8.謁見

「すぐに城に帰りましょう」

「……侯爵家とお連れは?」

「それどころではありません!」


 意外と燃えるタイプなのか、リエットは会計もせずに立ちあがってさっさと城の方へ歩いていく。

 シンはテーブルに多めにお金を置くとすぐにそれを追う。行く手には王城の尖塔が貫くように空に向かってそびえていた。


  * * *


 王城へはさすがにフリーパスだった。お連れの方はどなたか、などとも問われたがリエットがその剣幕で有無を言わせず突破していた。


「ちょっと待ってリエット」


 そのまま謁見に突入されては何を言われるかわからないので、シンはそれを止める。


「深呼吸して、はい」


 素直なのか、言われたままに大きく息を吸い、吐く。


「落ち着いた?」

「え? はい……」

「じゃあとりあえず私にしゃべらせてくれる? きちんとリエットが確認したいことも言うから」


 こくりと頷いた。


「どうしたのだ、リエット」


 謁見の間に入ると王は、丁度そこに座していた。見知らぬ顔ぶれに訝しむ。赤い絨毯に膝をつくとフィンが頭を垂れた。


「私はエクエス国のフィン=サクセサーと申します。なんの連絡もせずに御前に現われたことをお許しください」


シンとイーヴは作法など知らないので一般良識の範囲内で名乗った。


「本日は、城下で偶然姫にお会いしまして、ひとつご確認したいことがあり参上いたしました」

「エクエスからとな、どのような用件だ」

「実は……」


 エクエスから来たことは、もしもテールディが黒幕であることを考えて伏せておきたかったが、フィンが名乗ってしまったので仕方ない。

 リエットの言ったことが間違いないということを祈りながら、シンは注意深く経緯を説明する。


「大晶石に、不穏な影……か。幸い、このオリゾンではそのような話は聞いたことがないが……」


 地の大晶石は、他でもないこのオリゾンの街にある。テールディは大晶石からエルブレスを取り出して、技術力に変えている。

 日々の生活に密着する大晶石は常に人の目にさらされる場所にあり、巡回兵もいるとのことだった。

 王は何かを思い悩んでいるようだ。眉間に深いしわが寄っていた。テールディでは心当たりはないかと肝心なことを尋ねようとした、その時だった。

 伝令兵がやってきて、何事かを側近に耳打ちしている。側近の顔が、一瞬にして驚愕に変わった。


「王様、その者たちの話、詳しく聞いてしかるべきです」


 慌てた様子でそう申し出る。


「何ごとだ」

「たった今、伝令がありました。エクエスの大晶石が破壊されたようです」

「なんだって!?」


 場を忘れて声を上げるフィンをとがめるものはいなかった。誰もが先を聞こうと、側近を注視する。


「詳細は不明ですが、大晶石所在地で護衛の任に当たっていた領主は死亡、エクエスは混乱の渦に巻き込まれている模様です」

「領主って、まさか……」


 フィンの父親だ。見れば彼は紙のように白い顔をして立ち尽くしていた。他にも護衛の兵士はいたはずだが……いったい何が起きたのであろう。あの巨大な大晶石を人間が簡単に砕けるとも思えない。


「急ぎ、外交官を遣わせ状況を把握せよ。我が国の大晶石に関しても、警戒を怠らぬよう対策を」

「はっ」


 それぞれ役目のある文官、騎士たちだろう。何人かがすぐにその場を去っていった。


「大晶石を破壊するなど何者の仕業か……」

「王、まさかアオスブルフ国が……」

「うむ……」

「失礼ながら、陛下それは早計かと」


 声を上げたのはシンだった。ずっと考えていたことだ。「滅びよ」とはどういう意味なのか。

 まだ意味は図りかねるが、大晶石の破壊はひとつの可能性を示唆していた。


「大晶石はどの国にとっても重要な資源……そもそもエルブレス戦争もそれらの資源を巡って対立しておられたのだとお察しします。掌握を望むならともかく、自らそれを破壊するなどまずありえないことかと」


 そう、アオスブルフやテールディが狙っていたのは星晶石そのものだ。その最たるものである大晶石を砕くなど、気がふれている。それも王は良く理解しているはずだった。


「では、一体何者が……?」

「それはわかりかねます。が、この情報がアオスブルフに伝われば、テールディも疑心にかけられるでしょう。くれぐれも挑発などには乗らないよう……」

「うむ。忠告、聞き入れるとしよう。して、そなたたちはどうするのだ」


 シンとイーヴの視線はフィンをかすめ見た。サクセサーのことを一番気にかけているのは彼のはずだ。けれど、だからこそ自分からは戻ると言えないに違いない。


「エクエスへ戻ります。事の詳細を確認しなければならないでしょう」

「でしたら、私も連れて行ってください」


 間髪なく声を上げったのはリエットだった。


「私がお父様の名代としてエクエスへ参ります。もし、大晶石破壊の脅威が我が国にも及ぶのであれば、エクエスと情報の共有を図る必要があると思います」

「……そうか。いずれ、私の言葉はエクエスへ伝えねばならない。では、リエットよ。行ってくれるな」

「はい」

「船を用意しよう。そなたたちもそれで戻るとよい」

「ありがとうございます」


 そして、シンはリエットを連れて再びエクエスに向かうことになる。

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