予期せぬ挙動

 これまで会議の面々を映し出していたスクリーンの映像が、一瞬で切り替わる。

 新たに映されたのは、燃え盛る工場、そして巨大なロボット怪獣の姿。

 画質は少々荒く、テレビで流れているものとは考え辛い。恐らくは秀明が派遣したという、危機対応チームが撮影しているものだろう。千尋のその予想が正しい事は、映像から経営陣以外の声が聞こえてきた事で確信へと至る。


【こちら危機対応チーム。巨大ロボットが動き出しました。映像の中継は上手くいっているでしょうか】


「ああ、こちらは問題なく見えているよ。安全な距離は取れているかい?」


【現在第三工場から十キロほど離れています。望遠での撮影のため、画質が少々良くないとは思いますが……】


「いや、十分見えている。詳細な映像はドローンか何かで撮影しているね?」


【はい。そちらは回収後、本社に送ります】


 秀明からの問いに、危機対応チームは迷いない声色で答える。疑うつもりなど千尋には端からないが、その言葉一つでちゃんと実施していると確信出来た。

 原因究明や再発防止策の検討、そして問題の解決には詳細な情報が必要だ。ドローンによる高解像度の映像はそれらで役立つだろう。

 それはそれとして、今必要なのは現時点での状況を知らせる映像だ。ドローンと望遠カメラの二つで撮影を行う、危機対応チームの対応は文句の付け所がない。

 尤も、仮に不満があったとしても――――動き出すロボットの姿を見れば、喉元まで来ていた文句は一端飲み込まねばなるまい。


「(……やっぱり、歩行は極めて安定している)」


 千尋がまず興味を抱いたのは、巨大ロボットの動き方だった。

 燃え盛る工場(跡地と呼んだ方が良さそうなぐらい原型を留めていないが)の上を、怪獣染みた姿の巨大ロボットが闊歩する。炎に隠れてよく見えないが、二本の足を交互に動かして前進していた。

 歩く事自体は想定通り。テレビの報道でも、動き回って工場を破壊する様子が撮影されている。そしてその歩行が危なげのない、安定したものである事も既に把握済みだ。

 重要なのは安定した歩きが、何時までも続けられている事。

 つまり、この巨大ロボットは偶然や環境に恵まれた訳ではなく、安定した歩行能力を有していると断言出来る。

 これはよく考えると奇妙な事だ。千尋の推測通りであれば、あの巨大ロボットは実験中のロボットが事故により生まれたもの。実験機は人型をしており、故に二本足で歩くためのプログラムは搭載している。だから『歩いて移動する』事自体は、搭載したコンピューターが必要だと判断すればやるだろう。短時間なら、環境が良ければバランスを崩さずに動き回るのも不可能ではあるまい。

 しかし長時間歩くとなれば話は別だ。


「(あのロボットに搭載されている計算プログラムは、実験機サイズのもの。そのまま流用しても上手く動く筈がない)」


 ロボットの歩行システムで厄介なのは、大きさによって必要な計算値が異なる点だ。何故なら物体は大きさが異なると、も変わってしまうからである。

 例えば身長百七十センチの人間と、全く瓜二つの見た目をした十七メートルのロボットがいたとする。この時人間が秒速一メートルで足を前に動かしたなら……ロボットはその十倍、秒速十メートルで足を動かさなければ、人間と見た目の動きが一致しない。スケールが十倍なのだから速さも十倍必要というのは、よく考えれば当たり前の話だ。

 しかしこれを歩く速さとして採用すると、上手く動いてくれない。何故なら重力加速度……落ちる速さは、物体の大きさと重さに関係なく秒速九・八メートルで一定なのだから。『倒れながら前に進む』人型ロボットにとって、この加速度は無視出来ない。

