U-12竜狩選手権龍玉県大会〈前編〉

 駐船場から出ると、まるでローマのコロッセオが異世界転送されてきたかのような、巨大な円形闘技場が目の前に現れた。


 U-12竜狩選手権龍玉県大会の会場は、この茶色くて洒落たスタジアムで行われるらしい。スタジアム内には緑色の人工芝のフィールドがあり、その四方を観客席が取り囲んでいる。内部はサッカーのスタジアムに酷似していたが、フィールドが真円形になっているところは大きな違いか。


 一階の正面玄関から入ってすぐのスペースには、折り畳み式のテーブルが横一直線に並べられており、受付の手前側には運営スタッフは、その前にはユニフォームメイル姿の選手たちが列をなして並んでいた。

 どうやらここで装具チェックを行い、出場登録を済ませているらしい。

 しばらく受付近くで待ってたものの、なかなかアスラは現れなかった。


「まだ連絡ないの?」

「今、アスラちゃんのお父さんから連絡があって、こっち向かってるって。アスラちゃん体調悪いみたい」


「へぇ……」


 自分で『スタジアムの受付前に朝8時集合ね』って言ってたくせに、もうすでに8時15分過ぎ。

 結局、アスラが会場に現れたのは、受付終了五分前の8時35分だった。しかもアスラは、ただでさえ青い顔をさらに青くさせて、お腹に手を当てている。


「どうしたんだよ」

「うぅ……おなかギュルギュル……」


 空いてきた受付ですぐにアスラと装具チェックを済ませて、[013]・[014]と記されたゼッケンを受け取ると、アスラは何も言わずにトイレへと入っていった。

 うーん、様子がおかしい。大剣を押し付けられたアスラパパにでも事情を聞いてみるか。


「どうしたんですか? アイツ」

「緊張してるんじゃない? 大会前はいっつもお腹押さえてるから」


「へぇ、意外ですね」

「小心者なんだよね、母親似で――あっ、ベルク先生、おはようございます」


 正面玄関の自動ドアが開いて、異世界ジャージにサンダル姿のおじさんコーチがやってきた。


「おはようございます。間に合って良かったですね」

「すみません」


「第一巡はすぐ出番になるので、フィールドでアップを始めさせてください。オウガは大丈夫そうだな」

「はい」


「ふっかーつ!」


 トイレから出てきたアスラが、両腕を上げてガッツポーズをしている。そんな汗だくの笑顔で元気アピールされても、痛々しいんだが。


「ほら、時間ねぇからアップしに行くぞ」

「はーい」


 少年団の練習前にいつもやっている体操兼ストレッチをこなしつつ、アスラの様子を窺うも、やはり明らかに顔色が悪い。

 それにアスラの体はガチガチで、2人組で行うストレッチをしてみても、普段より体が硬くなっているのがわかった。

 このまま何の対処もせずに本番の試合に臨んでも、実力を発揮できないまま終わるのがオチだな。


「お前、まだ緊張してんの?」

「ふぁっ!? べっ、べつに、キンチョーなんてしてないし!」


「こんな県大会レベルでいちいち緊張してたら、プロ竜狩選手になるのなんて夢のまた夢だろ?」

「はぁあ!? こないだまで竜キョーフショーだったやつに言われたくないんですけどぉ!!」


 そう言いながら、アスラの顔が濃い紫に色付いた。コイツ、本気で怒るとこんな顔色になるのか。


「それじゃあアップがてら、4連コンビネーションタイムアタックでもする?」

「いいねぇ、やろやろ」


 〈4連コンビネーション〉とは、武器の素振りと回避動作を組み合わせたアクションを、休みなく四連続でこなすトレーニングメニューのことだ。


 具体的には、

 ①下スイング→左ローリング→納刀

 ②下スイング→右ローリング→納刀

 ③左スイング→右ステップ→右スイング→左ステップ→納刀

 ④下スイング→バックステップ→納刀→前ローリング


 という4つのメニューを連続でこなす練習だ。正直なところ、基礎練では一番しんどいメニューだし、本番前に余計な疲労を溜めないためにもやりたくはなかったが、緊張でガチガチに固まったアスラの体をほぐすには最適だろう。


「試合前のアップだし、2周でいいよな?」

「はぁ? いつも3周してんだから3周でしょ?」


「マジかよ……」

 前言撤回。喧嘩を売った俺が悪かった。


「準備いーい?」

「いいぞ」

「よーい、始めッ!!」


 縦振り、左ローリング、納刀――縱振り、右ローリング、納刀――


 息が切れる。血管が脈打つ。心臓の鼓動が早くなる。1周目すら終わらないうちに、連続する回転動作で三半規管が狂いだす。


 大剣を振り下ろしながらチラリと横を見ると、アスラは俺よりも早くステップ動作へと移っていた。休み無く連続動作をこなす様は、少し前までフラフラしてたやつとは思えない。


