第二章

008.復帰者

「久しぶり、まだこの街拠点にしてるんだ」


声の主は懐かしい、ずっと前に引退したはずの相手。


そして一時期は毎日のように遊んでいた相手だった。




このゲームの表情再現はとても優秀で、あたしは今形容しがたい顔をしているだろう。


死んだ人間の幽霊を見たような気持ちと、苦い記憶に耐える気持ちと、抗いようのない懐かしさをコンクリートミキサーにかけてぶちまけたような表情。


「髪、切ったんだね」


「え? ああ、うん」


反応できずにフリーズしているあたしを気にせずに、スミレがそんなことを言う。


別にリアルとは違うので髪型なんてワンポチで自由自在なのだが、確かに昔はもっと長かったのを思い出した。


折角なのでリアルだとめんどくさい超ロングにするも、しばらく経ってからなんか違うなってなって短くするプレイヤーは多い。


主にあたしとか。


「短いアイも新鮮で悪くないかも」


「あたしにとってはもうこっちのほうが慣れ親しんだ髪型なんだけどね」


長髪だった頃よりも今の髪型にしてからの方がもうずっと長い。


それに髪型含めてキャラクターって感じだからあんまり弄る気にもならないし。


「スミレは全然変わってないわね」


銀色の長い髪、そこから飛び出すエルフ族特有の長い耳、あと赤いフレームのメガネも健在だ。


「だって復帰したばっかりだもの」


復帰したてで偶然再会した、って訳でもないんだろうなきっと。


「それで、アイ」


「なに?」


聞き返すと、スミレが空中に指を泳がせる。


「フレンド登録、してくれる?」


一度フレンド解除しているから自然な流れだけれど、その答えは決まっていた。


「悪いけど、二度会った人としかフレンド登録しないことにしてるの」


「なにそれ?」


スミレはおかしそうにクスクスと笑う。


あたしがそのルールを決めたのはスミレが引退してからなので、確かに以前からあたしのことを知っている彼女には滑稽に映ったかもしれない。


そもそもそのルール自体が滑稽ってことは言ってはいけない。


めんどくさいやり取りを省略するためって意味もあるけど、登録したけど忘れられた相手に気まずい思いをさせないためっていう心遣いのルールでもあるのだ。


「前のはノーカウント?」


「ノーカウント」


引退前なら何十回何百回も一緒に遊んだけれど、それを勘定に入れる気はなかった。


今日会ったからってまた連絡取り合うようになるとは限らないしね。


特に、一度引退した人間はまたいなくなる率が非常に高いのがネトゲの常だし。


「じゃあ、また明日ここに来れば登録してくれるんだ」


「あたしがここに居ればね」


なんて言いつつも、フレンド登録するためにまた会いに来るくらいの気持ちはあるのかな、と考えてしまう。


まあ実際に来るかはわからないんだけどさ。


「それじゃあまず一回目」


「ん?」


「復帰したばっかりだから、ID手伝ってくれる?」


「あー……、わかった」


自然に接してくる彼女にどんな距離感で対応すればいいのが未だに掴みかねていたあたしだけど、それでも流石に一緒に遊ぶのを拒否する気はなかったので素直に頷いた。




「その格好、懐かしい」


クエストと言うことでジョブチェンジして装備が切り替わると、それを見てスミレが呟く。


「懐かしいって、ああ、これのこと」


今着ている白魔の装備は最新コンテンツで集められる性能の物だけど、重ね着機能で表示されている見た目は確かに昔からずっと通して着ている物だ。


それに、白魔は最初に選んだジョブで、最初にカンストしたジョブでもある。


もう全部のジョブがカンストして随分経つ自分からしたらさほど意識しないものだけど、一緒に遊んでいた頃にメインで使っていたあの頃の記憶しかないスミレからしたら懐かしくも感じるんだろう。


「着替えようかしら」


ちなみに、ジョブチェンジは気軽にできるので場面に合わせて好きに着替えて遊べって言うのが開発の基本方針。


「えー、そのままでいいでしょ」


懐かしさを感じる視線がむず痒くて着替えようかと思ったけど、スミレに止められたし重ね着を弄るのもめんどくさいのでやめておくことにする。


「スミレはナイト?」


「うん、これしかメインクエストに出せるジョブないし」


メインクエストの要求レベルとメインジョブのレベルの上がり方は同じような上昇線になるように調整されているので、特に追加でサブジョブを育てていない限り出せるジョブは一択になる。


