第5話

 みんな! 誰かの“都合の良い女”に、なってたりしない?

 拙者は『ちょうどいい暇潰しの相手』と思われてる気配を感じるよ!

 しかもね? お互い良い相手がいなかったら結婚しようとか、言ってくるんだよ!

 それってさ、私が“都合が良い”からだよね!

 いや拙者だってね、別に好き好んでひとりでいるわけじゃない。

 結婚してひとりじゃなくなるなら、それはとても良いことだと思う。

 だからって苦労しそうな人と結婚するのは話が別だよなあ――――!!!!

 まあ若い頃は、人並みに結婚願望があった。

 33歳忍者系女子(喪女)がなに言ってんだと思われるかもしれないけど、これでも学生時代はそれなりにモテてたんだよ?

 いや待て勘違いするなオタサーの姫とかじゃねえからな!!!!!!

 その中で良い感じになっていた男性がいたんだけど、私側でいろいろあってお付き合いまでは至らなかったわけ。

 数年後、学生時代の友人を集めてカラオケ大会をしたのさ。

 なんとその人は変わらず私を好きでいてくれたわけ。

 学生時代から気が合うと思っていたし、じゃあお付き合いしましょう、ってなったの。

 お互い年も良い頃だし、タイミングを見て結婚しようなんて話していた。

 まあそいつが蒸発したんだけどな――――!!!!

 ああもういいや。私は一生、結婚できないんだ……。

 こうして、私は結婚を諦めたのでした。めでたし!

 いや、世知辛いことに、結婚=幸せとは限らないよ?

 結婚して不幸になったって人も少なくないと思う。

 私がその人と結婚してたら幸せになれた、なんて保証はどこにもない。

 でも少なくとも、その人と結婚していたら、私はこうして独りぼっちでいることはなかったんじゃないかな。

 わかってる!!!! みなまで言うな!!!!

 私に魅力がないってことだろお――――!!!!????

 みなまで言うなって言っておきながら自分で言っちゃった。

 自分から出会いの場に赴くことをしないってのもあるだろうけどね?

 まあ顔面偏差値はかなり低い!!

 接客態度は悪くないと思うけど、愛嬌があるわけでもない!!

 拙者、年上に可愛がられる星の人間であるからして、ご年配のお客さんには可愛がられてるけどね!

 スタイルが良いわけでもない!! ただ痩せてるだけ!!

 だが胸はある!! ある程度は!!

 あ!? もしかして、色気がないから!?

 仕事のときは、ブラウスの中にハイネックの服を着てカーディガンを羽織るせいで、エプロンをしているのも合わさってつるぺたまな板に見えるんだ!

 ブラウスとカーディガンの袖をまくって、インナーが見える状態にしてる。

 だってブラウスとカーディガンの袖って邪魔じゃない?

 あと、髪が短い! 後頭部を刈り上げてるよ!

 だからちょっと小柄な男の人っぽく見えるんだ!

 ……うん……色気ゼロだな……。

 まあそれは置いといて、要は『この人を口説き落としたい』と思う魅力がないってことよね。

 と、もうひとつ原因を思い付いた。

 このあいだ、お風呂上りに自分の顔を見て『くたびれた顔してんな』と思ったんだよね。

 くたびれた顔してる忍者を口説きたいと思う殿方はいねえよなあ――――!!!!

 でもくたびれてんだよ実際!!!!

 だがしかし。もう幸せになりたいなんて思う必要ないよな!!!!


 ってなわけで~っと!!

 やや、電話でござる。佐久間さんだ。


「はい、織部です」


佐久間さん

『あ、織部さん。こんばんは。いまいいか?』


「はい」


佐久間さん

『次の金曜の夜、空いてるか?』


「次の金曜の夜……不本意ながら空いてます」


佐久間さん

『じゃあ俺が予定を埋めても問題はないな』


「なんで夜ですか?」


佐久間さん

『飲みに連れて行こうかと思ってな』


「はっ、これは『あれ? なんだか酔っちゃった~』作戦ですね」


佐久間さん

『いまどこから声出したんだ。

 しかもその作戦は俺側じゃなくてお前側だろ』


「戦術的敗北ですな」


佐久間さん

『どういうことなんだよ。

 まあいい。17時に迎えに行くから』


「じゃあいっぱい寝ときますね」


佐久間さん

『そうしてくれ。じゃあ、おやすみ』


「おやすみなさーい」


 なんと、イケ散らかしたメンズにお酒の席に誘われたでござる!

