対策会議

 轟々と燃え盛る炎の中で、巨大な『怪獣』が直立している。

 周りの建物が倒壊しているため、正確な大きさを目視で測るのは難しい。だが工場の残骸と思しき鉄筋などと比較して……恐らく、体長五十メートルはあるのではないか。

 それは二本足で立っていたが、人型からは程遠い形態をしていた。膝を曲げた、やや屈んだような体勢をずっと維持している。背筋が前に傾いた所謂前傾姿勢で、腕は格闘家の構えのような持ち上げ方をしていた。背中には背ビレ代わりと言わんばかりに、シリンダーのような円柱型構造物が二列並んでいる。そして臀部からは長々とした、恐らく体長を上回る長さの尾が生えていた。

 足下は炎に隠れて確認出来ないが、両腕の先には指付きの手がある。指先は鋭く尖り、肉食獣の爪のようになっていた。しかしその獰猛な構造に対し、指は滑らかに動いて器用さを物語る。指の数は五本あり、ものを掴むぐらいなら難なく行えそうだ。

 何より特徴的なのは頭部。やや丸みを帯びているが、肉食爬虫類を彷彿とさせる形状をしていた。顎を持ち、開いた口の中には牙のようにも見える突起物が何十とある。また歯だけでなく、舌と呼ぶには少々太い、赤く輝く結晶のような構造物が収まっている。

 外見を一言で例えれば、肉食恐竜型の怪獣、だろうか。現実の恐竜とは姿勢に大きな違いがあり、身体の大きさの割に頭が小さいなど、生物学的に見ればあまり似ていないが……一般人から見れば十分恐竜だろう。ただ一つ、それの身体を形作るのが野性的な筋肉ではなく、純粋な科学の結晶を彷彿とさせる金属である点に目を瞑れば。炎の光に当てられ、紅蓮の煌めきを全身から放つ。

 誰がどう見ても、ロボット怪獣だ。


「……深山くん。これの原因は、分かるかい?」


 そんなテレビの映像を唖然とした顔で見つめながら、秀明が尋ねてくる。

 しかし千尋には答えられない。むしろ教えてほしいぐらいだ。


「わ、分かんない……あんなロボット、設計も、した事ないし……」


「……いや、すまない。あまりにも訳が分からなくて、つい尋ねてしまった。そうだね、あれが何かは分からないよな」


 答えが何も浮かばず、おどおどと千尋は答える。秀明は謝罪すると、項垂れながら首を横に振る。

 ロボット怪獣はそんな千尋達の気持ちを嘲笑うように、燃え盛る工場をどんどん踏み潰していく。身体がよろめいているようには見えず、歩き方はかなり安定していた。やはりこれは映画なのではないかと、おもむろにチャンネルを変えてみても、何処も流れるのはロボット怪獣の姿ばかり。しかもご丁寧に放送局ごとに異なる角度、動きの映像を流していた。

 成程、確かにこれは「巨大なロボットの活動が確認されています」としか報告しようがない。アンドロイド秘書の言葉の正確さに、千尋は苦笑いを浮かべてしまう。

 そして沈黙。笑ってしまうぐらい奇妙な光景だが、現実だと思うと言葉を失ってしまう。秀明も千尋と同じ気持ちなのか、引き攣った笑みを浮かべるばかりで口を開かない。


「会議室にて、緊急会議の準備が整いました。経営陣によるオフライン・オンライン混合会議を行えます」


 沈黙を破ったのは、アンドロイド秘書の言葉だ。

 機械である彼女は空気など読まない。お陰で、今の空気を打破してくれた。秀明は小さくため息を吐いた後、すっとソファーから立ち上がる。


「分かった、すぐに行こう。深山くん、悪いが一緒に来てくれるか。実りある会議とするためには、工場での実験内容や、専門的知識が必要になる筈だ」


「う、うん……分かった」


 秀明に参加を求められ、千尋は身動ぎしつつ頷く。人見知りする千尋としては、経営陣が集まる会議にはあまり参加したくない。

 勿論それを許さない状況なのは理解している。専門家として、技術者として、そして設計図を書いた者としての責任も理解している。それでも、やはりあまり親しくない人は怖い。身体を縮こまらせて、動けなくなってしまう。

