9.新たな旅へ
船は、まっすぐにシャインヴィントを目指した。
東からの追風もあって、徒歩よりもずっと早く戻れそうだ。
「なぁシン。良かったのか?」
与えられた船室で、言葉少なだったフィンが呟いた。船旅はのどかだったが、王国船はどこか緊張に包まれている。
「何が?」
「俺はアオスブルフへ行くべきじゃないかと思ってる」
しかし、それは言うべき時に言葉にならなかった。一方で戻って確かめたいと思う気持ちからであろう。容易に想像できる。
「うん、私も迷ったんだけど……忠告するならきちんと現状を把握してからでも遅くないと思う」
いずれ破壊など国のすることではあるまい。シンの中ではアオスブルフ国の仕業とも思えず、その可能性は薄くなっていた。
「そうね、とにかくサクセサーへも行ってみましょ」
複雑そうな顔のフィン。船はすべるようにシャインヴィントの港へ寄港する。
リエットは貴賓として招かれ、シンたちはサクセサーへ向かう。話を聞くなら現場の方が良いという判断だ。
サクセサーに入ると、町はこれといって変化はなかった。だが、領主死亡のニュースでどこか沈んで見えた。
「母さん!」
「あぁ、フィン……帰ってきてくれたのね」
喪に服しているのか黒い服を着たフィンの母親が彼を迎えた。葬儀はもう済ませたとのことだった。タイムラグを考えれば仕方ないだろう。フィンを先頭に、墓を参る。
「……結局……分かり合えないまま逝っちまったな」
花を添えて手を組んだ。しばしの沈黙の後にフィンは顔を上げた。
サクセサー領には後継がいないので、エクエスから文官たちがやってきていた。一人を捕まえて話を聞くと、フィンたちがエクエスを立った数日後に奇襲があったらしい。
善戦むなしく、騎士団とサクセサーの兵士はほぼ壊滅状態に陥ったと言う。サクセサーの中にもその場に居合わせた兵士がいると知ってシンたちは治療院にやってきた。
「フィン……戻ってきたのか」
フィンの顔なじみであったらしい。彼はそれでも嬉しそうに彼を見たがフィンは黙ってかぶりを振る。サクセサーを守るために戻ってきたわけではない。それは彼の「守りたいものがあるから騎士になる」という志に矛盾という影を落とすことになる。
「大晶石の前で何があったんです?」
「……悪魔だ……」
フィンに苦笑で応えていた彼は思い出すのも恐ろしいというように表情を強張らせた。
「銀の髪の悪魔だ……それが、たった一人で俺たちを蹴散らし、血海の中で、大晶石を砕いた」
「銀の髪の悪魔?」
しかも一人だと言う。無言で頷いて青年はその戦いの凄惨さを語った。あっというまにそれは騎士たちを駆逐したと言う。
生き延びた者は割合多かったが、顔は誰も覚えていない。それくらい短い間の出来事だった。
「俺が覚えているのはそれくらいだ。すまないな、力になれなくて……」
あまり長い間しゃべらせるわけにはいかず、医院を出ると風はぴたりとやんでいた。これも大晶石が砕かれた影響だろうか。
「銀の髪の悪魔か……ソルたちとは関係あるのかな」
「そいつがウィスってやつじゃないの? 一人だけだったって言うのが気になるけど。……フィン、どうかした?」
黙り込んでいるフィンをイーヴが振り返る。「いや」と言って彼は軽く固めた拳に視線を落とした。
「俺は誰も守れてないんだな、と思って」
「サクセサーを守りたい?」
「……そんなつもりで騎士になったのに……はは、おかしいな」
結果、サクセサーから離れ、危機に駆けつけることもできなかった。
仕方がないと理屈ではわかっていても割り切れるものではあるまい。まして父親を亡くしてしまったのだから。
「めぐりあわせってやつかしらね……」
イーヴは空を振り仰ぐ。ミラージュが淡く影を落としていた。
「みなさん! みつけました!!」
「リエット?」
道の向こうから手を振ってこちらに駆けて来る。息を切らせながら彼女は両膝に手をやった。
「私も一緒に連れて行ってください!」
「あぁ、大晶石?」
「えぇ、この目で見ておきたいんです」
リエットも連れて、ブルーフォレストへ向かう。
雨が降ったのだろうか。草の上に戦いの痕はほとんど見られなかった。ただ、そこにあったのは粉々に砕けた結晶だけだ。
「酷いわね……これじゃ使い物にならないわ」
器をなくしたエルブレスはどこへ行ってしまったのだろう。飛び散った大晶石のかけらに、この地特有の緑色の光は宿っていない。まるでただのガラスの破片だった。
「これを剣で砕いた? ……信じられない」
「剣で砕いたんですか?」
「うん、目撃者の話では」
リエットは残った結晶の鋭さに口元に手をやり驚いている。
「それで、この後はどうするの?」
イーヴが訊いた。
「アオスブルフかな。まだ真相がわからないし……大晶石が狙われてるなら確認しておく必要はあると思う」
「ねぇ、思ったんだけど」
「?」
イーヴがふと、呟くように声を潜めてかけてきた。
「自分の国以外の大晶石を破壊して、優位に立とうっていうのはなしかしら」
「! それは思いつかなかった。高みに上るよりも、他の人間を叩き落そうって心理か……あるかも」
すると、アオスブルフが黒幕と言う可能性も出てくる。身分を明かして下手に王都へ向かうのは危険だろう。
「でも可能性としては低いかな。自国の技術の可能性が開けなくなるし……どっちにしても私はアオスブルフへ行きたいと思う」
「賛成だけど、どうやって?」
アオスブルフは現在、国交をほとんど絶っている。商船はいくらか出入りできるが、潜り込むのは厳しいだろう。だとすれば……
「空からこっそり?」
「ホワイトノアね。王様が貸してくれればいいけど」
「でしたら私が!」
嬉々として手を上げたのはリエットだ。現存する飛行艇はホワイトノア以外はないと言われている。リンドブルムが今まで捕まらなかったのはつまりそういう理由もある。
「リエットが頼めばそりゃ動いてくれるだろうけど……いいの?」
「はい、一緒に行きますから」
いやいや、誰が決めたのか。リエットはすでにアオスブルフへ行く気になっている。
「お父様からも、現状を把握するよう言われています。私には必ず真犯人をあばく役目があります」
それは曲解と言うものだろう。おそらく、そこまで求められていない。
「民の平和を守るのは王族の務めです」
「そこまで言われたら……」
「ちょっとシン、本気?」
「いいんじゃない? 本人が来たいって言ってるんだから」
シンはあまりこだわりがないようだ。
「リエット様、しかしそれでは危険では……」
「いつまで様付けするんです? これから行動を共にする仲間なのですから敬語も不要です」
こんな時なのに、どこかリエットは楽しそうだった。
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