第6話 後編

 みんな! 幸せ、感じてる?

 だとしたら羨ましい限りだな!!!!

 ご承知の通り、拙者は絶望してるよ!

 幸せというのは、人によって違うからね。

 美味しい物を食べて幸せを感じる人もいるし、家族と過ごす時間を幸せと感じる人もいる。ひとりで本を読んだり映画を見たりしてのんびりする時間を幸せだと思う人もいる。

 じゃあ、私にとっての幸せってなんだろう?

 幸せって要は「喜び」だよね。ポジティブな感情ってこと。

 先述した通り、拙者はネガティブを極めた忍者でありましてな。

 ポジティブシンキングは長続きしないでござる。

 あとね? これ書いてるときね、大晦日から成人の日まで4連勤・休み・5連勤で、しかも一番忙しい時間帯をひとりで回させられてたから、もう疲れ果ててるのね?

 ネガティブシンキングが止まらねえなあ――――!!!!

 なんでそんなシフトかって言うと、他の人は好き勝手に休み取ってるからだよ。

 失業までずっとそんな感じなんだよ。解せないよね。なんなのこの仕打ち。連休くれよ。

 まあね? 幸せを実感できる人って、幸せを感じ取るアンテナがしっかりしてるんだよね。

 拙者の幸せを感じるアンテナね、たぶん折れてる。もしかしたら存在しないまである。

 もうね、幸せになりたいと思っているのかどうかすら怪しい。

 ただ最初から一貫していることは、明日も生きて行けると安心して生きたい、かな。

 私は幸せではないけど、決して不幸ではないから。

 その均衡を保って生きている人のほうが多いと思うしね。

 どこかに就職したらいいじゃん! って?

 お手数をおかけしますが第1話から読み返せ!!!!

 でもな!!!! 画面の前のお前が読んでくれていることは拙者の喜びだ!!!!

 ありがとな!!!!

 でも拙者、もう疲れちった。

 幸せか不幸かなんて、もうどうでもいいのかもね。

 明日も生きて行けるか不安なら、三日月川大橋(仮)からダイブを決めれば解決だよね!

 そうやって終わらせてしまえば、もう私は苦しまずに済むよね。

 なんてな!!!!

 リポⅮ飲みながら書いてるから安心しな!!

 でも最近、幸せそうな人たちを見るとしんどくなるよ!

 娯楽施設って、幸せそうな人たちが集まるんだよね!

 ダメージ100倍! クリティカルヒット!!

 何が一番悲しいって、他人の幸せを心から喜んであげられないことだよね。

 いま友人に「結婚する」って報告されても、たぶん、心から祝福してあげられない。

 いや、幸せになるのを妬んでるとかじゃないよ?

 人は人で幸せになればいいと思ってるけど、心からの「おめでとう」が出てこないんだよね。

 あとね、これさえあればもうちょっとマシな精神を保っていられたかもなって思うものを、ひとつだけ思い付いたんだ! 連休も欲しいけどね!

 それはずばり『愛』だね!!

 どこかで書いたっけ?


『誰も私を愛さない。だから、この世界を嫌いになるしかなかった』


 ってな!!

 愛されてえ~ってのはちょいちょい書いてたか。

 愛されねえ人間には愛されねえ理由があんだよ!!

 拙者は愛される人間ではなかったってことさ!!

 愛されてえって言うか、大事に扱われたい。

 ひとりでいいからどうでもいい存在だと思わないでいてくれる人がそばにいてほしい。

 まっ、誰にも愛されてねえなら、この命を大事に扱う必要ねえよな!!

 せめて誰かひとりにでも愛されていれば、違う結末があったかもしれねえな。

 ほんの少しでも、幸せに近付いていたのかもしれねえな。

 もし結末後にこれを読んで「こんなに愛していたのに……」と思う者がいたとしたら、お前の愛は拙者には浸透していなかったんだよクソが――――!!!!

 じゃあちょっと家族に宛てて言っておくわ。

 家族だからって愛されてると思っているのが当たり前だと思っていたなら驕りだぜ!!!!

 愛は伝えないと伝わらねえって相場が決まってんだよお――――!!!!

 主治医を責めるのだけは絶対にやめてくれよな!!!!

 あー、疲れた。


 ってなわけで海だあああああああああああ!!!!


「いや寒っ!!」


佐久間さん

「車の中は温かくしてたからな」


「カイロ2個持って来て正解だったな」


佐久間さん

「じゃあ1個、俺に貸せよ」


 おや? 佐久間さんがカイロを求めるなんてお珍しい。

 まあ寒いもんね。いくら手が温かい人でも沁みるのかな。


「どうぞ」


 カイロを差し出すと、受け取った佐久間さんは反対の手にカイロをやって、受け取った手で私の手を握った。

 ややこしいね!!


「なんとも回りくどい真似を」


佐久間さん

「お前がポケットから手を出すきっかけが必要だろ?」


「手を差し出されれば普通に出しますよ」


佐久間さん

「そうか?

