いじめと意地


 私が今、生きようと足掻いているのは昔のいじめっ子のおかげでもある。

彼らの存在が私を生かしている。


 かつて私はいじめを受けていた。

 登下校の道中で囲まれて持ち物を奪われたり、殴られたり机を蹴られたりするような、今思い返せば軽いものだった。それでも、身体も視野も小さかった私には苦痛だったのは間違いない。何度も教師陣に訴えたがいじめの内容は口に出せば軽い。私の苦痛は誰にも届かず、「いじめをしているあの男の子たちは、最近お母さんが離婚したから女の子に構ってもらいたいんだよ、可哀そうな子たちなの。我慢してね。」と言われたこともある。


 小学5年生、6年生にはとうとう教師からもいじめを受ける始末。

担任の先生は、自分の好きな生徒と嫌いな生徒をそれぞれ紙に書いて黒板に貼りだしていた。私は「嫌いな生徒」の一人だった。

 皆が給食を食べている間、私は一人教卓の付近で立たされていたり

 机を他学年の生徒が通る階段の踊り場に置かれ、そこで過ごせと言われたり

 他の生徒の持ち物を盗んで私になすりつけたり

 持ち物をガムテープでグルグル巻きにされたり

 放課後は空き教室に呼び出されて、後ろ髪を掴んで机がなぎ倒されるまで引きずられたこともあった。


 目を付けられたのは典型的なイネイブラー気質の生徒。


 虐待されていたり、病気だったり、今でいうヤングケアラーだったり。私は小学5年生のときに家族から虐待を受けていた話を担任に聞かれてしまっていた。


頼る場所も資源もない子供。


いじめるには最適の子供。




 子供の世界は狭い。反抗期を迎えるまでは子供は大人の言うこと為すことが絶対だと思っている。だから大人にいじめられた子供も「私が悪いのだ」と思い込むようになる。

いじめをする大人もまた巧妙に、「いじめをするほうにも理由があるから」「これは躾だから」「あなたの態度が悪いから」と自分を正当化する。



 子供は大人に愛想をつかされたら生きて行くのが難しくなる。生殺与奪の権を握られている。お金がないし知識もないからだ。だから赤ちゃんは泣いたりしてアピールしそれに母親が応えてくれるのか試したり、気を惹いたりする。母親も自分の赤ん坊に対して母性を感じるようなホルモンが分泌されたりする。



 頑張って生きようとする子供、それを踏み潰す大人。

先生たちのせいで私の他に中学から精神科に入った生徒が2人、気が違ってしまった生徒が1人。たった30人程度のクラスで最低でも4人は後遺症が遺ってしまった。学校も教育委員会も動かなかった。


こんな理不尽なことがあっていいのか。

人の人生はなんで他人の憂さ晴らしのために駄目にされなくてはならないのか。


 そう考えると「死にたくない」と思うようになった。

最初は苦しくて死んでしまいたかった。でもあいつらを原因にして死にたくはないのだ。あんな人を平気で踏みにじるやつらがのうのうと生きて、踏みつけにされた人のことを忘れて新たに家庭なんか持っちゃって。素知らぬ顔で街を歩く姿を想像するだけでおぞましい。人を恐れるようになった私は電車に乗ることすら今でも怖いのに。

 

 こんな人間が堂々と外を歩いていて、一方そいつのせいで苦しんで閉じこもることを余儀なくされた人もいる。私はこの理不尽な構図を壊したいと思っている。


 彼らのことを考えるだけで心が引き裂かれそうになるくらいに苦しい。でも同時に生きる気力が湧く。なぜ私が押しつぶされなければいけないのか、あんな人間が普通に生活をしているんだから私だって、とふつふつと沸き上がる黒いエネルギーが確かに存在する。


 私が自殺を選んだら、負けだ。あいつらの阿呆みたいな価値観でいうところの「勝ち組」になる気はないしもう何も取り戻せないかもしれないけれども、自分なりの幸せを見つけて生きてやる。


と、やつらの野卑た薄ら笑いがフラッシュバックするたびにそんな気持ちになる。




 いじめっ子の存在は私が小学5年生から自殺未遂をしてきた原因の一つではあるはずなのに、皮肉にも私を生かし続けているものの一つにもなってしまっていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る