開かれた箱

 インベーダー撃破。その知らせが世界各地に行き届いたのは、撃破されてからかれこれ半年は経ってからの事だった。

 何分撃破した様子を見た者が『民間人』二人でしかなく、遅れて駆け付けた自衛隊に報告しても中々信じてもらえない。証拠の残骸を見せようにも、そこにはパンドラ親子がいて自衛隊は近付けない有り様。おまけにインベーダーの円盤は道中でも破壊活動をしており、日本全域が酷く混乱していた。このため自衛隊の立て直しが優先され、円盤の残骸を確認出来たのは一週間後の事である。

 どうにか自衛隊上層部が事態を把握した後も苦労は続いた。自衛隊(正確にはそこから報告を受けた日本国政府)は即座に円盤撃墜の発表をしたが……世界中がインベーダーの攻撃で壊滅している。軍が壊滅して連絡が取れないならマシな方で、アメリカのように政治中枢が吹っ飛んだ国相手だと何処に通信を行えば良いか分からないという体たらくだ。

 辛うじて通信が確立しても、相手はこちらの発表を「はいそうですか」といって納得はしてくれない。何処で誰がどのように撃破したのか、後続部隊はないのか、証拠はあるのか――――様々な質問に答えても、「そもそもこの通信が本当に信用出来るものなのか?」「敵の偽情報ではないか?」という疑問で最初からやり直しになる事も多かった。尤も、連絡先の相手が偽装を疑うのは至極真っ当である。インベーダーの巧妙さと高度さを思えば、情報戦のノウハウがあっても不思議はないのだから。

 おまけにインベーダーが撃破されても、平和がすぐに戻った訳ではない。インベーダーの置土産……毒ガス散布装置は止まらず、起動し続けていたからだ。また大量殺戮後の無政府状態により治安が悪化。軍も警察も壊滅したため、犯罪者の逮捕・地域の統率がまるで取れていない場所があちこちに出た。農村が破壊された事で穀倉地帯なども失い、慣れない狩猟採集生活を余儀なくされている地域も少なくない。だが人類が破壊し、インベーダーが追い打ちを掛けた自然環境に、今の人類を養うほどの生産性はない。飢餓が蔓延し、治安を更に悪化させた。

 地球は救われたが、世界は終末の様相を呈している。そしてこのままでは人類文明は再起も出来ず、遠からぬうちに崩壊するだろう。

 何故なら現代の文明というのは、現代の生産能力を前提としているからだ。例えば一台の重機を作るためには素材となる金属の精錬が必要であり、金属精錬を行うには高熱を生み出す製錬所が必要で、製錬所には高温に耐える炉が必要で、炉を作るには特殊な建材が必要で、建材はある種の鉱石が必要で、鉱石を得るには重機が必要で……といったように複雑かつ循環的な産業構造をしている。インベーダーはこうした産業構造も破壊しており、経済の循環が途切れていた。重機を得るための鉱石がなく、鉱石を得るための重機がない状態になっているのだ。

 仮に材料が確保出来ても、それでも生産開始は難しい。インベーダーの破壊活動により、建造物の設計図もまた失われた。図面がなければ、どれだけ優秀な職人がいても施設は建てられない。いや、そもそも建造に必要な職人、産業を成り立たせてきた熟練工自体がインベーダーに殺されているケースもある。そして現在横行する飢餓と情勢不安も彼等の命を奪う。今の文明には必要不可欠なのに、失われてしまった技術は少なくない筈だ。

 人類は文明と共に栄えてきた。文明の衰退と崩壊は、人類の黄昏を意味する。

 しかしインベーダーの母船が落ちた事で、これ以上の大虐殺は起こらない。インベーダーが残した毒ガス装置も、いずれ破壊方法が見付かるか、或いは老朽化による故障で止まるだろう。人類は絶滅を回避し、これからも地球で生きていける。それだけでも十分に明るい未来と言える筈だ。

