強盗vsアルバイト落ちたオジサン


「…」


 僕の家の近くにはとある空き地がある。

 僕が小学生のころまでそこには小さな蕎麦屋が建ってたけどいつの間にか閉店して建物も取り壊されていた。今となっては誰が入るわけでもなく、誰が管理するわけでもない。刈られずに雑草やらドクダミやらがたくさん生えている正真正銘のただの空き地となっている。

 だから僕はそこを有効活用してやることにした。


「…ッ…」


 深夜2時ごろ、空き地から歩道に下半身だけを出した状態でうつ伏せに横になる。

 ボーボーに生えた雑草が上半身を覆い尽くし、夜ということも相まって歩道からでは僕の顔は勿論、僕の体格や性別さえも判別しにくくなる。ここで大切なのはではなく、であることだ。足先が上を向いていればこの状況でも酔いつぶれた酔っ払いか何かかと思われる可能性が高い。だけどうつ伏せとなれば高確率で僕が、と思う人が多いのだ。


「だ、大丈夫ですか…?」


 特に正義感の強い人や、優しい女性なんかは引っかかりやすい。早くなんとかしなければ、と思う人は足早に倒れている僕に近づいてくる。

 ここの回りには何処も監視カメラがない。僕は声から寄ってきた人が女性だと判断すると、ぐるりと素早く体を回転させて仰向けになり、伸ばされた細い腕をがしりと掴んで思い切り強く引き寄せた。


「ぇ、」


 雑草の中に女を引き込むと悲鳴を上げさせる暇もなく裸締めをする。

 リア・ネイキッド・チョークとも呼ばれ、完璧にかかればライオンだって絞め殺せると自負している。太い腕で細い首を固定し、ゴムチューブでも絞めるような感覚で頸動脈を締め上げる。

 僕は小学校から高校生までずっと地元の道場に通っていた。先生からは、この技であれば世界を狙えるとまで言われたほどだった。

 ほんの数秒、バタバタと手足を動かしていた女はすぐに白目を剥いて意識を失い、雑草の上に力なく両手を落とす。


「…おわった?」


 ぺちぺちと頬を叩いて完全に堕ちたことを確認していたところ、丁度仲間の声がした。

 僕と同じ、この空き地を有効活用したい同士だ。最近SNSで声掛けをして集めた。僕を合わせてたった三人だけど、友達は少なければ少ないほど良いというものだ。

 僕は昔から人と趣味が合わず友達を作るのが苦手だった。だから大人になった今こうして心が通じ合った仲間ができたのはとても嬉しい。


「うん、頼むね。アクセサリとか指輪とかはいつものところで、全部終わったら均等分配ね」

「わかってるよ、あと一人くらいやったら終わろうか」

「うん」


 友達は地面の上でおねんねしている女の腕を掴んで近くに停められているバンの中に引きずっていく。中ではその女の持っていた金目のものを回収して衣服をすべて剥がして写真をとる。起きたら写真を見せて脅して口封じをする。

 つい数週間前から始めた仕事だけど、まだ誰にも通報されてない。おそらく写真を使っての脅しが強く効いているのだろう。効率よく大金が稼げる、僕にとっての天職になりそうだ。


「それじゃ」


 仲間は再びバンへと戻る。

 僕はまた雑草の上にうつ伏せになると、身体の力を抜いた。下半身だけはしっかりと外に出して自分がここにいることをアピールする。


「…ん?」


 視界にピンク色のなにかが映った。手を伸ばしてそれを取ってみると、それが携帯であることに気付いた。小さなストラップのついたキーホルダーがついている。

 まいったな。多分さっきの女の携帯だ。引き込んだ時にポケットから落ちたのだろうか、雑草がクッションになったのか落ちた音もしなかった。

 仕事の最中、音が鳴れば警戒されるかもしれない、僕は携帯をマナーモードに設定するとポケットにしまった。

 

「…」


 暫くすると向こうの方から足音が此方に近づいてくるのが聞こえた。迷いなく進んできている、間違いなく次の獲物はコイツだ。

 

「あ、あのー…」


 男の声だ。だが関係ない、完全に倒れていると思っていた相手が突然起き上がり腕を掴んできて咄嗟に反撃できる人間は早々いない。

 お互いの距離はもう3mもない。おそらくあと数秒後にこいつは手を伸ばしてくるだろう。


「すいませーん大丈夫ですかー?」


 今だ。



 

: : :




「ッ!?」


 延びてきた腕を逆に掴み、引き寄せるようにして肘を伸展させたまま十字固めをかける。

 ガッチリと靭帯が伸びる感覚を感じた俺はそのまま思い切り地面の上で体をのけ反らせながら関節を極めた。


「ま、まてまっ」


 言い終える前に肘関節をゴキリ、と折る。靭帯、関節がぱっくりと割れて本来曲がらない方向に前腕が外れて曲がる。

 しかしそれだけでは終わらない。痛みで硬直している指を掴んで反対側に折りたたむ。指と肘を完全に破壊することで、痛みと共に視覚的な情報を与え、相手のコマンドに「立ちむかう」という選択肢が出ないようにする。


