報われない努力〈後編〉

「攻撃したら、まず竜を見ろ! 次に竜が何をしてくるのかを予測しろ!!」


 土曜の朝のグラウンドにて、俺は自分が発することの出来る最大音量の怒号を響かせていた。


「いつも連続で攻撃できると思うな!」

「練習では回復瓶を使うなよ!!」


「わかってるっつーの!!」


 その声が向かう先には、赤い竜と対峙する、青いポニーテールを振り乱す、青い肌のダークエルフ。

 彼女は身の丈ほどもある大剣を振り回しては、前後左右に転がり続けていた。


「竜の挙動が全然読めてない。攻撃しなくていいから、お前はまず竜の動きだけを見ろ!!」

「もっと真剣にやれ! 『練習は試合のように、試合は練習のように』!」


「うっさいなぁ、もうっ!!」


「うわぁ……」

 鬼教官の指導っぷりに、隣で見ていたベルクコーチも頬を引きつらせていた。


 俺とアスラの申し出により、他の生徒たちが基礎練をしている間、コーチに課題竜のティラノリオスを召喚してもらっていた。

 アスラは額に汗を浮かべ、俺の指示を聞きながら、竜の噛みつき攻撃をひたすらにローリング回避し続けていた。

 大会までの目標は「ノーダメージクリア」。今のアスラにはまず無理な目標だと思ったが、それくらい言わないと回避癖がつかないからな。


 火・水・木・金に続いて、今日で5日目の個別指導だ。

 この5日間の特訓で、やっとアスラは人並み程度の回避動作を身に付けつつあった。飲み込みは早い。素質はある。


 なら今日は、次の段階へ進むことにしよう。

 俺は大剣を肩に担いで、歩きながらフィールドサークルの内側へと入っていくと、ティラノレウスの懐で待ち構えた。

 まさにこの時、対面にアスラが走りこんでくるのを予測しながら。


「あっぶな――」

 俺の姿など眼中になかったアスラは、突然の乱入者に驚き、竜の腹下で尻餅をついた。


「デュオでは竜だけじゃなく、パートナーの動きも見るんだ」

「両方なんて無理だって!」


「無理なのは、お前が竜とプレーヤーを同時に見ようとしているからだ。瞬時に交互を見返したり、もう片方を間接視野に入れながらプレーしろ」

「マジっすか」


 俺は竜に攻撃することなく、彼女の背後に立ったり、竜の死角から現れるように移動した。

 時折、彼女の大剣が俺の脳天を叩こうとしても、持っていた大剣を盾にして受け流す。


「終わったぁ」

 赤い竜が咆哮しながら倒れるのを見届けると、肩で息をしていたアスラの周囲に、スコアの文字列が表示された。


「ランクCか……まぁまぁかな。3分休憩したら再開。次はランクBを狙うぞ」

「私は最初っからランクSしか目指してないから」

「はいはい、出来るもんならやってみな」


 まだ文句を言う威勢も、体力も残ってる。

 俺がアスラを指導していて驚いたのは、この無尽蔵のスタミナと、何度失敗しても立ち上がることの出来る強靭なメンタリティだ。


 今日はこれで7回目のミニゲームになるが、彼女は一日平均で8回前後のミニゲームをこなすことが出来た。

 1本当たり約4分と考えて、合計時間は30分強。

 大剣を縦横に振り回しつつ、前後左右に転がって回避しつつ、また立ち上がって走り回り続ける練習は、並大抵の体力ではこなせない。このスタミナに関しては、アスラの才能と言ってもいいだろう。


