第2話  銀の砂漠:Silver Dune

西暦2360年、俺はダラス基地の戦闘部隊で砂漠と亡霊レギオンに飲み込まれそうなヒューストンの街の防衛のために26年戦っている。今日もいつもの日々と変わらず、砂漠を蠢く亡霊の津波に対して横一列に戦闘車両を並べてブラスターで掃射する任務だ。ブラスターから放たれる光線が一面に広がる亡霊に無慈悲に降り注ぐ。


 隊長「………あの亡霊共に神の慈悲があらんことを…」


 乾いた唇から放たれた自分の言葉は火砲の咆哮ほうこうによって搔き消される。

 そのさなか、地平線の向こうに俺らを観察する一体の影を俺のスコープが捉える。頭部からあやしく光る紅い光源を俺達に向けている事に悪寒を感じた。


 隊長「あれは……まさか、”ガスト”か!」


 俺は戦闘部隊に緊急の指示を送る。まさかこの時が来るとは………






 視界いっぱいに輝く銀色の砂漠は綺麗で悲しみに満ちていた。


  ハルさん《イドロ、この先に車両が埋まっています。衣類などの装備があるかもしれません、調べてみましょう。》


 確かに今の僕は体にぴったりと張り付く服を身に着けているのみで、この一面に広がる銀の砂漠の景色に不釣り合いな格好をしている。靴もこの環境には適しているといえず、素足と靴の間に大量の砂が入り込んで不快感が気になっていたところだった。


 イドロ「そうだね、ハルさん。僕も靴の中がジャリジャリで気持ち悪かったんだ。」


 ハルさん《それだけではありません。この熱砂では身を守るためのジャケットや帽子などが必要です。》


 イドロ「そうなの?足元のジャリジャリは気になっていたけど…。」


 ハルさん《……現状イドロの身体しんたいに多大な負荷がかかっています。感覚がなくとも装備する必要があります。》


 ハルさんの応答に少しの間があり、僕はハルさんを呆れさせてしまったと思った。視界のハルさんの表示に温度の表示が現れた。気温は43℃、隣に”危険DANGER”の文字が付け加えられてた。でも、実際今の僕は目の前に広がる光景と体感に違いがあることに違和感がなかった。銀に輝く砂漠は寒色に見えていて、そこまで暑い環境に見えていなかった。僕はちっとも不快でも暑さに苦痛もなかった。


 しばらく進むとハルさんの表示してくれた砂丘を上った先に砂にほとんど埋まった装甲車の後部ハッチが現れた。何十年もの月日が経っているかのようで所々の塗装が剥がれ錆びがあらわになっている。後部ハッチは手が入るほどの隙間が開いていて僕は手をかけてギギギときしむ音を立てながら開けてみた。

 中は外装程朽ちてなくて、車内の装置類にひび割れがあるくらいで驚くほど良い状態が維持されていた。車内の左右にベンチ状の座席があって、砂に埋もれた衣類や装備が目についた。ハルさんの表示する矢印が装備や衣類に向けられる。


 ハルさん《イドロ、座席の衣類や装備品を調べましょう。》


 イドロ「うん、わかった」


 僕は砂に埋もれた衣類を引っ張り出してみる。サラサラと衣類から零れ落ちる砂粒を払いのけて自分の身体のサイズに合うか試してみた。手に取っていたのは男性用のベルトが付いたままのズボンで思ったほど劣化していないようだった。


 ハルさん《イドロには大きいようですが着替えましょう。身に着けている保管着をパージします。》


 ハルさんの言葉が終わらないうちにパチッパチッと音が鳴り、僕の体に張り付いていた服がはらりと剥けるように落ちていった。


 イドロ「ちょッ…ちょっと、ハルさん!」


 ハルさんが問答無用で僕を裸にしてきたことと、裸にされた恥ずかしさに声を上げてしまった。すかさず手に握っていたズボンで下腹部を隠した。誰にも見られていないのは分かっていたけど、自然と体がそう動いた。


