銀砂

神灯 鉄吉

第1話  試験管:the Cylinder

 西暦2334年に汎用ナノマシンが完成し人類の技術特異点となった。ナノマシンの技術によって人の病を取り去り、体内に取り込んだナノマシンはあらゆるケガ、外傷を医者の手を借りずに治してしまい寿命の概念を薄れさせていた。実質、死の概念が取り払われた世界がやってきたのである。

 しかし、生命の理がそれを許す事はなかった。ナノマシンの恩恵の代償として人は出生不全を招いてしまった。

 ナノマシンの進歩に人類は期待をしていたが改善することはなかった。




 僕は目を覚ました。


 冷たいガラスのシリンダーの中で身に張り付くスーツに身じろぎしながら僕はうめき声を上げた。


 僕「…ああぁ……」


 しばらく身動ぎしていると空気の漏れる音とともにシリンダーのハッチが開いて、吐き出されるように僕はシリンダーから身体が載るトレイごと外に押し出された。

 トレイにしがみつき、なんとか振り落とされずに力を込めたが無残にも僕は床に投げ出された。でも、床に積もった砂が衝撃を受け止めて僕は砂まみれになっただけで済んだ。


 僕「いてて……、ここは…?」


 周りを見渡すと天井の割れ目から差し込む光と並んでいる機械の動作光が銀色の砂の反射で薄暗いながらも部屋の状況を確認できた。半壊、まさに部屋の半分が機能を失っているように“崩れていた”。

 機能を維持して動作している鉄の箱と斜めに崩れ銀の砂が大量に漏れ出して分解しつつある鉄の箱がまばらに部屋の中に静かに鎮座していた。空中に僕が巻き上げたかすかに漂う銀の砂がキラキラと瞬いていた。


 僕「僕は一体…何でここに…」


 ???「起動プロトコル完了、メモリー復元エラー発生。検体“イドロ”覚醒しましたが記憶に障害発生の可能性あり、マニュアルチェックを開始いたします。」


 女性の声だ。声の主を確認するために僕は声のほうに顔を向ける。そこには3m程の高さの天井にも届く一番大きな鉄の箱が建っていた。中央に複数のガラス目球をこちらに向けて語り掛けてきていた。


 僕「あっ…あの……ここはどこでしょうか?」


 鉄の箱が語り掛けてきたことに何の疑いもなく僕は箱に疑問を投げかけた。


 ???「ここは第89試験研究所、305号検体保管所です。それでは貴方の覚醒の確認の為にマニュアルチェックを開始いたします。検体“イドロ”よろしいでしょうか?」


 丁寧な説明をしてくれた箱さんは僕のことを“イドロ”と呼んできた。初めて呼ばれたはずなのに不思議と呼ばれ慣れている気もする。


 僕「…イドロ……」


 ボソッと自分の“名前”を口にする。自分の名前と確認する。不思議な感覚だ。


 丁寧な箱さん「マニュアルチェックを開始してもよろしいでしょうか?」


 自分の名前に意識をしていたため丁寧な箱さんの質問に僕は慌てて答える。


 イドロ「ああっ、ごめんなさい!その…お願いします。」


 丁寧な箱さん「それではマニュアルチェックを開始いたします。記憶の定着が不完全である可能性があるために認識能力、運動機能、記憶の確認作業いたします。よろしいでしょうか?」


 イドロ「うん、大丈夫です。あ、あの…あなたの名前を聞いてもいいですか?」


 さすがに丁寧な箱さんと呼ぶのもどうかと思った僕は名前を聞いてみた。

 

 ハルさん「わたしはHAL-T8523、第89試験研究所検体管理AIです。“ハル”とお呼びください。それではイドロ、マニュアルチェック開始いたします。」


 それからハルさんのマニュアルチェックが始まった。内容は簡単な運動テストをしてハルさんの前にホログラムで提示されたいろんな景色、動物、道具、機械などの映像を見せてもらって質問に答えていった。


 ハルさん「イドロ、マニュアルチェックは以上になります。チェックの結果、運動機能は正常、ただナノスキルのデータが欠落しているため運動能力は現在常人程度と推定。認識能力に問題はありません。記憶に関してですが言語関して問題ありません。しかし、保管以前の記憶に関しては個人的な記憶は欠落していると判断、記憶の復元を必要とします。現在ここの施設で復元を行うことが困難と判断しました。他の研究所での復元作業を必要とします。」


 イドロ「復元?」


 僕はハルさんの提案に疑問をもった。そもそも僕には今の状態に何の不自由もないからだ。


 イドロ「復元の必要があるの?僕どこも悪くないよ?」


 ハルさん「イドロ、あなたの覚醒は計画されていたものです。この惑星の再生の要として計画されていたのです。惑星に起きた大災害で人間は生存圏を追われ、この状況を打開する為にイドロとその記憶が必要なのです。」


 僕がには理解ができない内容だった。大災害、再生、計画、どの単語もどんなモノなのかも知らない。なのに頭の中ですんなり入ってしてしまう。まだこの世界のことを自分の眼で見ていないのに。


 イドロ「わかったよ…ハルさん。でもどうすればいいの?」


 ハルさん「イドロ、今この施設には記憶の復元可能な設備がありません。なお通信可能な関連施設は現在存在せず、近隣の研究施設まで直線距離で約400㎞。ヒューストンにある第75試験研究所です。しかし当施設と状況が同様の可能性があり、復元可能な設備を備えてかつ環境に影響されていない可能性のある施設に行く必要があります。シベリア人類居住ドーム、日本第1、第2コロニー、イスラエルドーム、南極テラフォームドーム、ラグランジュ2コロニー群になり、5つの候補のいずれも単独での長距離移動となります。我々の現状では到達不可能と判断します。」