 秀明は千尋の行動を見ても、呆れも窘めもしない。彼はただ静かに傍に歩み寄り、そっと手を差し出す。

 千尋はその手を掴み、彼に引かれる形でようやく歩き出す事が出来たのだった。

 ……………

 ………

 …


「みんな、突然の連絡にも拘らず、短時間で集まってくれた。まずはその事について感謝する」


 東郷重工業重役会議室――――経営陣などが関わる重要会議で用いる、大きな一室にて。秀明は卓上に置かれたマイクに向けて感謝を伝えた。

 広い会議室には、最大で二十人が座れるだけの椅子がある。尤も東郷重工業の役員は十人だけ。他十席は特別に招かれた経営陣以外の者(例えば此度訪れた千尋のような技術的専門家など)が使う分であるが。

 加えて今、この場に集った経営陣は秀明含めても三人だけ。千尋を入れても四人(それとアンドロイド秘書一機)であり、部屋の大きさもあってがらんとした印象を受けるだろう。

 ただし他七人の経営陣も、会議には参加している。室内の壁に映し出されたスクリーンに七つの顔が映し出されていた。彼等は海外や工場視察などで、会議室に来られなかった者達だ。彼等はオンラインの形で会議に参加している。

 そして議題は共有済みだ。

 第三工場で起きた事故、それと工場敷地内に現れた謎のロボット怪獣についてである。


【東郷さん。前置きは良いでしょう。それよりも本題と現状を確認しましょう】


「ああ、そうだな……とはいえニュース報道で語られている事が現時点で私が知る限りの全てだ。巨大ロボットは出現した後、工場を踏み荒らした。そして今はその場で停止している」


 スクリーンに映し出された経営陣の一人に切り出され、秀明はあっさりとそう答える。

 無責任にも思える発言だが、事実だ。想定外なこの事態に、秀明も確かな情報は持ち合わせていない。工場責任者と連絡が取れていないのも情報不足の一因だ。

 そしてテレビ報道によれば、現時点で巨大ロボットは活動を停止しているという。原因は不明。出現時の一時だけ動いていたが、すぐに電気が切れたように止まってしまった。

 このまま止まったままでいてくれれば、事故に遭った(起こしたかも知れないが)会社としては多少なりと好ましいが……原因不明では突然動き出す可能性もある。また工場から数キロ離れた位置には住宅地もあり、そこまで移動すれば最早工場事故では済まない。早急に原因に見当を付け、対応する必要がある。

 その対応を考えるのが、この会議の目的だ。尤も、前例も何もなくては考えるための取っ掛かりもない訳だが。


【今が対策を決める好機なのは間違いありませんが、何から話せば良いのか……】


【まずは工場の状況について確認しましょう。あれほどの惨事です。あまり考えたくはありませんが、死者も出ているのではありませんか?】


 オンラインで参加している経営陣のうちの一人、五十代ほどの女性経営者が秀明に尋ねてくる。

 秀明は深く頷いた後、女性経営者からの問いに正直に答えた。


「私もそう思うが、工場の状況については一切不明だ。マスコミ報道以上の事は分からない」


「ん? 工場職員に直接聞けば良いのではないか? マスコミは信用ならん、という訳ではないが、当事者に確認するのが一番だろうに」


「……工場関係者とは、現在連絡が取れていません。責任者だけでなく、職員とも」


「何? どういう事だ? 連絡手段などいくらでもあるだろう?」


 秀明の答えに対する新たな疑問は、他の役員により答えられた。しかしその答えでは納得していない事が、違和感の滲み出た言葉で分かる。

 千尋も同じ違和感を覚えている。

 確かに、テレビに映った工場の状況……巨大ロボットに踏み荒らされ、破壊され尽くした惨状を見れば、大半の従業員がの状態にあるには間違いない。仮に無事だとしても、工場内の固定電話やパソコンなどは使えないだろう。

 だとしても、今は二十一世紀も半ばだ。スマホなど個人用携帯端末を持つのは、普通というよりマナーの域にある時代。やろうと思えば誰でも本社に電話の一本ぐらい出来る。実際には機密保持の観点から持ち込み禁止の現場もあるので全員肌身離さず持っているとは限らないが、そういった制限がない事務員や倉庫への荷運び要員なら持っている筈だ。なら、やはり一人ぐらい連絡する事は出来ると考えるのが自然である。一人も本社に連絡を寄越していない状況は、被害の大きさだけでは説明出来ないように千尋は思う。