 イドロ「ハルさん!脱がす前に説明してよ!」


 僕の顔が赤くなっているのがわかる程恥ずかしい…。


 ハルさん《失礼しました。しかし、周りにイドロ以外の人間、AIは確認できません。不都合はございませんよ。》


 淡々と言ってのけるハルさんに怒った僕はオドオドしながらも声を上げた。


 イドロ「そういうことじゃないよ!そ、そ、尊厳の問題だよ!」


 僕はあまりにも慌ててしまい難しい言葉でハルさんを責めた。まるで子供が難しい言葉で大人を責め立てるような滑稽な光景だった。


 ハルさん《……イドロ、申し訳ございませんでした。》


 大人の対応をされてさらに僕は顔を赤らめた。恥ずかしさをはぐらかす為に急いで雑に衣服を身に着けていく。砂をちゃんと掃わなかったせいで服の中が砂でジャリジャリした。ズボン、シャツ、ジャケット、ブーツ、帽子、どれも僕の身体のサイズよりも二回りも大きく調整するのに苦戦した。靴に関しては靴下を3足重ねて履いてもブカブカだった。


 イドロ「ふぅ……よし、こんなものかな?」


 着替え終えて一息つくとハルさんが声をかけてきた。


 ハルさん《砂漠では肌の露出を最低限にする必要があります。現状の装備はイドロにとって大きいかもしれませんが、露出を十分抑えることが出来るので最適解です。イドロ、それでは武装を探してください。これから向かう場所は軍施設になります。汚染ナノマシン群生体ぐんせいたい、通称”レギオン”が潜伏している可能性があります。

 小型のものであればスタンロッド等の近接武装で対処できますが、中型、ヒト型、大型に関してはもっと火力がある射撃武装が必要になります。》


 僕は耳を疑った。


 イドロ「え?そんな危険があるなんて聞いてないよ!」


 思わず声を荒げてしまった。簡単な探索だと思っていた僕は4㎞程の道程でも危険や襲ってくるような生物、いや生物や自立行動する機械すら目にすることなくここまできた。それをここにきて脅威を知らされれば声だって上げてしまう。


 ハルさん《イドロ、安心してください。現在索敵範囲に敵性の存在は確認されておりません。しかし、これから向かう軍施設は建造物が密集している地域です。ですのでレギオンが徘徊して潜伏している可能性があります。あなたの身体能力を駆使した索敵能力は非常に高度なものです。まず、相手に見つかる前に危機を回避できるでしょう。また、建造物の多い市街地にレギオンが集合する習性がありますが、ここの軍施設は大都市から離れた郊外にありますのでレギオンがいても小型のはぐれレギオン程度でしょう。》


 ハルさんの説明に少しは不安が薄れたけど、まだ根本的な問題を解決できていなかった。


 イドロ「でも僕は戦えないよ…。武器の使い方も知らないよ。」


 ハルさん《イドロ、貴方は武装を探してください。使用可能な武装から武装データがあなたにインストールされます。それで戦闘が可能となります。それに戦闘記録がされている武装ならば戦闘経験を得ることが可能になります。》


 イドロ「戦闘記録?」


 ハルさん《はい、武装には使用者の戦闘記録が書き込まれておりアップデート、統合を繰り返すことで部隊の戦闘能力の向上を目的として導入された機能が地上に残されている武装類に組み込まれているのです。》


 なんとも便利な機能が付いてるものだって感心してしまった。でも僕は本当に戦えるのか不安だった。そんな不安を抱えながら必死に僕は武器を探しはじめた。といっても装甲車内部には砂に埋もれた武器がいくつか転がっていた。お目当てのアサルトライフル、スタンブレード、護身用のハンドガンすぐに見つかった。でも、経年劣化と戦闘の損傷でその大半の武器の機能が失われていた。


