負けるなジャスティスガール

「すっげぇ、ホントにきたよ」

「ジャスティスガールさんじゃん、てかめっちゃ可愛いし」


 工場の駐車場、地面には酒の瓶や煙草の吸殻が点々と捨てられており、20人以上のチンピラたちが私を見つけるなりゾロゾロと寄ってくる。

 私は視線だけを動かして蜜君の居場所をなんとか探った。


「…!」


 奥の方に並べられてある錆びついたボロボロのロッカーがガタガタと小刻みに揺れている。

 その前には指に煙草を挟んだ男が一人、パイプに座りながら此方を睨みつけている。明らかに他とは雰囲気が違う、おそらくは奴がリーダーであり、蜜君誘拐の首謀者だろう。

 チンピラをボコした回数はとっくに数えるのをやめている。奴が何故こんなことをしたのか、なんて考えだせば心当たりが多すぎて見当がつかない。だが確実に言えることあるとすれば、今日を最後にあの男が悪さをすることは絶対にないだろう。


「ほら、ちょっとこっちこい…よぉッ!?」


 安易に此方に手を伸ばそうとするチンピラの胸ぐらを逆に掴み、力任せに背負い投げする。

 脳天から地面にガツンと叩きつけ、白目を剥きながら泡を吹いているのを確認すると、ダメ押しで倒れた男の顎を思い切り蹴とばした。

 

「「「「…ッ!!!」」」

「理由は分かっているだろうがこの通り私の機嫌は最悪だ、お前たちもこうなりたければ好きにしてくれ」


 蹴られて吹き飛ばされた男の顎は完全に外れており、口元からダラダラとだらしなく涎と泡を吐きながらびくびくと全身を震わせている。

 これを見せられた奴らは大まかに分けて2種類の行動をとる。1つは怖くなって後ろに引っ込む、そしてもう1つはむきになって襲い掛かってくる。


「ガキぃ…ッ…!!」


 ここは製鉄工場、チンピラの1人が、おそらく工場内から引っ張り出してきたであろう鉄パイプを片手に襲い掛かってくる。

 大振りの頭部狙い、剣術に精通している人間でもなければ恐れることはない。相手の正中に立ち、のけ反ることなく寧ろ前のめりに迎え撃つように前蹴りを放つ。所謂ヤクザキックと言われる種類の蹴りだ。


「ご、ぉ″ぉ!?」


 体重と筋力を最大限に生かした前蹴りを喰らった1m背後に吹き飛ぶと地面の上でジタバタののたうち回る。蹴った感触からして肋骨を3本ほど折っただろう。

 面白いほどにバカな連中だ。集団で一気に四方から襲い掛かれば少しでも勝機があるというのに、私が女ということもありプライドに拘って1人1人順番に飛び掛かってくるから流れ作業の如く容易に対応することができる。


「ころすぞぉ!!」


 今度はナイフだ。腹部を狙ってきている。

 ナイフを握る手を掴んで軽く引っ張り、ぴんと伸びた肘に向かって外側から軽く蹴りを放つ。ばきり、と音を立てて骨が飛び出し、噴水の様に血が吹き上がった。


「ぅ、っぎ、ぁあああああッ!!??」


 反対に折れ曲がった腕を見てどうすることもできず叫び声をあげながらその場に飛んだり跳ねたりするチンピラを横目に私は前に進み続ける。

 その頃には周りのチンピラたちは静まり返っており、きょろきょろと回りを見渡しながら次に誰が出ていくかを押し付け合っているようだ。

 

「はぁいやめやめ~、ったく…それ以上僕に情けない姿見せないでくれよ」


 パイプ椅子から立ち上がった男、顔つきからして明らかに周りのチンピラよりも年上だ。30代前半と言ったところだろうか。だらしなく着崩したパーカーは理由は分からないが非常に高級なものである印象を受ける。あの年になってガキを束ねて不良ごっこしてるのか?

 奴は近くから鉄パイプを取るとそれを肩に担ぎながら真っ暗な工場の中へと入っていく。


「あ、僕今から中に入るけど…別にそこにいる弟君連れて帰ってもいいよ?」

「…」


 今ならロッカーの中に入っている蜜君を連れだして逃げることもできる…だが結局コイツらに私たちの家はバレている。ここで痛い目に遭わせなければまた同じことが起こるだろう。

 私が工場へと近づいていくと周りのチンピラたちは1歩2歩と後退りを始め、駐車場の隅へとはけていった。


「…まっててね、蜜君…」


 ロッカーを横目に工場の扉を開け、中に入る。しかしそれと同時に側頭部に強い衝撃が走った。ぐわり、と脳が揺れ動いたのが感じられその影響で足元が少しふら付く。

 振り下ろされた鉄パイプをガシリと握り込んだ私はそのまま思い切り奴を引き寄せ、そのまま胸ぐらをつかみ上げる。

 ここまでは想定内だ。暗い工場内に私を誘い出した目的は闇討ち以外にあり得ない。狙う場所も、やりたいことも全て予想出来ていた。


「へぇ…位置を探るために態と受けたね…」


 握った鉄パイプを投げ捨て奴を殴りつけようとするが寸前で止まる。

 暗闇の中でナイフから反射した光が僅かに私の視界に入ったのだ。その場でバックステップを踏み、なんとか距離を取りつつ頭を片手で抑える。

 出血はしてない、視界も安定していて段々と目も闇に慣れてきたところだ。


「いいねぇ君、久しぶりに普通にやりたくなってきたよ」


 そういうと男はその場でナイフを地面に投げ捨てた。

 その場でトントンとステップを踏み始める。軽快だ、このフットワークは何処かで見たことがある。確か昔テレビで見た…


「…ボクシング、」

「ははッ、知ってるのかい?」


 まだ私が子供の頃、父親がテレビで見ていたのを思い出す。

 断片的な知識しかないが、確か蹴りや組技、極め技を使用せず拳のみに技を絞った格闘技だったか。第二次バーリトゥードブームの際に真っ先に切り捨てられた、と聞いていたが、まさかこんなところで使用者に出会うとはな。


