再発防止策

 円盤の形が、変わる。

 真っ二つに割れたと思われた船体は、よくよく見れば中心部分にある『柱』のようなもので繋がっていた。柱を中心に別れた半分が、ぐるんと回転。今まで水平を向いていたものが直立する。

 半分になった船体は、また分かれる。半分になった船体の更に上半分、その上半分の片側半分が解れるようにして無数のワイヤー状の形態に変化したのだ。直立した船体の上半分も変形。先端を尖らせた、二本の巨塔へと姿を変えた。下半分も変形し、太いながらも『足』の形となる。今まで展開していた砲台は全て中へと格納されていった。代わりとばかりに船体中心が開き、巨大なカメラレンズのような構造物が表に出てくる。

 複雑な変形ギミック。それを完了させたのは、僅か数秒の事。あまりにも早く、故に人間達やピュラーのみならず、パンドラさえもろくに反応出来ない。

 気付けば、円盤はに変形していた。


「……これは、流石に……予想外……」


 ぽそりと、千尋は思った事をそのまま呟いてしまう。

 変形した円盤は、人型とはとても言えない姿をしている。

 大地を踏み締めているのは、太く巨大な二本の足。両側面から伸びるのは無数のワイヤー。上半身と呼ぶべき位置にあるのは二本の塔……どうしてこんな形を変形後の姿に選んだのか。インベーダーの設計思想が分からない以上、想像も出来ない。

 だが、この形態が陸戦を主体とするためのものなのは容易に想像が付く。

 の陸戦戦闘能力は、果たしてパンドラと互角程度で済むのだろうか?


【ギ、ギガガリリリリリィッ!】


 先手を打ったのはパンドラ。自棄糞の突撃ではない、主導権を握らせないという確固たる戦略を感じさせる動き。

 しかし人間が子犬ほど小さな生き物の戦略的行動に、何かしらの脅威を覚えるかと言えば否である。それは円盤……いや、『インベーダー』も同じだろう。

 インベーダーからすればパンドラの突撃など、足蹴で簡単に吹っ飛ばせる程度のものでしかないのだから。


【ガ!? ギガギギ……ガギガァ!】


 蹴られたパンドラは地面を何百メートルと転倒。しかしただではやられないとばかりに、口から閃光を放つ。

 紅蓮の閃光はインベーダーを直撃。その巨体を大きく仰け反らせる。

 しかしそれも僅かな間だけの事。

 インベーダーは両足で踏み止まり、パンドラの攻撃を正面から受け止めたのだ。パンドラは体勢を立て直しながらも閃光を吐き続けるが、もうインベーダーは慣れたとばかりに仰け反りもしない。

 それどころか一歩、もう一歩と前進してくる。

 ついには走り出した! パンドラはこれに気付き、両腕を広げて構えを取る。正面から受け止める算段のようだが……インベーダーは豪快な動きで無数のワイヤーを振るう。薙ぎ払うように殴られたパンドラは、あまりにも呆気なく突き飛ばされてしまった。


【ギギァアアアッ!】


 だが、パンドラはただではやられない。

 殴られた瞬間、ワイヤーを掴んだのだ。しかも手を敢えて溶かし、中に取り込んだ状態で固定。

 突き飛ばされた時の勢いを利用し、インベーダーの巨体を引っ張る! 自身の力も利用されたとなると、流石のインベーダーも体勢を維持出来ず。大きくつんのめる形となった。


【ギャギギャギャギギィィ!】


 そうして体勢が崩れた瞬間を狙い、着地と同時にパンドラはインベーダーのワイヤーを引く!

 ついに、インベーダーの身体は大きく前のめりになった。全長三キロもの巨体故に非常にゆっくりとした動きであるが、秒速九・八メートルずつ加速。間違いなく転倒している。

 そして眼前に迫ったインベーダーの頭部……二本の巨塔部分に、空いている方の手で殴り掛かった。

 殴るといっても、人間のような握り拳など作らない。叩くような、けれども鋭い爪を突き立てた野性的な攻撃。荒々しい一撃は容赦なくインベーダーに打ち込まれ、自身の十倍はあろうかという巨体を殴り飛ばす。

 恐らく、今までぶつけてきた攻撃と同等の、強烈な一撃だ。パンドラにも手加減するような理由はない。

 だが、インベーダーの装甲は欠けず。

 これまでの攻撃では少なからず破損していた筈なのに、今の一撃では全く傷付いていないのだ。パンドラも僅かに動揺したかのように、身体を強張らせる。


【ギャギリリリリ!】


 それでも即座に掴んでいた手を離すや、インベーダーの真下に潜り込むように前進。腹、と呼べるかは分からないが機体中心部分に拳を打ち込む!

