些末なきっかけ

 秀明に依頼される形で受けた、事故の原因究明――――そのために千尋は信頼のおける技師を三名本社の会議室に集めた。

 集めたと言っても、千尋含めた優秀な技師は基本的に本社勤めだ。新製品を一つ設計したからと言って、それでしばらく仕事はない、などという呑気な働き方はしていない。新製品開発の会議に出て、技術的に可能かどうか検討し、新技術が必要なら実験場を確保し、実験のための設計図を書いて、行われた実験のデータを精査し、設計の観点からスケジュールの会議にも参加し、実用化の目途が経ったら新しい設計図を描き、それが終われば次の製品の会議へ……

 資本主義において、資本家は労働者を可能な限り働かせなければならない。悪徳か清貧かなど関係なく、そうでなければ会社同士の競争に負けてしまうからだ。秀明がどれほど人徳者であっても、資本主義の原理には逆らえない。

 そんな訳で一日中設計図を書いたり会議をしたりする身なのだから、全ての情報を管理している本社に勤める方が色々と楽なのである。とはいえ完成品が図面通りに作られているかの最終確認で、工場に出向くような事も少なくない。必要な面子が今、この瞬間全員本社にいたのは比較的幸運だった。付け加えると彼ら全員が千尋と面識があり、それなりにだが『仲良く』している面々なのも幸運と言える。


「え、えっと、皆さん、きょ、今日は、お、お、おあ」


「深山ちゃん、あんまり緊張しなくていいよー」


 まずは集まってくれた事に感謝を伝える。親友兼人生の先輩である秀明の真似をしようとする千尋だったが、上手く出来ず集めてくれた技師の一人・痩せた中年の男にフォローされた。

 恥ずかしく思いながら、千尋は赤くした顔で集まった面々の顔を見やる。

 此処にいるのは先程フォローしてくれた中年の男一人に、顔がしわしわになっている老婆、それと厳つい顔つきの如何にも職人(大工の親方によく間違われるらしい)な老爺。この三人は、東郷重工業の中でも指折りの技術者だ。中年の男はエンジン部門の技術主任であり、老爺は発電機部門で長年勤めている老技師……千尋が幼い時にはみっちり技術を叩きこんでくれた師匠でもある。そして老婆は技術部門を統括する部長であり、この道五十年のベテラン技術者だ。

 いずれも根っからの技術者であり、千尋もロボットの設計に関して相談するなどよく世話になっている。


「ああ、そんな事よりも本題にしようかのぅ」


「それにしてもたまげたな。俺が生きている間にあんな漫画みてーなもんが出てくるたぁ」


 部長と師匠(勿論技術主任も)は事態を既に把握し、早速話を始めている。世間話やらなんやらをしている場合ではない、という事を理解しているのだ。

 千尋も顔を横に振り、気持ちを一新。この『会議』に加わる。


「はい。こ、今回、集まってもらったのは、あのロボットの、発生原因……の前に、原因となった、新型ロボットの、設計に、問題がないか、見てもらい、たくて、あ、集まって、もらい、ました」


「新型ロボット?」


「事故が起きたのって第三工場ですよね? あそこで実験していたロボットって、確か災害救助用ロボットだったと思うんですけど」


「……正確には、新型ナノマシンロボットだ。発電機と制御コンピューターを入れる事で、工場や発電所近くでなくともナノマシンが動き、自己修復が出来るようになる。嬢ちゃんは、怪獣ロボットがそのナノマシンロボットだって言いたいのか?」


 師匠はある程度下調べをしてから、此処に来ていたらしい。千尋はこくんと頷き肯定する。

 制御コンピューターにより、ナノマシンは動く。正常に稼働していれば、ナノマシンは正しくコントロールされ、奇妙なものを作る事はない。

 言い換えれば、ナノマシンが異常な行動を引き起こしたなら基本的にはここに原因がある筈だ。


「は、はい。わ、私の推測、では、なんらかの、事故で、制御コンピューターが破損し、ナノマシンが新生物化、したんじゃないか、と……も、勿論、それで説明出来るのは、大きくなったとこ、だけ、ですけど……」


