負けるなジャスティスガール2


「…ッ…あの時の…」

「ねえあんた誰?」

「別に俺が誰だっていいだろうが、ったく…いい歳こいたオッサンが女子高生侍らせてなにやってんだよ、田舎の母ちゃんのことも考えてさっさと定職に着け」


 現在敵は2人、地面には立てない女が1人。

 工場内の地面には煙草の吸殻や菓子の袋、ペットボトルなど散乱しており非常に汚い。おそらく長い間不良のたまり場と化していたのだろう。

 中央にある錆びついてコケさえ生えてきそうなボロボロのベルトコンベアーの残骸を残し工場内にはほとんど何も残ってはおらず、まさに夜中暇な奴らが集まってきそうな雰囲気が出ているな。

 

「アンタだってオッサンじゃん…っていうか外にいた奴らは?」

「外の?ああ、子守歌で寝かせてやったよ」

「…!」


 毛も生えてないようなガキに蹴りいれてるバカが何人かいたんで、一人ずつ丁寧にボコしてやった。そしたらガキが泣きついてきて、お姉ちゃんが殺されかけてる…なんていうもんだから慌てて中に入ったがまさか転がってるのがあの時のチンピラ女子高生のことだったとはな。こえ~…こっち見てるよアイツ、もしかしてまだ勘違いされてんのかな。


「やるねアンタ、ただのサラリーマンじゃない(…音が一切しなかった、確か裏口で待機させてた奴らは5人…複数人を一瞬で気絶させたのか…)」


 スーツ着てるからそう思われてんだろうけど正直サラリーマンって言われるとめちゃ嬉しい。


「まあいいや、表にいる奴ら呼び出してボコさせろ」

「表?」


 俺が裏口から出てきたから勘違いしてるのか。


「あ?」

「いったろ、外の奴らは寝かせたって」


 その時、表口の方の扉がひとりでにゆっくりと開いた。


「あ、ぉ、あ…ッ…ぉお…」

「「「…!!」」」

 

 そこから出てきたのはチンピラの一人だった。顎が外れたまま何かを伝えようとあうあうと口を動かそうとしている。しかし呂律も回らず立っているのもやっとのようで、そのまま前のめりに倒れ込むとガクガクと身体を大きく上下に揺さぶってはそのまま意識を失ってしまった。

 開きっぱなしになった扉からは、20人ほどのチンピラが地面に蹲ってジタバタ両足を動かしたり、四つん這いになって吐瀉物を吐き散らかしている光景が広がっていた。


「ぉ、ええええ…ッ…」

「ぐ、ぎッ、ぎ、…ッ…!」

「ぅぐ、うぉお…っ…」


 外からは20人分の悲鳴が聞こえてくる。

 自分の脚で立ち上がれる人間は外に一人もいなかった。雄情流のモットーは『生まれなきゃよかった、を教える』だ。技を喰らった相手が自分の親を怨むほどの苦痛と恐怖を叩き込み、遺伝子に雄情流が世界最強であることを教え込む。

 先程まであれだけ余裕たっぷりだった2人の表情も今じゃすっかり顔面蒼白って言ったところで、非行少女はパパを一瞥してから、金属バットを肩に担いだ。


「オッサン強いんだね」

「まあ雄情流は最強だからな」

「友情流?なにそれ、聞いたことないんだけど」

「知らないなら教えてやるよ」


 非行少女は足元に転がっているチンピラを片足で蹴り上げる。

 

「ぉぶ、ぅッ!?」


 するとチンピラの身体はまるでサッカーボールのように勢いよく浮き上がり、俺の隣にある壁まで叩きつけられた。

 もしかして最近の女子高生ってのは皆こういうタイプの化け物なのだろうか。体育の時間で何やってるか知らないが、そりゃ国内の教師の数も足りなくなりますわ。


「私もオッサンに教えてあげるよ、上には上がいるってことをね」


 俺は地面にちりばめられている煙草を靴の裏で踏み潰すと、バットを構えて勢いよく迫ってくる女子高生の顔の前にその残骸を蹴り上げた。


「…ッ…」


 結構粗めに砕いたはずの煙草の吸殻が顔面に叩きつけられても目を瞑ろうともしない。こいつただの怪力女じゃない、だいぶ場数を踏んでいるようだ。

 俺はぎりぎりまで相手を引き付けてからバックステップを踏み、振り下ろされるバットを寸前で躱した。


「よく避けたねッ!!」


 しかし攻撃は止まない。プロ野球選手も顔負けのバット捌きであらゆる角度からバットが飛んでくる。両手で掴む長い凶器である以上、その動きは単調で非常に分かりやすい。タイミングと振り下ろされるコースさえ掴めていれば避けること自体は難しくない。