 だがどれだけ違和感を覚えても、所詮は推測に過ぎない。確かな事が言えない今、憶測で場を混乱させるべきではないと考えた千尋は口を噤む。尤も、役員達の顔が怪訝そうなところを見るに、大半のものはその違和感に気付いているようだが。

 いずれにせよ、自社の事ながら現状を知る方法はテレビ以外にないという事だ。


【マスコミより情報が遅いのは、好ましくありません。すぐに社員を送るべきではありませんか? 危険はありますが、迅速な対応をする上でも容認すべきリスクかと】


「ええ、私もそう思います。東郷さんの事ですから、既に送っているとは思いますが」


「ああ。最初は近くの営業所の社員を向かわせようとしたが、テレビ報道を見て方針を変えた。今は危機対応チームのメンバーを向かわせている。到着まで三十分ほど掛かるそうだから、そろそろ到着する筈だ」


【なら、その間は他の議題について打ち合わせるべきだろう】


【そうだな……深山博士。質問しても良いか】


「ぴゃ」


 突然名指しで呼ばれ、千尋は珍妙な声を上げてしまう。

 しかし質問される事自体は想定内。何分彼女は第三工場で行っていた実験、その実験対象であるロボットの設計を行った身なのだから。実験について、この場にいる面子の中では間違いなく一番詳しい。千尋が原因であるかどうかは兎も角、詳細を聞かねばならない相手なのは間違いない。千尋自身それは重々承知している。

 ただ、それはそれとして人見知り気質なので、千尋はつい隣にいる秀明に身を寄せてしまうが。「大丈夫。自信を持って」という秀明からの励ましがなければ、恐らく上手く話せなかっただろう。


「あ、あの、ど、どぞ……」


【……東郷さん。彼女ももう二十歳なのだからもう少し……ああ、まぁ、今は良い。訊きたい事は、第三工場で作られていた新型のロボットとあの巨大ロボット、何か関係があるのかという点だ】


 やや呆れられつつ、役員から問われた事に千尋は首を横に振る。

 そう、千尋はあんな怪獣を設計した覚えはない。秀明に話した通りだ。

 しかし閃きというのは、何時だって突然降りてくる。天才肌である千尋にとっては珍しくない事に。

 否定した直後、千尋は一つの可能性を思い付いた。


「……ナノマシン……? まさか、ナノマシンが……?」


「深山くん? どういう事だい?」


「ごめん東郷くん。ちょっと考え中」


 秀明から問われるも、思考に没頭する千尋は一旦彼を黙らせる。人見知りがちで自己主張をしない彼女だが、ことロボット開発が関われば、『研究者』かつ『技術者』らしい我の強さが出るのだ。

 思案する彼女の邪魔は、何人にも出来ない。しばし会議室は沈黙していたが……五分もせずに会議は再開される。


「まさか、ナノマシンが新生物化形成をしている……? 安定的構造を求めた結果があれなら……!」


 千尋が漏らした、この言葉を切っ掛けに。


【……申し訳ありませんが、専門用語抜きで説明してくれませんか? 我々も多少は勉強していますが、本格的な説明だと理解が及びません】


「ひゃ! す、すみません。えっと……」


 役員の一人にやんわりと注意され、千尋はどうにか分かりやすい説明を試みる。

 ――――ナノマシン技術の魅力の一つは、機械の自己修復を行える点だ。

 小さなマシンが元素を運び、傷口を塞ぐなどして『勝手』に直してしまう。この仕組みを活かし、災害現場など過酷な環境で活動出来るロボットを作る……というのが第三工場で行っていた実験の目的だ。新型発電機の搭載や大型化は、この機能の実用化を目指して開発された技術である。

 しかしエネルギーだけ与えても、ナノマシンはちゃんと動いてくれない。ナノマシン自体は人工知能どころかCPUも載せていないただの機械であり、どれが傷か、どの程度の損傷なのかなんて『判断』出来ないからだ。指示を出さなければ動いてくれる事はないし、指示が間違っていれば正しく直してもくれない。そして『停止』命令を出さなければ何時までも動き続ける。

 そこで必要になるのが制御コンピューターだ。コンピューターで傷の存在を判断、適度に直したら修復停止の指示を出す。これが現在使われているナノマシン技術の基本であり、ナノマシンの行動は全て制御コンピューターが管理していると言って良い。

 では、この制御コンピューターがなんらかの理由で故障したらどうなるのか?

