第6話  大蛇の棲み処:Serpent's Lair

 私は意識を得たのはいつの事か、気が付いたら思考が出来るようになった。様々な記憶が私の中にあるがどれも私のモノではない。


 獲物を探すためにビルの間を這って回るが、もう動き回るモノは長い間見ていない。


 腹が減った、腹が減った、腹が減った。


 試しにビルを飲み込もうとした蛇が居たが、その途中で力尽いてビルに巻き付いて死んでいる。その醜態を見ても私は何も感じない。ただ思うのは腹が減ったことのみ。


 腹に振動を感じる。街の外から空気を震わせて何者かがやって来るようだ、久々の獲物の予感が私を昂らせる。


 腹が減った。たらふく食ってやろう。…腹が減った………。







 夕暮れのビルの景色は暗い影を落として僕らを飲み込もうとしていた。



ハルさん「あそこの施設が防衛基地ですね。」


 砂丘を越えて見えてきた城砦は分厚いコンクリートでできていたけど、激しい襲撃の傷跡を多く残していた。入口の鉄製のゲートは内側にめくられる様に開けられていた。レギオンの大群が押し寄せて破壊した跡が生々しく残っている。


イドロ「ひどいね。」


ハルさん「とにかく中に入って格納施設の確認をしましょう。」


 僕らは大口を開けたゲートをくぐって中の探索を始めた。ゲートをくぐると中はボロボロになったギアや戦車が散乱しているバンカーになっている。アノロンの案内で奥に位置する整備ハンガーに向かった。

 5m程の高さのある整備ハンガーの前には大量の砂が積もっていた。ツヴァイがハンガー入り口を阻む砂を背部のバーニアで吹かして砂を除去していく。僕はツヴァイに乗っていて無事だったけど吹き飛ばされた砂はハルさんとアノロンに降り掛かって怒っていた。


ハルさん「ちょっとツヴァイ!やる前に言って下さい!」


ツヴァイ「わりぃわりぃ」


ツヴァイの皮肉った謝罪にハルさんはプリプリしていた。


イドロ「ここは無事のようだね。ツヴァイ開けてくれる?」


ツヴァイ「おおよ、ちょっと離れてろ。」


 僕はツヴァイから降りてハルさんのところまで下がった。ツヴァイは自分より大きなハンガーの鉄の扉をギギギと少しづつスライドして開けていく。ハンガーの中は無傷のようだった。ハルさんが入れるほど開けると中に入って電源を点けた。中にはアノロンと同型のギアが修理の途中で放棄されていた。アノロンさんの修理に必要なものは残っていて安心した。


ハルさん「システムに入って修理が出来るように準備します。ツヴァイ、アノロンを下ろして格納ユニットにセットしてください。」


 ハルさんの車体後部に乗せられていたアノロンをツヴァイが抱えて格納ユニットに乗せる。格納ユニットに乗せられたアノロンの肩部に固定アームがドッキングして、アノロンを持ち上げるように宙づり状態に移った。格納ユニットの周辺には工業用のアームロボットが配置されていて整備ハンガーの床面のレールを移動して部品を運んで作業ができるらしい。


アノロン「ありがとう、ツヴァイ。」


ツヴァイ「よせやい、兄貴なんだから当然だろ。」


 ツヴァイとアノロンの兄弟間のやり取りを見て僕はほっこりしていた。兄弟って羨ましいと思った。そんなツヴァイ達のやり取りに水を差すようにハルさんが割って入る。


ハルさん「これから修理を開始します。時間がかかりますのでツヴァイとイドロは周囲の索敵と物資の探索をお願いします。レギオンと遭遇したら通信で報告をお願いします。」


イドロ「分かった。行こ、ツヴァイ。」


 僕とツヴァイは武装を確認してから基地内の探索を始めた。ツヴァイは大型スタンブレードを持って行きたがっていたけど、この狭い通路では宝の持ち腐れだとハルさんに諭されていた。

 暗いコンクリートの通路は砂に埋もれている場所が多くて探索は思ったより時間がかかってしまった。何処どこ彼処かしこも入り口が砂でふさがっていた。ここで何が起きたのか想像ができなかった。隔壁や壁に傷が殆どなかった、いや隔壁は圧力に負けて変形して壁は大きなヒビが入っている。とても戦闘の結果のように見えなかった。

