第6話 前編

 みんな! ここまで読んで来て「こいつ何に苦しんでるんだ?」って、思ってる?

 ……あ、思ってない? じゃあこの話やめる?

 うるせえ大人しく聞きやがれ!!!!

 簡単に言うと、


『ああ駄目だ……もう自分だけじゃ立っていられない……』


 ってこと!

 そこのきみ! 「じゃあ杖を手に入れなよ」って、思ったでしょ?

 手に入れた杖が悉く折れんだよ!!!!

 もしくは「婚活して支えてくれる人を探したら?」かな?

 実はね、これをしない理由があるんだ!

 拙者は、支えてくれる人がほしい! って思って、お相手を探すでしょ?

 縁あって素敵なお方と結ばれて、力強く支えてもらい拙者は生き延びる。

 でもさ、今度はお相手が支えてほしいってなったとき、拙者には支える力がない!

 拙者だけが支えてもらっていたら、お相手は疲れてしまうでしょ?

 そういうのをね、負担、って言うんだよ!

 拙者は誰かの負担にはなりたくない!

 そうなるくらいだったら、拙者がひとりで三日月川大橋(仮)のてっぺんから海にダイブしたほうが『めでたし!』でしょ?

 そりゃあね、支えてくれる人と出会って心を癒されたら拙者もお相手を支えるだけの力が湧いてくる、なんてこともあるかもしれないけどね?

 それにしたって、拙者が支えてもらわないといけない期間のほうが遥かに長そうだよ。

 9:1くらいかな。

 それが負担だっつってんだよ!!!!

 さて。そういった点含め諸々を加味して、いま、私の中には、ふたりの私がいるんだ。

 そう! 「もう諦めたい私」と「まだ諦めたくない私」だよ!

 どちらかと言うと、まだ諦めたくない私のほうが気持ち的には強い。

 でもね、メンタルがもう付いて来れないの。

 まだ諦めたくない……けど、もう力が出ないよ……って感じかな。

 まあリアルな話をすると、こういう話は誰にもしてないんだ。

 正直、友人たちには助言も慰めも求めてない。

 もう何も話したくない。話しても無駄だもの。

 だって彼らに話したところで現実は変わらない。

 私は孤独なままだし、病気は治らないし、もうすぐ職を失う。

 彼らがどう思っているかはわからないけどね。

 ごめんな友人一同!!!! 心配してくれてありがとな!!!!

 あとね、職場の先輩に教えてもらったんだけど、厄年って2月まで続くらしいね!

 初詣も節分までに行けばオッケーってことらしいし、そういうことかな!?

 絶望が加速する音が聞こえたぜ!!!!

 まあね、少なくとも現職のシフトが終わるまでは生きてるからね。

 その頃には元気を取り戻して「みんなー! 新しい職が見つかったよー!」なんて言ってるかもしれないし。

 これからの拙者に乞うご期待!!


 ってな!!

 む、電話でござる。佐久間さんだ。


「はい、織部です」


佐久間さん

『こんばんは。織部さん、映画好き?』


「好きでも嫌いでもないですね」


佐久間さん

『じゃあ、美術館は?』


「特に興味ないですね」


佐久間さん

『そういうデートしたことないの?』


「ないですねえ。感性が合わないと成り立たないし、まあ正直に言うと退屈です」


佐久間さん

『そうか……。じゃあ、ドライブはどうだ?』


「いいんじゃないでしょうか」


佐久間さん

『じゃあそうしよう。岬まで行って冬の海でも眺めるか』


「厚着しておきますわ」


佐久間さん

『そうしてくれ。**日はどうだ?』


「えっと……大丈夫です」


佐久間さん

『わかった。いつも通り13時に迎えに行くから』


「わかりました」


佐久間さん

『じゃあ、おやすみ』


「おやすみなさーい」


 ふむ、ドライブデートでござるな。

 よく寝ておかないと途中で寝そうだな。

 でも前日のシフトが24時までだったりするんだよなコレが!!

