限界突破

 輝くパンドラの身に、異変が起きたのはそれから間もなくだった。

 装甲の一部が剥がれ落ちたのだ。恐らく熱による溶解が酷くなり、身体に留めておけなくなったのだろう。傷はすぐに塞がるも、見ている間にまた溶け出す。

 自らの発熱で勝手に傷付いていく様は、お世辞にも頼もしいとは思えない。


【ギギギャギャリギャアァッ!】


 しかしそんな不安は、パンドラの咆哮一つで吹き飛ばされてしまう。

 自壊が止まらないなら、もっと排熱を増やせば良い。そう言わんばかりに、パンドラの身体に更なる変化が起きる。

 背ビレが浮かび上がり、その隙間から大量の湯気が噴出したのだ。更に脇腹に大きな穴が開き、土煙などが吸い込まれていく。

 どうやら空冷システムを発展させたらしい。冷たい空気を通し、中の熱を吸わせて外に吐き出す。一見素晴らしいやり方にも思えるが、空気というのは熱伝導率がかなり低い。このため熱を吸わせるのにそこそこ時間が掛かってしまう。おまけに比熱(一度上げるのに必要なエネルギー量)も小さく、しかも一立方メートル当たりの質量も少ない。つまり大して熱を奪っていないのに温度が上がってしまい、冷却効果を失ってしまうのだ。空気を吸い込むのにもエネルギーが必要であり、そのエネルギーを捻出すればまた熱を生む。

 実際、パンドラは背中から白い湯気を大量に噴出しているが、身体の溶解が収まったようには見えない。効果がないとは言わないが、苦し紛れ、或いは時間稼ぎにしかなっていないらしい。

 パンドラの苦境は人間が肉眼で見ても分かる状態だ。インベーダーが気付かない筈もない。そして自壊を引き起こしているのなら、無理に戦う必要はない。

 インベーダーが後退し、パンドラと距離を取るのは極めて合理的な戦略だ。


【ギ……ギャリリリギャアアアアッ!】


 パンドラは後退するインベーダーを全速力で追う。

 しかしここで体格差の壁が立ち塞がる。インベーダーの一歩は、パンドラにとって十歩近い歩幅だ。インベーダーが一歩歩く間に、パンドラは十歩進めるだろうか? 確かにインベーダーの足の『見た目の動き』はパンドラよりも遅いが、そこまで極端な差がある訳ではない。アリと人間が競争するようなものだ。

 パンドラとインベーダーの距離は、呆気なく離されてしまう。距離を取られたら、一番大きなダメージを与えられる肉弾戦が行えない。


【ギャキギキキィィッ!】


 ならばとパンドラが繰り出したのは、背ビレである子機を飛ばす事。

 子機は回転しながらインベーダー目掛けて飛んでいく。その狙いは、大きく動く足の付け根。

 関節部分に挟まるなり傷付けるなりする事で、動きを止めようという算段か。しかしインベーダーも簡単にはやらせない。

 無数にあるワイヤーを広げた状態で振るう。何百と生えたワイヤーは縦横無尽に蠢き、子機の一つ一つを的確に狙い、捕獲してしまう。

 子機は回転する事でワイヤーを切り裂こうとするが、接触したワイヤーは火花を散らすだけ。切断される様子はなく、何本ものワイヤーが巻き付き、子機の動きを止めてしまう。捕まった子機は自爆してこれに抗うが、やはりワイヤーは健在だ。

 そしてワイヤーの役割は、単に殴ったり縛ったりするだけではなかった。

 飛んできた子機を始末しつつ、幾つかのワイヤーが蠢きながらパンドラを狙う。続いてワイヤーの先端が光り出し……次いで放つのは、眩い閃光。

 円盤の時に小型砲台が発射した、あの光と同質のものだ。高速で飛翔した粒子の集まりはパンドラに命中するや、巨大な爆発を引き起こす。バリアを展開しているパンドラは傷こそ負っていないが、爆発の衝撃で大きく突き飛ばされてしまう。