「ぐ、ぁああッ!!がぁッ!!??なにすんだよぉ!?」

「仕事…といいたいところだけど今日もバイトの面接に落ちたんだよ…まあ八つ当たりだな」


 足裏についた土を軽く払いながら立ち上がる俺。一方痛みで立ち上がることのできない強盗くん。折れた肘はぷらん、と垂れさがっており、触れるにも触れられずもう一方の手で自分の腕をやんわり抑えようとしている。


「いきなり女の子掴んでプロレス技かけてんだからこれぐらい泣かずに堪えて見せろよ」

「ッ…!!なんでッ…!?」

「作戦が稚拙すぎんだよ、よく今まで捕まらなかったな」


 ここを通ったのは偶然だった。だが明らかに不自然に上半身だけ草むらに倒れているもので、近くを通りかかった女性に声をかけて「僕は救急車を呼ぶので貴女は彼に声をかけてきてください」と探索部隊を送ったのだ。結果は見ての通り大成功。俺は動画で奴らのことをしっかり撮影できたし、これでコイツらをボコボコにする口実もできたわけだ。


「金に困ってたのか?それともちょっとアブノーマルなAV見て真似したくなっちゃのか?」

「…この世には有効活用されていないものが多すぎるんだよぉ…!!女も金もこの空き地だって…!!だから僕が有意義に使ってやんだよ…!!」


 背後の草が一瞬揺れた気がする。おそらくコイツの仲間だろう。

 もしも俺が人間を後ろから襲うなら、武器を持って致命傷を一撃で与える。狙うのは心臓…ではない、人間の背中の筋肉は分厚いし骨も複雑に入り組んでいるため相当なプロでもなければ背中から心臓は狙えない。しかし相手は犯罪者、しかもこの様子だとわりと手慣れている。もしも俺が逆の立場なら、狙うのは首だ。


「…!?(掴まれた!?後ろから狙ったのに…!?)」

「大当たり」


 一歩後ろに後退して相手の狙いを外してから、ナイフを持っていた奴の手首を掴む。

 

「ぐ、ぁ…ッ!?(腕が…腕が吸い込まれる…!?)」


 手首を掴んだまま相手を前方へと引っ張り、腕を伸ばさせた状態で内側に巻き込むように体を滑り込ませ、相手の肘を畳んで地面に勢いよく下ろす。肩と肘を曲げさせた状態で転ばせるため、投げと極めを同時にすることができる。奴の持っていたナイフは衝撃で近くの草むらへと飛んで行った。


「ッがはぁ!?」

「すげーだろ、まあこれは雄情流の技じゃねえけどな」


 後頭部を強く地面に強打した奴は目をぱちくりさせながら手足をバタつかせる。

 

「さて、あと一人くらいかな?」


 俺はその場に立ち上がると軽く背中を伸ばしながら首を鳴らした。


「…お前じゃ勝てない」

「はぁ?」

「教えてあげるよッ!確かに残りはあと一人だ…!だけどお前じゃ勝てない…!!お前は身ぐるみはがされてバラバラにされたあと海にばら撒いてやるぁががががッ!?」


 腕折れてんのによく喋る奴だな。気骨も折ってやろうと思ったが可哀そうなので折れた指を踏んづける程度で済ませてやった。

 すると奥に停められていたバンの扉が開いて中から一人の男がこっちに向かって歩いてきた。近くのブロック塀の高さから推察するに身長は185㎝くらいか。まあまあデカいな。

 近づいてくると弱弱しい街灯に照らされてその男の姿がよくわかるようになった。細身で色白、足が長い、綺麗なシャツを着ており、耳にはピアスまでつけてやがる。

 男は空き地にまで入ってくると地面に寝転ぶ二人を一瞥してから俺の目を真っすぐに見つめた。


「オッサン、だれ?」

「俺が誰かなんてどうでもいいだろうが」

「こっちとしては聞いておきたいんだよね、オッサンとしても最後はできるだけ喋っておきたいでしょ?」

「うるせえよ、BL漫画の世界に帰れよボケ」


 さく、と草が踏み潰される音が小さく響き、相手が駆け出してくる。


「ぉがぁ!?」


 途中地面に寝転がっていた仲間の指を踏んづけたがそんなことは気にせず距離を詰めてくる。

 最初の動きは大体わかってる。相手は足が長く、踏む力を見てれば脚力に自信ありといったところだろう。

 俺は一歩バックステップを踏んで奴の前蹴りをギリギリ躱しつつ、奴の踵を掴み相手の脚を空中に固定したまま、腰から下に狙いを絞ってタックルをかました。


「ッ…!!」

「安直だなぁヤンキーくん、もっと腐女子にウケる顔面にしてやるよ」


 こうして無事にマウントポジションをとることができた俺は、綺麗な顔面へと全力で拳を叩き込むことに成功した。

 2、3発叩き込んだが拳が振り上げたところで相手の腰が持ち上がり、咄嗟に俺が両手を地面についてしまったためマウントは解除された。そのまま前方へと転がり込み体勢を整えれば、相手もゆっくりと上半身を起こして立ち上がる。