 職場から家まで車で1時間かかるんだわ!!

 朝のんびり寝てようかな!!!!


 ってなわけで、当日13時!!

 起きたら10時で朝(?)からビックリしたぜ!!!!

 まあ寝たのが27時なんだけどな!!!!


「おはこんにちばんはー」


佐久間さん

「なんだよいつなんだよ。

 挨拶のバリエーション増やすなよ」


「毎度『お待たせしました』じゃ飽きるかと思いまして」


佐久間さん

「普通にそれでいいよ。まあいい、乗れ」


 今日は車内に缶詰ですか。いや、コンビニとかは寄ると思うけど。

 ……おや?


「なんだかいつもと違う香りがしますね」


佐久間さん

「ん。ああ、きのう芳香剤を変えたからな。

 嫌だったら窓開けとくが……」


「嫌ではないですよ。窓開けてたら寒いですし」


 まったく詳しくないけど、たぶんなんかのハーブの香りなのかな?

 さすがイケ散らかしたメンズは車内の香りまでイケ散らかしてんな。

 というわけで、岬に向けて出発!


佐久間さん

「織部さん、なんでずっとマスクしてるの?」


「忍者だからでござる」


佐久間さん

「車内だから正面から顔を見るわけじゃないし、外してもいいんじゃないの?」


「忍者だから外せないでござる」


佐久間さん

「なんでそんな悲しい忍びになったんだ?」


「どうせ三日月川大橋のてっぺんから海にダイブするし、それならもう誰にも見つかるわけにはいかねえな、と思いまして」


佐久間さん

「友人たちとは連絡を取り合ってないのか?」


「取り合ってますよ。でも、メッセージだけだったら落ち込んでることに気付きませんよ」


佐久間さん

「確かにお前、文面だけはめちゃくちゃ元気だよな」


「それだけが取り柄でしてな」


佐久間さん

「んなこたないだろ」


「いやーほんとに、なんの取り柄もない人間ですよ」


佐久間さん

「取り柄のない人間なんていないよ」


「さすが社会的地位のある方が仰ることは違いますな!」


佐久間さん

「厭味みたいな言い方するなよ」


「厭味ですよ」


佐久間さん

「厭味かよ」


「拙者、厭味を言わないと生きて行けない忍者でしてな」


佐久間さん

「いますぐやめろそんな生き方」


「佐久間さんて長男って感じしますね」


佐久間さん

「ええなんだよ急に……長男だけど……」


「だから我慢強いんですね」


佐久間さん

「我慢強い?」


「たぶん次男だったら私に付き合いきれてないですよ」


佐久間さん

「関係あるか?」


「しっかり者のお兄ちゃんに面倒を見られている妹の気分で……あ」


佐久間さん

「……へえ……俺のこと、そういうふうに思ってるのか」


 うお、佐久間さんの黒い微笑み……!


「……まあ気分としてはそうですな!!」


佐久間さん

「開き直るな」


「親族と同等に見ているんですから、心を許すのに一歩前進してますよ!」


佐久間さん

「親族は俺の求める心の距離じゃねえんだよ。

 お前フォローめちゃくちゃ下手だな」


「それほどでも」


佐久間さん

「褒めてねえんだよ。

 一歩進んで二歩下がるって感覚があるよ」


「あらやだちゃんと前進はしてますよ?」


佐久間さん

「じゃあマスク外せよ」


「それとこれとは話が別でござる」


佐久間さん

「お前の心の扉はいつ開くんだよ」


「いま必死で破壊している最中です!」


佐久間さん

「そうなのか……。破壊できそうか?」


「開かずの金庫くらい頑丈です」


佐久間さん

「期待はできなそうだな」


「……佐久間さんはきっと、信用に足るお方ですよ。

 ただ私が意固地になっているだけです」


佐久間さん

「信用に足る人間だったとしても、お前が信用できないなら意味ないだろ」


「信用はしてますよ。じゃないと岬までドライブなんてお断りですよ」


佐久間さん

「……ふうん」


 おっと、赤信号でござる。

 岬までは信号が多い道だから運転は大変でござるな。

 おや、佐久間さんがサイドブレーキを引いた。長い信号なのかな。

 と、のん気に思っていると、佐久間さんが拙者に身を寄せて来た。


佐久間さん

「それは俺が狭い車内でも手出しをして来ないという信用かな?」


「……」


 ……これは……最高にイケ散らかしてんなあ――――!!!!