「マッチングで行く? あたしはどっちでもいいけど」


一応パーティー募集で4人メンバー集めていくこともできるが、ランダムマッチングに申請した方が多分早く出発できる。


デイリーでどこでもランダム申請してるプレイヤーが放り込まれるからね。


「うーん、二人で行くことって出来る?」


「二人で? んー」


基本的にIDは4人前提の難易度。


ただし通常そのID相当のレベルに全員のステータスが調整されるのを解除する『限界突破』というシステムを使えばそれ以下の人数でも攻略することはできる。


「あんまり推奨はされないけど」


とはいえ4人で遊ぶこと前提に調整されているコンテンツなので、適正なギミックや難易度で遊ばない限界突破を初見で使うのはあまり推奨されない。


なんなら今から行こうとしてるIDなら限界突破を使えばあたし一人でもクリアできるけど、介護されて攻略した時の達成感は激減だろうしね。


今行こうとしているIDは普通に行くと4人が適正レベル63にステータス調整されるのに対して、スミレがレベル67であたしがレベル90の2人バトルになると言えばその歪さがわかるだろう。


「でも折角久しぶりに会えたんだし、二人で遊びたいかな」


「誰のせいで久しぶりになったと思ってるのよ」


「怒ってるの?」


「怒ってない」


「でも確かにあの時のこと思い出すと、悪いことしたなって気持ちはあるかも。ごめんね、アイ」


「それ以上昔話すると怒るわよ」


「じゃあID行きましょ」


「はいはい」


スミレが引退した時のアレコレは、あたしのネトゲ歴の中でも燦然と輝く黒歴史の筆頭なのであまり思い出したくなかった。


まさかこのゲームで涙が流れる機能があるんだなんてことを、自身の体験で知ることになるとは思わなかったし。


…………。


あー、うん、やめよこの話。


「それじゃ、パーティー申請飛ばすわよ」


「うん、よろしく」


ということで、パーティーリストに名前が追加されたのを確認してから、IDの申請をした。




「うわー、懐かしい」


コンテンツの中に入ると、スミレが周りを見回してそんな風に呟く。


IDは自由に歩けるフィールドマップとは雰囲気が違うのでそんな感想になったのかもしれない。


戦闘が発生するっていう前提があるのでIDの中は基本的にダンジョンか、もしくは戦場だしね。


「とりあえず、スタンス入れて」


「あ、うん。これで大丈夫?」


スミレがスキルを使ってスタンスを入れると、ステータス欄に表示が増えた。


これをつけることによって、タンクは攻撃で多くヘイトを稼ぐことができる。


「基本的にこれでヘイトが剥がれることはないから好きに戦っていいわよ」


「へー、結構システム変わってるんだ」


確かに昔はヘイトを管理するのに気を遣うシステムだったので、その頃と比べるとかなり簡単になってるかな。


「とりあえず、動きは大丈夫そう?」


「うーん、多分?」


不安を感じる返事だったので、一応軽く口は出しておこう。


初対面なら『なにコイツ、うざっ』って思われるかもしれないけど、スミレとはそんな距離感でもないし。


「それじゃ、最初は一番近い雑魚に挑発投げて、寄ってきたら範囲攻撃ね」


「はいはーい」


やる気があるんだかないんだかわからないような返事とともにスミレが動き出すが、その動作には特別問題は見当たらない。


自身周囲へ範囲攻撃する『サークルスラッシュ』からのコンボも問題はなさそうだ。


このゲームではスキル名を口に出す必要はないが、攻撃のエフェクトを見ればどんな攻撃をしているのかは判別できる。


あとバトルログ表示すれば確認できるしね。


たまに高レベルでもコンボ一段目の攻撃を延々繰り返してる残念な動きのプレイヤーを見かけたりするのだが、少なくともスミレにそんな様子は見られない。


『ヒール』、『リジェネレイト』、『ホーリーレイ』、『ホーリーサークル』。


回復、継続回復、聖属性遠距離攻撃、ダメージ軽減エリア設置を順番にこなしながら、様子を見る。


とりあえず問題はなさそう、というかあたしの火力が過剰かな。


あんまり全力で攻撃するとスミレが何もすることなくなりそうなので、加減してほどほどに殴っていくことにしよう。


これがサブキャラのキャリーとかなら一人で殲滅しちゃってもいいんだけど、仮にも初見プレイだしね。