 このためロボットの大きさに見合った歩行パラメータが必要となる。ただ用意するだけなら、卓上のパソコンでシミュレーションを行い、そこで得られたデータをロボットのコンピューターに組み込めば良い。昨今の発達したロボット工学にとっては、余程精密なものでない限り一時間も掛からない作業だ。だが今回工場に現れた巨大ロボットは、自己修復の暴走により巨大化したと思われる。つまりコンピューターにある歩行パラメータは、五メートルの大きさだった頃のものの筈だ。

 ましてや巨大ロボットは人型から遠く離れた怪獣型の姿になっている。より安定的な格好とはいえ、それは適切な歩行パラメータがあればの話だ。『人型』用に組まれたパラメータを用いれば、ロボットは人間のような歩き方をしようとする。怪獣の姿でそんな歩き方をすれば転倒は免れまい。

 ところが巨大ロボットは転ぶ様子もなく、一見してゆったりと大きさ相応の動きをしている。

 搭載した歩行パラメータが誤っていて、偶々あの大きさのロボットと一致したのか。いや、歩行パラメータと一言で言っても、その内訳は莫大な量のステータスだ。足の角度や速さだけでなく、胴体の傾きや腕の振り方、頭の位置なども全て(随時計算により適正な値に更新されるとはいえ)設定している。ステータスが一個二個合致したところでまともに機能するものではない。全て一致となると天文学的確率になるだろう。

 おまけに、よく観察してみれば巨大ロボットは歩く時、尻尾を左右に揺れ動かしている。

 恐らく身体のバランスを取るための行動だが、人型二足歩行ロボットには必要ない動作だ。何しろ人間には尻尾がないのだから。おまけに動きが規則的なものであり、ランダムではないと思われる。つまり、新たに入力されたパラメータがあるという事だ。

 歩いているだけでも不自然なのに、未知のパラメータまで入力されている。これは一体どういう事だ?


「ロボットは何処に向かうつもりだ……?」


 千尋がロボットの動作について考えを巡らせていた時、秀明はロボットの動向を気にしていた。

 ハッと、千尋も我に返る。確かに「何故あのロボットは歩けるのか」も重要だが、今最優先で気にすべきは「ロボットが何処に向かうのか」だろう。工場の近くには住宅地があり、侵入すれば家財の損害のみならず、人的被害もあり得る。

 既に警察や消防への連絡は済んでおり(テレビ報道もあって向こうは通報前に事態を把握していたが)、近隣住民の避難は進んでいる筈だ。しかしロボット見たさで集まってきた野次馬や、怪我や病気で家から動けない者も少なくあるまい。彼等に巨大ロボットが危害を加える可能性はある。

 ロボット三原則を組み込んでいないのか? ある程度ロボットに詳しい者はそんな疑問を抱くかも知れない。だがあの原則はハッキリ言って穴だらけ。何しろ元ネタである小説からして「一見完璧な規則がある中で『事故』が起きる」という観点の作品である。突破出来るように端から出来ているのだ。

 そもそもこの三原則を現実のロボットに搭載する事は不可能だ。例えば第一原則である「ロボットは人間を傷付けてはならないし、傷付ける要素を無視してはならない」を採用すると、もうロボットはろくに動けなくなってしまう。何故なら「もしかすると突然トラックが突っ込んでくるかも」という事柄まで考え、対処しようとしてしまうため。要するにコンピューターに対し漫然とした指示を出しても、「該当する事象全て」を検索してしまい、現実で動けなくなるのだ。これをフレーム問題と言う。よって人間が「してはいけない禁則事項」リストを組み込むしかない。しかしこのやり方では、想定外が出てしまう。

 実験中のロボットにも最低限の禁則事項は搭載されている。人間を踏むな、機材を踏むな……しかしこれは全長五メートル時点での想定。五十メートルもの巨躯となっては、地上を歩く人間を『視認』する事は困難だろう。一般人を踏み潰しても、ロボット的には見えていないので禁足事項には違反していない。よって動きは止まらない。