 相変わらず冷たい手だな」


「氷属性ですからね」


佐久間さん

「そうだったのか……。

 ひと昔前だと、手が冷たい人は心が温かい、なんて台詞があったな」


「ありましたね。

 じゃあ温かい人はもっと温かいんですね、っていう」


 みんなこの台詞知ってる?

 知らねえよなあ!!

 拙者が若い頃に流行った台詞だからな!!

 ところで、海は本当に広いし大きいよな!!!!

 こうして広大な海を眺めていると、自分の悩みなんてちっぽけだって思うけど解決はしねえからな!!!!


佐久間さん

「俺たちがあのときお前を見つけていなければ、お前はこの広い海の一部になっていたんだな」


「……私、思ったんですけど」


佐久間さん

「ん?」


 あのとき、私はヘッドホンでオーケストラを聴いていた。

 この曲の一番の盛り上がりと合わせて飛び降りようと思っていた。

 だから、あの場所に辿り着いてから何分間かぼーっとしていた。

 あの場所に辿り着いてすぐに飛び降りれば、すべてが一瞬で終わった。

 だけど、私はそうしなかった。

 たぶんだけど、私はあの場所で誰かが見つけてくれるのを待っていたんじゃないかと思う。

 私はずっと心の中で「誰か助けてくれ」って叫んでいた。

 誠に不甲斐ない話だが、もう自分ひとりだけの力で立っていることに限界を感じていた。

 助けてほしい。倒れないように支えてほしい。

 誰か私を見つけて。私の手を取って。

 そうでなければ、私はもう息ができない。

 でも、そんな人はどこにもいない。

 だから、三日月川大橋のてっぺんに行くしかなかった。

 この世界を、嫌いになるしかなかった。


 搔い摘んでそう話すと、佐久間さんは小さく「そうか」と呟いた。


佐久間さん

「俺たちがあの場所に行くのがもっと遅ければ、お前を見つけることはできなかったのか」


「誰も見つけられていなかったでしょうね」


 と、ぐいっと腕を引かれ抱き締められた。

 息ができないくらい力強く。


佐久間さん

「待っていてくれてよかった」


「……はい」


 人に抱き締められたのなんて、いつぶりだろう。

 こんなに温かいんだなあ。

 冷え切った体に染み渡るみたいだ。

 背中に手を回すのは気が引けるけどな!

 てかさ、拙者メガネなんだけど、抱き締められて顔を埋めたいときって、メガネの人たちどうしてるの? そのまま埋めたらメガネが潰れるよね。もしくは瞼がぎゅーってなってレンズが汚れるよね。