 γ-GTPはさすがに年を取って二桁になったけど、お酒は弱くないでござるよ!

 酔った勢いでうっかり口を滑らせるなんてこともないでござる!

 でも拙者、家で飲むのは基本的に焼酎なんだけど、お店で飲むときは甘いカクテルを好んでおりましてな。

 甘いお酒ってお腹に溜まるよね!

 あと一杯これ飲みたいのにお腹がいっぱいで……! みたいなね!

 いっぱい飲める人が羨ましいよ!!!!


 ってなわけで金曜の夜!

 自分の中でもお洒落なほうの服を着て参戦でござる。

 おっと、佐久間さんがお待ちだ。


「ごきげんよう!」


佐久間さん

「え、お、おう、ごきげんよう」


「あらやだあてくしったらオホホごめんあさあせ」


佐久間さん

「お前はお嬢様なのか?」


「忍者です」


佐久間さん

「設定がブレすぎて怖い。まあいい、乗れ」


 拙者、家の周りに居酒屋が一軒もない地域に住んでいるでござる。

 駅前にしかねえんだ!! 駅まで歩いて40分!!

 田舎忍者をなめんなよ!!!!


佐久間さん

「織部さん家、門限ある?」


「この年であったら恐怖でござる」


佐久間さん

「織部さんいくつ?」


「たぶん佐久間さんより幾つか上だと思いますよ」


佐久間さん

「え、そうだったのか。

 敬語にしたほうがいいか?」


「いまさらでござる。

 社会的地位も佐久間さんのほうが遥かに上ですから」


 あれ? みんな、もしかして……拙者が年の割に落ち着きがないって思ってる?

 文面に幼稚さを感じてる?

 まさしく仰る通りが過ぎるな!!!!

 だから年相応に見られねえしなんなら年下に年下扱いされんだよ!!!!

 お客さんで同い年の子連れが来たとき、子どもがいるかいないかでこんなに差があるのかって思ったよ!!!!

 でもね、前の職場でお客さんに年を聞かれて「24(当時)です」って答えたら「落ち着いてるね~」って言われたことがあるよ!

 年を経るごとに落ち着きを失っていったな!! 赤ちゃん返りかな!?


 と、なんのかんのでめちゃくちゃお洒落なバー……居酒屋ではないからバーだよね? に到着したってわけさ!!

 さすがイケ散らかしたメンズが選ぶ店は違うぜ!!

 みんな(以下略)

 毎回、正面の席を避けてくれるから佐久間さんも律義だよね!


佐久間さん

「あ、しまった」


「どうしました?」


佐久間さん

「お前、夜の薬とかあるよな」


「ああ、大丈夫ですよ。

 あんまりいっぱい飲まなければ薬は飲んでも大丈夫らしいですし、

 ちょっと時間を置けば大丈夫ですから」


  ※拙者の主治医の見解だぜ!!

  薬を常飲している人は、各々の主治医に確認してくれよな!!


「そもそも気を付けなければならないなら初めから断ってますし」


佐久間さん

「そうか……。

 いままで周りに薬を常飲している者がいなかったからって、気を抜きすぎたな」


「寝る前の薬さえ飲めれば問題ないです」


佐久間さん

「酒を飲んだから薬は飲まずに寝るとかはないのか」


「薬を飲まないと眠れないでござる」


佐久間さん

「そうなのか……。

 経験がないから大変だななんて陳腐なことしか言えないな」


「経験しないで済むならそのほうがいいですよ」


佐久間さん

「まあ、それはそうだろうが……。

 そういえば、生きていくのに限界を感じたって言ってたな。

 そんなに寛解する見込みがないのか?」


「……どうでしょう。主治医に訊いたことはないですね。

 いまのところはまだ先のこと、としか言えないです」


佐久間さん

「……そうか」


 病気については、主治医からはっきりと病名を言われてるわけじゃないから詳しくは言えねえんだ。

 ただ、出された薬のことを調べているときに、その薬の用途を見て「なるほどな」ってなったけどね。

 ほんとは同じ病気の人と苦しみを分かち合うみたいなことができたらいいんだけど。

 主治医がはっきり言わないことには、明記することはできない。

 ごめんやで!!!!


