第9話 予感


「今回は、お前のおかげで助かったぜ。優男だと思ったが、意外と男前だな」


「いや、たまたまだよ。解毒薬も、迷宮ダンジョンに来る前に毒茸トードストゥールを採取していたおかげで、偶然出来たようなものだし」


「だが、それでもお前がいなかったら俺は死んでいた。恩に着るよ」


 僕も、そう言われて悪い気はしない。

 ――なのだが、カイの視線が相変わらず鋭いのは、隣にずっと張り付いているアリサのせいだろう。


 僕は、視線でどうにか訴えようと、困った顔でカイを見る。

 ――すまないねカイくん、君はアリサが好きなんだろ?

 けれど引き剥がすのが怖いんだよ。

 もう帰るから今だけは勘弁してくれ。


「なんだよ優男、ジロジロ見て。気持ち悪いな」


 ――通じていなかった。



「ねえデイビッド、本当にこのまま帰っちゃうの? 私達の国に遊びに来ない? お礼、するよ?」


「あはは、僕も仕事の報告をしないと。毒キノコ大量発生事件も、無事解決したし」


「えー、もうデイビッドに会えないの……?」


 アリサは、寂しそうに眉を下げている。

 短い時間だったけど、僕のこと、本気で気に入ってくれていたみたいだ。

 こういう表情をしていると、アリサも怖いだけじゃなく可愛らしい面もあるんだな、とぼんやり思う。


「――また来ればいいさ。ほら、ここの壁、直してもらわなきゃいけないしね」


 僕は、迷宮ダンジョンの中からアリサが開けた大穴を指差した。

 山をぶち抜いて唐突に現れた恐怖の少女は、僕のその言葉に、みるみるうちに笑顔を取り戻していく。


「……、うん、そうだよね!」


 アリサは思いっきり、僕の胸の中に飛び込んでくる。

 僕はなんとか、うっ、という呻き声を呑み込んで、アリサを抱き留めた。


「デイビッド、あたし、デイビッドみたいな優しくて紳士な人、好き! あたしのこと怖がらないで、逃げずにいてくれたのは、ソフィアとカイとオリヴァーだけだったの。絶対、またすぐに来るからね!」


「え゛っ」


 どうやら、アリサを褒めちぎって気に入られる作戦は正解ではなかったらしい。

 衝撃のあまり、変な声が喉から出てしまった。


「おいおい、隣国とはいえ国交のない国だぞ。どうやって来るんだよ」


 カイが、呆れるようにツッコミを入れる。

 すがるような、切ないような声色も混じっているが、アリサは気が付かないようだ。


「もちろん、ソフィアに風の精霊の力を借りてもらって、空から来るのよ! そんで、また山をぶち抜いて帰るの。そしたら、また壁を直すためにこっちに来れるでしょ?」


「ええぇぇぇ」


 あまりにも破綻した謎の理論に、僕は気が遠くなりそうだった。


 だが、何故だろうか、アリサの純真な笑顔を見ていると、心にあたたかいものが灯ってくる。

 王国の貴族達と上辺だけの人付き合いをしているよりもずっと――楽しい気がする。

 どこまでも自分らしく振る舞っているアリサが、何だかとても眩しく感じるのだ。


「えへへ、デイビッド、これからもよろしくね〜」


「は、はひぃ」


「さあ、帰りましょう。デイビッド様、この度はお世話になりました。トマス様、落とし穴の件……本当にすみませんでした」


「――俺は魔法のことなんて忘れた。一生関わり合いになりたくない。落とし穴も、自分で勝手に落ちただけだ、そうに決まってる。ましてビリビリ……バチバチ……ううあぁぁあ」


 トマスは、最後の最後、些細なことでアリサを怒らせて電撃を浴びたのがトラウマになっているようだ。


「じゃあねーデイビッド! 元気でねー!」


「ああ、アリサも、ソフィアさんもオリヴァーさんもカイくんも、元気で!」


「さよーならー!」


 風の精霊に力を借りたソフィアのフードがはためいて、不思議な色の髪がちらりと覗く。

 遠ざかっていくアリサの天真爛漫な笑顔は、見えなくなるまでこちらを向いていた。


 僕は不思議と、何か予感めいたものを感じていた。


 恋とかそういう気持ちではない。

 それどころか、まだ友情という枠組みにも入りそうにない。

 恐怖だって、すぐには拭えそうにない。


 一つ言葉に変換できる関係性があるとしたら、それは危機を乗り越え、苦難を共にした、「仲間」というやつだろうか。

 いやいや、それだって、たった一度、一緒に冒険しただけだ。

 それでも、心にほんのりと灯った光は、何故かこんなにもあたたかいのだ。


 一度きりの「仲間」だったとしても、確かなが結ばれた。

 離れ離れになったとしても、きっと彼らとは、今後も何か縁があるだろう。

 何故だか、そう確信できた。


 僕は、ぽわぽわと温かい何かが満ちてくる胸に、そっと手を当てる。

 そうして、この不思議な気持ちを噛み締めて、しばらく立ち尽くしていたのだった。




 ――それから二十年後のことだった。


 虹色の髪を持つ少女の元に、空から不思議な少年が降ってきたのは――



 〜fin〜




◆最後までお読み下さり、ありがとうございました!

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◆当作品は、以下の長編作品のスピンオフです。

よろしければ長編の方にもお立ち寄りいただければ幸いです。


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「色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜」

https://kakuyomu.jp/works/16817139559097527845

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