復活

 パンドラだった。間違いなく、誰が見ても明らかなほどに。

 遠くの山からぬるりと姿を現したそれに、秀明など顎が外れそうなぐらい口を開いて驚いている。千尋も同じく呆けたように口を開け、思わず首を横に振ってしまう。何故此処にパンドラがいるのか、あの時粉々に吹き飛んだ筈ではないか――――

 溢れ出す疑問。これに対し秀明はすっかり思考停止してしまったようだが、千尋は逆に好奇心が働いた。疑問の答えを求めて、あらゆる場所に目を向ける。

 結果として、謎は解けなかった。それどころか新たな疑問を抱く。


「ね、ねぇ、東郷くん……なんか、あのパンドラ……大きくない?」


「え? 大きいって……え?」


 疑問を言葉に出してみれば、秀明は戸惑いながらもパンドラを凝視。そしてまた言葉を失う。

 十日前に円盤と戦った時、パンドラの大きさは凡そ百メートルほどだった。しかし此処に現れたパンドラは、明らかにそれよりも巨大。何しろ山が小さく見えるほどなのだから。最早足下の木々は比較対象として使えない。頭の先は雲に到達しそうであり、上げた片足は谷を軽々と超えていく。

 大き過ぎて近くの物体が比較対象とならず、目測では正確な値を出せない。感覚的な数値で言うなら……恐らく。途方もない巨大さだ。今までの倍近い大きさであり、腕も尾も背ビレも、全てがスケールアップしている。

 大きさだけで技術は測れない。けれどもこれだけ巨大なものが自分の足で立ち、動いていると言うのは、人間の科学力ではその理論を説明出来るかも怪しい。

 今のパンドラは、姿一つだけで人間の科学力知性を超えてしまったのだ。


「(で、でも、なんで!? だって、あんなバラバラになったらいくらなんでも……)」


 円盤との戦いで、パンドラは跡形もなく吹き飛んだ。小さな破片では、ナノマシンを動かすだけの発電力があるとは思えない。

 一体、どうやってパンドラは復活したのか。何か奇跡と言えるような、偶々吹き飛んだ破片が壁になって発電機を守ったなどの出来事があったのか? ミサイルも戦車砲もナパームも効かない、インチキ性能の装甲を粉砕するほどの大爆発だったというのに?

 疑問が疑問を生む。奇跡を考えても、あまりにおかしな奇跡故に反論がすぐに浮かぶ。

 訳が分からなくて千尋は固まってしまったが、パンドラは人間の疑問に優しく答えてくれるような存在ではない。ましてや今は目の前に、怨敵がいるのだ。

 激しい怒りと闘争心を露わにしながら、パンドラが動き出した!


【ギャギリリギャリアアアッ!】


 二百メートルもの巨体を悠々と動かしながら、パンドラは円盤目掛けて駆けていく!

 動きはとても遅い、ように見える。しかしそれは巨大さ故の錯覚だ。確かに足を前へと出すのに〇・五秒ぐらい掛かっており、人間が歩く動きと比べればどうしようもなく遅い。だが今やパンドラの体長は軽く二百メートルほど。恐らくその歩幅はざっと百五十百メートル近くあり、これを〇・五秒で横断する足は秒速三百メートルもの速さで動いている。

 これは音速に迫る速さだ。事実足先には圧縮された空気の靄……ソニックブームが生じていた。ただの空気と見くびりこれに触れれば、人間など瞬く間に粉砕されてしまうだろう。尤もこんな衝撃波に耐えたところで、奥に何万トンもの金属塊がある以上なんの意味もないが。

 その破壊力を物語るように、蹴られた『山』が吹き飛ぶ。

 歩くだけで地形を変える。それ自体は大きさ百メートルほどの時にも為していたが、今のパンドラは規模が桁違いだ。大きな山さえ、ほんの数歩進んだだけで更地に変えてしまう。

 さながら伝説の怪物・ダイダラボッチ。しかしいくら伝説の怪物であろうとも、射程の概念は存在する。

 パンドラが迫ってくると円盤は浮上を始めた。千尋達の目にもハッキリと分かるぐらい速く、今までにないほど高く。

 円盤もこの大きさのパンドラは流石に危険だと判断したのか。とはいえこれは接近されたならの話。空高く浮かんで距離を開けてしまえば、パンドラの攻撃は届かない。そう嘲笑うかの如く先手を取られ……されどパンドラは怯みもせず。問題ないと言わんばかりに猛進していく。


【ギギャアアアギギアアアッ!】


 そして雄叫びと共に開いた口から、特大な閃光を放った!