圧倒的な火力のプレイヤーの後をついてくだけなんて、他人の低難易度無双ゲープレイを眺めてるのと同じくらい退屈なので相手のことを考えるなら程々が丁度良い。


そもそも限界突破の時点で普通のプレイじゃないし、全力でキャリーしてほしいって言われたらそうするけどさ。


なんて考えてはいたけれど、スミレは特に何も言わずに処理をしていく。


「ここのボスってどんなギミック?」


「えーっと、覚えてない」


「えーぇ?」


「しょうがないでしょ、ここ久しく当たってないんだから」


全部で数十あるIDのギミックなんて、人口分布的にランダムマッチングでよく飛ばされる初期の方のやつと最新のやつ以外はだいたいうろ覚えだ。


ある意味、サービス期間が長くてコンテンツが豊富すぎるネトゲの弊害ね。


「まあでも、あたしは死なないし」


ヒーラーの耐久力はタンクより圧倒的に紙だが、それでも適正レベルよりも数十は上なら攻撃全部顔面受けしてもまだ耐えられる。


「私は?」


「がんばって」


「薄情者ー!」




そんな漫才を道中しながらも、最終的には床に寝転んだスミレを一度蘇生しただけで最後のボスまで倒すことができた。


「宝箱は全部持ってっていいわよ」


「ほんと? なら遠慮なく」


このレベル帯の装備も特にいらないので全部『pass』すると、スミレが入手したものの中から一つをシステムウィンドウで操作する。


タンク用のその装備は中華服のイメージを基調に部位毎に補強されたもので、見た目装備としてわりと人気があったりするやつだ。


金属鎧より弱そうに見えるけど、このゲームの装備は対応したレベルに合わせて性能が画一化されているので問題はない。


メインクエストを進めていればバザーで装備を調達しない限り自然とそこのIDで拾った物が役に立つシステムになってるからね。


そんな服を着てみたスミレが、こちらに見せるようにポーズをとる。


「どう? 似合ってる?」


「別に?」


「ちょっと、そこはお世辞でも似合ってるって言ってよね」


「あー、はいはい、似合ってる似合ってる」


「殴っていい? 盾で」


「暴力反対」


シールドバッシュの体勢見せたままスミレが追ってくるので、しばらく脱出地点のワープポイントを挟んでぐるぐると追いかけっこが続いた。




逃げるのに疲れたと言うか飽きたのでそのままワープポイントで帰還すると、スミレも一瞬遅れて隣に戻ってくる。


「あ、スクショ撮ってくるの忘れた」


「あーあ、スミレが盾振り回して追いかけてくるから」


「私のせいなの?」


「少なくともあたしのせいじゃないわね」


「なら、ここで撮るのは嫌って言わないわよね?」


「…………」


基本的に撮られるのが好きじゃないあたしの性格を把握して逃げ道を塞ぎに来てるのがいかにもスミレって感じだ。


別に嫌な訳じゃないけれど、ほんのちょっとだけ、心がざわつく。


「それじゃ、撮るわよ」


「はいはい」


撮影は済ませて、頼まれ事は終わったのでマイホームに帰る前になにか甘い物でも食べていこうかななんて思考を切り替えていると、スミレがこちらを見た。


「アイ」


「んー?」


「次のIDも付き合ってくれる?」


「んー。もうちょっとしたら落ちるからパス。というか次のID解放するまで数時間はかかるでしょ」


メインクエストでは解放されるIDとIDの間にも、お使いしたりイベントがあったりノーマルバトルがあったり感動的なシーンがあったりなかったりするのでスキップしなければそこそこ時間がかかる。


それに一応このゲームはMMOにしてはメインストーリーが面白いと言うのも売りのひとつにしているので、流石にスキップするのは勿体ない。


「それじゃしょうがないわね」


「しょうがないですな」


本音を言えば久し振りに会った知人とあんまり一緒にいると疲れるから退散したいみたいな部分もあります。


ほらあたし、コミュ障なんでね。


数年ぶりの再会で未だに距離感を掴みかねてる?みたいな?


なんて本音がバレてたかはわからないけど、そもそも先に語っていた話も正論ではあったので、スミレは素直に納得したようだ。


「また明日、アイ」


「んー」


太陽に照らされてキラキラと輝く銀髪を揺らしながら去っていくスミレに手を降って見送る。




また明日、また明日かぁ。




☆次回、再、再会――??

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