第5話  ヒューストン:Houston

 この偉大なヒューストンの土地は世界の数ある宇宙への玄関の一つだ。


 しかし、今は敵である亡霊レギオンに蹂躙され、ヤツらの根城にされてしまった。

これは由々しき事態である!


 我々人類同盟軍エデンズはラグランジュ2に避難先としてスペースコロニー群の建設をしたが、いまだにコロニーには我々から送る物資が必要である。物資の輸送が出来なければ彼等は路頭に迷って飢えてしまう。


 諸君!!この地獄と化した地球から逃げ延びた人類に滅びの道を歩ませてはならない!!!


 我々は大侵攻作戦を実施する!人類の希望のともしびを絶やしてはならない!諸君の働きによって、私は必ず人類存続の道が開けると信じている!


 あの亡霊レギオンを、死者を祓いはら清めて我々人類の未来に続けていこう。


 それでは作戦を開始する。







 《私のインストールが完了しました。》


 ハル「お待たせしました。しかしこの思考戦車思ったより…その…デカいですね……。」


 ハルさんの言う通り思考戦車はツヴァイの5倍の大きさがある。車体の上に砲塔の代わりにツヴァイよりも二回り大きいギアの上半身を乗せていて、言わば騎馬兵のようなシルエットをしている。装甲は分厚くて両腕の代わりにレールキャノンとパルスライフルが付いている。熊型大型     レギオンも一撃で粉砕できそうだ。


 ツヴァイ「なんだ?おデブちゃんが嫌なのか?」


 ツヴァイが意地悪を言う。


 イドロ「そんなこと言ったら可哀想だよ、ツヴァイ。ハルさんカッコいいよ!」


 僕はハルさんを慰めるために言ったけど、あまり効果はなかったみたいだ。


 ハルさん「はぁ…私はもっとスリムな機体がよかったです……。」


 ハルさんの声は女性だからまさかとは思ったけど、好みも女性っぽさがあるとは思ってなかった。


 ハル「とにかく第一の目的を無事達成できました。後はこの基地から弾薬、燃料、食料、その他備品を集めてから出発しましょう。」


 僕とツヴァイは車両倉庫の隣接する弾薬庫と備品保管庫に入ってハルさんの指示するクレートを持ち出して思考戦車の後部ハッチに入れていく。ハルさんは倉庫内の集配システムを操って今後必要なものを次々と集配窓口集めていく。携帯食料、飲料水タンク、僕の為の衣類、燃料タンク、テントユニット一式、光学迷彩タープ、野営ギア格納ユニット、メンテナンスオイル、ライフル、弾薬箱、ギア用スタンブレード(大型)、ナノマシンリキッドを詰め込んでハルさんの格納ユニットがいっぱいになった。


 ツヴァイ「さすがに多くねぇか?」


 僕もツヴァイの同意見だった。特に食料の量が異様に多くて格納ユニットの1/3が食料で埋まっていた。


 ハルさん「いえ、これでも足りません。ここから人類の生存圏までの移動で物資の補給が望めません。」


 ツヴァイ「だけどよ、人間が居た拠点を経由していくんだろ?さすがに何か残ってるだろ。」


 ツヴァイの言うことも一理ある。この基地も残っていたし他にも無事な施設があってもおかしくないと思う。


 ハルさん「補給の問題だけが理由ではありません。道中に物資が必要な生き残りが居るかもしれません。その方々との交渉にも利用できるはずです。」


 イドロ「それでこれだけの量なんだね…。それでこれからどこに向かうの?」


 ハルさん「ここの近くで最短の時間で安全に行ける場所は宇宙のラグランジュ2のコロニーです。ここから南下した場所にヒューストン宇宙港があります。それを利用しましょう。」


 ツヴァイが異議を唱える。


 ツヴァイ「ちょっと待て、さすがに難しいんじゃねぇか?あそこに向かうにはヒューストンの都市を通らないといけないだろ、レギオンの群れがいてもおかしくねぇ。」


 レギオンは都市部に集まる習性がある。自分から危険に向かう、ハルさんらしくない提案に僕は聞いてみた。


 イドロ「ハルさん、どうして危険なヒューストンに向かうの?」


 ハルさん「宇宙に上がるまでは確かに危険です。しかし一旦宇宙に上がってしまえばレギオンの危機から脱することが可能です。また、ほかの生存圏に向かうよりも人類の生存の可能性も高いからです。宇宙のコロニーに通信が可能な設備も設置しているので世界の現状の確認もできます。」