 発射と同時に撒き散らされる光に、千尋は思わず目を瞑ってしまった。太陽を直視したとしても、ここまで眩しいと思った事はない。あまりにも眩くて、何が起きているか知りようもないが……一つ、確実に言える事がある。

 放った閃光は、遥か高みにいる円盤を狙い撃った事だ。

 発射音に次いで聞こえてきたのは、何かに激しくぶつかり合う音。光はすぐに消えたため、千尋はすぐに目を開き、閃光が直撃したであろう円盤の姿を見遣る。

 円盤は、未だ現在。

 だがその船体は、大きく傾いていた。いや、バランスを崩していると言っても過言ではない。大きく何千メートルと『後退り』しながら、どうにか体勢を保とうとしている。しかし巨大さ、そして崩れ方の激しさからか、ついに円盤の縁が山に激突。山一つを吹き飛ばしてしまう。

 今までにない激しい転倒であるが、装甲に目立った傷はない。閃光が直撃した部分は僅かに溶解しているが、穴などは見られなかった。


【ギギリララララアッ!】


 その結果は想定済みなのか、パンドラは新たな行動をすぐに起こす。

 円盤の下に潜り込むように、大きくその身を屈めたのだ。二百メートルもある巨体を低く、今にも四つん這いになりそうな低姿勢にまで持ち込む。

 されどその体勢は守りでも、ましてや回避のためでもない。

 背中にずらりと並んだ背ビレを、一斉に発射するためだ! 飛び出した背ビレは高速で回転しながら、円盤目掛けて飛んでいく!

 十年前、戦闘機や戦艦をも沈めた攻撃だ。しかし前の戦いでは、円盤が放つ光によって撃ち落とされた攻撃でもある。

 円盤も同じタイプの攻撃だと理解しているのか。傾きながらも円盤下部に並ぶ砲台が発光。飛翔する背ビレを撃ち抜こうと、幾本もの光が放たれた。背ビレの動きは速いものの、光を躱せるほどの機動性はない。円盤の攻撃は正確に背ビレを撃ち抜く。

 ――――いや、厳密には命中した、とだけ言うべきか。

 背ビレは確かに光で撃たれた。だがその表面で、閃光は弾かれていたのだ。まるで、水鉄砲でも当たっているかのように。


「(材質が、変化している!?)」


 パンドラに起きた変化は、ただ大きくなったというだけではないのだろう。でなければ背ビレが光を水のように弾くなんて考えられない。

 円盤にとってこの結果は予想外だったのか、一層激しく閃光を放つ事で迎撃を試みている。しかしどれだけ浴びせたところで、水のように弾かれては撃破など出来やしない。精々速度を僅かに落とすのが限界だ。

 止めるところまでは至らず、背ビレは円盤下部に直撃。すると装甲の一部をついに貫く!

 以前はどうにか当てても僅かに凹むだけで、大したダメージとはならなかった。だが今回は違う。間違いなく装甲は欠けていて、穴が開いたのだ。

 生物の皮膚と違い、機械の装甲は基本いくら傷付いても『致命傷』には至らない。中の部品が無事である限り、機械は動き続ける。しかし言い換えれば、中のパーツを破壊すれば機械は壊れるものだ。

 装甲に穴が開いたという事は、即ち円盤を破壊出来る可能性が生じたという事。勝ちの目が見えてきた。

 そしてパンドラの攻勢は、これだけでは終わらない。


【ギリアァァッ!】


 パンドラが雄叫びを上げる、まるでそれが合図であるかのように、装甲に突き刺さっていた背ビレからジェットが噴き出す!

 ジェットの力により背ビレは動き出す。ただ飛ぶだけではない。装甲に押し当てるような方向に、それでいて横向きに。

 即ち、装甲を切り裂くように回転する!