 あとは、絶対に「出来ない」とは言わない、負けず嫌いなところとか。

 そういうところもアスラは嶺華そっくりだ。あいつもミスをしたり、誰かに負けてもヘコむような奴じゃなかった。

 そういえば嶺華がドラキラで使ってた種族はダークエルフだったし、どことなく――いや、ものすごく面影があるな。


 結局、アスラとのスパルタ回避特訓は昼まで続いて、いつものミニゲームの時間になってしまった。


「お前ら、散々ミニゲームしたんだからもういいよな?」

 ベルクコーチの呆れた口調に、俺の隣で大の字になって寝ていたアスラが、勢いよく飛び起きた。


「まだいけます!!」

「マジで? 今日はもう10本やったろ?」


「まだオウガと一緒にはやってないでしょ? なんか今なら、自己ベスト出せそうな気がする!」

「だってさ、オウガコーチ。どうする?」


「まっ、脚が攣るまでやらせたらいいんじゃないっすか?」

「鬼だねぇ。ミニゲームじゃなくて、ゲームの設定でいいんだよな?」

「お願いします」


 緑の芝のグラウンドに、もう幾度となく目にしてきた赤い翼竜が舞い降りた。


 その見た目や大きさは、ミニゲームの竜もゲームの竜も変わらない。

 ソロプレー用にHPや攻撃力が弱体化されたミニゲームの竜と、デュオプレー用のゲームの竜の主な違いはHP量だ。ゲーム用の竜のHPは約3倍ほどになっているらしい。

 そのため、ゲーム形式の制限時間は、ミニゲームの倍である10分間とされている。


 足元をフラつかせてもなお、剣を前に構えているアスラに向かって、俺は最後のアドバイスをしてやることにした。


「いいか? ハイスコアを出そうと思うな。試合でも練習のように、やるべきことを一つ一つこなして、丁寧にプレイするんだ」

「『練習は試合のように、試合は練習のように』、でしょ? もう聞き飽きたっつーの」


「来るぞ」


 ゲーム開始早々、竜の火炎ブレスを察知した俺たちは、左右二手に分かれる形でローリング回避した。


「お前は頭! 俺は尻尾!」

「りょーかい!!」


 アスラは大剣を縦に振ったあとも、そのまま連撃することなく、サイドステップと前ローリングを組み合わせたスムーズな回避動作で、竜の前蹴り攻撃をかいくぐっていた。


「癖が直ってるな」


 指導3日目で、ここまで改善するとは。正直、もっと時間かかると思ってたぞ。

 俺は竜の懐に潜ると、ダメージ倍率の低い腹部に、縦に横にと何度も大剣で斬りつけた。クリティカルでダメージを稼ぐことよりも、手数を増やして竜からのヘイト稼ぎをするためだ。


「おっと!」


 視界の右端からアスラが飛び込んで来るのが見えた俺は、すかさず左へとローリング回避し、彼女が斬り込むためのコースを空けてやる。

 竜の頭部にアスラによるクリティカルの一撃が入り、悲痛な呻き声が漏れた。


 まだまだアスラは視野が狭い。

 いや、それとも俺が避けることを計算して突っ込んできたのか?

 それならそれで恐ろしい豪胆さだな。


「あとちょっと!!」


 アスラよりも先に、竜が足元をふらつかせていた。HPが残り10%を下回った合図となるモーションだ。体感時間では、まだ6分と経っていない。

 彼女もそのことに気付いているようだ。口元から笑みがこぼれている。


「油断すんなよ――って」

「いったーい。もぉぉぉ!!」


 注意したそばから、噛みつき攻撃をくらいやがった。脇が甘すぎるところは、なんとも小学生らしい。

 それでもアスラの頭上に浮かんだHPゲージは、まだ3分の2以上も残されている。しかも今回は、回復薬を1本も使ってないはず。


「倒れた! 3回目!!」


 俺とアスラは、横倒れで露わになった竜の腹部の前で、大剣を肩に置いて構えた。

 怒り状態後の3回目の転倒は経験上、討伐間近のサインだ。

 同時に振り下ろされる2発の溜め斬り。

 2箇所で明滅するクリティカルエフェクト。

 絶命の咆哮。天を仰ぐティラノリオス。

 角笛による勝利のファンファーレ。


「……終わった?」


 空間にスコアが表示されていく。


 [TIME 06:11:86]

 [Rank A]