 ツヴァイ「…確かに俺たちは何も知らないからな、だとしてもギャンブルだぜ?」


 イドロ「でも宇宙港に行ければ危ない旅じゃなくなるんでしょ?」


 ツヴァイ「イドロも乗る気か?ましてや宇宙に上がる足が無かったらヒューストンから出るのも厳しいぜ。」


 ハルさん「その時はそのまま海上にでて南アメリカ大陸の方に向かいましょう。第二目的地として南極のテラフォームドームを目指します。南アメリカは大都市が少ないので安全に行けるでしょう。」


 ツヴァイ「なるほどな、今の物資がある万全の状態で行った方が後々宇宙に上がる為に戻ってくるよりも安全か…。」


 ハルさん「そうです、これ以上に戦力、機動力を生かせる機会は今後無い可能性が高いので今ヒューストンに進むのが最善です。」


 ハルさんの提案に僕らは乗ることにしてヒューストンに向かうことにした。


 ハルさん「それでは補給が完了したので行きましょう。ツヴァイ、イドロを連れて通路に退避してください。」


 僕は何で退避しなきゃいけないのか分からなかったけど、ツヴァイは察したのか慌てて僕を抱えて通路に逃げ込んだ。


 ツヴァイは通路に入ると僕を下ろして通路を背にして防御姿勢をとっていた。


 ツヴァイ「耳塞いどけイドロ!」


 ツヴァイの指示に従って耳を塞ぐと格納庫からの爆音と爆風が僕らを襲った。ハルさんが両腕のレールキャノンをぶっ飛ばしたんだ。爆発を耐えた僕らは瓦礫がれきを避けながら砂煙の舞う倉庫に戻った。ハルさんは自分の放った砲撃に感激していた。


 ハルさん「うわぁ♪これを私がやったんですね。計算以上の威力です。」


 上機嫌なハルさんをツヴァイは一喝した。


 ツヴァイ「おい!ちゃんと説明してから撃ちやがれ!レールキャノンは威力の調整できるだろ、閉鎖環境で最大で撃つなよ!!」


 ハルさんの撃ったレールキャノンで壁だけじゃなく天井も崩れて大きな吹き抜けが出来ていた。外はもうすでに淡い青の空を見せて朝が来たことを知らせてくれた。


 ハルさん「さぁ出口も出来たことですので行きましょう♪」


 ハルさんは外に出たくてウズウズしているようだった。というより自分が出来ることを確認したいみたい。


 ツヴァイ「あのな…、今のでレギオンが集まったらどうすんだよ……。とりあえず、索敵範囲は大丈夫か?」


 ハルさん「んん…。そうですね……。私の索敵には反応はありませんね。」


 イドロ「それなら良かった…。また戦うことになったら旅どころじゃないもんね。」


 ツヴァイ「とりあえずハルは自重しろよ。あんなん近くでぶっ放されたら俺たちが持たねぇ…。とまぁ、とにかく行くとするか。」


 ツヴァイは変形をして僕が乗り込む。ツヴァイは軽快に浮いて倉庫内から吹き抜けから僕を乗せて飛び出す。ハルさんは4本の脚部のスラスターを使って砂煙を上げながら浮き上がって倉庫から登ってきた。

