第3話  基地:Base

 俺は全環境対応型ギアとしてダラス基地ギア開発部門の工場で作られて、数が減った人間の兵士に代わりレギオンとの戦闘をする為に生み出された。

 特別なギアとして試作された俺は試作2号機として“Zweit《ツヴァイ》”と名付けられた。中々ロックな名前だと俺は思う。


 俺の有機的思考AIユニットはドイツの特注だってのが開発者父さんの自慢だった。開発者父さんは俺に沢山語り掛けてくれて、音楽ロックを聞かせてくれた。まさに息子を正しく育てるように。目を覚ませばいつも楽しそうな開発者父さんが目の前に居た。


 だが、最後に俺が目を覚ました時は開発者父さんが傷つき頭から血を流していた。慌てて作業をする開発者父さんは必死だったと思う。音声が不鮮明で開発者父さんの声が正しく聞こえない。不鮮明な声の解読に俺は必死だった。そんな最中、開発者父さんはいつもの笑顔を見せると俺の意識電源が落ちた。







   もう空は深い紺色に包まれて西の地平線にわずかに夕日の紅い残光が覗いていた。



 イドロ「ここが目的の軍施設なのハルさん?」


 目の前にコンクリートで堅牢に作られた倉庫のような巨大な建造物が4棟並んでいた。奥のほうにも背の高い監視塔がいくつか見えたけど戦闘の痕跡なのか損傷が酷かった。


 ハルさん《はい、ここが目的地になります。索敵範囲に敵性のものは確認されていません。行きましょう。》


 視界に新しい指示でて、表示された方向に向かう。手前の大きな建物の角を曲がろうとするとハルさんは慌てた声を上げた。


 ハルさん《イドロ!止まってください!》


 ハルさんの深刻な声と視界に表示される赤文字の“危険Danger”の表示で何となく僕は状況を察した。レギオンが居るんだ。


 ハルさん《レギオン特有の通信波パターンを確認、この角を曲がったところ40m先に小型レギオンを検知しました。ハンドガンを準備してください。》


 視界のマップに赤い点として表示されている“レギオン”が動かずにじっとしている。まだ僕に気が付いていない様子。


 イドロ「ハルさん、戦闘をけるの?」


 不安で胸が締め付けられそうだった。


 ハルさん《いえ、このまま撃破しましょう。索敵したところ、あのレギオン一体のみのようです。大丈夫、イドロなら撃破可能ですよ。》


 僕の不安をハルさんは気にしていないらしい。


 イドロ「……わかったよ、やってみる。」


 僕の震える両手でハンドガンを構える。右手で銃を深く握り、左手は右手を巻き込むように握って両腕を前にまっすぐ関節が曲がらないように突き出してハンドガンの反動に備えた。

 構えると少し安心した。”記憶マーシャル”の構え方だ。


 イドロ「それじゃあ、やろう…。」


 自分に言い聞かせるように呟いた。僕は建物の角から銃口が飛び出さないように注意しながら少しずつカットパイを行う。ハンドガンの記憶で”持主マーシャル”が建物の角から警戒しながら敵を確認する方法を駆使する。

 視界にレギオンの姿が映る。金属質の針を纏っている犬のような生物が僕に背を向けるかたちで砂の上に寝そべっていた。


 イドロ「あれがレギオン……」


 僕の口から感想が漏れていた。思ったより大人しそうと率直に思った。


 ハルさん《イドロあれがレギオンです。犬型のタイプのようですね。注意してください。》


 ほかにも型があるような言い方だった。後で聞いてみよう。


 ハルさん《レギオンがまだ警戒してないようですね。今のうちに撃破しましょう。》


 といってもただの動物にしか見えない、正直無抵抗の相手に気が引けてしまう。


 イドロ「それでも、なんか可哀想だよ…。」


 ハルさん《そんな認識ではダメです。レギオンは小型であっても襲ってきます。》


 イドロ「んー…でもぉ!」


 自分でも思っている以上に声が出てしまったらしい。40m先で寝ていたレギオンが首を上げて僕に気付いた。動きは犬そのものだったけど、形相ぎょうそうはまさに異形だった。

 眼孔がんこうには無数の目がひしめき合い、口は喉元から裂けて大口を開いていた。


 ハルさん《イドロ!狙ってください!》


 ハルさんの指示が脳内に響く、レギオンの恐ろしい姿に強張こわばっていた僕はハルさんの指示で緊張が解けた。

 僕の身体は自然とレギオンの眉間みけんにハンドガンの照準サイトを合わせて引き金を絞るように引いた。


ダァァン!ダァァァン!………。


二発の弾丸がわずかな間をおいてレギオンに着弾する。右に避けたレギオンは首筋と左後ろ足に弾丸を受けた。でも金属質の皮膚が銃弾を弾いてあまりダメージの影響はなかった。