 倒れ込む状態では回避も防御も間に合わない。打撃を受けたインベーダーの躯体は、パンドラの圧倒的な怪力により大きく浮かび上がった。凄まじい威力が伝わった筈であり、今度こそはその装甲にヒビの一つぐらい……と思いきや、やはり装甲には傷一つ付いていない。

 それどころか打撃により体勢を立て直すやインベーダーは荒々しく足蹴を放ち、パンドラを再び蹴散らす。その容赦ない物理攻撃には、自分が傷付く可能性を僅かでも考えているような素振りはない。

 姿形が変わったとはいえ、つい先程まで大岩との衝突すら避けようとしていた円盤と同一の存在とは思えない。


「み、深山くん。変形した円盤だが、心なしか丈夫になっていないか? まるで傷付いたようには見えない」


 異変を感じ取ったのは千尋だけでなく、秀明も同じようだ。自分の勘違いではないと確信出来れば、『事実』として考察する事が可能となる。

 少し考えてみれば、理由はすぐに思い付いた。証拠や根拠といえるものもない、憶測ではあるが、これで説明が付く。

 同時に、パンドラの勝ち目が極めて薄くなった事も認めなければならない。


「うん、多分さっきよりも丈夫になってる。パンドラの攻撃で、傷を負ってない」


「なんという事だ……だが、どうして? 変形しただけじゃないか」


「ううん、それだけじゃない。


 千尋の言いたい事が上手く理解出来なかったのか、秀明は呆けたような表情を浮かべた。どういう事か、推測である事を前置きしつつ千尋は話す。

 ――――空を飛ぶ事と地上を歩く事、どちらがエネルギーを多く使うか?

 言うまでもなく、空を飛ぶ事だ。これは難しい計算式を使わずとも、野生動物の姿を見れば明らかである。陸上生物にはゾウやサイなど、体重数トンはあろうかという種も幾つか存在する。対して飛行生物は、特に大きな鳥でも体重十数キロ程度。絶滅種に目を向けても、翼長七~九メートルはあったというプテラノドンでさえ体重は二十キロ程度と言われている。そのぐらい軽くなければ、生物の力では空を飛べないのだ。

 人間の発明品で見ても、戦闘機の重さが十数トン。これを飛ばすのに極めて長い滑走路に物々しいエンジン、そして高速(速ければ速いほど浮力が生まれる。つまり遅く飛ぶより速く飛ぶ方が簡単)が必要だ。軽くても重さ四十トンぐらいあるという戦車が、キャタピラとエンジンを付けていればとりあえず走る ― 無論強いかどうかは別だが ― のに比べれば苦労が窺い知れる。

 インベーダーの円盤は直径三キロを有していた。比較出来るものがないため、その重さを窺い知るのは困難であるが……戦闘機並みに軽かったとしても、推定質量は五十億トンにもなる。これを謎のテクノロジーで浮かせるとなれば、莫大なエネルギーが必要な筈だ。飛行にエネルギーを費やせば、その分他の機能に割けるエネルギー量は少なくなるだろう。

 地上に降り立てば、この飛行エネルギーをゼロに出来る。

 直立した体勢を維持し、歩くだけでも莫大なエネルギーが必要だ。だが、それはどれだけ多く見積もっても空を飛ぶよりも少ない。地上に降り立つだけで余剰エネルギーが生まれ、他の機能――――防御力や攻撃力に、今まで以上の量を割り振る事が可能となるのだ。


