第3話  約束

「どうぞどうぞ」

「お邪魔します……」

勧められて俺は初めて女の子の部屋に入る。

そう、何気に初めてなのだ。


「家の中は普通に日本人と変わらないんだな」

黙っておくのも気まずいので素直に思ったことを伝えた。


「中国人も人ですー」

すると彼女は冗談めかして言う。

学校での大人しそうな雰囲気とは随分と違う、イタズラっぽい口調だ。


「それで、結局用事ってなんだ?」

見たところ親もいないし男が長く女の子の家に入り浸ってるのも悪い気がするので早く終わらせようとする。


「ふふーん、よくぞ聞いてくれた」

ドアを開けながらなぜか誇らしそうに言った。


「ここ、私の部屋だけど……よいしょ…よいしょ……」


突然ベットの下に潜りこんだのは予想外だが、それ以前にそもそも俺がここにいることがおかしいからあえて何も言わないでおこう……



「ほらこれ」

そう言って彼女が取り出したのは、写真を入れたアルバムだった。


本のような気分で、しかしそれ以上の期待で開けてみる。


「ッッッ!?」


写真に写っていたのは小さな男の子と女の子。

しかし見覚えがある物で………


今までのパズルで足りていなかった最後の……大切なピースが不意におもちゃ箱から出てきて、ピッタリと嵌った感覚だった。


「ふふーん、思い出した?」

ニマニマと目を見張る俺を見つめながら聞いてくる。


「ああ、思い出した」

「えーそれだけー?他に何か言うことはないのー?私、さびしいなあー」


こんな大切なことを忘れていた羞恥心と申し訳なさを隠している俺を逃さずと、わざとらしそうに問い詰めてくる。


ニマニマした笑顔は他から見たらかわいいもんだが、今の俺からすればさながら犯人の苦痛を己の快感へと変える拷問官のようだ。


「ええぇと、その……おかえり」

「うん……ただいま!」



そう、思い出したのだ。彼女と俺の関係、約束を———



『ままぁぁ!!ままがいないよぉ。ねぇままぁぁぁ』


小学一年生の夏休み、祭りの日に不思議な言葉を喋る女の子に出会った。

何を言っているのかわからないし、泣いてるし、困ってるみたいなのはあの子だけじゃなかった。

周りの大人もどうすればいいか困ってるみたい。

祭りだからか息苦しいほどに人が多く、騒々しかった。そんな中に言語の通じない小さな女の子がポツンといたらどうだろう?

きっと怖がる。


「ねえ君!」


しかし言葉の壁なんて子供には関係なかった。


なぜならつい数年前までみんな言葉が喋れなかったもの。


『ままがいないのぉ、ままがッ!!』

「きみぃ、きれいな声してるね。でも泣いてたら台無しだよ?」


それでも友達がいた。


「はいこれ、俺のたこ焼き!あげるから元気だして!」

ただ笑うだけ、笑って……自分の物を半分こしてあげるだけで友達はできる。

子供の世界は単純だ。


『……なにこれ……おいしそぅ……食べていいの?……食べてから怒らないでよ?……んぐっあふいあふい』


「あっ暑かった?ゆっくり食べないと」


『っふふ、おうふい』


「ははは、ほら泣き止んだ方が可愛いって」

『ふふふ、変なの』


ほら、単純だ。



「それにしても、こんなきれいなのに、変な言葉喋ってるし、君って妖精とか?」


『……何言ってるの?』


でも言葉が通じないから、何もわからないままその後来た同じ言葉を喋る大人たちとどこかへ行ってしまった。

帰り際のあの子がどこか……寂しそうに振り返ってきたのは気のせいだろうか?





次の年、変わらない夏休み、同じ祭り、同じ時間、同じ場所。

もしかしたらまた妖精さんに会えないかな?

そう思ってただひたすらに待った。

夕陽が暮れて、太陽の最後の光も沈みそうな頃。


「ねえ君!」

似た声、でもあのわからない言葉じゃなかった。


呼ばれた先にいたのは———

「はい!ちょっとあげる」

そう言ってたこ焼きを突き出してくるあの子。


「も……」

「も?」

「もしかして俺精霊の言葉わかるようになったのか?!」

「違う、私がかんばった、日本ご覚えた」

「えーそうなのか。じゃあ前喋ってたのってなんだ?」

「ちゅうコクご」

「へーなんかわかんないけどすごいな」


しかし小さな女の子が1年間で覚えれる言葉は限られているもので——


「何しに来たんだ?」

「何言ってるかワカラナイ」

「中国語ってむずいのか?」

「何言ってるのかワカラナイ」

何を聞いても言ってることがわからないようだ。

唯一反応したのは——

「中国人ってみんな君みたいにかわいいのか?」

「何言ってるのかワカっっいまカワイイって?!」

「え、あ、うん」

「カワイイってアレだよネ?好きって意味の……かあああ」

なぜか恥ずかしそうに言ってたけど———

「いや、違うよ」

小学校二年生の男の子にその理由を理解するのはまだ早かった。

「あ、そう」


その後なぜか不機嫌になった記憶がある。

何を言ってもぷいっとそっぽを向かれる始末。


それでも最後には一つの約束をした。

「私とまた会った時に、おかえりって言って!そしたら私はただいまって言うの!」

「わかった。ようわからんが、約束だな」



—————————



どうも作者のタヤヒシです。今回はいつもの二倍のボリュームで書きました。流石に読者様がわからない言語をずっと書くのもアレなので『』で括った部分は中国語を読者様にだけわかる日本語に変換しました。つまり主人公や周りにとっては中国語です。表現がわかりにくかったらすみません。

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