 加えて、上手く立ち回れば――――人類は衰退するどころか、大きな飛躍を遂げられるかも知れない。


「……やっぱ駄目かもー」


 等と思って『此処』に来た千尋だったが、口から出たのは弱気な言葉だった。

 千尋の傍には秀明の姿もある。それだけでなく、何十人もの軍人……自衛隊員もいた。自衛隊員は全員が銃などで武装しており、物々しい雰囲気を漂わせている。

 そして彼等の顔は今、極めて強張っていた。

 何故なら此処にある筈の、インベーダーの残骸が何処にも見当たらないのだから。


「……深山先生。インベーダーの母船は、何処にあるのでしょうか」


「……さぁ?」


「さぁ? ではありません! あの未知のテクノロジーの塊が何処かにいったなど、一大事ではありませんか!」


 自衛隊員からの問いに対し正直に答えれば、その自衛隊員から強く問い詰められてしまう。

 彼の言いたい事はよく分かる。

 千尋達が此処……インベーダーとパンドラの決戦が行われた地を訪れた理由は、撃破されたインベーダーの残骸を調査するためだ。原理不明の飛行技術、謎の光線や光弾を発射する砲台、核兵器さえ通じない無敵の装甲――――インベーダーの船体には、人類文明など足下にも及ばない技術が詰まっている。もしもこれらの技術を部分的にも習得出来れば、人類の文明は飛躍的な進歩を遂げられるだろう。それこそ今の後退・滅亡間際の文明を、V字回復させる事も可能かも知れない。

 勿論事はそう単純ではない。石器を振り回している原始人では原子力潜水艦の仕組みなどろくに分かる訳がないように、人間がインベーダーの船を解析しても殆ど理解出来ないだろう。一つも分からない事だって十分あり得る。しかしろくに仕組みが解明出来ずとも、運良く無事な砲台を一本でも動かせれば、どんな攻撃でも破壊出来ず、どんな戦闘艦も破壊出来る武器を入手した事となる。メンテナンスやエネルギー供給などの問題はあるとしても、地球最強の武器が手に入るのだ。

 なので一旦国内情勢が落ち着いた今、半年ぶりに円盤の調査・回収に来たのだが……何処にも見当たらず。

 あるのは、爆発跡地である巨大なクレーターだけ。


「まあまあ、落ち着いて……」


 自衛隊員の焦りと混乱も理解は出来る。だからこそ秀明は優しく声を掛けて静止し、自衛隊員も渋々ながら落ち着いてくれたのだろう。

 しかし疑問は残ったまま。自衛隊員の顔は酷く困惑し、動揺を隠せていない。

 何故インベーダーの残骸が何処にもないのか? 例えば場所を間違えたのではないか、という意見には、クレーターの周囲を見渡せば簡単に否定出来る。

 クレーターの周りには森が広がっているのだが、大地が捲れ上がったような『傷』があちこちにあるのだ。加えて一部がごっそり吹き飛んだ山なども見られる。人間の戦争でも生じないような、破壊的な痕跡……こんなもの、パンドラとインベーダーが戦った跡地以外で見られる訳がない。

 間違いなく、此処が決戦の地である。此処にインベーダーの姿がないなら、可能性は一つしかあるまい。

 誰かが持ち去ったのだろう。

 そしてインベーダーの母船を持ち去るような相手が、野生動物である筈がない。


「……申し訳ありません。ですが、一体何故残骸が消えたのか……中国や韓国、ロシアやアメリカが無断で日本に上陸したのでしょうか? 我々も人手が足りず、領海内どころか国土の監視すらろくに出来ていないので、やろうと思えば可能でしょうが」


「うーん。あり得ないとは言いませんけど、考え難いかと。何処もそんな余裕はないでしょうし、そもそもあれだけ大きな残骸を全部持ち去るなんて無理です」


 インベーダーテクノロジーを欲しているのは日本だけではない。隣国のみならず、世界中が狙っている。

 とはいえどの国もインベーダーによって軍は壊滅状態に陥っている。自国の治安維持すら儘ならない状態だ。しかもインベーダーは真っ先に国家中枢を攻撃しており、どの国も政治的ダメージがかなり大きい。パンドラ出現前から国内情勢が不安視されていた中国は、様々な民族が独立を宣言し内乱どころか戦国時代めいた混迷をしていると聞く。中国は特に酷い状況とはいえ、他国も似たようなものらしい。国家存亡の危機を前にして、特殊部隊や重機を他国に派遣する余裕はないだろう。仮に来たとしても、推定質量数十億トンの船体を綺麗に持ち去るなど不可能だ。

 そもそも技術を得たいだけなら、船体を全部持っていく必要はない。サンプル数は多いに越した事はないが、保存状態の良い砲台が一~二本あれば十分研究は進められる筈だ。スパイ活動が発覚する可能性を低くする意味でも、この方が合理的だろう。何よりインベーダーテクノロジーは世界各国が欲している。つまり全世界が日本に対し、共同研究という名の『圧力』を掛ける事は容易に行える筈だ。研究自体は出来るのだから、リスクを冒して大胆に盗み出す(日本の所有物という訳でもないが)必要があるとは思えない。