 コイツほんと、基本動作だけは文句無しで優秀だな。あと、スタミナも小学生離れしてる。

 縦振り、左ローリング、納刀――縱振り、右ローリング、納刀――


「はーい! わたしの勝ちー! オウガの負けー!」 


 俺が全ての行程を終えた頃には、アスラは大剣を地面に刺して中腰で前にもたれながら、ニタニタと笑っていた。

 ギリギリの接戦で最後に負けてやるつもりが、半周遅れで普通に負けた。

 酸素が脳味噌まで行き渡らずにボーッとしながら、膝に手を当てて呼吸を整える。


「ダメだこれ……2周でも……しんどいやつだったわ……」

「オウガはさぁ、プロ竜狩選手になるんならもっとスタミナ付けないとねっ!」


「いや、俺はプロになんか――」

「オウガ! アスラ! こっち上がってこい!」


 ベルクコーチに呼ばれて二階の観客席に向かうと、彼は胸の前に戦術ボード――フィールドを表す四角い白い板に、黒い線が縁や直線を描いており、一体の竜と二人の選手を表す磁石がくっついているもの――を抱えていた。


「いいか、お前らは1巡目だから、スコアのことなんて何も気にすんな。デュアルアタッカーは、攻め倒してなんぼのシステムだ。思いきっていけ!」

「はいっ!」


「オウガはいつも通りにやればいい。アスラの動きを見ながら、常に逆サイド攻撃を仕掛けてヘイトを稼ぐこと」

「わかりました」


「問題はアスラだ。お前はむやみやたらと突っ込むな」

「わかってるって」


「あと今日は回復薬使うんじゃねぇぞ」

「わかってますぅー!」


「よし! ラオコーチんとこ行ってこい!」

「はい」


「ラオコーチィ! アドバイスくださーい!」


 通路の階段を駆け上がっていくアスラのあとに続いて、観客席最上段まで上がっていくと、ウッドボトルを片手に――4人前のピザくらい大きな――異世界ポテチを頬張るラオコーチが座っていた。


「楽しんできなさい……」


 そのあとに続く言葉を2人で待ってみても、ポテチの咀嚼音しか聞こえてこなかった。


『そんだけっ!?』


 思わすハモってしまった俺たちを見て、ラオコーチはホッホッホと笑った。


「試合では練習と違って上手くいかないこともある。それでも、その偶然を楽しんでみなさい」


「はぁ? なにそれー」

 そう言いながらアスラは、両肩をダラリと落とした。


「わかりました」


 このぽっちゃりおじさんは、出会った当初から全く軸がブレてない。


『――7番コート、アオクマ・アスラ、オオカミ・オウガペア――』


 フィールド上で5分ほどの開会式が行われてすぐ、俺たちの名前はアナウンスされた。

 様々な装備を着た、ちびっ子ハンターたちの列に並ぶこと1分ほど。


『それでは入場してください』


 フィールドに続く入場口の自動ドアが開くやいなや、鼓膜が圧迫されるような拍手と歓声に包まれた。太鼓を叩く音や、応援歌なども聞こえてくる。


「頑張れよー!」


 後ろを振り返って観客席を見上げると、オウガパパが声をかけてくれた。その隣ではアスラパパが、撮影機材と思われる杖の破片を空中に展開している。


「オウガーッ! アスラーッ! 観に来たよーッ!」


 聞き慣れた少女の声も降ってきた。観客席の手すりに登りながら、猫耳姉妹エイルとメリルが手を振っている。

 少年団のメンバーやその親たち、両コーチも中央手前側の席からこちらに手を振ったり、声をかけてくれた。


「がんばってねー!」

「ありがとー!」


 会場は9つの正方形の升目に区切られており、その升目の中でそれぞれの試合が行われると聞いていた。

 普段、このスタジアムでは、アマチュアチームの試合が行われているらしい。アップ中や開会式ではあまり感じなかった広さを感じる。四角形の場内を結ぶ対角線は、150メートルくらいはありそうだ。


 少年団でも同時進行の試合は経験したことがあるものの、これだけ広いスペースでプレーするのは初めてだな。そう思うと、腕に鳥肌が立ってきた。


「アスラ、もう緊張してないよな?」

「べっつにー? 始めからキンチョーなんかしてませんけど」


 大剣を使って上体を仰け反らせ、背中を伸ばすストレッチをしながら、アスラは言った。


「コーチも言ってたけど、普段通りやれよ?」


「わかってるって! 『練習は試合のように、試合は練習のように』、でしょ?」

「ああ」


『――第1巡、各ペアは、スタートラインに立ってください』


 フィールド上に描かれた白いライン上に、アスラと二人で両足を乗せる。

 すると、黒装束を着た男性の召喚士が目の前に現れ、宙に浮かぶ赤光の魔法陣からティラノリオスを召喚すると、すみやかに円内から退場して行った。その召喚は、テレビで見るプロ竜狩のド派手な演出とは正反対の、極めて事務的な所作のように見えた。


 ティラノリオスは少年団で普段紹介されているものと、全く同じ色・形・大きさをしていた。

 『ドラゴンキラー』にも登場していた陸の王者は、俺たち二人を睨みつけ、グォォォォアァァッと、ひと鳴きしてみせた。


『それでは第一巡、準備が整いましたので、これより試合を開始します。よぉい――』


 歓声の中をブォォォォンという角笛の音が轟く。

 するとすぐさま、アスラが竜に向かって駆けだした。

 そのまま前方噛みつき攻撃をくらうかと思いきや、アスラは右斜め前へのローリングで回避し、振り返りざまの右スイングで赤竜の左後脚部にヒットさせた。


「やるじゃん」


 予想外に、幸先の良いスタートだ。

 俺も大剣を振りかぶると、後ろを向いた赤竜の尾骨めがけて、横から力いっぱいに斬り裂いた。

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