【ギ、ギギャギャギャ!】


 パンドラは即座に反撃。両腕からミサイルを飛ばす。撃ち出されたミサイルはほんの一メートルもなさそうな、極めて小さなもの。しかしその分数が多く、一度に何百と空を駆けた。噴出物が描く白い軌跡で、パンドラの両腕が隠れてしまうほど。

 インベーダーはこのミサイルに対しワイヤーを動かし、光による迎撃、或いは直接掴んでの撃墜を試みる。撃たれたミサイルの数は膨大だが、インベーダーの両脇から生えるワイヤーもまた莫大。全てのミサイルに『個別』で対応する事など雑作もない。

 折角のミサイル攻撃は全て迎撃されてしまう。だがパンドラの本命は別。

 両腕を前に突き出したまま、またミサイルを発射。インベーダーは再度ワイヤーを蠢かす。

 インベーダーが何処を見ているかなど、傍目には分からない。明確に頭部と呼べるような部分もなく、仮に全身にセンサー機器があれば全方位を掌握可能だ。

 けれども恐らく、今のインベーダーはミサイルに『注目』していた筈である。自身に迫る脅威の優先順位を下に見るような事はあるまい。

 ましてやミサイルの噴射物でパンドラの姿が隠れていたら、僅かに警戒が薄れてしまうのも致し方ない。

 その致し方ないタイミングで、パンドラは動く。

 ミサイル発射時に突き出していた両腕も撃ち出したのだ! 円盤の時に使った両腕飛ばしと似ているが、今度の腕はワイヤーで繋がっていない。そして腕の断面から猛烈な噴射があり、パンドラの姿は完全に覆い隠された。

 ミサイル迎撃に集中していたであろう、インベーダーは僅かに反応が遅れた。残りのミサイルを無視して飛んでくる腕に光を浴びせるも、腕はミサイルと違って装甲が分厚い。加えて爆発物も積んでいないのか、穴が空いても誘爆さえ起こさない。

 飛んでいった腕が狙うのは、インベーダーの両足。接触した瞬間、液体のように崩れてインベーダーの足に纏わり付く。そして凝固。固まる事で、インベーダーの動きを阻む。

 圧倒的に巨大なインベーダーから見れば、パンドラの両腕なんてちっぽけなものだろう。だが液化した事で、ナノマシンは関節部の相当奥深くまで浸透したに違いない。巨大な機械は、その巨体を狂いなく動かすため細部は繊細な作りになっているものだ。深部まで入り込まれたなら、動きを止めざるを得ない。

 とはいえナノマシン技術を持つインベーダー側が、この展開を想定していないとは思えない。なんらかの方法で除去してくるであろう。

 それよりも、噴射物に隠れていたパンドラが肉薄する方が早いだろうが。


【ギャアアアギィィィィイィアアッ!】


 一直線に、最短距離で、パンドラはインベーダーに向けて走る!

 インベーダーは逃げようとしたが、今の足は動かない。続いてワイヤーで受け止めようとするが、一瞬の『判断ミス』により間に合わず。

 赤々と輝くパンドラが正面から激突し、インベーダーはまたも倒れる。パンドラは両腕を生やしながら接近し、インベーダーの足から胴体へと登っていく。

 肉薄した状態での攻撃チャンスを再来。だが、三度目を掴む事は困難、或いは不可能だろう。既にパンドラの装甲はあちこちが溶けている。いくらバリアの力で敵からの攻撃は防げても、自重さえ支えられなくなっては動きようがない。一度冷却すればまた使えるようになるかも知れないが、いくら自己完結型ナノマシンといえども全身の至るところが損傷すれば修復に時間が掛かる。その間にインベーダーの反撃を受ければ、再起不能となる可能性が高い。

 恐らく、これが最後のチャンス。


【ガギギギャギャギギィィィィ!】


 パンドラもそれを理解しているのか。今までで一番激しく、力強く鳴くのと同時に、生やしたばかりの両腕を振り上げた

 瞬間の事。

 