 ただ…


「どうしたのッ!?インチキ武術を教えてくれるんじゃないのぉ!?」


 攻撃を避けることはできても、こうも絶え間がないと攻撃に移りづらい。金属バットをフルスイングしているのだから普通なら10振りくらいしたところで体力が尽きて動きが鈍ってくるものだが、この女はスタミナがどうにも化け物らしく先程からちっとも打撃のキレが鈍らない。掠りでもすれば骨まで粉砕されるのが目に見えている。

  

「そこまで期待されるとこっちも緊張するな」


 俺は上半身をのけ反らせバットを躱しながらポケットから飲みかけの小さな酒瓶を取り出した。彼女は俺の手の動きに反応して一瞬ぴくり、と瞼を動かす。


「お前さっき飲みたいって言ってたろ?」


 俺はしっかりと酒のラベルが女子高生の視界に入ったことを確認してから彼女の顔の真ん中めがけて酒瓶を投げつけた。

 彼女は咄嗟に金属バットを構えてそれを防いだ…というよりは俺が防がせた。パリン、なんて音が工場内に響き渡り、中の液体がびっしゃりとバットのグリップや彼女の身体にかかる。


「~~~ッ!?」

「…(この匂いは酒…?なにをするつもりだ、…?)」


 俺は次にさっき不良のポケットからくすねておいたライターを取り出し、奴に見せつけた。

 彼女は警戒してバットの構えを解かないままであったが、ライターを見ると顔を青ざめさせる。

 

「…ッ…ま、まさか…!?」

「…ッ…!!!」


 50というのはこの酒が初めて醸造された年だ。だが酒のラベルに50と記載されていれば大抵の人間はそれがアルコール度数のことだと思う。火が付くアルコールの度数は20~25度。独特の香りも相まって奴は自分の身体に何が起きるのか想像するはずだ。


「あっためてやるよ」

「~~~ッ…!!」


 ライターをふわりと非行少女に向けて投げつける。

 引火して手を焼かれるのを恐れた彼女は初めてバットを地面に寝かせるようにして下ろした。俺はその瞬間前に駆け出すと、床に傾けられたバットの先端を思い切り踏んづけた。凶器を踏みつけられれば、逆にと思う心理が握る手に力を籠める。結果、離せば固められた上半身のガードはがら空きになっていた。

 流れるようにそのまま彼女の左右両方の鎖骨に手の甲を1回ずつ叩きつけた。強く打ち込むのではなく、とんッ、と軽く叩く様に打って衝撃を走らせるのだ。




芯打ちしんうち




 からん、からん、と地面にバットが零れ落ちる。


「…ぇ、え?」


 俺は地面におちたバットを拾い上げると、その先端を彼女の頭の上にふわりと乗せる。

 背後を振り向き、腕を組んだまま微動だにしない男を見つめながら「これが雄情流だ」と一言告げた。その一方で、非行少女はだらん、と両腕を垂らしながら何が起こったか分からないといった表情を浮かべている。


「え、なにっなにこれ、これどういうこと?」

「腕神経叢損傷って奴だ」

「な、なにそれ、いみわかんないよ…っ…」


 両腕を動かすこともできなければ、感覚も完全に消える。まるで両腕を切れ味の良い刀ですっぱりと切り落とされたような感覚だろう。

 鎖骨の下を通る腕神経叢という神経の束を叩いて麻痺させた。鎖骨ごとたたき割ればもっと深く、不可逆的なダメージを追わせることもできたが今後もたっぷり使うであろう両手のことを考えて、2,3日で治る程度にしてやった。


「…イロハ、動けるか?」


 組んでいた腕を漸く解いた男は低い声を響かせる。非行少女はその声に反応して、びくんと肩を跳ねさせた。


「だ、大丈夫だよ!両腕なんて使えなくてもこんなくたびれたキモいオッサンの一人や二人簡単だよ!あしだけでじゅーぶん!」

「…」

「言葉は時としてこんなにも人の心を抉るんだね」


 彼女は勢いよく走りだし大きく片足を上げて俺の首に蹴りを打ち込もうとする。

 想像できないかもしれないが、両腕というのは自分が思っている以上に重いのだ。腕を使わない、のではなく、使えない状態でそんな勢いの蹴りを打ち込めば、悲惨な結果を生むことがこの場にいる誰もが分かっていることだろう。