 さすがに僕も頷いてしまう。僕の頭の中の曖昧な記憶でも地理はある程度覚えているらしい。


 イドロ「じゃあ僕はどうすればいいの?」


 ハルさん「イドロ、ですので移動用の”ギア”をまず同行者として見つける必要があります。」


 イドロ「ギア?」


 ハルさん「はい、自立型のギアの調達が必須だと進言します。そして3マイル圏内にダラス基地があり、そこから調達が可能であると進言します。調達できればこのハルの自我データをインストールしてイドロと旅に同行が可能となります。」


 イドロ「なるほど、そうすればハルさんと一緒に行けるね。」


 ハルさん「はい、しかし問題もあります。イドロ単独で約6㎞の距離を移動して探索してもらわねばなりません。私は移動可能な身体を持ち合わせていないためサポートに限りがあります。そのためナノスキルの一つをイドロにインストールする必要があります。インストールの為に私のボディに手を触れてください。」


 そう言うとハルさんのボディに手の形に光が浮かび上がった。僕は光の手形に合わせて手を触れる。その瞬間手、腕、肩、脊髄を通して頭の中に“情報”が積み重なって形を作っていくハッキリとした感覚が認識できた。まるで、くすぐられているような感覚だった。


 ハルさん《イドロ、スキルのインストールが完了しました。》


 頭の中からハルさんの声がクリアに聞こえた。


 ハルさん《これでイドロに通信が可能となり、あなたの視界にマップや情報の表示、イドロを通して機器の遠隔操作などのサポートが可能になりました。》


 僕の目の前に方角と目的地に向かうためのガイドラインと地図が表示された。


 イドロ「これハルさんがやってるの?」


 ハルさん《はい、移動に必要な表示を状況に合わせてお見せします。さっそくで申し訳ないのですが、今から向かうことにしましょう。現在ここの環境で長居をしても時間と体力の浪費になります。さっそく移動しましょう。》


 イドロ「そうだね、それじゃあよろしくね。」


 僕はハルさんに向かって頷くと表示されたガイドに従い出口に向かった。部屋をでると暗い廊下が続いてるけどすぐに目が慣れて視界が明るくなった。


 イドロ「ハルさんすごいね。暗いところが明るくなった!見やすく調整してくれてありがとう。」


 ハルさん《いえ、視界の自動調節はイドロの身体機能の一部です。》


 ずいぶん便利な身体だと感心してしまった。


 イドロ「へぇ…そんなことが出来るのか僕……便利だなぁ。」


 ハルさん《イドロは特別ですから。》


 《イドロは特別ですから》の言葉に僕は本当に何者なのだろうかと考えて足を止めてしまった。自分の事が解らない事で少し竦んでしまった。


 ハルさん《イドロ?》


 イドロ「……ううん…何でもないよ。ハルさん、僕大丈夫。」


 内心を悟られずにハルさんに声を返したけど、僕も起きたばかりで自分の存在に不安があって苦笑いになってしまった。でも僕は何が“特別”なのか考えてもどうしようもない。それを解決するために、自分を知るために進もうと思った。


 ハルさん《……わかりました。では行きましょう。大丈夫、ちゃんとサポートしますから。》


 イドロ「うん!」


 不安を押しのけるかのように僕は通路を進み通路の扉を押し開けていく。

 すると大きな両扉に差し掛かった。その扉は重く押しても扉の隙間からパラパラと砂が少しこぼれてくるだけだった。


 イドロ「ふっんんんん~………!……ねぇ、ハルさんこの扉重くて開かないよ。」


 ハルさん《イドロ引いてみてください。砂が扉の向こうで溜まって開かないのかもしれません。》


 僕は両扉の取手に手を伸ばして強く引っ張った。少し動いたと思ったその瞬間。


 イドロ「おっ?……うわぁあ!」


 扉の向こうから大量の銀の砂が流れ込んできて、危うく飲み込まれるところを取手にしがみついて砂に流されないよう何とか耐えた。砂埃に咳き込みながらも僕は扉の先に目を向けた。


 イドロ「…ゴホッゴホッ……何でこんなに砂が………」


 扉の向こうにはもう通路や構造物の類は見えないで銀の砂の坂が目の前に現れた。強烈な太陽光が銀色の砂に反射して、一瞬僕の視界を奪う。

 でも僕の目は明るい視界にすぐに慣れて、青い空に熱く光る太陽が目に入る。それまで肌寒く感じていた施設内とは打って変わって、外の熱気が肌を撫でていった。熱い感覚はある、でも僕は苦に感じることはなかった。

 僕は砂の坂を上り地表に出る。そこは一面輝く太陽の光を照り返す銀の砂漠だった。風に流される銀の砂はキラキラと輝いて宙を舞う。砂漠の所々にビルの残骸が生えていて破壊と劣化で本来の構造が解らないほど壊れている。


 イドロ「ハルさん、ここって地下だったの?」


 ハルさん《いえ、長い年月をかけてこのように環境が変化してしまったのです。これこそ、この惑星が受けた大災害の結果なのです。この状況を解決する存在としてイドロ、貴方が必要なのです。》


 ハルさんの説明で僕は自分の使命がとてつもなく壮大なものだと思い知らされた。




 本当に僕がこの世界の状況を解決できるのだろうか…。



 

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