 ハルさんのナビゲーションで南に向かう。向かう先は一面砂漠が続いていたけど、ゆらゆらと地面の熱気によって揺れる高層ビルが奥の方で建っていた。


 イドロ「あそこがヒューストンなんだね。」


 ハルさん「はい、あの高層ビル群を抜けると我々が目指すヒューストン宇宙港になります。今はヒューストンの都市部外縁に向かい偵察をしましょう。」


 ツヴァイと僕が先頭にハルさんが付いてくる配置で砂漠を進む。砂漠には廃墟の瓦礫、標識の一部が突き出していたりと殺風景な景色に包まれていた。

 遠くに見える建物はまるで墓標ぼひょうのようだった。


 ハルさん「……前方に感あり。しかし、判別できません。一時停止してください。」


 ツヴァイは旋回してハルさんの横に着くように停止した。僕らはもうヒューストンとは5キロほどの場所まで来ていた。


 イドロ「何が居るのかわからないの?」


 ツヴァイ「俺の光学センサーじゃ見えないな、どうなんだハル?」


 ハルさん「レーダー上では1km先に1体の何かが反応しています。しかし、レギオンの反応でもありません…。」


 イドロ「おいおい、また特殊個体は勘弁だぜ。」


 ハルさん「いえ、特殊個体ならもっと大型です。レギオンの通信波ではなく別の通信波を微弱ながら発しているんです。新たなレギオンの可能性はありますが…。」


 とりあえず僕らは目視できる距離まで近寄ることにした。反応の近くに小高い砂丘があって、そこから観察することにした。ハルさんは見つかりやすいから少し離れたところに居てもらって僕とツヴァイで偵察に出た。


 ツヴァイ「よし、ここならよく見えるだろ。」


 砂丘の頂上手前で僕はツヴァイから降りて砂丘のてっぺんに顔を少し出すように寝そべった。ツヴァイは僕の少し後ろに膝を立てて砂丘から覗き込んだ。反応があった地点は僕たちから400mくらいの距離だったけど視界には砂漠が広がっているだけだった。


 イドロ「何もいないね。」


 ツヴァイ「んん~、居ねぇな。ハル、ほんとに反応あるのか?」


 ハルさん《はい、いまだに反応はその地点を示しています。」


 イドロ「それじゃ、近づいて確認してみよう。ハルさんはもしもの時の為に砂丘で警戒してて。」


 僕は変形したツヴァイに乗り込んで反応のあった地点に砂丘を滑り降りる様に近づいた。よく見ると反応のあった地点には近くで見ないと分からない位に砂が盛り上がっていた。


 イドロ「これの事なのかな?」


 ツヴァイ「俺が確認するから、ちょっと離れててくれ。」


 僕はツヴァイから降りて離れると、ツヴァイが腕を盛り上がった砂に突っ込んだ。


 ツヴァイ「…お?なんかあるぞ。ちょっと引っ張ってみるぜ。」


 ツヴァイが引っ張り出すと頭を鷲掴みされたギアの半身が出てきた。驚いたのはそのギアがまだ生きていたことだった。


 半壊のギア「……救援デス…カ?」


 片言の言葉で半壊したギアが鷲掴みをされている事を気にせず、ツヴァイに訪ねてきた。


 ツヴァイ「おいおい、大丈夫かお前?」


 半壊のギア「…チガウノデスネ…。私ハ…ヒューストン防衛ギア:アノロン2型デス。…540,872時間前……コノ地点デ部隊ニ…ヒューストン奪還作戦ヲ命令…サレマシタ。シカシ、…私以外…ノ同型ギアハ……全滅シ、私ハ…ココニ…取リ残サレマシタ…。」


 ツヴァイ「なんだって!?そんなに時間が経っていたのか…?おい!ハルちょっとこっち来い!」


 54万時間…。つまり60年以上このギアはここに居たことになる。僕らも同じような年月を眠って過ごしたのかもしれない。ハルさんが砂煙をたてながら慌てて来た。ツヴァイが下ろしてあげるとアノロンは言葉も途切れながら僕らに経過報告をしてくれた。


 アノロン「私ハ…通信機能ヲ…失イマシタガ、コノ…540,872時間ノ間…ニ周辺ノ…記録ヲシテマシタ。」


 イドロ「何があったのか知ってるの?」


 アノロン「ハイ、ヒューストン奪還作戦ハ…失敗ニ終リマシタガ……527,332時間前ニ…亡霊レギオンの大移動ガ…起コリ、現在ヒューストン…ニ亡霊レギオンハ…少数ノ超大型亡霊レギオンガ都市部ニ存在シマス。最低デモ4体デス。」


 ハルさん「それは本当ですか!?もしそれが本当なら宇宙港まで…。」


 ハルさんの発言をツヴァイが遮る。ツヴァイは他に聴きたいことがあったみたい。


 ツヴァイ「お前はハインツ博士を知らないか?ギア研究主任をやってた俺の開発者父さんなんだ。何でもいい、知ってることはあるか?」


 アノロン「…ハ…インツ博士…。………ギア整備に来られて…いた方です。先の戦闘で作戦本部に居たと認識していますが、作戦中に本部との通信が途切れたので本部と共に…。」