 人間がやったと考えると、どうにも不自然である。


「だとすると、やっぱり彼女達かなぁ」


「あー、確かに彼女達なら出来るだろうが、だとしても多過ぎないか?」


「多過ぎるとは思うけど、でも他にいないし……」


「心当たりがあるのですか? 一体何処の国なのですか?」


 千尋と秀明が『犯人』の心当たりについて臭わせれば、自衛隊員はそれを問い詰めてくる。隠すつもりもないため、千尋はすぐにでも答えようと思った。

 尤も、『答え』の方からやってきたので、言葉にする必要などなかったが。


【ギギギガギギギィィィー】


 突如として聞こえてくる、金属が軋む音。

 此処にいる自衛隊員の誰もが、全身をびくりと震わせて戦闘態勢に移る。銃の引き金に指を乗せ、音がした方……自分達が歩いてきた、クレーターを囲う森林に銃口を向けた。

 そして誰もが絶望と諦めの表情を浮かべる。音の正体に気付き、歩兵が携行出来るような武器でどうこう出来る相手ではないと知っているのだから。

 とはいえ、同じく相手の事をよく知っている千尋と秀明は、恐怖どころか怯みもしない。『彼女』が最早敵対的な存在でない事は、半年前の出来事で身に沁みているのだ。むしろ親しみすらある。

 何分復興の手伝いや調査報告などで忙しく、彼女――――ピュラーとの再会もかれこれ半年ぶりなのだから。


【ギギャギギャ! チギィィィロギィィ!】


「ピュラー! 元気してたっ?」


「おや、なんか一回り大きくなったか?」


 森からひょっこり顔を出したピュラーに、千尋は両手を広げながら呼び掛ける。秀明も、その巨躯を見上げながら彼女の姿を優しく見つめた。

 ちなみに自衛隊員達の一部が半狂乱で発砲していたが、今のピュラーは銃弾ぐらいでは怯まない。インベーダーとの戦いで相当度胸が付いたのだろう。無論、ピュラーにとって自動小銃の弾丸が数百発撃ち込まれたところで、痛くも痒くもないのが一番の理由だが。


「う、撃ち方止め! み、深山さん! こいつは……」


「あれ? ……あー、連絡いってないかも。この子はパンドラの子供で、ピュラーって言います。良い子ですよ?」


「ぱ、パンドラの、子供……? こ、コイツが……」


 千尋の説明を受けて、自衛隊員はぽかんと呆ける。

 ピュラーの存在は半年前自衛隊には報告している。しかし今回調査に同行した自衛隊員は、円盤による被害が少なかった遠方の地にいた者達だ。彼等はピュラーの存在は噂でしか聞いた事がなく、資料なども満足に確認出来ていない。パンドラも直接見た事がなく、やってきたのがピュラーなのかパンドラなのか、すぐには判断出来なかったとしても仕方ないだろう。

 部隊長からの命令もあって銃撃は止んだが、自衛隊員達は酷く怯えた様子だ。気持ちとしては千尋にも理解出来る。ピュラーの見た目はほぼパンドラそのものであり、そのパンドラは人類を虐殺してきた悪のロボット。間近で見下されていて落ち着く事など出来るものではない。

 ましてや軽い日常会話など不可能だ。まともに話が出来るのは自分達だけだろうと千尋は思う。何より、丁度尋ねたい事があった。


「ねぇ、ピュラー。此処にあの大きな奴が倒れていたと思うけど、あれが何処に行ったか分かる?」


 今の地球でインベーダーの巨大な残骸を動かせる者がいるとすれば、パンドラとピュラーだけだろう。

 しかし人間のように『欲深い』なら兎も角、パンドラ達がインベーダーの力を求めるとは思えない。仮に求めたとしても、勝利した以上パンドラの方が強いのは明白だ……例えそれが科学ではなく、精神に由来するとしても。装甲の性能など学ぶところがないとは言わないが、自分より弱い奴のテクノロジーを積極的に取り入れる必要はあるまい。