「ああ、確かに。だが可能性としてはあり得る」


「それに今は何も分からない状態だからのう。確かな事を一つ知れば、次の疑問を解くヒントになるかも知れん」


「まずは一つずつ、疑問を解決していく方が良いですね。分からないままあれこれ考えるより、ずっと効率的でしょうし」


 三人とも、千尋の方針に同意する。意見を受け入れてもらえて、千尋はパッと笑顔を浮かべた。

 起きた惨事を思うとあまり喜んでもいられないが、認めてもらえるのは素直に嬉しい。尊敬している先輩方の言葉となれば尚更に。千尋はいそいそと、その手に持っていた設計図を会議室のテーブル上に広げる。


「一つ確認したいんじゃが。その設計図は、何時時点のものかの?」


 ところが設計図を見た途端、部長がそう尋ねてくる。

 顔見知りの相手とはいえベテランからの確認。加えて千尋は人見知り気質だ。問われた瞬間、「ぴゃ」と声を上げながら後退り。

 これで見知らぬ相手ならおどおどしてしまうところだが、千尋はこの部長の事をよく知っている。意味もなくこんな問いをしてくる人ではない。それを分かっているからこそ、すぐに答える事が出来た。


「え、えっと、私が書いたもの、です、けど……」


「工場に渡した方、いや、工場のパソコンに保存してある方の図面を見たいの。工場の作業員が見ているのは、そっちなんだからねぇ。問題があるとすれば、工場側の図面じゃろ」


「? はぁ、まぁ……?」


 口では納得しつつも、内心千尋は首を傾げる。自分の持っている図面が原本であり、工場側の設計図はコピー。確かに工場作業員が見ているのはコピー側だが……そこに何か違いがあるのか。

 文字や絵図が潰れて見難くなっている事を懸念しているのだろうか? 疑問に思いつつ、千尋は工場側の設計図を取り寄せる事にした。

 これには然程時間は掛からない。工場側のパソコンは本社データベースと接続しており、設計図などの重要データは一定期間毎に自動バックアップが行われている。このため『最新』とは限らないものの、工場が使用していた設計図は本社でも閲覧可能だ。勿論誰でも見られる訳ではなく、技術者など特定の権限を持った社員のみに許されているが。千尋はその権限を持っているため、PCを使えば簡単に取り寄せ可能だ。

 会議室に置かれたパソコンを用い、本社データベースにアクセス。検索と読み込みに少し時間を費やしたが、十分ほどで目当ての図面を入手出来た。後は会議室内に置かれた印刷機で大きな、全員で見る事が出来る紙に印刷するだけ。


「これが、えと、実験中の、ロボットの、設計図、です。ここが、発電装置で、ここが、制御コンピューター」


「ふーん。ぱっと見、大きい事を除けば人型ロボットとしておかしな点はないかな?」


「管理コンピューターは、このエンジン部分のやつかの?」


「は、はい。そこは、セオリー通りに、してます」


 現在、主流なロボットには『管理コンピューター』と呼ばれるものを搭載するのが一般的だ。

 管理コンピューターとは、ロボットが危険な状態(指示通りの稼働が一定時間出来ない、発電機冷却が機能しないなど)に陥った際、発電機を停止させる事でロボット自体を止める安全装置だ。正確には安定稼働中は発電機の『稼働指示』を出し、危険な異常があるとこの指示が停止する事で発電機が止まるというもの。このため管理コンピューターが破損すれば、それだけでロボットは動かなくなる。

 管理コンピューターはあくまでロボット内部に異常がないか、より正確に言うなら「正常だという信号を出しているか」確認・判定するだけのコンピューターだ。人工知能や演算回路、ナノマシン制御コンピューターのような、ロボットの『行動』を直接制御するものではない。しかし様々な機能を有して高度化したロボットを安全に動かすには、欠かせないものである。今では一般的なロボットには搭載しているのが当たり前であり、事故を起こしたと思われる実験機にも搭載してあった。


「普通なら、発電機に何かしらの異常があれば爆発前に止まる訳だね。コンピューターの型番も、見る限り問題はなさそうだ」


「ふむ……ところでもう一つ気になるんじゃが」


 部長はそう言うや、設計図のある場所を指差す。

 そこは、発電機に燃料と冷却液を供給するパイプ部分。

 ロボットのパーツとしては珍しくもない、というより普通はなくてはならない部品だ。その部分に関しては特段新しい技術を使った覚えもなく、問題があるとは思えない。部長が何を気にしているのか、千尋としても気に掛かり、設計図をじいっと眺める。