佐久間さん

「いまの職場に就く前は休職してたんだよな。

 どれくらいの期間なんだ?」


「一年半くらいですね。

 当時は早く社会復帰しなきゃと思っていたので、やっと許可が下りた! って感じでした」


佐久間さん

「そんなに働きたかったのか」


「というより、焦っていたって感じですね。

 早く普通の人と同じ場所に立たなければ……みたいな」


佐久間さん

「なるほどな……。

 三日月川大橋のてっぺんから飛び降りようとしていたことは主治医には言ったのか?」


「まさか! 口が裂けても言えません」


佐久間さん

「主治医にこそ言うべきだと思うが……」


「死にたい気持ちを解消したいなら相談するべきですね」


佐久間さん

「解消しない気か?」


「私の場合、はあ……もう辛い……死にたい……って感じじゃなくて、

 あーもうわかった死んでやるよおお! って感じなんですよね」


佐久間さん

「誰に怒ってるんだそれは」


「世界ですね」


佐久間さん

「世界?」


「どうやらこの世界は私が大嫌いのようだ。私もこの世界が大嫌いだ。

 だったらさっさと死んでこの世界から退場してやるよ! それで満足か! って感じです」


佐久間さん

「三日月川大橋でもそんなことを言っていたな。

 世界に嫌われているなんて考えたこともなかった」


「人生が上手くいかない人すべてが世界に嫌われているとは言いませんけどね。

 この世界は、努力する人が好きなんですよ。

 努力をしない人間は嫌いなんです」


佐久間さん

「お前は努力してこなかったのか?」


「ええ、まったく! 私は努力が大嫌いです!」


佐久間さん

「清々しいなお前……。

 なんにも努力してないなんてことはないだろ。

 お前はお前で頑張って来たんじゃないのか?」


「……だとしても、本当に努力している人に比べたらちっぽけなもんですよ」


佐久間さん

「人と比べてもしょうがないだろ。

 上を見たらきりがないのはなんでも同じだ。

 努力が足りないと思うくらいには努力して来たんだろ。

 お前はお前で頑張っているはずだ」


 ……そうか、私はこの一言が欲しかったのか。

 人から「頑張ってるね!」って言われたかったんだ。

 なかなか結果が出なくて、結果が出ないことには過程を話しても仕方がないと思って、あんまり過程の話をすることもなかった。

 だって、結果が伴わないなら意味がないじゃない。

 過程を褒められるのは高校受験まででしょ。

 結果が伴わないってことは、努力が足りないってことでしょ?

 そういうのを、胸張って「努力してます」とは言えないでしょ。

 なーんて拙者はそう思っているだけで結果が伴わなくても努力してる人は努力してると思うし胸張っていいんだからなあ――――!!!!

 誰にも認められないって苦しんでるそこのお前!!

 拙者が認めてやるよ!! お前はよく頑張ってる!!

 お前は努力の天才だ!!!!

 誇りを持って気高く生きろ――――!!!!


佐久間さん

「……なんだその顔」


「心の内を見せすぎたでござる」


佐久間さん

「だから全然見えてねえっつってんだろ」


「普段無口なのにお酒が入ると饒舌になるなんて忍者失格でござる」


佐久間さん

「お前のどこが普段無口なんだよ」


「寡黙さを極めないと科学戦隊に入れてもらえないでござる」


佐久間さん

「お前は科学戦隊じゃなくて科学忍者隊だろ」


「佐久間さんも奥さんにするなら聞き上手な女性がおすすめですよ」


佐久間さん

「お前は喋り出すと止まらないタイプだな」


「そんなことないですよ!