 背ビレの横移動に合わせて、傷は一直線に引かれる。果たしてパンドラの思惑通りなのか、円盤の装甲に大きな切り傷が刻まれた。長さは、目測で三百メートルほど。深さは十メートル程度だろうか。全長三キロもの大きさから見れば切り傷程度のものかも知れないが、装甲が損傷した事に変わりはない。

 円盤が安全を確保するように、更に高度を上げるのは自然な行動だ。これ以上攻撃を受け、内部を破壊されれば墜落もあり得る。極めて合理的な動きであり……しかしだからこそ読みやすい。

 パンドラがそれを予期していない筈がない。

 ところがパンドラはそれ以上の攻撃はしなかった。それどころか円盤から視線を逸し、別のものに目を向ける。

 それは千尋達を口の中に入れたままの、ピュラーだ。


【ギギリリリリリリ……】


 駆け寄ってきたパンドラはしゃがみ込みながら、鳴き声を発する。それは何時もの勇ましく、猛々しいものではない。

 千尋の個人的な感性で言うなら、今にも泣きそうなものだった。


【キュリリリリリ……】


 ピュラーも鳴き、返事を行う。

 弱々しい声だった。手足を失い、尻尾もなくなり、身体の装甲も焼き裂かれたのだ。むしろまだ生きている事が奇跡であり、インベーダー相手に戦ってこの状態であるなら誇っても良いぐらいだろう。

 パンドラもそう思っているのか。ピュラーに手を伸ばすと、優しくその頭を撫で回す。撫でられたピュラーは(この行為の意味がよく分かってないのか)キョトンとしたように止まっていた。

 撫でる手を止めたパンドラは、今度はその手をピュラーに翳す。

 すると掌から大量の『液体』が流れ出した。

 いや、厳密には腕の表面が液化し、溶けたと言うべきだろうか。しかしただ溶けた訳ではない。というのもその液体へと変化した身体は、自分の意思を持つかのように持ち上がり、揺れ動きながらも大まかな塊を維持していたのだから。


【ギャギリギャギャギャー】


 何かを伝えるように鳴いてから、パンドラは液化した身体でピュラーに触れた。

 すると液化した部分はピュラーと一体化。もぞもぞと蠢き、傷口を瞬く間に塞いでいく。ピュラーは驚き、困惑したように口をパクパクと動かしていたが……更に驚きがやってくる。

 ピュラーと一体化していた手の部分をパンドラが切り離すと、瞬く間に液体は形を変えていき……新しいピュラーの『手』になったのだ。


【ギァ? ガキギギ……】


 ピュラーも呆気に取られたのか。治った手をじっと見つめながら、緊張感に欠けた声を漏らす。

 そうこうしている間に、パンドラは、また液体状にした身体の一部をピュラーに分け与えた。そしてみるみるうちにピュラーの身体が治っていく。

 勿論ピュラーに身体を分け与えれば、その分パンドラの身体は小さくなる。二百メートルもの巨躯とはいえ、五十メートルを有すピュラーの全身を修復するには腕一本の大部分が必要となるだろう。実際、ピュラーの身体が直った時、パンドラは腕が一本朽ちた材木のように穴だらけとなっていた。

 すると今度はパンドラの身体全体が波打つ。

 続いてパンドラの腕が、太さを取り戻した。まるで、身体の他の部分全てから質量を掻き集めたように。

 しかし与えた質量が多かったからか、身体全体が少し歪な形となってしまった。パンドラ自身もその失敗には気付いたのか、ややバツが悪そうに自分の身体を見遣る。

 すると、一瞬パンドラの身体全体が

 見間違いかと思うほどの僅かな間の出来事。しかし間違いなく、頭の先から尾の先までどろりと溶解していた。にも拘らずパンドラは崩れ落ちる事もなく、大まかな形は保ったまま。ぐにゃぐにゃと変形し……瞬く間に、ちょっと縮んだ身体へと変化する。