「勿論、欠点もあるよ。空を飛ぶって、それだけで戦いで有利になれる。自由に上を取れるから射線を取りやすいし、機動力でも圧倒的に優位だし。でも……」


「こと局所的な、肉弾戦に関して言えばこちらの方が格段に強い、という事か」


「うん。さっきまでとは、比にならない」


 インベーダーにとって、飛行中に物理攻撃という弱点を付かれる事は『想定内』なのだろう。考えてみれば人間もレールガンという、超高速の弾丸で対象を破壊するという物理的兵器を考案・実用化に向けて研究しているのだ。これまで色々な惑星を侵略したインベーダーなら、レールガンを実用化した文明と遭遇し、撃ち込まれていてもおかしくない。

 或いはパンドラのような、巨大陸戦ロボットが主力の星もあったかも知れない。

 円盤を殴られて撃破された時、大切なのは次に活かす事。飛行戦力としての優位を捨てず、強大な地上戦力と戦うにはどうすれば良いのか? 様々な方法を考えた末に、インベーダーは『変形して地上戦に移行する』という方式に辿り着いたらしい。インベーダーは真面目に事故対策を行ってきたようだ。

 対策前のインベーダーであれば、パンドラが勝利していただろう。しかし今は、パンドラが危機を迎えている。


【ギ、ガ……!】


 蹴飛ばされたパンドラが、両手から光弾を放つ。

 光弾はあちこちに撃ち込まれ、爆炎がインベーダーの全身を包み込む。煙幕代わりに展開したのかも知れないが、インベーダーにとって煙は有効な障害物ではないのだろう。お構いなしに無数のワイヤーが腕のように振るわれ、パンドラを殴り飛ばす。

 度重なる打撃により、パンドラの身体には小さな傷が目立つようになる。

 ナノマシンの働きにより、傷は即座に直っていく。しかし修復には資源とエネルギーが必要だ。無限に続けられるものではない。このまま延々と嬲られては、いずれ『体力』が尽きてしまう。


【ギャギィィ……!】


 ここは一度距離を取ろうと考えたのか、パンドラは後退していく。されどインベーダーにとって、この行動はチャンスだったのか。

 塔のようにそびえる二本の上半身。その先端が強く煌めき出す。

 傍目に見ても悪寒がするほどの、強い輝き。パンドラは即座に両腕を前に構え、防御態勢に入る。しかしインベーダーは守りなどろくに気にしてないのか、行動を変える事はしない。

 守るパンドラに対し、二つの先端から光弾を放った。

 撃ち出された光弾が命中するや、パンドラを包み込むほどの大爆発が起きる。パンドラの悲鳴染みた声が上がり、爆炎の中から倒れるように転がり出てきた。

 浮遊を止めた事で余ったエネルギーは、防御だけでなく攻撃にも流用されたのだろう。今まで以上の破壊力により、パンドラの腕に大きな欠損が生じていた。これもナノマシンの再生で治るが……傷が大き過ぎて、すぐには塞がらない。

 追撃とばかりにまた殴られれば、腕の一本が歪に変形し、落ちてしまう。


【ギャギギギィィィィィッ!?】


 苦悶の叫びを上げながら、パンドラは大きく後退していく。インベーダーはこれを許さず、更に距離を詰めようとした。だがパンドラも向こうの思い通りになるつもりはない。

 ちらりとパンドラが視線を向けると、千切れた腕が動き出す。跳ねるようにして宙に浮き、インベーダーの船体に張り付く。

 次いで赤く光った、瞬間、大爆発を起こす。

 腕を自爆させたのだ。威力は(人間から見れば凄まじいが、これまでの攻撃と比べると)大したものではなく、インベーダーを傷付ける事はない。しかし切り落とした腕が爆発するとは思わなかったのか、はたまた今まで侵略した文明ではこのような攻撃を受けた経験がなかったのか。インベーダーの動きが止まる。

 その間にパンドラは全力で後退し、インベーダーとの距離を取った。とはいえインベーダーはパンドラの十倍近い大きさを誇る。パンドラにとって数キロの移動は大後退だが、インベーダーにとっては十分に『射程圏内』だ。

 決して油断は出来ない間合い。されどすぐに次の攻撃は飛んでこないであろう、微妙な距離感。

 この一瞬の『チャンス』をパンドラは逃さない。


【ギャリリリギャリリリリアアアア!】


 激しく叫ぶや、パンドラは自身の身体を光らせ始めた。

 十年前の戦い、そして円盤と初めて闘った時にも見せた姿。強力な防御機能である『バリア』を展開したのだ。ここまでの戦いで殴られ、爆発を受け、二百メートルもある巨体には莫大な熱エネルギーが蓄積している筈だ。巨体故に発電能力も以前よりも強力だと考えるのが自然。今のパンドラが纏うバリアは、十年前や円盤初戦時とは比にならないだろう。

 その身から溢れ出す莫大なパワーを示すように、パンドラが繰り出した体当たりは、インベーダーを突き飛ばす!