 じゃあいまからちょっと10分くらい黙りますわ」


佐久間さん

「やめろって。黙るなせめて相槌を打て」


「どうですか? 私と結婚しても苦労しそうな感じしません?」


佐久間さん

「俺は寡黙な女性より、お前みたいな一人でも喋り続ける女性のほうが一緒にいて面白いが?」


「ふぁ――満点な模範解答ですな!!」


佐久間さん

「なんでそんな嫌そうなんだよ。

 俺と結婚するのそんなに嫌か?」


「佐久間さんに結婚を迫られて悪い気のする女性はいないですよ!」


佐久間さん

「迫られてって言うなよ。

 お前は忍者だから除外ってわけか?」


「そういうわけではないですけど……」


佐久間さん

「……けど?」


「……」


佐久間さん

「……正直に言え」


「悪趣味だな!! ってのはずっと思ってます!」


佐久間さん

「悪趣味って……。

 お前、いままでの恋人たちに対してもそう思っていたのか?」


「いいえ?」


佐久間さん

「じゃあなんで俺に対しては思うんだ?」


「佐久間さんのような顔面がイケ散らかした社会的地位のあるお方が私のような底辺を這い蹲っている忍者を口説こうだなんてトチ狂ってるぜ!! って感じです」


佐久間さん

「……俺とお前は最初のスタートラインにすら立てていない気がするな」


「すみません、脚が遅いんです」


佐久間さん

「……忍者なのに」


「瞬間移動するので脚の速さは関係ないでござる」


佐久間さん

「いやまあそれはなんでもいい。

 お前、わざと俺を遠ざけようとしていないか?」


「ええまあ引き返すなら早めのほうがいいとは思ってますけど」


 ぅおっと、重めの溜め息をつかれた。


佐久間さん

「お前を死から引き留めた責任を果たすって言っただろ?

 いい加減、俺を頼ってもいい人間だと認識してくれ」


「……」


佐久間さん

「なんでそんな悲しい顔をするんだ」


 いままでの経験のせいで、他人に対してこう思うようになった。

 嫌われたくない。

 いや、そう思っている人は少なくないと思う。

 嫌われないようにって、常に気を張っている。

 そうしているうちに、言葉選びも慎重になって、上手く話せなくなった。

 勝手な話だよね。自分は簡単に他人のことを嫌いになるくせに。

 いや、だからこそ、かな。

 人はこんなにも簡単に人のことを嫌いになる。

 ひとつの発言で、とかじゃなくて、小さな引っ掛かりの積み重ねではあるんだけどね。

 他人を信用していないというより、自分に自信がないって感じかな。

 私は嫌われ者なんだよなあ……と思っているだけ。

 そんな何人にも嫌われたってわけではないんだけどね。

 ただ、一番直近の出来事がショックで、いまだに引きずってるだけではあるんだけど。

 失恋の痛みは新しい恋で癒すしかないみたいな話があるんでしょ?

 一番直近の出来事がまだギリギリ1年内で、それから新しい友達ができていない。

 だから記憶の上書きができてないってわけ。

 陳腐な言葉だけど、経験が人を臆病にさせる、ってやつだな。

 だから友人に愚痴を零すことすらできなくなって、こういった手段を取っている。

 誰も頼れない。頼ったらきっと嫌われる。

 めちゃくちゃ偉そうな言い方になってしまうけど、拙者だって反省はちゃんとしてるんだよ?

 つまりこういうところが悪かったわけか、と思って意識してるわけ。

 意識すればするほど、他人と関わるのが怖くなっていくんだよ。


 掻い摘んでそう話すと、佐久間さんは難しい表情になる。


佐久間さん

「お前の言いたいことも気持ちもわかるが、

 俺のことを遠ざけていたらお前はまたひとりになるだけだ。

 そりゃなんでもかんでも頼られたら、少しは自分でどうにかしろと思うかもしれないが、

 これまでひとりで生きて来たお前がそうなるとは思えない。

 だからわざわざ忍者だなんて言って頼るのを我慢したりしなくていい」


「え? わざわざ?」


佐久間さん

「えっ……マジで……。

 まあいい。とにかく、困ったことがあれば俺を頼れ。

 なんでもいい。俺にできることなら力を貸す」


「……はい」


佐久間さん

「お前は他人を信用できなくなって、頼り方を忘れたのかもしれないな」


 他人どころか家族すら信用してませんよ、とまでは言わないでおこうかな。

 信用していないどころか、すでに関心すらないんだけどね。


佐久間さん

「とりあえず、いま困っていることは?」


「肌荒れが酷いことですね!」


佐久間さん

「う……悪いがそれは力になれないな……」


「そう言うだろうと思いながら言ったので大丈夫ですよ」


佐久間さん

「皮膚科いけよ」


「やれやれ、女でいるのも楽じゃないでござるな」


佐久間さん

「なんかもともとは女じゃないみたいに聞こえるな」


「もともと女かどうか怪しい忍者を口説くなんて、佐久間さんも相当な物好きでござるな」


佐久間さん

「お前がもともと女じゃない忍者だとしても、俺はいま目の前にいるお前という人間を口説いているんだぞ?」


「ふぁ――最高にイケ散らかしてますなあ!」


佐久間さん

「だからイケ散らかすってなんなんだよ」

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