【ギ、ギガ……!?】


 突然受けた傷に、パンドラが戸惑いを露わにする。

 直後、傷跡から溶解した中身であろう赤々とした液体が溢れ出しても、パンドラは未だ動揺したまま。何が起きたのか、まるで理解していない様子だ。

 人間である千尋達も唖然とするしかない。傷を負ったからには、何かしらの攻撃があった筈だ。しかし遠くから眺めていたにも拘らず、千尋の目には何かが起きたようには見えない。

 インベーダーは未だ横たわったまま。腕のように使うワイヤーも、両足も動いていない。或いは見えないほどの速さで何かをしたのか? その可能性も考慮するが、だとしてもワイヤーや足が全く動いていないのは不自然である。

 強いて違和感を挙げるとすれば、インベーダーの機体中心部にあったレンズのような構造物が光っている事ぐらい――――


「っ!? まさか……」


 脳裏を過る可能性。

 そして可能性が頭の中にあれば、その『現象』を見る事も出来た。


【ギ、ギャギャギャリリッ!】


 胴体から未だ溶けた金属を流しつつ、パンドラは改めてインベーダーを叩き潰そうと拳を振り上げる。

 そのタイミングを見計らったかのように、インベーダーのレンズ状構造物が一際強く輝いた。

 起きた現象としては、本当に輝いただけ。けれども煌めきが見えた瞬間、またパンドラの装甲が弾け飛ぶ。赤く溶けた金属が水飛沫のように飛び散る様は、生きた動物の贓物を引きずり出したかのように生々しい。

 これでもまだ活動を続けられるのは、パンドラが高度なナノマシンで構成されたロボットだからだ。しかしいくらナノマシンの修復力が優れていても、何事にも限度がある。


【ガギャ!?】


 動きが鈍ったところをワイヤーの束で殴られ、パンドラは突き飛ばされてしまう。溶解した装甲をばら撒きながら、何キロと大地を転がっていく。

 動きが止まり、パンドラはすぐに立ち上がろうとするが……受けたダメージがあまりに大きいのだろう。腕がぶるぶると震えるばかりで、立ち上がる事が出来ない。インベーダーはゆったりとした動きで、もう二本の足で立っていると言うのに。

 あまりにも一方的で唐突な展開に、未だ秀明とピュラーは唖然としているようだった。千尋も、『推測』出来ていなければ同じく呆けていたに違いない。

 一つだけ、インベーダーの攻撃方法に心当たりがあったから、何が起きたか想像出来た。

 ――――レーザーだ。

 アニメやゲームで頻繁に使われる光線兵器。高出力の光で対象を焼き切る事を目的とした攻撃だ。

 最大の特徴は、光であるがために光速で飛んでいく事。故に自分の目に当たる時まで、発射された事にさえ気付けない。発射口が発する熱や事前の発光などで予兆は感知出来ても、発射されたレーザー自体は、光より速く飛ぶものがこの宇宙にない以上どんな高性能センサーを搭載していようと察知不可能である。

 インベーダーはこのレーザーを至近距離で撃ち込んだのだ。何故今まで使わなかったのか? という疑問はあるが、レーザーは大気などの微細な分子で呆気なく減衰してしまう。『粒子』であるビームも同じ弱点を持つが、ごく僅かながら質量を持つ粒子と異なり、光は質量すらない。大気の干渉をビームよりも強く受け、大気中では極めて射程が短いという弱点があるのかも知れない。

 いずれにせよ、これまで技を温存していた事でパンドラに気取られず使う事が出来た。効果は絶大で、パンドラは致命的なダメージを負ってしまう。

 ここから逆転する可能性は、千尋には思い描けない。


【ギギギ……ギギャッ!】


 パンドラはまだ諦めていないようだが、何時までも立ち上がれず、傍までやってきたインベーダーに踏み付けられてしまう。腕で僅かに起こしていた身体は地面に叩き付けられ、這う事しか出来ない。