 インベーダーにとって、赤くなったパンドラの力は予想外だったのか。受け身も取れずに転倒する。すぐにワイヤーを束ねて振るい、パンドラを殴り付けるが……光り輝くパンドラは怯まず。

 体表面に展開されたバリア状の『力場』が、インベーダーの攻撃を相殺したのだ。痛くないのだから、怯む理由などない。


【ギャギギィィ!】


 それどころか自分を殴ってきたワイヤーを抱きかかえ、インベーダーを引き寄せる!

 これまでも、パワーだけ見ればパンドラはインベーダーに引けを取っていない。バリア展開後は更に力を増したのか、インベーダーの巨体を悠々と動かすまでになっていた。インベーダーもここまで強力なのは想定していないのか、大きく前につんのめる。

 インベーダーを転ばせると、パンドラは即座に傍へと駆け寄り、力強く踏み付けた。

 何度も何度も執拗に踏み付け、叩き壊そうとしている。人間の場合、キックはパンチの三倍もの威力があるという。パンドラも同じかは分からないが、パンチよりは強力なのだろう。今まで欠ける事のなかったインベーダーの装甲が、少しずつだが変形していく。

 インベーダーもこれは不味いと感じたのか、無数のワイヤーで地面を付き、勢いよく身体を起こす。この反動でパンドラを突き放すつもりか。思惑は成功したようで、パンドラは後転する形で突き飛ばされてしまう。


【ギャリァ!】


 だがただでは離れてやらないとばかりに、雄叫びを上げたパンドラは全身から無数のミサイルを放つ!

 放たれた数多のミサイルも光り、身体と同じく莫大なエネルギーを内部に秘めているらしい……その予想を正解だと言わんばかりに、命中したミサイルは力を炸裂させた。単なる爆発ではなく、眩い紅蓮の光である。

 閃光による攻撃は、人類が開発した爆薬式のミサイルより随分と強力なのだろうか。立ち上がったばかりのインベーダーは大きく仰け反り、尻餅を撞くようにまた転倒する。

 そこでパンドラはすかさず肉薄。インベーダーの足を両手で掴むや、比喩でなく全身が僅かに膨張するほどの力を入れ――――自分よりも遥かに巨大なインベーダーをぶん投げた!

 地上戦に集中するため、飛行を止めた今のインベーダーは空中で体勢を立て直す事など出来ない。投げられたインベーダーはそのまま近くの山に激突。噴火したのかと思わせるほどの激しさで地形の一つを粉砕し、僅かに土の中に埋もれる。

 インベーダーはすぐに起き上がる。見た目からしてダメージはまだまだ小さい筈だが、激しくしなるワイヤーと、踏み締めた足の力強さから怒りが滲み出ていた。搭乗者の気持ちか、制御コンピューターが『人格的』なのか。いずれにせよ『原始人』相手に翻弄され、憤っている様子である。


【ギャリリギャリリリアアアアアッ!】


 しかしこちらの怒りはこんなものではない。ここでは終わらない。まるでそう言うかの如く咆哮を、パンドラはインベーダーにぶつける。

 激しい、なんて言葉では言い表せないほどの絶叫。力強く立っていた筈のインベーダーが、大きく後退りする。単に力だけでなく、気勢でもパンドラが優勢を手にした事を、客観的に示していた。

 今までの劣勢が演技であるかのように、急激にパンドラが押し始める。これには闘いを見守っていた秀明も明るい顔を浮かべ、千尋達を口内に入れていたピュラーもはしゃぐように身体を揺れ動かす。


