U-12竜狩選手権龍玉県大会〈後編〉

 ローリング回避して縦斬り、横ステップして横斬り――

 間接視野でアスラを対角線上に捉えながら、向かってきたら逆に離れて、細かい立ち位置の調整を行っていく。


 竜の予備動作を確認したら、先手で動く。

 ドラキラも竜狩も、極めたら『あと出しジャンケン』でしかない。

 ティラノレウスのモーションは、全て頭の中に入ってる。


 俺にとっての不確定要素は、目の前でウロチョロするアスラだけだ。

 コイツの動きさえ把握して、常にあの大剣の射程範囲外にポジショニングできていれば、俺がミスすることはない。

 試合開始2分ほどになるが、俺もアスラも完璧に近いプレーを続けられていた。

 アスラは何度も何度もローリング回避を成功させては、竜にカウンター攻撃を当て、1回はダウンを奪っていた。


 今日のアスラは、いつもにも増してノッている。有効ヒット率も高いし、HPゲージは緑で、まだ90%以上は残ってる。

 俺もアスラの好プレーを間接視野で捉えつつ、必要最小限の回避で竜の攻撃を躱し、頭部へのクリティカル攻撃を重ねていった。

 このままの調子でいけば、目標の3分台で狩れるな。スコアもSは固い。


 そんなことを思いながら、ダウン状態の竜に溜め斬り下ろし攻撃を当てた直後の出来事だった。

 ティラノレウスはバックステップでラインギリギリまで後退し、俺たち2人に向かってギャオンギャオンと咆哮してきた。


「怒ったから気ぃ付けろよ――って……」


 注意したそばから、アスラは特攻を仕掛けていった。しかも――


「いったぁ……」


 真正面から見事に噛みつき攻撃をくらっていた。例のごとく、フェイント攻撃の対応に失敗した様子。まさに『どうぞ攻撃を当ててください』とでも言わんばかりの自滅っぷりだ。

 その流れのまま、ティラノレウスは怯んだアスラに容赦なく尻尾攻撃を当てると、噛みつき攻撃と火炎球で追撃していった。


 アスラの頭上に浮かんでいたHPゲージはみるみる減っていき、90%以上は残っていたはずの緑色のバーは黄色へと変わり、60%近くまで削られてしまったことを教えていた。


「慌てんなっ! いったん間合いとれっ!」

 という俺のアドバイスも虚しく、アスラは頭部への連撃を狙って空振り。


 もしかしてお前、怒り状態の竜からダウンを奪おうとしてないか?

 いや、この前も教えたよな? 仕様上、それは無理だって。

 バカなの? 死ぬの?