 制御を失ったナノマシンが暴走……する事はない。指示がなければ動かない、というのがナノマシンアルゴリズムの基本中の基本。こういった考え方はナノマシンに限った話ではなく、「安全な方に故障するフェールセーフ」というのはシステム開発にとって基礎である。

 そう、壊れているのなら止まる筈だ。ただし、、という枕詞は必要だろうが。

 もしもコンピューターが止まるほどではない、けれども誤った指示を出せる程度には傷付いていたなら、コンピューターは間違った指示を出してしまう。その指示を受け取ったナノマシンは、言われた通りに動く。人工知能など搭載していないナノマシンに、指示が正しいかどうかなど分からないのだから。結果、制御コンピューターが出力する『正しい形間違った姿の』に向けて、機体が改造修復されていく。

 この働きをナノマシン工学では新生物化形成と呼ぶ。新生物という言葉の由来は、悪性新生物――――癌に由来する。癌細胞はいわば壊れた遺伝子設計図に基づいて作られた細胞であり、これと同じように壊れたコンピューターの出力から作られた物体という意味だ。生物的な振る舞いをするかどうかは、全く関係ない。

 これが第三工場の実験事故により起きたのではないか、と千尋は閃いたのだ。


「お、恐らくだけど、実験中のロボットの中で、爆発が起きた。それで、コンピューターが破損したけど、でも機能停止はしなくて……」


「壊れたままのコンピューターが、機体の修復を始めた?」


「そ、そう。材料は、多分工場そのもの。あそこの工場、他にもロボット、いっぱい作ってる、から、鉄とかには、困らない。それで、あの、二足歩行は、維持が大変だから、よ、より安定的な、形に、なった、かも」


 二足歩行機能は、人型ロボットの開発の歴史における困難の一つだ。

 まず事実として、足の数は多ければ多いほどバランスを取りやすい。単に安定性を重視するならナメクジのような腹這いが最高である。二本足で歩く人間のような構造は、ただ立っているだけでも極めて不安定と言わざるを得ない。

 そこから歩くとなれば更に大変だ。歩くという行為は、厳密には重心を前に動かす行動……のとほぼ変わらない。単に倒れ切る前に地面を踏み締め、転ばないようにしているだけである。この「倒れる前に地面を踏む」というのが曲者で、歩き出してから倒れるまでの僅かな時間で適切な位置に足を運ばねばならない。間に合わなければそのまま転倒だ。人間はこれを感覚的に行うが、機械ロボットはコンピューターが演算して行う必要がある。無論、計算に間違いがあれば転倒だ。

 ゆっくりならば難易度は高くないが、人間が焦れったいと思わない『歩き』となればかなり高速で計算処理を行わねば間に合わない。『駆け足』ならば更に数倍の計算速度が必要である。

 人間が作るロボットであれば、製造目的があるので意地でも二足歩行にする事もあるだろう。だが壊れたコンピューターには関係ない。転倒しない形態を計算して、尻尾のある怪獣形態に自然となったのかも知れない。そもそも歩くという行為自体、ロボットからすれば話だ。『修復』に必要な材料は周りにいくらでも落ちているのだから、威厳を示すように練り歩く意味はない。止まっているのは活動を停止しているからではなく、単純に動く必要がないからではないか――――


「(ううん、人工知能がどれだけ壊れているか分からないから、全部推測になる……せめて故障個所が分かれば、もう少し根拠ある推論になるんだけど……そもそも壊れているという考えだって仮説だし……)」


 再び考え込む千尋。

 ……経営陣としては、これ以上千尋から良い案は出てこないと思ったのだろう。千尋を他所に対策会議を始める。千尋は考え込んでいたのでその事に気付かず。仮に気付いてもそれで良いと考えただろう。現状役に立たないのは事実なのだから。

 尤も、仮に役立ったところで何が出来た訳でもない。


「現場に到着した危機対応チームから連絡。巨大ロボットに動きあり」


 話が殆ど進展していないうちに、アンドロイド秘書から事態の急変を知らされたのだから……

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