暴虐の獣

 猛進するパンドラに向けて、円盤から無数の光が雨の如く降り注ぐ。

 人類が持つあらゆる兵器を蒸発させ、ピュラーの装甲さえも焼き切ってしまう。以前までのパンドラであれば大きく怯んだ、極めて強烈な攻撃だ。

 しかし今のパンドラにとっては、本当の雨にでもなってしまったのか。

 光はパンドラに命中しても、呆気なく。さながら本当に水であるかのように。

 恐らく新たなパンドラの身体を形作る装甲は、円盤が放つ光に強い耐性があるのだろう。千尋の憶測であるが、光の正体は加速したなんらかの粒子と思われる。大雑把な表現ではあるが、水分子の集まりを放つ『水鉄砲』の仲間のようなものだ。違いは、その威力が水鉄砲とは比較にならない事ぐらい。

 パンドラの装甲はその粒子を弾き、無効化する性質を有しているらしい。先の戦いで苦戦を強いられたからこそ、念入りに対策を練ってきたに違いない。


【ギャリリリギャリギャアアアッ!】


 猛り狂った叫びと勇ましさを纏い、パンドラは一直線に円盤へと迫る!

 とはいえ円盤も簡単には肉薄を許さない。

 再び高度を上げ始めたのだ。元々三キロは高さを取っていたが、パンドラが自身に迫るとまた高くなっていく。今では、五キロは離れているだろうか。


【ギリィアッ!】


 簡単に逃げ切れると思うな! そう言わんばかりにパンドラは口から閃光を放つ。先程は円盤を大きく傾け、装甲を僅かながら溶解させた一撃だ。範囲こそ狭いが、威力に関しては核兵器すらも凌駕するであろう。

 しかし今度の直撃は、円盤を僅かに揺らしただけ。

 どうやら遠過ぎて威力が落ちているらしい。パンドラの攻撃も、恐らくだが円盤が放つ光と同じく粒子を撃ち出したもの。高速の粒子は凄まじい破壊力を持つ反面、大気分子などの干渉によりすぐ減速してしまう。そのため距離が離れると、十分な威力が出ない筈だ。

 これは前回の戦いでも見えていた欠点である。パンドラも武装の改良は行っているだろう。だが十分なものではなかった。人間文明にもビーム兵器なんてものはなく、参考に出来る論文や技術がないため、パンドラでも劇的な性能向上は困難だったと思われる。

 対して円盤が持つ武装は、奴等が長い歴史の中で進歩・発展させてきたものだ。

 インベーダーの文明がどのように発展したかは分からない。しかし仮に人間と同じような歩みであるなら、ビーム兵器の前にミサイルや砲弾を使っていた時期がある筈だ。これらの武装は射程数百キロ、数千キロにも達する。どんな武器でも射程は長ければ長いほど有利なもの。いくら運用上や威力のメリットがあっても、射程が著しく短い武器は扱い辛い。

 故に、ミサイル代わりに装備しているビームの射程がこれらの数百分の一とは考え難い。

 千尋が予想した通り、円盤下部の砲台から放たれた光は、五キロは下にいるパンドラに今まで通りの威力で襲い掛かる!


【ギ、ギゥ……!】


 変わらない威力の光を浴び、パンドラが呻く。いくら受け流せるようになったと言っても、浴び続ければ装甲は少しずつ劣化するだろう。ナノマシンによる修復をしているが、これにはエネルギーと資源を使うため無限に耐える事は不可能だ。

 勿論それは円盤にも言える事。パンドラの攻撃を浴び続ければ、少しずつだが装甲は劣化する筈だ。こちらもナノマシンによる修復があるが、それも有限に違いない。

 しかし円盤の方が攻撃力で分があるなら、先に倒れるのはパンドラの方である。

 パンドラ自身もそれは理解しているのだろう。無駄に口から閃光を放つ事はせず、しばし動きを止めているのは状況打開のために策を巡らせているのだ。

 やがて動き出したからには、何か思い付いたのだろう。


【ギガガァッ!】


 雄叫びと共にパンドラは、両手を前に突き出す。

 すると、パンドラの両手が。目の錯覚ではなく、明らかに分離している。

 だが外れた手は地面に落ちず、そのまま空を飛んでいく! パンドラの腕の断面からジェットが噴射。その推進力により飛んでいるのだ。

 腕が向かう先は、悠々と空を飛ぶ円盤。

 飛んでいったパンドラの腕は先端にある手を大きく開き、円盤の縁を掴んだ。即座に爪を立て、装甲に深々と食い込ませる。

 またも円盤に傷を与えた形だ。だが、これこそ正に掠り傷でしかない。流石の円盤もこの程度で高度を上げるほど臆病ではなく、パンドラに向けて光を撃ち続ける。

 それがチャンスだと言いたいのか。パンドラは嘲笑うように口を僅かに開く。


【ギリリリリリァ!】


 続いて自らの身体を、勢いよく捻った!