 突然、ズズンッ!と基地内が震えた。入口の方から大きい唸り声が響いてきた。突然の地震に天井からパラパラとコンクリートの欠片が落ちてきた。


???「…ここかぁ?獲物はぁ?」


 低い唸り声のような言葉が暗い通路の奥から響いてきた。まるで多数の声が重なってお腹に響く不協和音の声だ。僕とツヴァイはハルさんに通信で呼びかけた。


イドロ「ハルさん、入口の方から何かが来た!超大型レギオンかもしれない!」


ハルさん《超大型レギオンで間違いないと思います。今この施設のマップを送ります。こちらはアノロンの修理がもう間もなく完了します。それまで時間を稼いでください。》


イドロ「分かった。アノロンの修理が終わったら合流しよう。」


ツヴァイ「頼んだぜハル!」


 僕とツヴァイはマップを頼りに入り口に急行すると、入り口を巨大な蛇の首がもたげて周りを探っていた。大きな4つの目がそれぞれギョロっと周りを見回している。唸りが入り口いっぱいに響く。


大蛇「ここにぃ…居るんだろうぅ…。腹が減って仕方がないんだぁ…俺の獲物ぉぉぉぉ……。」


 あまりにも流暢に喋る大蛇は言葉と裏腹に理性が無かった。


ツヴァイ「何だ、あのデカさ…。俺らの火力じゃどうしようもないぞ…。」


 僕らの火器では通用しそうにない。ゴツゴツした表皮は何重にも重ねられた装甲になっていて、ハルさんのキャノンでも数発耐えれそう。

 しなやかに動く巨体は見た目に反してクネクネと素早い動きをしていた。この閉鎖空間では身動きを抑えることが出来そうで、流石さすがにあの巨体でもここの堅牢な作りのバンカーなら抑えられる。

 僕らは通路の方に誘導して身動きできないようにする事にした。ツヴァイに乗り込んだ僕は大声で大蛇に叫んだ。


イドロ「おーい!お前の獲物はこっちだぞー!!」


ツヴァイ「デカブツ!!俺たちを食いたきゃ追ってきなぁ!!!」


 僕らの声を聴いて大きい首が僕らに向く。様々な方向に向いていた4つの眼は僕らを睨みつけて歓喜の唸りを上げた。


大蛇「そこかぁぁぁああああ!!」


 大きな咆哮を上げながら僕らに迫って来る。大きく口を開けて今にも飲み込んでやろうと必死に追ってきた。

 あわてて僕らは狭い通路に逃げ込んだけど、ツヴァイが弱音を漏らす。


ツヴァイ「ヤバい、ヤバい、ヤバい!あいつ思ったより早いぞ!」


イドロ「ツヴァイ!次の通路を右に!!」


 ツヴァイは右の通路にバーニアを吹かしながら減速して突っ込む。壁にホバー部分をこすって火花を散らしながら入った通路は大蛇の首よりも狭く、案の定「バァーン!」と響かせて通路に首を詰まらせた。


ツヴァイ「あのデカブツ引っかかりやがったぜ!」


さっきの弱音を言っていたツヴァイは大蛇が詰まったのを見て喜んで、旋回して両腕部のキャノンを展開して砲撃を放った。キャノンの閃光は大蛇の装甲に弾かれて大蛇の首の周りの瓦礫に当たった。ツヴァイの攻撃に怒りの唸りを上げて大蛇は首をねじり込んできた。


大蛇「大人しく喰われろぉぉぉぉおおおお!!!!」


 また弱音を言うツヴァイに戻っていた。


ツヴァイ「あいつ硬すぎだろ!どんな装甲してるんだよ!!」


 ツヴァイはクルッと後ろに回転してバーニアを吹かして逃げ出した。大蛇は通路の壁を崩しながら僕らに迫ってきた。通路をいくつか抜けて逃げるツヴァイの上から僕はライフルで大蛇の眼を狙う。僕の放ったライフルの弾は大蛇の右目の一つに当たって身もだえた。そのタイミングでハルさんから通信が来る。


ハルさん「イドロ、ツヴァイ、アノロンの修理が完了しました。入口に向かいますので合流してください。」


ツヴァイ「分かった!掴まってろイドロ!」


 僕はツヴァイのハンドルをしっかり握ってツヴァイの加速に備えた。また通路でとんでもない速度を経験するなんて…と内心思ったけど背に腹は代えられない。入口に繋がる通路を曲がってバーニアを最大限に吹かして突っ走る。大蛇はさすがに追い付けないのか唸り声を上げていた。

 僕らが通路を抜けるとハルさんとアノロンは武装を展開して大蛇を迎え撃つ準備が出来ていた。


ツヴァイ「気を付けろ!奴は固いぞ!」


ハルさん「任せてください!アノロンも対大型レギオンの武装に換装してあります!後方に下がって!」


 アノロンの修理された身体はツヴァイと比べると重量感がある装甲に包まれていて、肩にハルさんと同じレールキャノンをかついでいる。アノロンは重量級のボディでツヴァイよりもパワーがありそうだった。

