第28話 風の向くまま(14)

「配置につきました。いつでも突入できます」

 機動捜査隊からの報告を受けた福島県警察の中田刑事部長は、報告に頷いて見せた。だが、すぐにはそれに対する指示をださなかった。自分の目で現況を確認したかったからだ。

 犯人と人質が乗っているバスは、2台の大型バスの間に停車している。これは犯人たちの犯した重大なミスだと中田は考えていた。これでは、犯人たちはバスの左右の状況を確認しにくいだろう。訓練された隊員たちが空のバスを回り込んで、左右から同時に突入を仕掛けるなど造作もないことだ。バスの中の映像も確認したが、銃とナイフを使ってはいるが、それほど特殊な訓練を受けているわけではなさそうだった。『黒いプラスチック』がどのような集団であるにせよ、この状況で犯人を取り逃がすほど、機動捜査隊の訓練は甘くない。


 それにしても。


 中田は、二台の大型バスのことが気にかかっていた。どこかの回送バスなのだろうが、どちらも運転手の所在が確認できていない。バスを傷つける可能性もあるので、あとで面倒なことになるかもしれない。

 左右のバスの中を確認させた隊員たちが、腕を振って合図をした。中に乗客の気配もないようだ。

 中田は無線を口元に寄せ、待機の指示を返した。あまりのんびりしているわけにもいかない。


 ◇◇◇


 その頃、サービスエリア裏の連絡路には、マスコミの車両が続々と集まってきていた。

「NHKです。お疲れ様です」

 さっそく国営放送の取材班が、警察に接触を試みる。

「お疲れ様です。お分かりだとは思いますが、我々の動きが犯人たちに察知されるような映像は中継しないでください」

 マスコミ対応の隊員が、取材班ににらみを利かせる。

「承知しました。よろしくお願いします」

 そういうと、取材班はフードコートの外に走っていった。カメラ映えのするロケーションを探しにいくのだろう。


「マスコミ連中、ちゃんというとおりにしてくれるといいんですが」

 マスコミ対応の隊員が、草壁の前に戻ってきて、ため息まじりに席についた。

「聞かないこともあるんですか」

 草壁が尋ねると、隊員は「そりゃもう」と、堰を切ったようにマスコミ対応の苦労を語り始めた。

「聞いてくれるほうが少ないですよ。スクープで名を上げたい地方局の取材班もたくさんいますしね。今回はさすがに事の重大さをわかってくれていると思いますが…」

「はは…」

 草壁は、隊員の後ろで隊員を睨んでいる取材班の視線に気が付いて、適当に話を濁した。


「あ、さっきのNHKが中継を始めたみたいですよ」

 草壁が背後のテレビを指差す。

『はい、福島放送局の後藤です。バスジャックの現場に先ほど到着しました。辺りはすでに真っ暗で…』

 映像には、緊張してたどたどしく原稿を読むレポーターの後ろに、三台のバスのシルエットが映っている。

「ああ、こりゃいかん」

 隊員が慌てて立ち上がった。

「どうしました?」

「バスの影の中に、うすぼんやりとうちの隊員たちが映ってる。これじゃ突入のタイミングがバレバレだ。ネットで話題になる前に止めないと」

 無線をひっつかんで立ち上がり、隊員はフードコートの外に走り去ってしまった。

 置いていかれた草壁は、TV局が今走り去ったこの隊員の指示に従って画角を変えるかどうか、小さな紙コップの緑茶を飲みながら見守ることにした。


 ◇◇◇


 その頃、忘木達の車は三川ICを降り、国道49号線に出るところだった。

「お、テレビでも中継が始まったみたいだぞ」

 忘木の車のグローブボックスに入っていた液晶テレビを見ていた相馬が、運転している忘木に話しかけた。

「NHKか。映像はどうだ。きれいに入るか?」

「いちおうフルセグで入ってる。バスが三台写ってて、たぶん真ん中がジャックされたバスだな。ん?…うっすらと、機動隊の連中が映ってるな」

 相馬が舌打ちをした。

「マスコミ統制ができてないのか、県警のマスコミ対応がボンクラなのか…。これじゃ犯人たちにも丸わかりじゃねえか」

「どうだろうな。あの二人、テレビなんか見てる余裕ないんじゃないか」

「いやあ、ネット中継のほうで、視聴者が教えてくれるだろうよ。『機動隊キター、ワラ』とか言って」

「なんだ、そのワラって」

「…悪かった、流せ」

 忘木のネット音痴具合に、相馬はため息をついた。


 忘木は、気まずくなった空気がいったんどこかに流れるのを待ってから、相馬に問いかけた。

「で、左右のバスの影に隠れながら、機動隊の連中は突入の命令を待ってるのか?」

「そういうことだろ。連中、死角が多いからやりたい放題だろうな」

「それ、おかしくねえか」

「何が?」

「なんで犯人たちは、そんな不利な場所にわざわざバスを停めたんだ」


「…あ!」

 相馬は口元を抑え、顔をしかめた。

「そうか!そういうことか!!こりゃマズい!!!最悪だ!!!」

 そういって、相馬は慌ててスマホでどこかに電話をかけ始めた。

 その様子をみて、忘木は黙って車の速度を上げた。

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