 するとどうした事か。円盤が急加速し、パンドラの方に降下してくる。いや、降下などという大人しい動きではない。まるで何かに引っ張られるかのような――――

 傍目にみていた千尋達は、円盤の動きの不自然さに気付く。何が起きたのか、少し考えれば察しが付いた。

 パンドラに引っ張られているのだ。

 よく観察してみれば、飛ばした腕の断面には透明な『ワイヤー』がある。太陽光を浴びて微かに光らなければ見えないほどの、極めて透明度の高い繊維だ。それが腕の断面から何十本と存在し、真っ直ぐ、パンドラの下まで伸びていた。パンドラの動きはこのワイヤーを引き、円盤を引き寄せるためのものだったのだろう。

 円盤の方もこれに気付いたようで、自ら回転を始めた。船体を掴んでいる手を振り解くつもりなのだろう。また光による照射攻撃を、ワイヤーに対して行う。閃光の威力は凄まじく、ワイヤーの何本かはすぐに切れてしまった。

 だが、全てのワイヤーが切れるまでは至らない。

 そして切れたワイヤーもそのままでは終わらない。自ら蠢き、光から逃げるため一時遠ざかる。そうして難を逃れている間に再生し、ある程度の強度を取り戻したら自ら腕や肩と再結合。これを繰り返していた。中には逃げきれずほぼ全て溶けてしまったワイヤーもあるが、その時は肩の方から新たなワイヤーが伸びてくる。失われるよりも増える方が多くては、どう足掻いても切断なんて出来やしない。

 円盤は方針を転換したのか、船体を傾けて逃げようとする。更に中型砲台を動かし、パンドラに狙いを付けた。パンドラ自体を吹き飛ばし、引き下ろそうとする動きを止めようという魂胆なのだろう。


【ギリリララッ!】


 だが、パンドラにはお見通しだ。

 パンドラが腕を引く方法は、身体を捻るだけではない。肩の部分には釣り竿の『リール』のような構造物があり、此処がワイヤーを巻き取り始めた。巻取り方式は力が大きいだけでなく、身体を捻るのと違い絶え間なく引っ張り続ける事が出来る。

 円盤の高度が更に落ちる。今は、ざっと高度三キロほどか。

 ここで中型砲台が動き出す。

 無数の光弾による攻撃が始まった。一回目の戦いでは、パンドラの腕さえも吹き飛ばした苛烈な一撃。これの直撃には今のパンドラも僅かに身動ぎする。破片が飛ぶなど大きなダメージはないようだが、円盤を掴んだままではろくな動きが出来ない。攻撃を躱す事は勿論、腕を構えてガードする事も出来ない。

 円盤はそのまま攻撃を続行。無数の光弾がパンドラを直撃し、二百メートルもある巨体さえ飲み込む大爆発を引き起こす。これにはパンドラも怯んだのか、爆炎の中から後退りする形で出てきた。

 それでも手は円盤を掴んだまま。引っ張るのを止めはしない。円盤の高度は更に落ち、二キロにまで下がる。

 ならばと、ついに大型の砲台が動き出す。五百メートル超えの超巨大砲台が光り、エネルギーのチャージを始めたのだ。

 最初の戦いの時は、一撃でパンドラを粉砕した攻撃。とはいえこの大型砲台を今まで動かさなかったのには、理由があるようだ。

 巨大砲台が動き出した途端、円盤の降下速度がぐんっと上がったのである。恐らく、円盤にとっても巨大砲台の起動には多量のエネルギーを使うのだろう。一体どのような原理で浮遊しているかは不明だが、浮遊のためのエネルギーも割かねばならないという事か。