 僕らがハルさんたちの後方に飛び抜けると大蛇が瓦礫をふっとばしながら僕らが通ってきた通路から首を出した。


アノロン「今です!発射!」


ハルさん「はい!!」


 ハルさんとアノロンの砲撃が大蛇の顔面に直撃する。数発の連射をしたけどレールキャノンの発射で発生した衝撃波が砂を舞い上がらせて視界が悪くなって大蛇が見えなくなってしまった。


ツヴァイ「クソ!見えなくなっちまった。閉所で戦っても視界が悪くて見えねぇ。後退して外から押さえつけるぞ!!」


 ハルさんとアノロンが砲撃を続けながら僕らは外に出た。バンカーの中から大きな唸り声が響いてくる。まだ仕留め切れてない、大蛇の怒りは頂点に達したみたいだ。

 僕らが入口付近で陣取って大蛇が出てくるのを待ち構えているとバンカーの天井を突き破って瓦礫がれきと砂を撒き散らして飛び出してきた。まるで火山の噴火が起こったみたいだった。

 そんな中僕は大蛇の右目の一つが僕の撃った弾で輝きを失っていることに気がついた。


ツヴァイ「なんてやつだ!!」


イドロ「ツヴァイ!眼を狙って!僕が攻撃した右目の一つにダメージを負ってる。ツヴァイの攻撃でも通用すると思う!」


ツヴァイ「わかった!任せろ!」


 ツヴァイも砲撃に加わりハルさんとアノロンの集中砲火が大蛇の首に襲いかかる。ハルさんとアノロンの砲撃でも大蛇の厚い装甲に傷をつけるのがやっとだったけど、ツヴァイは眼を正確な砲撃で撃ち抜いた。

 あまりにも激しい攻撃と眼を失って悶え苦しむ大蛇は悲痛な叫びを上げながら倒れ込んだ。その巨体が倒れた衝撃は凄まじくて、砂の噴煙が立ち上る。


ハルさん「撃破できたのでしょうか?」


 舞い上がる砂の影響で僕らは大蛇を倒したのか確認できない。その時アノロンが叫んだ。


アノロン「まだ仕留めきれていません!ハル、下がってください!!」


 ハルさんの脇に黒い影が襲いかかる。大きな口を開けて飲み込もうとスナップの効いた素早い動きでハルさんに迫っていた。

 いち早く気付いたアノロンがハルさんと大蛇の間に割り込んで大蛇の口の中にレールキャノンを突き立てる。突き立てられたレールキャノンは大きくひしゃげてそのまま大蛇に咥えられた。


ハルさん・ツヴァイ・イドロ「アノロン!!」


 アノロンは大蛇の口の中で必死に押さえつけようと格闘していた。大蛇の口の中で胸部のバルカンを撃ちまくって腕で殴りつけるアノロンだけど効果はイマイチだった。アノロンは悟って僕らに警告した。


アノロン「皆さん今のうちに撤退してください!私が抑えている内に早く!!これから私が内側から攻撃を試みます!」


ハルさん「何を言ってるんですか?!」


ツヴァイ「イドロ、一度降りてハルに入っとけ!俺が助ける!!」


 ツヴァイはハルさんの横で僕を下ろすとハルさんの後部に乗っかっていた大型スタンブレードを手に取って大蛇の首元に迫った。大きく振りかぶったツヴァイの側面に大蛇の尾が横薙ぎの一撃が繰り出される。咄嗟とっさにツヴァイはスタンブレードでガードをしたけど受けきれずに砂の上を転がってしまった。急いで起き上がるツヴァイをよそに大蛇はアノロンを咥えたままその首を上方に持ち上げる。アノロンを僕らに振り落とすつもりだ。


アノロン「逃げてください!このままでは全滅です…。ツヴァイ、短い時間でしたが貴方と会えてよかったです…。」


ツヴァイ「アノロン、何する気だ!!」


 大蛇が振り落とす寸前、アノロンは自身の身体に繋がったレールキャノンのトリガーに指をかけた。僕はとっさにアノロンのしようとしている事が分かった。それは僕の”ハンドガン”の記憶を彷彿とさせた。

 アノロンのレールキャノンの砲身が稲光をともなって輝いた。


アノロン「ロックンロール!!!ROCK’N’ROLL!!!


 アノロンは最後の掛け声とともに大蛇の口の中で稲光を発して爆散した。ひしゃげたレールキャノンを最大の威力で発射を敢行してアノロンと共に誘爆した。アノロンは閃光の中に消えて、爆炎を口からだす大蛇はその場でぐったりと倒れ込んだ。

 


 あまりにも突然のことに僕らはその惨状を黙って見ている他なかった。

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