「うおおおお――きゃっ!」


 叫びながら突っ込むも、アスラはまたもや噛みつき攻撃をくらって尻餅。

 怒り状態のティラノレウスは、練習時のグレードである少年B級でも1・3倍速。しかも今日は小学校六年生用の少年A級だから、1・5倍速にもなっている。

 立ち上がって再び縦斬りを仕掛けていくアスラを見た俺は、きっと死んだ魚の目をしていることだろう。

 ああ、懐かしき、この景色。お前ほんとに、ドラキラをプレイしているときの嶺華そっくりだな。

 犯してしまったミスを取り返そうとして、またミスを繰り返すという悪循環。これぞ、脳筋ハンターの末期症状。

 たった30秒足らずの時間にアスラのHPは30%を下回り、黄色から赤――残り10%未満を表す状態――へと変わってしまった。


「回復薬は使うなよ! 回避優先ッ!!」


 アスラに声をかけても返事がない。俺の大声が耳に入ってないようだ。

 スタジアムの電光掲示板中央に配置された時計を見るに、開始3分ほどが経過。現状、ティラノリオスは怒り状態1回、ダウン3回。


 以上の状況から考えると、竜の残りHPは30%前後か。

 こうなったら、アスラが残機を減らす前にティラノリオスを倒すしかないな。

 俺が攻撃しまくって、竜からヘイトを取り続ける。そうすることで、アスラへの攻撃は相対的に少なくなる。


 ヘイトを取りやすい攻撃は頭部への攻撃、クリティカル攻撃、溜め攻撃。だから頭部への溜め攻撃を、クリティカル判定で当て続けることが望ましいプレーになる。

 ティラノリオスの攻撃パターンと、それぞれの射程距離は頭の中に入っている。

 尻尾攻撃を躱せる距離に位置取りして、溜め攻撃を頭部に当てる。


 最速で竜を倒すんなら、回避行動はせずにひたすら攻撃を仕掛けなきゃならない。

 でもその戦術には、ハイリターンなりのハイリスクがあった。攻撃モーション中に攻撃をくらってしまうと、一定のダメージ倍率がかかるからだ。


 でも、その捨て身戦術でしかもうハイスコアを出せる道は残されていない。すでにアスラが回避を失敗した分だけ、スコアは減算されている。

 次の地方大会に進むためには、そこそこのスコアじゃダメなんだ。

 だったら俺は――


「こっち見ろよぉ!!」


 頭部への縦斬り、尻尾回転攻撃をローリング回避して、縦斬り。

 俺はリスクを完全に度外視して、高ヘイト判定となる頭部へのクリティカル攻撃と、竜の視界での緊急回避を、馬鹿みたいに繰り返した。


 すると、俺の認知機能に信じられないような変化が起こった。


 もうアスラの動きになんて気を配ってらんない――と思っていたのに、なぜかアスラが大剣を振る姿が、視界に入ってくる。


 俺はティラノレウスを大剣で斬り下ろしながら、背後にいるアスラのローリング動作を捉えていた。


「これは……」


 何がなんだか、わからない。


 俺の目の前に、大剣を振り回しながら躍動しているゼッケン[014]がいた。

 銀と緑色の甲冑を着たハーフリングの後ろ姿。

 それは俺が絶対に見ることの出来ないはずの光景だった。


 あるいは、俺が物理的に見ることの出来ない『視点』とも言い換えられる。

 俺はオウガの背後上方に、背後霊のように浮かびながら、目の前のオウガのことを操っていた。

 そう、まるでゲーム画面を見ているかのように。


「いや、この方が俺にとっちゃ自然体だな」


 不思議と違和感は無かった。

 当然ながら、ゲームのコントローラーなんてものは無い。それでも俺は、想像したとおりのイメージで、オウガの体を自由に操作できていた。

 まるでVRゴーグルをかけることなく、VRアクションゲームをしているかのような感覚だ。


 生身の感覚こそ失ったものの――いや、それを失ったからこそなのか、今この瞬間の俺は、完璧な精度でオウガというプレイヤーキャラクターを操作することが出来た。

 俯瞰視点で操作するオウガは、ドラキラで操作していたOrgaそのものだ。


 さらにこのプレイング視点は、オウガの背後上方以外にも、自由に回転できた。

 オウガの顔を正面から捉えて背後まで見通し、次の瞬間にはグルリと左回転してオウガの右隣をローリングしていくアスラの姿を捉えることも出来る。


「最高だ……。最高のゲームじゃねぇか!!」


 一人称視点で、身体感覚の制約を受けながらプレーしていたときよりも、ずっと直感的にオウガを移動させられる。

 でも、このやり方には一つだけ問題があった。

 それは、みぞおちの奥から強烈な吐き気が湧き上がってきたことだ。


「おえっ……気持ち悪っ……」


 人生で初めて体験した360度の視界を縦横斜めに旋回しまくったら、ほんの10秒くらいで3D酔いしてしまったらしい。

 調子に乗って慣れないことをやりすぎたな。しばらくはオウガの背後からの、斜め上視点に固定しよう。


 オウガの横斬りによる頭部への連続クリティカルヒットで、竜がダウンする。溜め斬りを頭部に当てる。アスラの斬り払い攻撃を歩いて躱す。起き上がった竜に斬り下ろし、またクリティカル判定。

 もう1回ダウン。溜め攻撃を頭部に当てる。アスラの追撃。

 起き上がったティラノリオが3度目の怒り状態でバックステップ――するのを横から斬り伏せてキャンセル。

 次の予備動作まで縦斬り、横斬りと繋ぐ。

 アスラのHPは残り10%。倒される前に倒す――いや、待て。


 おい、やめろ。回復薬を飲むなよ。もうすぐ終わるだろ!

 溜め斬りで5回目のダウン。

 横に倒れるティラノリオス。

 オウガが溜め斬りの構え。

 頭部への斬り下ろし攻撃。

 絶命の咆哮。

 吹き鳴らされる角笛。

 アスラの頭上に浮かんでいたのは、そこにあるはずのない緑色のHPバーサークルだった。



  † † †



 いつしか俺の視点は、オウガ少年の一人称視点へと切り替わっていた。

 きっと試合が終わった瞬間に、元に戻ったんだろう。

 まぁ、普段の生活でも自分の背後まで見えてたら、さすがに辛いもんな。年がら年中3D酔い状態っていうカメラ視点チートな異世界ライフは勘弁してほしい。


「だめっ、あぁっ……あっぶなー。ミスしてくれて良かったぁ」


 俺たちの試合が終わったあと、アスラは観客席の手すりに掴まりながら、ずっと残りの試合を観続けていた。

 どうやら他のハンターたちが自分たちよりも良いスコアを出さないように、竜狩の神様に祈っているらしい。子供らしい純粋な悪意から捧げられる願い、あるいは世の中の竜狩少年少女にもお手本にしてほしいようなアンチスポーツマンシップ精神とも言える。


 あれから、もうかれこれ昼休憩を挟んで五時間は経とうとしているというのに、あいかわらずアスラは防具もゼッケンも身に付けたままだった。

 雲の隙間から太陽も出てきて、気温も35℃はありそうなのに、汗だくで立っている。


「アスラ、そろそろお昼ご飯食べない?」

「食べない」


 彼女の両目は、試合が終わる度に各エリアで表示されるスコアと、電光掲示板での現在順位表示を交互に見返すことで忙しそうだった。

 スタジアム上空に投射されている空中ディスプレイには、現在の順位も表示されている。そこには縦2列にペア4組ずつの名前が表示されていて、2列目の4番目にアスラと俺の名前があった。


「ベルクコーチィ、予選通過できるのって何位まででしたっけぇ?」

「8位だね」


「じゃあ俺たち、予選通過ほぼ無理っすよねぇ――」

「むりじゃないっ!!」

 振り返ったアスラの顔は、紫色に染まっていた。


「今、そこでやってるペア、俺たちと同じデュアルアタッカーなんだけど早ぇぞ。たぶんSランク以上で――」

「まだわっかんないじゃんっ!! あっ、終わった……。お願いっ! Bランク以下で……。神さま……」


 [スコアSS]

 [現在1位]

 [新記録更新]


 アスラは空気の抜けた風船人形のように、その場に膝から崩れ落ちた。

 空中ディスプレイにはもう、俺たちの2人の名前は消えていた。

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