 これが最後のチャンスだとばかりに、パンドラは力強く円盤を引き寄せる。円盤も巨大砲台をどんどん強く光らせ――――

 地上まであと一キロほどのところで、巨大砲台が閃光を放った。

 パンドラを飲み込むほどの、巨大な輝きが五本撃ち出される。引き寄せる事に全力を尽くしていたであろう、パンドラにこれは躱せない。

 光の濁流が、パンドラの全身を飲み込む。稲光など比にならない轟音が響き渡り、離れた場所で闘いの行方を見守っていた千尋達さえ慄くほどの光景だ。

 今のパンドラの装甲は、この攻撃にも耐性を持っている筈。しかし如何に耐性があろうとも、桁違いの破壊力をぶつければ破られてしまう。

 果たしてパンドラは耐えられるのか。直視すれば痛むほどの眩しさだが、千尋はどうにか堪えて見極めようとする。

 結果は、パンドラの両腕が千切れるというものだった。

 円盤を掴んでいた腕、それとパンドラを繋いでいたワイヤーが溶けて切れたのである。この攻撃を想定していたであろうパンドラの装甲でも、この攻撃にはやはり耐えられないのか――――

 千尋はそう思ってしまった。驚いたような顔をしている秀明、そして攻撃者であるインベーダーも同じ事を考えたかも知れない。

 例外は、パンドラだけだった。


【ギガガガガアアアアアアアアアッ!】


 雄叫びを上げながら、パンドラが閃光の中から飛び出す!

 ただ出てきただけではない。閃光から、出てきたのだ。

 更にパンドラの背中にある背ビレが動く。また子機を使った攻撃に転じるのか? そんな一瞬の予感をパンドラは裏切る。

 動いた子機の隙間から、小さな『ロケットエンジン』が生えたのだ。とても小さな推進機関の数は、ざっと数百。無数の穴が蠢く様は生理的嫌悪を呼び起こすが、重要なのはこんな感情論ではない。

 ロケットエンジンから噴き出す、無数の赤い光。高熱の炎か、それとも粒子の輝きか。いずれにせよ数えきれないほどの噴出物が、パンドラの身体を空へと押し上げた!

 空を飛んだ、と言えるほど高々と舞い上がった訳ではない。恐らく、ほんの少し飛行時間を伸ばすのが限度だろう。二百メートルもあるパンドラの巨体が、あんなちっぽけなロケットエンジンで飛べる訳がないのだから。

 しかしその姿を見た時、千尋は、パンドラならば『届く』と思った。

 思い描いた通り、パンドラは円盤に肉薄する! 円盤は慌てて後退しようとするが、パンドラの方がずっと速い。無論、いくら肉薄しても両腕がなければ掴む事など出来やしないが……


【ギガギギィ!】


 今のパンドラであれば、両腕を瞬時に生やすぐらい造作もない! 全身がナノマシンで出来ているのだから、それをただ一ヶ所に集めれば良いのだ。

 瞬時に生やした両手で、円盤をがっしりと掴む。パンドラの重みに耐えられなかったのか円盤は大きく傾き、攻撃も一時中断しなければならなくなる。

 それでも回転してパンドラを振り解こうとしていたが、パンドラは尾を振るい、先端を深々と円盤に突き刺す! 尻尾でも身体を固定したら、改めて腕を叩き付けて鋭い爪先を食い込ませた。


【ギャグゥウウ!】


 そして止めとばかりに、円盤に噛み付く!

 あまりにも原始的な攻撃は、しかし円盤の装甲に大穴を開けた。漏電と覚しき光が迸り、円盤の赤い装甲が僅かに色彩を変化させる。装甲の強度を増す『何か』の機能が損傷したのか。

 更に推進力にも問題が生じたのか、円盤は一気に高度を落としていく。それでもパンドラは手を緩めず、執拗に円盤を叩く!

 何度も何度も叩かれ、円盤の装甲が凹む。ナノマシンの働きにより修復していくが、それよりもパンドラの手が与える傷の方がずっと大きい。

 ついに円盤は飛び続ける力も失い、大地に墜落する。


【ギギギギギギィィイィイアアアッ!】


 しかしパンドラの攻勢はまだ終わらない。大地に着くや両足で踏み締め、円盤を両手で抱え込む。

 続いて繰り出すは、ぶん回し。

 さながら砲丸投げの如く、円盤を振り回す! 円盤は抵抗としてから光を放ち始めたが、今更こんなのは悪足掻きに過ぎず。

 パンドラは自身の十倍以上の大きさを誇る円盤を、近くの山に叩き付けた! ただ投げただけと言えばその通りだが、パンドラでさえ二百メートル超えの巨躯だ。彼女達の衝突は全てが人間とは比にならないスケール。円盤は山に激突し、火山噴火を彷彿とさせる激しさで大地を砕く。

 それと同時に、小さな破片を飛び散らした。

 パンドラの攻撃が通り、円盤に更なるダメージを与えたのだ。円盤もダメージを受けた事に気付いたのか、ぐらぐらと激しく揺れながら体勢を立て直そうとしているが……あまりにも遅い。