 しかし、特段おかしい事は書かれていない。

 そこに記載されているのは、ただのパイプの製品名なのだから。


「……えっと、このパイプが何か……?」


「そこのパイプ、原本と同じ認識で良いかね?」


 違和感から首を傾げていると、部長がそう尋ねてくる。質問の意味は分からないが……断言する事は出来るので、千尋はこくんと頷いた。


「は、はい……この図面通り、AK8型耐熱合金管を、指定、してます。でも、それが何か……?」


「もう一つ質問じゃ。この材料に関して一度でも工場から問い合わせはあったか?」


「え? いえ、そういった話は、特に、聞いていませんけど」


 これまた意図の分からない問いに、千尋は正直に答える。

 すると部長だけでなく、師匠と技術主任も何かに気付いたような表情を浮かべた。納得したようでもあり、それでいて苛立ったようにも見える、複雑な感情を宿した顔だった。


「あー、AK8か。成程なぁ」


「AK8なら仕方ねぇ、いや全然仕方なくないんだが。事情は大体想像が付くな。あくまでも憶測だが、この時期に連絡の一本も来てないなら確定だろ」


「え? え? わ、私、何か間違えました、か……?」


 偉大な先輩方三人の間でどんどん進む話。その反応は如何にも間違いがこちらにあったように思えて、千尋は顔を真っ青にする。

 千尋の青ざめた顔を見た男は、少し慌てたように彼女を宥めた。


「ああ、ごめんごめん。深山ちゃんに過失はないよ。ただ工場側の事情も分からない事もないかなーって話さ。勿論、全然駄目なんだけど」


「工場側、ですか……?」


「このAK8耐熱合金管だが、今は品薄だ。原材料の鉱石の一大産地が内戦状態で、製造元が生産量を大幅に制限している。元々情勢が不安定で、生産数が少なかった所為であまり備蓄出来なかったのも大きい」


「うちでもその影響は受けとるからのう。一部製品の生産も滞りつつあると聞く。在庫が足りないなら優先されるのは、まぁ、他社との契約もあって遅らせられない、製品の方じゃろうて」


 先輩技師達の話を、最初はぽかんとしながら聞いていた千尋。だが少し考えて、工場内で何が起きたのか察した。

 恐らく、材料が工場になかったのだろう。

 他の工場から取り寄せようにも、その部品は現在品薄状態。あっても既存製品の製造が優先されるため、研究用にはまず回ってこない。設計図通りにロボットを作ろうにも、材料不足で作業が止まってしまう。

 本来なら、ここですべきはエスカレーション。つまり上への報告だ。「材料がないので実験機が出来上がりません」と正直に言うしかない。そして設計者である千尋含めて会議を行い、スケジュールを延期するか、代用品を探すか、実験そのものを中止するか……今後の対応を協議する。これが正しい流れである。

 だが、工場側はこれを怠った――――可能性があると、彼等は言いたいのだ。


「え、で、でも、な、なんで……」


「理由は色々あるだろうな。出世に響くとか、会議が面倒臭いとか。あと偶にあるのが上司の手を煩わせたくなかったみたいなやつ」


「ああ、稀にいますよね……そっちの方がずっと仕事が増えるのに」


 師匠と技術主任の会話を聞いて、千尋はおろおろしてしまう。

 人間の悪意ぐらい、いくら人見知りな千尋でも知っている。技術者として様々な事故事例に目を通してきたが、人間の『悪意』によるケースは多数あった。師匠達が話していたようなくだらない理由で正規の手順を無視し、人命を損なう大事故を引き起こした事は枚挙に暇がない。

 しかし、まさか自分がそんな事故事例の当事者になるとは思わなかった。

 すっかり工場の人達を信じていた。いや、任せきっていた、と言うべきか。現場の人を信頼するのは大事であるが、自分の責任を放棄する事は誤りだろう。安全とは、一人一人が意識しなければ成し遂げられないものなのだから。