「いって…こんな顔殴られたの初めてだわ」

「君の初めてが貰えて光栄だよ」


 思い切り殴ったのに鼻骨が折れてねえ。顔面の骨が陥没してもおかしくない威力のはずだったが…おそらく殴る勢いに合わせて顔面を揺らして衝撃を微妙に左右に逃がしたのだろう。マウントをとられながらそれができる奴はこの世にそういない。


「お前流気術の出だろ」

「よくわかったな」


 流気術、合気道から派生した武術の一つで。衝撃を体表で受け流し曲げることで防御、攻撃面ともに優れた魔法のような武術として一時期話題になった。だがその技術は見た目通り言語化するのが難しい点もあり、習得するのには膨大な修練と才能が必要であったためすぐにマイナー武道に落ち着いた。

 最近じゃ話題にすらあがらないからすっかり消えちまったもんだと思っていたが、まさかこんなところでお目にかかれるとは思ってもいなかったな。


「それじゃ、始めっか」


 放たれたのは回し蹴り、確実に顔面を狙ってきている。クリーンヒットすれば気絶は免れない、俺は肘を畳んで左手首でそれを受け止める。


「おっ」


 次の瞬間、俺の身体が右にふわりと浮いた。足に力が入らない。このままでは側方に倒れる。すごいな。2度ほど流気術を使う奴と立ちあったことがあるが足から技に入れる奴は初めてだ。

 右手を地面に伸ばして側転し、なんとか相手から体を離すと、足にも力が入るようになった。俺は軽くその場で足をぴょんぴょんと跳ねさせつつ、さり気なく片手でを進める。


「…オッサンなんかやってる?」

「雄情流、世界最強の武道だ」

「ふーん、世界最強ね…」


 飛んでくる拳、掴めば逆に投げられるので弾くように叩き落す。フェンシングのような半身の構えを取りつつ受け流すことによって相手が掴める自分の幅をできるだけ減らす。

 両手を使いボクサーばりの凄まじいラッシュを挑んでくるが、慌てず距離を取りながら冷静に一つ一つ弾き防ぐ。

 

「…(このオッサン、流気を知ってるな…)


 流気術の攻撃は自分の関節から相手の関節に衝撃を流す。さっきの蹴りは奴の距腿関節から俺の手関節に対して衝撃が流れていた。

 だからバックステップを踏みながら関節ではなく尺骨で撃ち落としていく。こうすることで流気の技を封じることができる。


「…!」


 次の瞬間、奴は地面を蹴り上げて一気に距離を詰めてきた。

 逃げようとするがもう既に後ろにはブロック塀が迫っており大きくステップを踏めない。咄嗟に半身を直して相手と正面から対峙するが、もう既に奴の手が俺の右手首を掴もうと迫ってきていた。関節の多い掌で手首を掴まれれば、一瞬で俺の身体は宙を舞うだろう。

 にやり、と笑みを浮かべる奴を見下ろす俺。もう既に策は講じてあった。


「ぐ、ぁ!?」


 俺の手首をがしり、と掴んだはずだった奴は咄嗟に手を引いた。その掌からは血が噴き出ている。


「残念」


 俺はさっきマウントを奪った時に地面からナイフを拾っていた。流気を使う奴なら絶対に手首を取りに来ると思い、逆手にナイフの刃を出して握っていたのだ。

 俺は痛みで一歩退いた奴に素早く近づくと今度は相手の右腕へと自分の左腕を絡め、上腕三頭筋の腱をギリギリと締め上げつつ右手で奴の後頭部を掴んだ。股の間に自分の脚を滑り込ませ、後に逃げるのを防ぐ。


「…ッ…!?(逃げられない…!いや、ながせない…!?)」

鬼頭突ききつつき


 一方向に流れていく力を御することは得意でも、掴む、というその場にとどまり続ける力を御することは苦手のようだな。

 俺は後頭部の髪の毛を掴んだままガツン、と自分の額を相手の鼻に向けてぶつけた。いや、ガツンなんて生易しい表現ではないな。ぐちゃり、ぐぼり、と言った方が正確だ。


「ご、ぼぉ…」

「鼻血はもっと塗り広げといたほうが芸術的だが…これくらいで勘弁してやるよ、これ以上すると俺とお前の薄い本が出かねないからな」


 俺は腕の拘束を解くと奴から体を離した。

 白目を剥いて膝から崩れ落ちていく奴を見届けつつ体に着いた埃を払う。


「あ、ありえねえ…ッ!!あの三ツ谷くんガッ!?」


 まだしゃべり続ける煩い奴の顎を蹴とばして気絶させると俺は一度呼吸を整えてから奥に停められているバンに向けて颯爽と歩き出した。

 バンの扉を開けて中を開くと体をふるふると小さく震わせている女性がいる。よかった、まだ剥がされてはいないようだ。


「…お嬢さん、お怪我はないですか…?」


 そっと身を乗り出して手を差し伸べる俺。

 次の瞬間、俺の頬に平手打ちが弾け、彼女は勢いよくバンから飛び出し逃げていった。


「…まあ~~…そりゃそっかぁ~~……」


 だって俺が指示して囮にしたんだもんね。そりゃ怒るよね。 

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