 レギオンは低い姿勢で一心不乱に僕に向かってきた。僕の足で逃げ切れないような速さで迫ってくる。

 僕は再び銃口をレギオンの眉間みけんに据える。レギオンの恐ろしい顔が迫ってくる。レギオンとの距離22mと視界に表示されたタイミングで僕は引き金を引いた。

 銃口から2発の5.7㎜徹甲弾てっこうだんを発射する。ハンドガンのスライドが勢いよく動くけど僕の身体は反動を腕と肩で受け流す。”記憶マーシャル”の経験が僕に当たると教えてくれた。

 2発の弾丸は稲光と共に飛んでいってレギオンの眉間に正確に命中した。後頭部からレギオンの頭部の砕けた破片が飛び散って崩れ落ちる。


 ハルさん《レギオン活動停止。やりましたね、イドロ。》


 ハルさんからの撃破報告を聞いて安堵した。


 ハルさん《イドロ、レギオンを調べてください。彼らのネットワークログから他のレギオンの位置情報を得られるかもしれません。》


 僕は倒れたレギオンに近づく。後頭部のほとんどを失った金属製の犬の遺骸いがいが口を大きく開いて倒れていた。ひんやりとするその体躯からだに僕は手で触れる。ハンドガンを持って記憶が入ってきた時よりも強い目眩めまいが僕を襲って遺骸いがいに倒れこみそうになる。


 ハルさん《イドロ!大丈夫ですか?!》


 イドロ「…うぅ……このレギオンを触ったら訳のわからないデータみたいなのがいっぱい頭に入ってきただけだよ。」


 ハルさん《すみませんでした。私のほうで次回から取得するデータに防壁フィルターをかけるようにしますね。》


 内心そんなことできるなら早くして欲しかった、と考えてしまう。


 ハルさん《レギオンのデータを解読するのに少し時間がかかりそうです。その間に施設の捜索をしましょう。》


 イドロ「うん、今度からお願いねハルさん。あと、もうレギオンはこの辺りに居ないのかな?」


 ハルさん《索敵範囲には現在いません。しかし基地内にまだ居る可能性はあります。ですが先ほどの戦闘でイドロの戦闘能力を確認しました。また遭遇しても十分に対処できると私は判断します。》


 確かにこのレギオン位なら問題はないけど…。


 ハルさん《大丈夫です、中型以上のレギオンはこの基地に潜伏してはいません。中型以上のレギオンは強力な通信波を出すのですが現在検知されていません。

………しかし、特殊個体は例外です。》


 不穏なセリフを言うハルさんに聞き返した。


 イドロ「…うん……その、特殊個体ってどういうこと…?」


 ハルさん《はい、高い知性を備えレギオン特有の通信波の発信も抑えられる個体です。記録では言語を操る個体や他のレギオンを統率する能力を持つ個体も通信波を抑えられるそうです。》


 ハルさんの説明を聞いて記憶がフラッシュバックした。ハンドガンの記憶……。


 ……地平線の遠くにたたずむ紅い眼を光らせた黒い人影、その人影の周りには数えきれないレギオンがいて、人間を蹂躙していく光景が僕の目に浮かんだ。


 イドロ「……昔、このハンドガンの持ち主が戦闘たたかった最後の相手が特殊個体かも…」


 ハルさん《…もしその特殊個体がここに残っていれば大多数のレギオンが残っているはずです…。》


 確かに記憶の中のレギオンは大群だった。ここに居るとしたら唯じゃすまないと思う。


 ハルさん《少々お待ちください。……先ほど撃破したレギオンの情報を解読できました。この周辺に少なくとも5体の同型レギオンが潜伏している可能性があります。しかし、群れて活動していないようですね。この情報を参考にするなら各個撃破が可能でしょう。》


 僕は一体多数の戦闘の恐れがない事に安堵あんどした。あんなに怖いのが群れで襲ってくるのは懲り懲りだ。


 ハルさん《それでは探索を続けましょう。》



 遺骸いがいをその場に残してギア探索に戻る。砂漠に埋もれた建造物のあいだを抜けると砂から突き出ている標識を見つける。標識には「ギア開発棟」の表記と矢印があった。


 イドロ「ハルさん、ギア開発棟って書いてあるよ。こっちだって。」


 ハルさん《はい、そちらに向かいましょう。》


 標識の指す方向を見ると一棟のひと際大きい建物が建っていた。あれがギア開発棟のようだった。ある程度近づくと入り口がないことに気付く。


 イドロ「ハルさん、入り口がないよ?」


 ハルさん《砂に埋もれて1階部分が埋まってしまっているようです。とりあえずギア開発棟の壁面まで行きましょう。》


 ギア開発棟の中央の壁面に到達すると足元がズズズっと沈んでいく。


 イドロ「ん?…うわ!足が…!?」


 足元の砂が沈んでアリ地獄のように僕をあっという間に飲み込んだ。踏ん張ることもできず流砂に巻き込まれていく僕は何とかしようともがいたけど努力もかなわず身体からだを冷たいコンクリートの床に投げ出された。