「ぅあッ!?」


 俺は軽く体をのけ反らせて彼女の蹴りを避けた。ずるり、と彼女の軸足が地面で滑りバランスを崩す。敢えてここで屈辱を与えることによって相手を傷つけることなど敗北感を植え付ける。

 俺は咄嗟に片手を動かして彼女の肩を支えた。このまま起こせばまた蹴りかかってくるかもしれないから、敢えてそのまま地面にゆっくりと下ろす。


「かける恥はもう掻ききったろ、もう帰れお前は、キャラ立ちしすぎて逆に場違いなんだよ」

「~~~ッ…!!」


 イキって飛び掛かってコケて、更には敵に助けられる…これ以上の屈辱はない。

 俺はなんとか体を揺らして立ち上がろうとするも両腕が使えず地面の上でもがき苦しむ非行少女を横目に、くるりとその場に振り返った。その視線は、この中で唯一俺よりも年上の人間へと向けられる。


「あ、ぁ、…ああ、ぁ…うでが、わたしの、うでが、ぁ…」

「次は俺って訳か」

「そうよ、覚悟しな」


 金属バットを肩に担ぎながらゆっくりと背中を伸ばす。


「ただし、」

「?」

「相手するのは俺じゃない」


 男は何かを察したようにゆっくりと後ろを振り向く。

 そこには壊れた両膝のまま立ち上がった女子高生がいた。どうやら近くの壁に指を突き立てて体を起こしたらしい。よく見るとその爪には血がにじんでいるのがわかる。

 立ち上がってもらってなんだが、もう既に満身創痍って感じだな。


「おいおいマジかよ、自分から起き上がるなんてサンドバックの癖に気が利いてるじゃん」

「…るせぇ…つべこべ言わずにかかってこい…」


 なんだか口調までちょっと変わってないか。

 壁からゆっくりと手を離した彼女はその場で拳を握りしめファイティングポーズをとる。だが体重を支える膝はガクガクと震え始めていて、風が吹くだけでも倒れてしまいそうだ。

 あの男がどんな風に戦うか知らないが彼女には少々デバフが付きすぎている。正直に言えば勝機はゼロに等しいだろう…もしも、あの時と同じなら、だが。


「ほんじゃいくぞー」

「…」


 あの娘の視線、正面にいる男じゃなくて俺に向いている。

 いや正確に言えば俺ではない、もっと重要なものに向いている。


「わかってたよ」


 女子高生は手に持っていた何かの破片を男に向けて投げつけた。

 男は一瞬怯むもののフットワークを使い寸でのところでそれを避ける。あれはボクシングの動きだ、すごいな。こんなところでこんな絶滅危惧種に出会えるなんて思ってもいなかった。

 動けないのなら飛び道具を使ってくる…そこまではあの男も予想していたのだろう。だが、その本当の狙いまでは気づけなかったようだ。


「…!?」


 カチリ、と音がなってあたりの電気が消える。

 とんでもない目の良さだ。あの位置からものを投げて電気のスイッチを押しやがった。


「…ッ…!!(何も見えない…!だが問題ない、距離は取っている!リーチも俺の方が上!パンチの届く距離じゃない…!)」


 俺は手に持っていた金属バットを女子高生に向け、山なりに投げた。

 暗闇の中でパシリ、とバットが受け取られる音がする。間を置かずに、ギンッ、と鈍い音が響き渡った。


「ぐ、ぉお~~…ッ…!!??」

「甘いな、2対1なんだから協力しないわけないじゃん」


 手さぐりにスイッチを探して電気をつける。

 すると、そこには左脇腹を抑えながら地面の上でもがき苦しむ男の姿があった。どうやら金属バットで肋骨を何本か折られたらしい。


「か、はッ、…ご、ほ、…ッ…」

「そうまぁッ!!」

「…」


 まるで肺を直接鷲掴みにされているような痛みだろう。痛みのあまり呼気がうまくできず、せきこむようにして無理矢理空気を外に出すような呼吸しかできない。

 先程まで使えなくなった自分の腕に困惑していた非行少女も、蛇の様に体をくねらせてなんとか中年の元へと這いずっていこうとしている。


「…お前らのせいで蜜君が酷い目にあった…お前は足を、お前は顔をつぶす…」


 金属バットを両手に構え、鬼の形相で地面に這いつくばる2人を見下ろす女子高生がそこにはいた。



 

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ジャスティスガールvs無職のオジサン 鶴木場ウサギ @slipper-spider-159

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