 これはかなり危険な状況だ。早く止めなければ本当に人命が危ない。

 ……と思った傍から、巨大ロボットは足を止めた。ギリギリではあるが、その足先は未だ工場の敷地内。まるで都市部との境界線を意識しているかのようである。頭を左右にゆったりと動かす様は、辺りを見回しているようにも見えた。


「止まった……?」


【どうした? 何故停止している?】


【エネルギー切れ、でしょうか……?】


 会議室とオンラインにいる役員達がざわめく。止まってくれた方が有り難いのは確かだが、原因不明では安心も出来ない。むしろ得体の知れなさから不安にもなる。

 千尋も、安堵するより不安に思う。ただし経営陣達と違い、技術者としての勘という『具体的な感覚』が警鐘を鳴らした結果だ。


「(何か、おかしい……)」


 何がおかしいのか。言葉では全く説明出来ない。

 しかしおかしい。あの巨大ロボットには強烈な違和感がある。具体的には、見た目が。

 どうにかそれを言語化しようと、千尋は歯軋りするほど思考に没頭し……ようやく一つ、気付く。

 怪獣染みた体躯の中で、肩幅が僅かに盛り上がっている事に。

 最初見た時よりも膨らんで見える。何故? 恐らく一般人は気付いても無視するであろう違和感に、千尋は意識を集中させ――――やっと正体を理解した。

 だ。中から何かが出てくるための。

 そして肩に出来ているハッチが開いている。その中から何か、丸いものがはみ出していた。あんな機構を実験中のロボットに組み込んだ覚えはない。ナノマシンが暴走した結果、珍妙な構造物が出来たのか。

 湧き出す疑問。その答えを示したのは、撮影されている巨大ロボット自身。

 肩にあった丸い何かが、ぽんっ、と射出されたのだ。

 あまりにも予兆なく射出されたからか、映像を見ていた経営陣の誰一人として反応を示さない。千尋達が唖然と眺める中、射出された丸い物体は放物線を描きながら住宅地に飛んでいき……やがて『着弾』。

 次の瞬間、住宅地で大爆発が起きた。


【――――え? ぎゃっ!?】


 撮影していた危機対応チームの者が驚きの声を漏らし、次いで悲鳴、それと映像越しにいる千尋や秀明が思わず仰け反るほどの大爆音が響く。

 爆発により生じた炎は、映像から判断するに恐らく四十〜五十メートルほどの範囲に広がった。軍事攻撃を彷彿とする大爆発であり、遠くで撮影していた危機対応チームを襲ったのは衝撃波だと思われる。彼等はロボットから十キロほど離れていたが、爆発の規模を見るに少なからず被害が及んでも不思議はない。

 おかしいのは、何故住宅地で爆発が起きたのか。

 原因は、分かりはする。映像を見ていたのだから。秀明含めた経営陣達は、ロボットから放たれた球体が元凶だと理解しているだろう。対して技術者である千尋は理解そのものを拒む。こんな事はあり得ない、起きてはならないとすら思う。

 だって、あんな機能は設計すらしていないのだから。


「(あり得ない! あんな、兵器染みたものは設計どころか組み込んでもいないのに!)」


 巨大な身体で歩き回る事は、辛うじて受け入れられる。莫大な組み合わせとはいえパラメータが存在しているのだから。巨大化するのも、ナノマシンの機能を思えば可能ではある。怪獣型の姿も、安定的な姿勢を求めて偶々至ったとすれば可能性はゼロではない。

 だが肩から爆弾を射出するなんて機能は、応用出来そうなものすら搭載していない。あれはあくまでも実験機……修復機能を持つ自立型ロボットでしかないのだ。故障やバグで想定外の使い方するにしても、兵器のようなものが出来るとは思えない。