佐久間さん

「キスしていい?」


「いいって言うと思っていたんなら驕りですよ」


佐久間さん

「あ、ハイ、すみません……」


「佐久間さん、背高いですね」


佐久間さん

「そうだな。平均よりは高いほうだな」


「高身長爽やかイケメンですね」


佐久間さん

「どういう称号なんだそれは。

 イケ散らかした人じゃなくなったのか?」


「いえ、イケ散らかしたメンズでイケメンなので」


佐久間さん

「初めて聞いたな」


「じゃあせっかくなので高身長で爽やかなイケ散らかしたメンズに見守られながら海に沈んで来ますね」


佐久間さん

「沈むな沈むな。

 何がせっかくなんだよ」


「こんな機会めったにないと思いまして」


佐久間さん

「ダイブするのを躊躇っていたくせに阻止した者の目の前で積極的に沈もうとするな」


「捕まえてごらん!」


佐久間さん

「もう捕まえてんだよ」


「私の探求心は何者にも止めることができない……」


佐久間さん

「海の底に対する探究心ならいますぐ捨てろ」


 海は本当に広いし大きい。

 体内に溜まった黒い泥が溢れ出る前に私を飲み込んでくれるはずだ。

 若い頃に読んだ漫画で、遊郭の女が懇意にしている男を桟橋に呼び出して、一緒に入水しようと企てるシーンがあった。

 男は驚きつつもそれを受け入れる。

 ふたりのあいだには確かに愛があった。

 それは他の人に見つかって阻止されたんだけどね。

 もし私がその女の立場になって佐久間さんを桟橋に呼び出したとしても、佐久間さんは全力で私を羽交い絞めにして、引きずってでも海から遠ざけるのだろう。

 男が受け入れたのも愛。佐久間さんが阻止するのも愛。

 私が求めていたのは、どちらの愛なのだろう。


佐久間さん

「何を考えているんだ?」


「……何も考えていません」


佐久間さん

「お前の場合、本当に何も考えていないのか、それとも何かを考えているのか、だとしたら何を考えているのか……まったくわからないな」


「私は思ったことをそのまま言うタイプの忍者なので、そこはわかる必要はないですよ」


佐久間さん

「太った人にデブって言ってしまうタイプの忍者か?」


「まさか。傷付けるようなことは言いませんよ。

 ちゃんと言葉選びも慎重にやっています」


佐久間さん

「考えていることを率直に言うということか」


「そんな感じでござる」


佐久間さん

「じゃあ何も言わないときは本当に何も考えていないのか」


「言う必要がないと思ったら言わないですよ?」


佐久間さん

「やっぱり何か考えてるんじゃねえか」


「忍者なので顔には出ないでござる」


佐久間さん

「ふうん……。

 まあそれをわかってやれるのは俺ひとりで充分だな」


「……」


佐久間さん

「顔に出てるぞー」


「失敬。修行が足りないでござるな」


佐久間さん

「なんでお前はそんな嫌そうな顔をするんだ」


「フレーメン反応でござる」


佐久間さん

「どういうことなんだよ」


「イケ散らかした台詞を聞くと本能的に眉間にしわが寄るでござる」


佐久間さん

「眉間どころじゃなかったけど」


「イケ散らかした台詞に耐性がなくて顔面が言うことを聞かないでござる」


佐久間さん

「免疫じゃなくて?」


「それだ」


佐久間さん

「それなのか……」


「ちょっと免疫つけて来ますわ」


佐久間さん

「は? どこで」


「おっと、失礼。こういうのは黙って行うことですね」


佐久間さん

「そもそも行うな」


「ははは。佐久間さんって気苦労が絶えなさそうですね」


佐久間さん

「なに笑ってんだよ。

 お前やっと笑ったと思ったらそんなことで笑ってんじゃねえよ」


「んえ? いや、私けっこう笑うほうですけど」


佐久間さん

「初めて出会った頃から頭の中で回想してみろ」


「……満面の笑顔ですけど」


佐久間さん

「お前の脳内には補正機能があるみたいだな」


「やっと笑ったってことはないんじゃないですか?」


佐久間さん

「愛想笑いはあったけどな」


「うーん……何も意識してなかったですが……」


佐久間さん

「俺と過ごすのは嫌ではないが、特段楽しいというわけではないんだろ?」


「そんなことはないと思ってますけど……。

 楽しくなかったら私なんも喋らないですよ」


佐久間さん

「そうか?」


「そこまで人間できているわけではないですから」


佐久間さん

「楽しくても笑うことができないということか」


「感情が死んでるからだと思いますよ」


佐久間さん

「感情が死んでる?」


「病気のせいか薬のせいか、感情が揺り動かされることがあんまりないんですよね。

 ネガティブな感情ならいくらでも湧いてくるんですけどね」


佐久間さん

「なるほどな……。

 まあ、お前の感情が生き返るかどうかは俺次第ということか」


「薬のせいだったら佐久間さんでもどうしようもないですけどね」


佐久間さん

「現実的なことを言うなよ」


「佐久間さんを好きだと思えるようになったら、ポジティブな感情も湧いてくるのかもしれませんね」


佐久間さん

「できればそうしたいと思っているよ」


「これからの頑張りに期待ですね」


佐久間さん

「社交辞令か?」


「いえ? 本心ですよ?」


佐久間さん

「……そうか」


 佐久間さんの手が私のマスクを外しにかかる。

 阻止しようかどうしようか迷っているうちに、優しく唇を重ねられた。

 恥ずかしくて俯いてしまうまでが1セットな!!

 佐久間さんは小さく笑うと、また私を抱き締めてくれた。


佐久間さん

「いままでひとりでよく頑張って来たな。もう大丈夫だ」


 涙が出るかと思った。

 ずっとこの言葉を求めていたんだ。

 ひとりになりたくないのに、いつもひとりだった。

 誰かにそばにいてほしい。

 誰かにこうして抱き締めてほしかったんだ。

 私にはもう手に入らないものだと思っていた。

 ここまで耐えて生きて来たのも、無駄なことではなかったのかもしれない。


佐久間さん

「あとはお前が俺のイケ散らかした台詞にフレーメン反応を起こさないように素直になるだけだな」


「フレーメン反応が私の素直な心情ですけど」


佐久間さん

「受け入れるってことだよ」


「時間の問題ですな」


佐久間さん

「なんで他人事だよ」


「拙者は屈しないでござる」


佐久間さん

「張り合うなよ」


「拙者を懐柔しようとしても無駄でござる」


佐久間さん

「懐柔って言うな。

 そんなに不服か?」


「……こんなに真っ直ぐ好意を伝えられることに慣れていないだけです」


佐久間さん

「そうか。じゃあ、フレーメン反応を見られるのも俺だけの特権かな」


「……」


佐久間さん

「なんだその顔は」


「フレーメン反応を我慢しています」


佐久間さん

「別に我慢する必要なんてない。

 無反応のほうが辛いからな」


「じゃあ積極的にフレーメン反応を起こしていきますわ」


佐久間さん

「たまには良い反応をしてくれ」


「善処します」

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