「…ッ…!?」


 2,3mあった距離が一瞬で縮まった。なんてフットワークだ。

 ジャブ、確かそう父親が言っていた。最速の突き、確かに正面に立ってみるとわかる。これは速い、避けられない。だが、避けられなくとも防ぐことはできる。

 両上肢の前腕で顔面をカバーして1発、2発ジャブを防ぐ。うん、威力は左程ない。速いだけに強く力むことはできないようだ。


「…上がったね…」


 しかし次の瞬間、私の腹部にボディブローが深く突き刺さった。ジャブでガードを上げさせ素早く腹部を狙う、実に計算されたコンビネーションだ。

 血の気が引いて額から汗がぶわり、とあふれ出るのが感じられる。おそらく打たれたのは胃だろう。吐き気もする、だがに比べればこんなものは屁でもない。

 

「さあジャスティスガール、絶体絶命だなぁ~?」


 腹部に撃ち込まれた手を取ろうとしたが、その前に素早く奴は距離を取った。

 痛いし気持ち悪い、骨は折れてないがズキズキと胃が痛むのが感じられる。久しぶりにまともなダメージを受けたが、それでも私は冷静だった。いや寧ろ、いつもよりも頭が回っている気さえする。もう作戦は用意済みだ。私だって身軽な奴とやるのは初めてではない。


「おッ」


 身を屈め両腕でボディと顔面をガードしながら一気に地面を蹴り上げ距離を詰める。

 この勢いで突っ込まれると相手は応戦するという手段の多くを失う。掴んでも殴っても打ち下ろしても止めることはできない。唯一蹴り…中でも横蹴りを使えば勢いを緩めることはできるかもしれないが、奴のスタイルからすればそれはないだろう。

 

「残念、対策済みだよ」


 フックだ。コメカミを狙われた。しかも中高一本拳で第二関節をねじ込むように打ち込んでいる。まるで電流のような鋭い激痛が側頭部に走り抜けていく。だが…


「ぉおッ!!」

「おわりだ…!!」 

 

 フック自体の威力は左程ない、強く打ち込めば指を痛めるからだ。腕力で勢いを殺すことができないのなら、痛みでひるませようとする考えは妥当だ。だが私にそれは通じない。

 私の両腕のガードは前は隠せるが頭部を全ては覆い隠せない。当然側頭部を狙われるのは想像できた。だから、飛び出す前から覚悟はしていた。そして一度覚悟を固めた私は決して進行を止めることはない。寧ろ、更に地面を強く蹴り上げ相手の下半身にタックルをかます。


「…いいタイミングだな」


 しかしその直後、ゴイン、なんて鈍い音と共に私の膝に激痛が走り、私はその場に両手をついて倒れた。

 なにが起こってか分からず後ろを振り向くと、そこには金属バットを持った少女がにこにこ笑みを浮かべながら立っていた。


「あんな狭いロッカーに閉じ込めるなんてひどいよ!!」

「お茶目なドッキリだよ…まあ引っかかってはくれないかったけど…」

 

 急いで立ち上がろうとするが、膝が動いてくれない。先程の一撃で膝の靭帯が壊れたらしい。膝に力を入れるとナイフで刺されたような激痛が走り、力が入らなくなる。

 

「ねえどうするの?」

「うーん、適当にボコして剥いて写真撮って…そんで取引先に連絡する」

「じゃあアタシボコすのやるよ」

「いつも力仕事ばっかやらせちゃってごめんな~」

「えへへ…いいんだよ、アタシは壮馬そうまの役に立つのが一番うれしいし…あ、そうだ、弟は?」

「あ~~…じゃあ一緒にボコして姉弟で並べて写真とるかぁ…」


 この女、ロッカーに入ってたのか。それじゃあ蜜君は何処に?

 まだ頭は冷静だ、だが立ち上がれない。せめて何か掴まれるものがあれば…だめだ、暗すぎてなにも見えない。

 なにか武器は、せめてコイツの足止めができるものが、なにかないか。


「ぎ、ッ!?」

「動くなよボケ」


 残ったもう一本の足にも金属バットが叩きつけられる。激痛に背中が跳ね上がり、目から涙がにじみ出てくる。

 考えろ、ここから最も良い結果を生む行動をとるんだ。まずできるだけここで時間を稼ぐ、蜜君は…どこにいるかも分からない。私は勝手にあのロッカーの中に蜜君がいるのだと勘違いしていた。あの時もしもロッカーを開けていれば、金属バットの女とタイマンをすることもできたはずだ。私の甘い考えが、今最悪な展開を招いている。


「ぐ、ぅ…ッ…!!」

「なにこいつ、まだ動いてる」


 立ち上がれない。動けない。戦えない。クソ。クソ。どうして私はこういう時に、クソクソクソ。クソがぁ…ッ…!!!




「…かぁ~~…こんな夜中になにやってんだよ……」




 その時、真っ暗だった視界が急に明るくなった。

 反対側の入り口の方から声がする。聞き覚えのある少し掠れた声…この声は、確か…


「あれ、さっきのオッサンじゃん」

「お前もう帰れっつったろぉ?パパ活するにしたって相手を選べよ」

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