「は、はははっ! 凄い! 凄いぞ! これならアイツに勝てるぞ!」


【ギャギルルル! ギャギィイィル!】


 秀明もピュラーも、パンドラの勝利を疑っていない。

 確かに、この瞬間の勢いを維持出来ればパンドラが勝ちそうだ。侵略者は打ち破られ、地球の環境は守られそうである。

 しかし、千尋は思う。

 あれほどの力を、どうして今まで温存していたのか? バリアについては電力の問題があるため、ダメージが蓄積しなければ使えないのは分かる。だが腕力については、どんな問題があるというのか。まさか「ちょっと苦戦しながら倒す方がカッコいい」なんて理由ではあるまい。パンドラは一度、インベーダーに危うく殺されかけたのだ。いくらパワーアップしたとはいえ、余裕を見せるほど彼女は非合理ではあるまい。


「(多分だけど、なんらかの『リスク』がある筈……!)」


 一体どんなリスクがあるのか? それを見極めようと、千尋は注意深くパンドラを観察する。

 そうすれば、答えは自然と見えてきた。

 インベーダーと取っ組み合いを繰り広げるパンドラ。その装甲のあちこちが、僅かにしていたのだ。確かに今のパンドラはナノマシンの集合体であり、液体のように身体を変形させる事が出来る。しかし戦っている時は硬さが重要であり、傷を修復しているなら兎も角、殴り合っている今液化する必要はない。

 しかも装甲は段々と、赤みを帯びている。十年前の戦いでバリアを展開した時は、赤くなっていた身体が少しずつ元の色合いに戻っていたのに。今起きているのは真逆の光景だ。

 何故溶けているのか? 何故赤くなっているのか? どちらも普通に考えればパンドラの体温が上がっている事を意味するが……


「……まさか」


 幾つかの可能性を考えて、千尋は一つの結論に達した。

 パンドラは今、熱暴走を起こしているのかも知れない。

 決して不自然な事ではない。エネルギーというのは使われる過程で、幾らかが熱に変わってしまうものだ。これは日常生活でも見られる現象で、例えば金槌で釘を打てば、叩かれた部分の釘が熱を帯びる。運動エネルギーが金槌から釘へと伝達する過程で、熱へと変わったため。また電化製品が使うと段々熱くなるのも、電気エネルギーが熱エネルギーへと変わった結果である。しかも電気の場合、電線を流れるだけでも熱に変わってしまう。

 電線を流れる際の熱変化は、人間社会にとっても大きな課題だった。これらは送電ロスや電力損失と呼ばれ、積極的に改善に取り組んでいた先進国の電力会社でも数パーセントは生じている。加えてこの損失率は、計算で算出出来る。具体的には電流が大きいほど大きくなる……つまりどうやってもゼロには出来ない。

 パンドラの力は、恐らく電力により生み出されている。大きなパワーを発揮するには莫大な電力が必要で、それを流したり運動エネルギーに変換したりする過程で大量の熱が生じるだろう。排熱量よりも生成される熱量が大きくなれば、どんどん身体は熱を蓄積し、熱くなっていく。

 そしてパンドラは、あまりにも大きくなり過ぎた。


「(身体が大きくなると、その分体積が大きくなる。でも表面積は、体積ほど増えない……!)」


 体積の算出方法は縦✕横✕高さ、つまり物体の大きさの三乗に比例する。対して表面積は縦✕横なので、二乗に比例していく。熱の生成は全身で行われるため体積に比例するが、排熱は空気と接している面で起きるため表面積に比例する。

 即ち、大きな物体ほど熱がこもるのだ。単純計算であるが、二百メートルもの巨躯を手に入れたパンドラは、百メートル級だった頃よりも二倍熱がこもりやすい。ましてや出鱈目なパワーが生み出す熱量は、これまでの比ではない筈だ。バリアの展開と共に熱を電力に変えているが、それでも処理し切れないらしい。

 問題を解消するには、エネルギー生成量を抑えるしかない。だが、インベーダーとの戦いはまだ続いている。ここで力を弱めれば、負けるのはパンドラの方だ。しかしこの無茶な力が何時までも続くとは思えない。少なくとも装甲に関しては限界が近いように見える。

 どちらが先に倒れるか。果たして追い込まれたのはどちらか。

 行く末の分からない戦いに、千尋は一人息を飲むのだった。

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