 今までのパンドラであれば、これぐらいの攻撃には耐えられただろう。しかしここまでずっと赤く、熱を帯びていた事で、パンドラの装甲は柔らかくなっていたらしい。バリアももう消えてしまったのか、踏まれた事で背中側の装甲が大きく凹んでしまう。

 身体の傷も塞がっていない。レーザーと覚しき攻撃で切られた胸から、未だどろどろとした溶解金属を流している。ナノマシンで身体を治せるといっても、大量に金属を失えば身体の形を保てない。力だって使えなくなる。

 インベーダーはこのまま、完全に踏み潰すつもりか。どんどん足に力を込めていく。

 パンドラは両手両足で踏ん張り、耐えようとするが……入れた力に耐えられず、その手足から溶解したナノマシンが噴き出す。そして崩れ落ち、インベーダーに抗えない。


【ギ、ギギィイィゥゥ……!】


「駄目! 行ってもどうにもならない……!」


 ピュラーが助けに行こうとするが、千尋は大声を絞り出してこれを止める。

 二百メートルまで巨大化し、前回の戦いで対策を練ってきたパンドラですら負けたのだ。ろくな戦闘能力を持ち合わせていない、対策だってしていないピュラーに何が出来るというのか。

 しかし彼女を止めたところで、何が変わるというのか。

 何も変わらない。邪魔者を消し去ったインベーダーが、世界各地で破壊と暴虐の限りを尽くすだけ。逃げたところで隅々まで探し出され、『駆除』されるに決まっている。そんな事はこの戦いが始まる前……自衛隊が戦いを挑む前から分かっていた。今の制止は、ただ反射的に出てきた言葉に過ぎない。

 そしてピュラーも、最初からそれぐらいの事は分かっているのだろう。

 おもむろにピュラーは自らの口に手を入れ、そこにいた千尋達を優しく掴む。潰れないよう丁寧に包まれ、けれどもあまりに巨大故振り解く事も出来ず、千尋と秀明は口の外へと運び出された。地面に置いた千尋達に、ピュラーは一瞬だけ視線を向ける。


【ギギギギギガガガガガァ!】


 立ち上がったピュラーは激しく鳴きながら、インベーダーに向けて走り出した

 瞬間、閃光がピュラーの頭部を撃ち抜く。

 インベーダーが伸ばしていたワイヤーの一本から、強力な閃光を放ったのだ。円盤時に撃った閃光はピュラーも耐えられたが、地上戦形態での攻撃は相当威力が上がっていたらしい。

 ピュラーの頭はバラバラに砕け、跡形も残っていない。普通の生物であれば死に至る損傷であり、ロボットであるピュラーにとっても重大な欠損なのか。ピュラーは手足をバタバタと動かして藻掻いた後、大地に倒れ伏してしまう。

 しばしガチャガチャと動いていたピュラーだが、やがてそれも止まってしまった。


「ピュラー……」


 あまりにも呆気ない、敗北。

 だがこれは必然の結果だ。今のパンドラでさえ及ばない相手に、ピュラーが勝てる訳もない。

 それでも、仲間を助けようとした。

 これを無駄な行動だったとは、千尋は思いたくない。いや、抵抗が無意味だとしても、では無抵抗に殺されるのが合理的なのだろうか? これもまた断じて否である。何故不埒な侵略者の思うがままにされなければならないのか。傷一つ与えられずに殺されるとしても、ビーム一本分のエネルギーでも使わせなければというものだ。

 次は自分も覚悟を決めてやる。千尋はそう思い始めていた。そこらで死んでいる自衛隊員の銃でも構え、突撃してやろう。銃弾でどうこう出来るとは思えないが、銃の射程内に入るまで殺されず、インベーダーにパンドラの付けた傷が未だに残っていて、撃ち込んだ銃弾がその傷に上手い事入り込み、それがいい感じに致命的なパーツを傷付ける。そんな都合の良い奇跡を願って。

 結論を述べると、そんな覚悟と願いは意味を為さない。

 倒れた筈のパンドラが、一層強く輝き出したのだから……

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