 いつの間にか並んでいたギャラリーから、驚きと賞賛の混じったどよめきが起こった。


「まっ、今までの中では一番良かったんじゃないかはっ――!!」


 振り向きざまに、腹部へのクリティカルヒットの一撃。大剣を放り投げたポニーテールの少女が、俺の胸元に突撃してきやがった。必殺、ハグアタック。


「やったぁ! やったぁ!」


 彼女がピョンピョンと跳ねるたびに、俺の視界も上下する。


「すごいじゃん。このスコアが本番でも出せれば、大会ベスト3は堅いな」


 驚きと喜びの混じったような笑顔でやってきたベルクコーチを見て、アスラは飛び跳ねるのを止め、あろうことか、俺のことを脇に突き飛ばした。


「何言ってんのコーチ。わたしたちがベスト3くらいで喜ぶわけないじゃん!」

「お前、今めっちゃ喜んでただろ!」


「いーい? あと1週間練習しまくって、ランクS目指すよ!」

「はいはい」


 こいつ、早くも調子に乗ってやがる。こんなことになるんだったらもう少し手を抜いて、大会直前までハイスコアを出し惜しみすればよかったな。


 パラパラと散っていくギャラリーの向こう側に、腕を後ろに回してこちらを見ているラオコーチの姿が見えた。

 遠くてよく見えなかったが、ラオコーチは微笑んでいたのかもしれない。


 練習が終わり、クラブハウスでシャワーを浴びて出て来ると、珍しくアスラは居残り練習へと向かわずに、室内のリクライニングチェアに座っていた。

 椅子に背をもたれてダラリと両腕を下げ、天井を虚ろな目で見上げている。まるで病人か廃人のような顔だ。


「へぇ、今日は居残り練習してかないんだ?」

「したらオウガも残ってくれんの?」


「いや、帰るよ」

「じゃあ聞かないでよ……っくちゅんっ!」


 彼女は長い鼻水を垂らしながら、風呂上がりの犬のようにブルブルっと体を震わせた。


「なんだ? 風邪でもひいたのか?」


 この前、土砂降りの中でズブ濡れになってたもんな。とはいえ、やけに時間差がある。あれ、たしか一週間前だぞ。異世界の風邪って、そういうもんなのか?

 心配そうな顔でエイルがやってきて、アスラの額に手をやった。


「うわぁ、おでこ熱いよぉ。そういえばアスラ、朝から顔色悪かったよねぇ」

「えっ、そうなの?」


 ダークエルフらしく、元々の顔が青いから全く気付かなかった。

 あっちの世界ではあり得ないような肌の色も、かれこれ2週間ばかりの生活で、すっかり慣れちまったな。

 ちょっと待てよ。ということは俺は、風邪気味の少女に過酷な特訓をさせてたってこと?

 いやいや、今の今までピンピンしてただろうが。急に病人みたくなってるけど。


「うー。なんか頭がフラフラしてきたー」

「送ってこうか?」

「いいよー、だいじょーぶっ! いったーい!」


 玄関前の柱に勢いよくぶつかり、跳ね返ったアスラの背中を、俺は両手で受け止めた。

 その後、1人で帰れるとゴネる彼女を引き止め、ベルクコーチから彼女の家に連絡してもらい、アスラパパに迎えに来てもらうことになった。


「どうせ風邪だし、3日もすれば治るよな?」

「そうだといいけどね。心配だなー」


 頭をペコペコと下げる父親に連れていかれるアスラを見送りながら、「異世界にも風邪ってあるんだな」と、どうでもいいことに感心した。



  † † †



 それから1日経ち、2日経ち、3日が経っても、アスラは学校に現れなかった。もちろん、少年団の練習場にもだ。

 エイルに聞いてみても、アスラの状況をよく知らないみたいだった。


「だから、わかんないって言ってんじゃん。電話にも出てくれないし、アスラの家に行ってみても誰もいないんだもーん」


 そして今日は、アスラが待ちに待っていた少年竜狩大会の前日の土曜日。

 アスラが一度も来なかった今週3日間の練習では、俺はエイルを相方としてゲームを行なった。

 エイルと練習しているときも、どこかのタイミングでひょっこりアスラが現れるんじゃないかと、俺は絶えずグラウンドの周囲に目配せをしていた。

 でも、その予測は外れた。アスラが現れないまま、とうとう全ての練習が終わってしまった。


「オウガ、ちょっといいか」


 大剣を肩にかけた納刀ケースに差し、グラウンドから出て行こうとすると、俺はベルクコーチに手招きされた。

 歩み寄るとコーチは神妙な面持ちで、何か悪いニュースでも伝えようとしているときのような暗い雰囲気を醸し出していた。


「なんすか?」

「オウガ、明後日の大会には、エイルと出てくんないか?」


 予想もしていなかった要請に、俺は一瞬言葉を失った。


「……アスラ、そんなに体調悪いんですか?」


「悪いってかなぁ、今アイツ入院してるみたいなんだよ」

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