 顔面がイケ散らかした人にしか言えねえ台詞だな!!!!

 あれ? ていうか、こういうときなんて答えたらいいの?

 そうですって言うのはなんかアレだな。

 違いますって言うのも……?

 と、拙者がまごついているあいだに信号が青になる。


佐久間さん

「そうですって言われたらどうしようかと思ったよ」


 あ、やっぱりそうですよね……。


「いまのスチルはヤバいですわ……。

 最高にイケ散らかしてました……」


佐久間さん

「スチルって」


「オタク女子なんで『顔が良い』としか言えませんわ」


佐久間さん

「せめてカッコいいって言えよ」


「いやー佐久間さんマジ顔良いっスね……」


佐久間さん

「微妙に褒められてる気がしないんだが」


「いまのスチルを一般公開したら世の乙女たちが大歓喜ですよ」


佐久間さん

「乙女ゲームから離れろ。

 なんでプレイヤー視点なんだよ」


「攻略対象を攻略するのはプレイヤーですから」


佐久間さん

「お前はプレイヤーじゃなくてヒロインだろ」


「……その発想はなかった……」


佐久間さん

「……お前、最後に彼氏いたのいつ?」


「5、6年前くらいですね」


佐久間さん

「その後は?」


「休職して外部との接触がなかった時期もあるので、一切ありませんでしたね」


佐久間さん

「だから感覚が鈍ってるんだな。

 まあ今後ヒロインの自覚を持てるかどうかは俺次第ってとこか」


「ふぁ――いちいちイケ散らかしてますなあ!

 これだから自分がカッコいい自覚のある人は嫌なんだよ!!」


佐久間さん

「嫌なのかよ」


「……佐久間さんは、なぜ私に振り回され続けているんですか?」


佐久間さん

「ん?」


「めんどくせえなこいつやっぱやめた! って思いません?」


佐久間さん

「まあ、そう思うやつもいるだろうな。

 感覚的な話だが、お前は振り返りもせず俺の前を走っている。

 お前を振り向かせたいから、俺は必死で追い駆けている。

 イメージとしては障害物競争だ。

 いままで、これほどまでに障害物が多いレディはいなかった。

 だからお前は面白いんだよ」


「……でも私は、佐久間さんのお気持ちにお応えできるかわかりません」


佐久間さん

「それならそれでいいんだよ。

 お前が無理だと判断したなら、別にそれでいい」


 佐久間さんほど素敵なお方に巡り合うのは、きっとこの先ないだろう。

 周りに話したら「断るなんてもったいないよ!」って絶対に言われる。

 けど、いままでのいろんな経験が私の邪魔をする。

 きっといつか嫌われる。私のもとから離れて行く。

 自分に自信がないから、信用することができない。

 だって、いままでそうやって生きて来たんだもの。


「ウッ、誠に不甲斐なく……」


佐久間さん

「え、なにが」


「せっかく佐久間さんが歩調を合わせてくださっているのに、私はいまだ歩み寄ることすらできず……」


佐久間さん

「まあイメージとしては全速力で逃げられている感があるな」


「敵前逃亡とは情けない」


佐久間さん

「敵ではねえだろ。

 あ? 敵だと思ってるってことか?」


「敵だとは思っていませんよ」


佐久間さん

「味方だとも思ってないんだな」


「そんなことないですよ!