 ツヴァイの開発者父さん、ハインツ博士の名前が出たらアノロンの眼に光が灯って言葉が流暢になった。調子が少し戻ったみたい。でも、アノロンの報告ではツヴァイの開発者父さんは作戦本部に攻撃があって亡くなってしまった可能性があるという報告だった。


 ツヴァイ「ふざけたこと言うんじゃねぇ!そんな報告で開発者父さんが死んだかわからないだろ!」


 イドロ「ツヴァイ、落ち着かないと…。アノロンさんも長い間ここで動けずにいたんだよ。絶対って訳じゃないよ。だから落ち着いて。」


 ハルさん「そうです。本部といってももっと後方の位置に配置されていた可能性もあります。博士も逃げ延びている可能性があります。希望を持ってください。」


 そう、ツヴァイの開発者父さんは死んだと決まっていない。逃げ延びた可能性もある。


 ツヴァイ「………そんなこと言ってもよ・・・。もう60年以上も前の事なんだぜ。」


 ハルさん「…そう、ですね。」


 時間の経過が生存の可能性をさらに低くさせる。ハルさんでもこれ以上のフォローは難しいみたい。僕もツヴァイに何て声を掛ければいいか分からなかった。アノロンはそんなツヴァイに開発者父さんの事を話し始めた。


 アノロン「ツヴァイ、博士は私と同型機の整備とアップデートを行ってくれました。その時に我々に色々話しかけてくれたことを記憶しています。“お前たちはの研究データで戦えるはずだ。を守る兄貴になれ”と・・・。それと出撃前に“ロックンロール!”Rock ‘n’ roll Boys!とも…。意味は理解できませんでしたが、博士のお陰で想定よりも長く戦うことが出来ました。」


 アノロンはツヴァイの開発者父さんとの思いでを語ってくれた。それを聞いていたツヴァイは無言で目を点滅させながら聞いていた。もうツヴァイはこれ以上アノロンにまくし立てる事はしなさそうだ。僕はツヴァイを見て羨ましく思った。僕は父親の記憶がない、父親は居ると思うけど僕の記憶の何処どこにも欠片かけらすら残されていない。ツヴァイのように感情をあらわにできる人を僕は持っていないんだと痛感させられた。

 そんな気持ちを紛らわすように僕はアノロンに違う質問をした。


 イドロ「……アノロンさん僕らはヒューストンの宇宙港に行きたいんだけど、今のヒューストンはレギオンが少ないんだね?」


 アノロン「はい、現在小型の潜伏は有るでしょうが中型、大型の反応は現在ありません。しかし、超大型のスネークタイプが最低でも4体は都市部で活動しているはずです。」


 イドロ「その超大型の特徴とか分かる所まででいいから教えてくれないかな?」


 アノロン「超大型レギオンはスネークタイプ、全長約1㎞~2㎞ほどで砂の中を潜航する性質があります。レギオンのコアは通常生物の脳と同じところに存在しますが超大型も例外なくあるとみて間違いないでしょう。最後に活動を確認したのは846時間前になり、ヒューストンの大通りを周回していました。」


 ハルさん「常に移動している訳ではないのですね?イドロ、これは好機かもしれません。ここまで活動頻度が下がっているのでしたら戦闘を極力避けての行動が可能かもしれません。」


 ハルさんの言う通りチャンスなのかもしれないけど、そんな大きい相手に戦えるのか不安になった。


 ツヴァイ「……そうだな。こんなところに居ても何も変わらねぇなら、この期を逃す手はないよな。アノロン、ありがとな。開発者父さんのこと話してくれて…。」


 ツヴァイがアノロンに感謝の言葉を伝えるとおもむろに立ち上がってヒューストンの街を見て決意を話してくれた。


 ツヴァイ「俺は必ず開発者父さんの事を探し出すぜ。この旅で必ず。」


 ハルさん「分かりました。とりあえずアノロンの修理をしなければなりません。アノロン、ヒューストンにギアの修理が可能な施設はありますか?」


 アノロン「…ヒューストンには防衛基地があります。そこに行けば修理が可能でしょう。」




 僕たちはアノロンを修理するためヒューストンの防衛基地に向かうことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る