 まるで、その身体には部品など入っていないかのよう。

 パンドラが見せた動きは、ピュラーにとって初めて目にするものだったのだろう。唖然としたように、ピュラーは固まってしまう。

 そして人間達にとっても、パンドラの『行動』は初めてのものだった。


「深山くん! これは一体……」


 ついに秀明はこの『謎』への疑問が抑えられなくなったのだろう。けれども答えが浮かばず、千尋に尋ねてくる。

 千尋も、この謎の答えは持ち合わせていない。

 けれども『推測』は出来た。そしてその推測通りであるなら、パンドラが円盤に破壊されたにも拘らず、今も生きている事が説明出来る。

 されど千尋の常識が、その理解を否定する。ロボット制作者、天才技術者としての感性が、そんなまさかと驚きを覚えてしまう。その技術は、人類さえも夢物語と思うほどに高度な代物なのだから。

 それでも、他に考えられない。


「(まさか、……!?)」


 ナノマシンの欠点は二つある。

 一つは自分自身を動かすための電力を、自分で生成する事が出来ない点。もう一つは、自分の動きを制御するCPUやメモリも持ち合わせておらず、単体では動く事すら儘ならない点だ。

 どちらもナノマシンのあまりの小ささに起因する問題である。ナノマシンはその名の通りナノ(十億分の一)メートル単位の構造物であり、これはウイルスと同等の大きさだ。自然が何十億年も掛けて作り上げた芸術品であるウイルスすら、動きとしては単純な事しか出来ない。ましてや実用化して数十年程度のナノマシン技術では、外から与えられたエネルギーを受け取る仕組み、命令通り動くために必要な機能を最低限持たせるのが限度である。

 だからナノマシンを動かすには発電機が必要であり、動きをコントロールするためのCPUが欠かせない。そしてナノマシン自体が小さ過ぎるため、現状改善する事も出来ない。しかし何かしらの『技術革新』により、ナノマシンに発電能力を持たせ、自分で考えられる力が備わったなら……ナノマシンは自分自身の力だけで動ける。

 それはつまり、という事。発電機を持つ必要もなければ、CPUすらいらない。身体の構造を変えるにはナノマシンの配列を変化させれば良くて、わざわざパーツの機能を維持する必要などない。勿論専門的な機関を備えた方が効率は良いだろう。その時は発電機や人工知能を持てば良い。あくまで不要になるというだけで、パーツを制限するものではないのだから。

 そしてこの仕組みあれば、ナノマシンが一つでも残れば身体を再構築可能だ。たった一個のナノマシンが全身のデータを記憶し、そのために動き、元の姿を作り上げる事が出来る。

 パンドラがナノマシンの自己完結化に何時成功したかは分からない。少なくとも十年前の戦いでは、傷は少しずつ治り、身体の中にはちゃんとした部品が存在していた。或いはあの時の戦いで、自己完結型ナノマシンの製造に着手したのか。

 なんにせよパンドラは、人類が辿り着けなかったテクノロジーを独自に開発。自らの力としたのだ。お陰で全身を砕かれても、どうにか復帰出来たのだろう。インベーダーは念入りに破壊していたが、ウイルスほど小さな機械までは見落としてしまったようだ。


「(そして、多分だけど、パンドラはこの十日間のうちに身体を作り直したんだ。円盤……インベーダーに勝つために)」


 ナノマシン単独で動き、再生出来る。無敵に思える性能であるが、これは言葉で言うほど簡単なものではない。

 身体を作るには資源が必要であり、それを掻き集めるところから始めなければならないからだ。百メートル、二百メートルもの機体となれば、何百万トンもの金属を使わねばなるまい。人間が重機を使っても相当時間が掛かる事を、ウイルスよりも小さなナノマシン一個から始める必要がある。自己増殖出来るとはいえ、やはり仲間を作り出すには時間と資源が必要だ。しかもナノマシン単体はウイルス級の小ささのため、細菌など『微生物』よりも遥かに弱い。大自然の猛威に立ち向かう必要もある。

 また、ただ身体を修復しても、敵に勝つ事は出来ない。ギリギリの敗北なら兎も角、一方的にやられたなら機能の改良が必要だ。身体を大きくすれば、発電機やモーターも今までの性能では足りないだろう。ましてや圧倒的な力の差がある場合、ちょっとやそっとの改善では足りない。革命的で革新的な、新しいテクノロジーが必要だ。