 イドロ「……結局、使える武器はスタンブレードとハンドガンの二つだけだったね…。」


 ハルさんに不安と落胆の声をかける。


 ハルさん《いえ、射撃武器が手に入っただけでも収穫があったと判断します。これだけあれば基地の探索難易度が下がるでしょう。》


 僕はスタンブレードをシースから取り出してまじまじと眺める。刀身には電気を流して機械にダメージを与える機能が付いていて、レギオンに深刻なダメージを与えることが出来るらしい。

 スタンブレードの刀身にはめいが彫られていた。


”R.Marshalマーシャル” 

  

 きっと持ち主の名前なのだろう、スタンブレードを持ってみると武器の使用方法が頭の中に入ってきた。でも戦闘経験は得られなかった。


 イドロ「ハルさん、この武器に戦闘経験入ってないのかな?使いかただけしかわからなかったよ。」


 ハルさん《戦闘経験が記録されていなかったのは使用頻度の少ない近接武装だからではないでしょうか?イドロ、ハンドガンを持ってみてください。》


 僕はハンドガンを手に取るとブレードとは比べ物にならない量のデータが頭に流れ込んできた。それは軽い目眩めまいを伴うものだった。


 イドロ「…うう……今のなんだったんだろ………。」


 ハルさん《射撃管制システムがインストールされました。スナイパー仕様のカスタムシステムのようです。以前の使用者は特殊訓練経験者だったようですね。弾道慣性計算式が独特なもののようです。弾薬、バレル長の種類によって計算を分けている仕様です。幸先がいいですね。》


 ハルさんは喜んでた。僕はもう目眩めまいの影響は残っていなかったけど、このハンドガンを持っていた元の持ち主の経験と記憶が僕の感情を揺さぶった。一瞬で“彼”の経験、感情を体感した。とても悲しい最後だった。このハンドガンは持ち主の最後の抵抗として自分を撃ち抜いたんだ。


 ハルさん《イドロ?》


 “彼”の記憶にあててられて涙を流して少し放心していたらしい、ハルさんに心配させてしまったみたいだ。


 イドロ「…ごめん、ハルさん。記憶が入ってきて混乱しちゃったみたい…。」


 ハルさん《記憶を読み取ったんですか?……まさか…。》


 ハルさんが困惑する様を初めて目の当たりにした。


 イドロ「どういうこと?」


 ハルさん《本来、武装には記憶をストレージするほどの記録容量は無いはずです。本当に記憶でしたか?》


 僕はハルさんの問いに頷いて答えた。


 ハルさん《なるほど、興味深いですね。イドロの能力には私には認識が出来ない未知数の領域があります。もしかしたらドクターの設計に組み込まれた能力の一部なのかもしれません。》


 イドロ「そのドクターって誰?」


 ハルさん《……ああ、ドクターはイドロにとっての親になりますね。………さぁ装備も整いました、出発しましょう。あと3時間で日没です。日没までには基地に到着しておきましょう。基地につけばシェルターがあり栄養補給も可能でしょう。》


 ハルさんの言葉に含みがあるのを感じたけど、車両の中から空に目を向けるとオレンジ色に赤らんでいく空が見えた。確かに急がないと危険が増してしまうかもしれない。これから危ない相手のいるところに行く訳だから…。


 イドロ「…もうこんな夕方になっていたんだね。」


 ハルさん《目的地まであと2㎞もありません。道中の障害に気を付けていきましょう。》


 僕は空を見つめて怖い気持ちを押しつける様に頷いて応答する。そして僕は斜めになった車両から這い出る。僕は視界に表示されているガイドの指示方向に向かって足を進める。

 しばらく歩いて、ふと“持ち主”のことが頭によぎる。僕は歩みを止めて、歩いて来た方向に顔を向けてあの装甲車を探した。でもそこにはただ夕暮れの赤みを帯びる砂丘の波立つ景色があるばかりだった。もう視界にはあの装甲車”は見えない。風が僕の足元の砂を巻き上げキラキラと紅く輝く。

 僕の思いは遠い昔に亡くなった“持ち主”に向いていた。“彼”が僕の中に宿ったかのようなあの経験は僕に何をしたのだろう。


 僕は整理できない感情を落ち着かせるためにまた歩みを進めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る