 思い返せば部長が工場の設計図を取り寄せるように言ったのも、『不正』を疑った上での事だろう。何かしらの改竄が行われている可能性を考慮していたのだ。その考えを否定するどころか微塵も抱かなかったのは、あまりにも未熟で恥ずかしい。


「ほれ、あまり気にしなさんな。そもそもまだ確定した訳ではないんだからのぅ」


 思い悩んでいると、部長から励ましの言葉をもらってしまう。手間を掛けさせてしまった事を恥ずかしく思う反面、確かにその通りだとも思う。そもそもこの情報は再発防止には役立つだろうが、暴れ回るロボットを止めるものではない。

 ここで重要なのは、パイプを本来使うべきものとは別のものを使ってしまった可能性。そしてあくまでも推測であるが、何処でどんな事故が起きたか予想出来る事だ。


「ちなみに此処のパイプを型は同じでも耐熱性の低いもの、例えばAK7に変えたらどうなる?」


「……恐らく、溶解、します。発電機は、大型で、排熱量も多い、です。このパイプは、冷却液が通る、の、です、けど……かなり、熱くなるの、で。AK7なら一分も持たないかと」


「一分か。それだけ早いと、エンジンが異常を検出する前に溶けちゃうかもね。溶けたパイプから冷却液が漏れる。そうなれば冷却機能が低下し、発電機が発熱……いや、燃料を通すパイプが溶けたか。燃料はガソリンを用いているから、高熱で容易に発火する」


「爆発の原因は恐らくこれだな。とはいえ、これじゃああんな怪獣が生まれた理由は説明出来んが」


「エンジンと制御コンピューターが破損すれば、ナノマシンも止まる筈ですからね。ナノマシン制御のコンピューターは何処に?」


「こ、此処です。頭部です」


「エンジンから遠いな。爆発規模次第だが、あまり衝撃や熱が伝わるとは思えない。新生物化を引き起こすほど損傷するか……?」


 仮説を立てた事で、議論が進み出す。事故原因に少しずつでも近付いているという、手応えのようなものを千尋は感じた。

 ただしあくまでも憶測だ。事故現場の調査をするまでは確信に至る事はない。加えて今優先すべきはロボットの止め方。そしてそのヒントは今のところ得られていない。

 言うまでもなく千尋達は真剣だ。一刻も早く事態を解決したいと、本心から思っている。されど『世間』はそれを悠長に待てない。


「通達します。暴走したロボットに対し、自衛隊による攻撃が始まります」


 世間の目を無視出来ない政府もまた、千尋達の名案を待つ事は出来なかった。


「え? も、もう、攻撃が?」


「いや、あれこれ話している間に一時間近く経っている。被害の大きさを考えると、むしろ遅いぐらいだ」


「私らのとこまで話が来なかったという事は、作戦は求められてないって訳だねぇ」


「確かに、自衛隊の攻撃でふっ飛ばしてしまえば、ロボットが暴走したメカニズムなんてどうでもいいですよね……」


 技術主任の言う通り、破壊してしまえば怪獣ロボットの狼藉は止まる。千尋達が高度でスマートな作戦を考えるより、飛行機から爆弾の一発でも落とせば済むのだ。

 それに、自衛隊の攻撃が成功するかどうかも気になる。爆弾で跡形もなく消し飛べばそれで良し。もしなんかの要因で失敗したなら、いよいよ千尋達の出番である。


「い、一旦、会議を止めて、テレビを、見ましょう。作戦の成否、を、確認、しないと」


「ああ、そうだね」


 千尋の提案は皆に受け入れられた。早速テレビを付け、これから始まる自衛隊の攻撃に注目しようとする。

 ――――被害は大きいが、これで事態は収束する筈だ。

 此処にいる誰もがそう思っていた。巨大怪獣型ロボットといえども、あれは所詮人が作ったものに過ぎない。地球が生み出した大いなる存在どころか、異星人が送り込んだ侵略兵器でもないのだ。爆弾なりミサイルなりで爆破してしまえばそれで終わり……それが合理的な考えである。

 或いは、未だ皆が信じていたと言うべきか。

 自分達が生み出したものなら、自分達の手に負える。そんな『幻想』を……

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