 一体どうしてインベーダーの残骸を動かしたのか。千尋にはそこが分からない。


【ガギギャギギィ。ガギバ! ダベバ!】


 ピュラーは千尋の疑問に、すぐ答えてくれた。

 ただ、半年ぶりだからだろうか。ピュラーの言葉は拙く、なんと言っているのかよく分からない。


「えっと、ピュラー? 少し落ち着いて話してくれる? よく聞き取れなくて――――」


【! ギガ! ギギガギガ!】


 もう一度話してほしいと頼むが、どうしてだろうか。ピュラーは興奮気味に何かを叫ぶ。

 そして何処かをじっと見つめていた。

 何を見ているのだろう? 不思議に思った千尋は、こてんと首を傾げる。こんな無意味な仕草をしている間に、判断力に優れる自衛隊員達はすぐにピュラーが見ている方へと振り向いていた。


「ひぃっ!?」


 だからなのか。自衛隊員の一人が、悲鳴を上げる。

 恐れ慄いたのは一人ではない。此処に集まった全ての隊員が、恐怖に引き攣った表情を浮かべている。

 一体何をそんなに恐れているのか。見たくないような気持ちも湧くが、無視する訳にもいかない。恐る恐る、千尋は自衛隊員達と同じ方に目を向けた。

 答えはすぐに分かった。彼等が何に恐怖したのか、説明されずとも納得が行く。

 自分達から見てクレーターの向こう側に、パンドラの姿があるのだから。


【ギャギリリギャアアギィィィ】


 森を踏み越えながら、全長二百メートルはある巨大がぬっと姿を現す。

 鳴き声は身体が痺れるほど大きいものの、雷鳴や爆音と違って『激しい』ものではない。むしろ愛しさや優しさが感じられる、柔らかな咆哮だった。

 インベーダーとの戦いが終わり、平穏な時を楽しんでいるのだろう。敵意は勿論、遊びで生物を殺そうとする無邪気さも感じられない。自衛隊員が恐れ慄く気持ちは分からなくもないが、今の彼女なら攻撃しない限りこちらに襲い掛かる事はない筈と千尋は思う。

 ただ、逆に言えば攻撃したらどうなるか分からない。ピュラーと違い、パンドラはそこまで『無邪気』ではないのだ。

 迂闊な行動を起こさぬよう、自衛隊員達を落ち着かせよう。そう考え、口を開こうとしたが……千尋は言葉を失った。

 パンドラの傍に、のパンドラがいたのだから。


「(……え? もう一体?)」


 思わず千尋は後ろを振り返る。当然、そこにはピュラーの姿がある。

 再び前を見れば、やはりパンドラの傍にはもう一体のパンドラがいた。

 いや、正確にはパンドラによく似た『姿』のロボットだ。一目でパンドラではないと分かる……何しろ大きさが、ほんの十数メートルしかないのだから。ピュラーよりも更に小さな機体である。

 しかもパンドラの影に隠れるように動いていた。決して前には出ようともしない。ピュラーも臆病なところはあったが、彼女は好奇心旺盛であり、千尋や秀明と初めて出会った時も、怖がりながらも近付いている。ところがあの小さなパンドラは、パンドラから離れようともしていない。似ているようで、ピュラーとは異なる性格のようだ。

 ここから言える事は一つしかない。

 パンドラは、また新たな機体を作り上げたのだ。ピュラーという娘と同じように。


【ギギゴギ! ギィイイモォゴ! ィモォオゴ!】


「……………あっ、妹ね。妹かー」


 ご丁寧に、ピュラーはそれが妹だと教えてくれた。

 ――――と千尋は最初思ったが、しかしこれは早とちりだったかも知れないと、後になって思う。

 パンドラの同型機は、他にも続々と現れたのだから。

 地平線の向こうから、次々と顔を出してくるパンドラ達。大きさは千差万別だ。百メートル近い機体もいれば、その肩に乗る数メートルぐらいの小さなものもいる。頭からトサカのようなものを生やした機体、背ビレがやたら大きな機体もいた。これが何十何百と現れたのだ。


「あ、あ、ぁ、あ……」


 自衛隊員達は最早茫然自失。銃を落とし、間の抜けた声を漏らすばかり。半狂乱で突撃する者がいなかったのは、焼けを起こす気すら湧かなかったのだろう。

 千尋も呆けてしまうぐらいには驚いた。

 けれども落ち着いて考えてみれば、なんらおかしな事はない。パンドラが自分の同型機を作れる事は、ピュラーの存在からして明らかだった。そしてパンドラを形作るナノマシンは、たった十日でバラバラの状態から二百メートル級の姿を建造するほど優れている。半年もあればこれだけの数を揃える事は理論上可能だろう。