 こんな頼もしいお兄ちゃんだったらよかったのにな~って感じです」


佐久間さん

「どうしたってお兄ちゃんなんだな。

 まあ新密度は上がったということでいいのかな」


「爆上げですよ」


佐久間さん

「それは異議ありだな。

 上に兄弟がいるのか?」


「上と下に男がひとりずつ居ます」


佐久間さん

「兄弟仲はよくないのか?」


「良い悪い以前に互いに関心がないです。

 最後に会話らしい会話したのいつだろ? って感じですね」


佐久間さん

「そういえば、情はないって三日月川大橋で言ってたな。

 ご両親との仲も悪いのか?」


「悪いというほどではないかもしれませんが、

 母は自分の仕事の愚痴ばかりで人の話を聞きませんし、

 父と会話をするのは夕食のことくらいですしね。

 私にはあまり関心がないのかもしれません」


佐久間さん

「そうなのか……」


「しっかり者ですしね!」


佐久間さん

「……」


「そんな渋い顔をするならいつもみたいに突っ込んでくださいよ」


佐久間さん

「ボケてるつもりないんだろ?」


「いや、三兄弟の中では私が一番しっかり者ですよ!

 クズ度も私が一番低いです!」


佐久間さん

「え、お前クズなのか」


「はい! そういうふうに育てられたんで!」


佐久間さん

「清々しいなお前……。

 お前が三日月川大橋のてっぺんからダイブするつもりなのは誰も気付いてないみたいだな」


「気付くわけがないですよ。

 もし気付かれていたとしたら天変地異です」


佐久間さん

「そこまでか……」


「私はこの世の中で一番頼りにならないと思っているのが家族ですが、そういう人は少なくないでしょうし、別に珍しいことではないですよ」


佐久間さん

「まあ、それはそうだろうな。

 でも休職しているあいだはご両親を頼っていたんだろ?」


「そうですね。恋人もいませんでしたし」


佐久間さん

「そうか……。

 じゃあ、次からは俺を頼れるな」


「……頼れるアテがあるのは心強いですね」


佐久間さん

「俺を頼る気になったか?」


「機会がありましたら」


佐久間さん

「煮え切らない返事するな。

 じゃあ、そろそろコウって呼んでもいいか?」


「……」


佐久間さん

「フレーメン反応みたいな顔するなよ」


「まあ、呼び方なんてどうだっていいんですけど」


佐久間さん

「えっ……」


「もし佐久間さんの直属の部下になってさらに嫁にまでなったら、防御力が高すぎて怖い……」


佐久間さん

「防御力?」


「私はいわば権力に守られているんですよ。

 もうそんなの誰も手出しできないじゃないですか」


佐久間さん

「なんで手出しされる前提なんだ?」


「さらに完璧に仕事をこなさなければならないというプレッシャーを感じる……」


佐久間さん

「そんな難しく考える必要はないだろ。

 俺の部署は独立しているから、他の社員ともあまり関わりはない。

 俺だって完璧に仕事をこなせているわけじゃないしな」


「顔面がイケ散らかした人は仕事もできると相場が決まっているんですよ」


佐久間さん

「それはどうだろうな……。

 呼び方がどうだっていいなら、俺はコウと呼んでもいいのかな?」


「んえ、ああ、はい、どうぞお好きなように」


佐久間さん

「煮え切らない返事するな。

 まあ、少しはお前と親しくなれたってことでいいのかな」


「殿中でござる」


佐久間さん

「意味がわからねえしそれは忍者じゃねえ」


「あ、意味わからないですか?

 これは忠臣蔵で――」


佐久間さん

「そういうことじゃねえよ。意味は知ってるよ」


「さすが社会的地位のあるお方は博識ですね」


佐久間さん

「関係あるか?」


 と、なんだかんだ話しているうちに、向こう側に海が見えて来た。

 海が見えると「海だ!」って言いたくなるのなんなんだろうね?

 海に囲まれた島国の民の習性なのかな?


 というわけで、後編に続く!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る