 そもそも爆弾というのは、それなりに精密なものだ。火薬だって必要になる。バグによってこれらが『偶然』出来る確率は、限りなくゼロに近いだろう。

 巨体で歩き回り、強力な兵器を使う。最初からそう作ったなら兎も角、そうでないならこんな事はあり得ない。

 しかし千尋の合理的な考え方を、巨大ロボット怪獣は嘲笑うように動く。

 二発目の球体を放ったのだ。

 いや、二発どころではない。ポンポンポンポン……。いずれの球体も地上に落ちるや、大爆発を引き起こす。住宅地が、一瞬にして爆炎に飲み込まれる。


【キキギギャギャギャギャギャギャ!】


 次いで、金属を擦り合わせたような、奇怪で不気味な音がロボットから響く。

 あれは鳴き声なのだろうか。巨大ロボット怪獣は音に続くように、再び歩き始めた。今度は遠慮なく工場の敷地外へと出て、住宅地を踏み潰していく。更に肩から次々と球体を放つ。十発二十発どころではない。何十もの球体を絶え間なく撃ち続けている。

 ロボットの『攻撃』は何処かを狙っている様子もなく、極めて無差別。いや、或いは極めて秩序だっていると言うべきか。球体は決して同じ場所には落ちず、等間隔に万遍なく撒かれている。広がる爆炎は隙間なく、けれども重なりもなく、最高効率で家々を焼いていく。

 一度だけなら偶然かも知れない。だがロボット怪獣は一通り辺りを焼き払うと前進し、再び肩から球体を射出。またしても最高効率で住宅地を爆破する。

 相手は機械。『意思』と呼べるものなどない筈だが……仮にあるとするなら、この町の全てを焼き尽くそうとしているとしか思えない。

 そしてその対象は、遠くから観察していた危機対応チームも例外ではなかった。


【お、おい! こっちに飛んできてる!】


【駄目だ! 逃げ】


 ロボットから射出された球体の一つが、映像目掛けて飛んでくる。慌てふためいた声がしばし流れるが――――直後、映像にノイズが走った。

 そしてそのまま、声と映像の続きは流れてこない。

 何が起きたか? 想像するのは容易く、言葉にするのも難しくない。だがこの場にいる誰も言葉にする事が出来ない。未だ最悪の事態ではないのだと、認めたくない心理が働いているのだ。

 しかしどれだけ否定したところで、現実は何も変わらない。むしろ認識の遅さは対応が後手に回る事を意味し、好ましい状況を招く事はまずあり得ない。

 だからこそ秀明は優秀な経営者なのだ。


「直ちに国に連絡だ! 恐らくあのロボットを止めるには国の、自衛隊の協力が必要になる」


【あ、ああ。しかし事を大きくするのは】


「死傷者多数。これ以上の大事など、それこそ想像もしたくない。だろう?」


 秀明の言葉に、反射的にか意見した役員は黙りこくる。

 秀明の言う通りだ。これよりも大事なんてない。あの巨大な破壊兵器は既に警察や一企業の手に負えるものではなく、国に支援を求めなければならない。秀明の対応は極めて正しい。

 勿論、国だけに頼るのも良くない。原因は未だ不明だが、この問題を起こしたのは東郷重工業この会社の筈なのだ。ロボットを自衛隊の攻撃で破壊するにしても、情報提供や効果的な作戦の提案などは出来る事であり、またすべき事柄であろう。

 それをやるのは、開発者である千尋の責任だ。


「深山くん。実験機の設計書を確認し、今回の問題原因を探ってほしい。必要なメンバーがいればすぐに集めるから、出来るだけ早く教えてくれ」


「う、うん。分かった……頑張る」


 子供染みた答え方になってしまったが、千尋のやる気は本物だ。それは秀明も分かっているのだろう、こくんと彼は頷く。

 自分の設計に自信があるからこそ、秀明と真っ直ぐ向き合える。彼の信頼に答えたいからこそ、どんな結果が出ようとも報告しようと思える。

 心配する事があるとすれば一つだけ。

 巨大ロボットが生まれ、それが町を破壊するような暴れ方になる『故障』の仕方なんて、現時点ではとんと見当も付かない事ぐらいだ――――

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