の頻度とかも高かったりする。


あたしの入ってるクランはゆるゆるなので具体的にどんな感じなのかは想像でしないけど。


「まあでも、急な呼び出しなら気付かなかったことにして無視しちゃってもいいんじゃない」


メッセージを読んでも既読がつかないのがこのゲームの良いところだ。


まあもし既読がつくようなシステムならそもそもあたしは確認すらせずに放置するけど。


めんどくさいし。


なんてあたしのフォローにリサが首を横に振る。


「んーん、予定入ってたの私が忘れてただけ」


「なら行きなさいよ、流石に怒られるわよ」


なんてあたしの正論にも、リサはベッドの中でもぞもぞとして動き出す気配がなかった。


「集合時間は?」


「あと五分」


20時集合なのね。


「そうだ、アイちゃんも一緒にいこ?」


「嫌よ、あたしが一緒に行っても意味わかんないでしょ」


そんな知り合いの知り合いの集まりに飛び入り参加みたいな状況じゃ、なんだこいつって視線で見られるのが目に見えてる。


「それにクランってことは高難易度でも行くんでしょ?」


「なら一緒に高難易度やろ?」


「絶対に嫌」


そもそも着いて行ったとして参加できる訳もないだろうけど、あたしは宗教上の理由で高難易度は触らない主義なので絶対にお断りだ。


「んん~~~っ」


「無視するわけにもいかないでしょ」


ほら早く起きなさいとリサのお尻をパシンパシン叩くけど、一向に起き上がる気配がない。


「起きたくなーいー……」


まああたしは別にリサがサボっても困らないけど、それはそれとしてサボってる人間と一緒にいるとこっちまでとばっちりがありそうでめんどくさいもの事実。


「いい加減起きないと、入室許可剥がして強制的に放り出すわよ」


そんな風に最後通牒をすると、リサは枕に埋めていた顔をあげて上目遣いにこちらを見た。


「それじゃあ、戻ってくるまで待っててくれる……?」


「えっ、嫌だけど?」


「ひどい!」


だってどれだけ時間かかるかわからないし。


10分とかなら待っててもいいけど、バトルコンテンツ行くならそれくらいで終わるわけがない。


あと単純に人の行動に予定合わせるのってめんどくさいからやりたくないし。


「ほら起きて」


最終手段の実力行使で、リサの脇の下から腕を回してそのままぐいっと立ち上がらせる。


「ほら着替えて」


急かすように手をパンパンと叩くと、リサがシステムウィンドウを操作してちゃんと外に出られる装備に着替える。


「ほら行ってらっしゃい」


手を引いてそのまま開けた玄関を潜らせると、流石にリサも諦めた。


「行ってきます」


「行ってらっしゃい。待ってるとは言わないけど、寝るまではログインしといてあげる」


「うん、ありがと、アイちゃん」


「どういたしまして」


そんなやり取りのあと、テレポートの粒子を残して消えるリサを見送って時計を見ると、ギリギリ1分前だった。




はぁ、と息を漏らして、リサの消えた場所をつい見て思ってしまう。


リアルにも、テレポートほしいな……。


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