 そして一番の問題である莫大な資源が必要な点も、障害とはなり得ない。

 此処には、推定数百億トンもの金属があったのだから。


「……なぁ、深山くん。ひょっとするとだが……パンドラの奴、インベーダーの母船を食っちまったのか?」


「そうなんじゃないかなー。さっきピュラーも『食べた』って言ってたし」


「ああ、あれ、食べただったのか……」


 今気付いたピュラー語の翻訳を語れば、秀明は達観したような笑みを浮かべる。

 千尋も同じく、諦めの感情を抱いた。

 一体、どれだけの数がいるのだろうか。

 今目の前にいる、百や二百どころではないかも知れない。もしもインベーダーの残骸を全て『家族』に作り変えたのなら……ピュラーぐらいの大きさの機体なら数千、もっと小さな機体なら何万と作れる筈である。そして残骸が跡形もない以上、全部使い切ったと考えるのが自然だ。

 数千数万のパンドラの群れ。一体だけでも勝ち目のない相手だったのに、こんなものを前にしてどうすれば良いのか。

 自衛隊員達が抵抗の意思すらなくし、呆然としてしまうのは仕方ない事だ。恐怖のあまり叫びながら逃げ出さないだけ、彼等の事を勇敢だと褒め称えるべきかも知れない。


「いやー、壮観だねぇ」


「壮観だねぇ」


 千尋と秀明だけは、暢気に笑ってしまうのだが。


「一体彼女はどれだけ寂しがり屋だったのやら……こりゃあ、地球がパンドラの星になるのも時間の問題だな」


「今更じゃないかなー。インベーダー相手に人間は為す術もなくて、そのインベーダーを倒したのはパンドラ。いてもいなくても同じなのに、地球を人間の星とは呼ばないと思うよ?」


「確かになぁ」


 パンドラに負けた時から、この星はパンドラ達のものとなった。人間達は今や脇役に過ぎない。

 そこに大した意味などない。支配者の遷移など、生命の歴史で幾度となく起きてきた。今回は、人から機械に移り変わっただけ。

 そしてパンドラ達が支配者となった事で、もう、この星がインベーダーに脅かされる事もないだろう。

 パンドラ一体で母船が破壊されたというのに、今やそのパンドラが推定何万といるのだ。インベーダーの文明規模や軍事力によっては、まだまだ勝ち目はあるかも知れないが……侵略に対する『費用対効果』が悪過ぎる。こんな星を侵略しても割に合わない。合理的な振る舞いをしてきたインベーダーはそう考える筈だ。考えないような『間抜け』なら、侵略者として成功する訳がない。

 インベーダー以外の侵略者が来たとしても、パンドラ達がいれば攻める気も失せるだろう。


「名前の通りになった、のかな?」


 パンドラ。神々から遣わされ、世界に災いをもたらした女の名。けれども彼女が持ってきた箱の中には、希望が残っていたという。

 人の世は滅びた。あまりにも多くの命が失われ、あまりにも多くの憎しみを人間達は抱いている。しかし人間そのものは滅ぼされず、パンドラ一族という地球史上最強の守りを得た。地球という括りで見れば、希望を得たと言えるかも知れない。人間の立場から見ても、この『種族』と共存出来れば……案外、今までよりも明るい未来に進んでいけるのではないだろうか。

 いや、進まなければならない。世界が変わった以上、新たな生き方を模索するのが当然の事。失われた命に報いるためにも、今残る命を守るためにも、人は歩き続けなければならない。

 だからここで向き合おう。媚びず、臆さず、屈せず、怒らず、驕らずに。


「皆さん! これはチャンスです! パンドラ達に接触し、お話してみましょう!」


 意気揚々と千尋はすべき事を伝えれば、秀明は驚きながらも笑い、自衛隊員みんながギョッとする。自衛隊員達はすぐに何かを言おうとして、けれども言葉は出てこない。

 千尋がパンドラ達目指して歩き出す方が、彼等が何かを言うよりもずっと早いのだから。


【ギャギャアアギギギギアアアアアッ!】


 パンドラが上げた猛々しい雄叫びは、鐘の音のように世界へと広がっていく。

 人と機械の新しい時代が、ここで幕を開けるのだ。

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人造鋼鉄怪獣パンドラ 彼岸花 @Star_SIX_778

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