【ギリリリァ!】


 未だ低空を飛ぶ円盤に、パンドラが次に食らわせたのは蹴り。円盤は再び転倒し、激しく大地を転がっていく。

 そしてまたも、赤い装甲の一部が飛び散っている。


「お、押してる……押している! 凄い、インベーダーの船にダメージを与えているぞ!」


 パンドラの手により、少しずつだが壊れていく円盤。その姿を見て、秀明は興奮を抑えきれない様子だ。

 同時に、少し予想外とも思っていたように見える。

 秀明の驚きの理由は、千尋にも分かる。円盤は核攻撃にも耐えたとされる存在だ。いくらパンドラが巨大で、大きなパワーを持っているとはいえ、核に耐えた装甲をぶち抜くほどの強さがあるとは考え難いだろう。

 しかし千尋は違う。この結果は予測出来る事だ。

 ヒントは、円盤がピュラーの投げた大岩を回避していた事。

 どうして回避したのか? 理由は一つしかない……円盤にとって、その攻撃はあまり好ましくないものだから。

 恐らく、円盤の装甲は物理攻撃に然程強くないのだ。

 これは決して不自然な話ではない。高度に発達した文明がどんな兵器を持つかは、文明が生まれた星の歴史や環境によって多様性があるだろう。重力が強い星なら飛行機は飛ばないだろうし、深海に都市があるような星で空軍機は役に立つまい。しかし宇宙全体の物理法則が同じであれば、恐らく技術の進歩自体にそこまで大きな違いはない。

 即ち、まず石器を使い、次に弓矢や槍が用いられ、火薬の誕生で銃や火砲が生まれ……そして核分裂を用いた核兵器、或いは原子力が生み出す大出力電源を用いたレーザー兵器を使うという流れだ。威力の大小は兎も角、物理学の発展からしてこのような流れを辿るのが自然だろう。

 円盤から見た時、脅威となるのはどの段階の攻撃方法か? 普通に考えて、核兵器やレーザー砲だ。特に核兵器の破壊力は凄まじい。水爆まで発展していた場合、中心温度は一億度を超える。他の兵器とは一線を画する威力であり、侵略するのであればこの攻撃への対策は必須だろう。レーザー兵器も、原子力発電で生まれる百万キロワット級の出力を全て投じれば、途方もない破壊力を生み出せる筈だ。

 対して銃弾や戦車砲は、そこまでの威力はない。出せなくもないが、やるには大量の火薬が必要だ。例えば広島型原爆の威力はTNT換算で十五キロトン……つまりTNT爆薬を一万五千トン用意しなければならない。これだけの爆薬を戦場で一箇所に積み上げ、炸裂させるなんて事は非現実的だ。精々十トン程度が限界だろう。この程度なら、分厚い装甲で十分耐えられる。

 よって他文明を侵略するなら、重視すべきは熱学的・光学的防御性能だ。物理的衝撃に関してはで良い。勿論、戦車砲やミサイル程度では傷付かない程度には硬いが。

 しかしそれは、パンドラのような存在から見れば『弱点』となる。

 パンドラは巨体の持ち主だ。巨体とは質量であり、そこから繰り出される拳や体当たりの威力は戦車砲など比にならない。核兵器の爆発と比べても、パンドラほどの質量があれば局所的な威力は上回る。

 パンドラならば円盤の装甲を破れる。パンドラならば、円盤を倒せる。


【ギギギガガガギギィイイイィッ!】


 勝ち誇るような猛り声。パンドラは自らの勝利を予期しているのだろう。

 千尋も同じだ。飛び立つ暇もなく殴られ、投げられ、既に円盤はボロボロ。ナノマシンによる修復も行われているが、パンドラのような自己完結型ではないのか直りは遅い。パンドラによる破壊の方が遥かに速い。

 このまま壊してしまえば、それで『地球』の勝ちだ――――パンドラもそう思ったようで、止めとばかりに尻尾を振るう。

 強力な尾の一撃により、円盤が激しく傾く。そしてついに船体が、中心から真っ二つに割れた。綺麗な断面が露わとなる。

 誰もが勝負が決まったと思った。

 つまりそれは、誰もが。少し冷静になって考えてみれば、分かる筈なのだ。

 数多の星を侵略してきたインベーダーが、今まで一度もパンドラのような存在、パンドラが繰り出したような攻撃に出会わなかったのかと。

 否である。

 さながらそう答えるように、円盤は自らの姿を変化させるのだった。

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