 イドロ「コホッ…コホッ……ここは?」


 砂にまみれになった身体からだの砂を払いながら周りを見回す。


 ハルさん《上手く建造物に入れたようですね。ここはエントランスのようです。進みましょう。》


 僕の目覚めた部屋と同じくらいの広さのエントランスは壁の非常灯が等間隔とうかんかくに並んで設置されて光っていた。まだこの建物の機能は生きてるみたいだ。まるで眠りについているようにシンとしていた。

 エントランスの奥にはタッチパネル端末が設置されてて、とりあえず僕はそこに向かう。


 ハルさん《イドロ、この端末に手を触れてください。起動できるか試してみます。》


 ハルさんは僕の手を介してタッチパネル端末の起動をした。画面には起動プログラムの文字列が下から上に画面内を駆け上がっていく。


 ハルさん《端末の起動は問題ないようですね。この端末から施設のマップを入手しました。表示します。》


 僕の視界に区画整理された建物の地図が表示された。円を描く通路がエントランスの左右に繋がっているようだった。ギア格納庫、試作ギア開発室、車両格納庫の3か所にマーカーが付けられている。


 ハルさん《この開発棟内にあるギア関連施設と移動用の車両が保管されている場所にマーカーを付けました。》


 イドロ「どこから行くハルさん?」


 ハルさん《ひとまず近くのギア格納庫に進みましょう。》


 僕はギア格納庫に近い右側の通路に入る、通路は円形に繋がっていて各目的地にはこの通路1本でアクセスできる構造になっている。ギア格納庫は3つ目の入口だ。

 それにしても大きい建物で歩いて10分程かけてギア格納庫の札が貼られている扉を見つけた。格納庫の鉄の扉の電子錠でんしじょうをハルさんが開けてくれた。

 格納庫の中は薄暗くて一番奥の壁が見えなかった。


 ハルさん《灯りを点けます。》


 ハルさんが格納庫内の灯りを点けると壁に並べられたギア用の格納ユニットらしい物が12台並んでいた。でも5機のボロボロになった人型のギアが格納ユニットに支えられて辛うじて立っていた、見ただけでギアがもう動かないのが分かった。腕部が欠損している機体、脚部の外装が溶けて固まったような機体、頭部が無い機体、今にも崩れそうな機体もあった。


 ハルさん《ここには戦闘で損傷した機体しかないようですね……。次の部屋を確認しましょう。》


 この探索が不安になった。とりあえず隣も格納庫みたいだから確認に行く。でも状況は同じようなものだった。


 イドロ「まともなギアが無いね…、ハルさん。」


 ハルさん《状況から判断すると以前にギアを総動員する大きな戦闘があって、その結果がこの状況なのでしょう。もしかしたら試作ギアなら残っている可能性があります。試作ギア開発室に向かいましょう。》


 イドロ「それしかないね。」


 僕は頷くと視界のガイドが新たな方向に向く。マップを見ると格納庫よりも遠い。曲がり続ける通路を歩いて20分、目的の試作ギア開発室の標識が現れる。扉を開けて中に入るとギア格納庫とは違って工作機械が並ぶ部屋で、中央に一機のギアが立っていた。そのギアは損傷もなく沢山のケーブルが繋がった状態だった。


 イドロ「はぁ~……よかった~、あったぁ~。」


 目的のギアが見つかって一日歩いていた疲れがドッと出て僕は入口の床に座り込んだ。


 ハルさん《よかった…。このギアなら我々の目的に沿うでしょう。疲れてると思いますがギアの前にある端末に触れてください。そうしたらあそこのソファで休めますよ。》


 僕は重い腰を上げて端末までノソノソと歩いて行った。端末に手で触れると目の前の三枚のディスプレイに明りが灯る。


 ハルさん《この端末も無事のようですね。しかし、プロテクトがかかっています。解除まで少し待ってください。》


 待っている間、目の前に立つギアを見上げた。傷一つない機体は埃を多少 かぶっているだけで装甲は非常灯の明りを鏡のように反射している。


 ハルさん《イドロ、プロテクトの解除が完了しました。開発室の機能を立ち上げます。》


 部屋の奥から発電ジェネレーターの甲高いモスキート音がして室内の明りが灯った。開発室各所に置かれている機械類の起動灯がまたたいている。でも開発室中央に鎮座するギアは静かに立っていた。


 イドロ「このギアは動かないの?」


 ハルさん《このギアに強固なプロテクトがかかっているようですね。解除に時間がかかりそうです。 イドロも疲れてますので解除の間に休んでいてください。》


 イドロ「うん、そうさせてもらうね。」


 思ったより疲れていたみたいだ。まぶたが重くて早く眠りにつきたい。僕は大きい欠伸あくびをした。


 ハルさん《砂漠の移動にレギオンとの戦闘をしましたからね。あそこにソファがあります。そこで仮眠をとりましょう。》


 うん、と頷き言葉に甘えてソファに倒れこむように横になった。ボフッと埃が舞うけど僕は構わなかった。僕は目を閉じると視界の表示が消えて暗闇に変わる。


 イドロ「ありがとう、ハルさん。」


 ハルさん《それでは、おやすみなさい。イドロ。》



 僕は暗い暗い淀みに沈むように眠りについた。

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