 全く新しい仕組みで動かすのなら、少なからず動作確認は必要だ。問題が発覚すれば原因を突き止め、改善する必要もある。如何に人類以上の思考速度を持つ人工知能技術でも、新しい設計で機体を作るには時間が必要な筈。

 資材集め、設計改修、運用試験……どれも多大な時間が必要だ。身体が大きくなり、ナノマシンの数が増えれば並行して色々な作業を行えるので、指数関数的に作業効率は上がるだろう。しかしそれでも、何日も費やさねばなるまい。

 それでもたった十日かそこらで成し遂げるのは、尋常ではない。尋常でない速さでの思考を強いられた筈だ。AIが思考する事に苦痛を覚えるか分からないが、かなりの疲弊があってもおかしくない。

 そこまでしてインベーダーを打ち倒したかったのか。

 ――――否。


「(ピュラーを守るためだ……!)」


 大切な仲間を、家族を守る。そのためならば自分の身体を一から作り変える事も厭わない。二百四十時間思考し続ける事も苦ではない。

 これは愛なのだろうか。そうではないと、千尋は思う。もっと根源的で、もっと俗物的で、だから正直な感情。

 独りぼっちは嫌だという、この世で一番正直な感情に違いない。


【ギガガギァ!】


【……ギギギギギ】


 パンドラの『治療』もあって、ピュラーは元気を取り戻した。ピュラーの力強い咆哮を聞いて、パンドラも嬉しそうに鳴く。

 優しい母親のような雰囲気が、あのパンドラから感じられる。

 けれどもそれは一瞬の事。すぐにパンドラは激しく、力強い闘争心を露わにする。同時に、強い敵意……いや、殺意も発露させていた。

 無論、そうした感情の矛先はピュラーではない。ピュラーが元気になるとパンドラは立ち上がり、くるりと背後を振り向く。

 悠々と浮かぶ、円盤を睨むために。

 円盤は何事もなかったかのように浮かぶ。体勢を立て直し、高度を上げながらも、逃げ出すつもりはないらしい。

 おまけに、見たところ傷が何処にもない。

 パンドラが放った閃光や子機により、円盤の表面にはそれなりの傷が出来ていた筈。なのに今、何処を探してもそれが見当たらない。

 恐らく、ナノマシンによるものだろう。

 今の地球人類でさえ、ナノマシンが作り出せるのだ。宇宙を股に掛けた侵略者であるインベーダーの技術力なら、ナノマシン技術も相当高度に違いない。損傷した装甲を直すぐらい、難しいものではない筈だ。

 円盤にとって先の攻撃は、文字通り掠り傷。戦いを止める理由にはならないのだろう。

 パンドラも、ピュラーを連れて逃げる事はしない。逃げたところでこの巨大兵器は自分達を見逃さないと理解しているのだ。見逃すのであれば、地球侵攻時に何もしていないパンドラ達の下に真っ先に向かい、先制攻撃を仕掛ける訳がないのだから。

 パンドラ達の安心安全な暮らしのためには、この空飛ぶ不埒者は邪魔だ。


【ギャリリギャキャギャギャギギィィィィイイィィイイッ!】


 激しい雄叫びを上げ、威圧するパンドラ。

 対するインベーダーの円盤は、船体下部にある砲台を再び光らせる。

 両者としては、邪魔者を倒そうとしているだけなのだろう。けれども人類にとっては、どちらが勝つかで大きく命運が変わる。パンドラが勝てば侵略者は母船を失って地球侵略は終わり、インベーダーが勝てば地球最強戦力の喪失により侵略は恙なく行える。つまりパンドラが勝てば地球は守られ、インベーダーが勝てば地球は奴等にとって住心地の良い世界へと変えられてしまう。

 比喩ではなく、これは地球の命運を決める戦いだ。

 その本格的な始まりを、千尋と秀明はピュラーの口の中から眺める。恐らく、この場で生き延びている唯一の人間として。


【ギャリリギャリアアアアアアアッ!】


 再びのパンドラの雄叫び。それに呼応するように行われる円盤の砲撃。

 人間を傍観者にしれ、地球最大の戦いが本格的に始まるのだった。

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