悪魔の足音と神の贋作 -2

「私は、教会のために集金したお金を使い込んでおりました」

 夜の告解部屋は、そんな波乱の言葉で場が一変する。

 当たり障りのない会話をしていた信者の女性だったが、部屋にきた時から確かに言葉を選んでいる様子ではあった。心の声からも言わなきゃいけない事があるとは聞こえていたが、まさかそんな内容だったとは思わずエヴァも返事に悩んでしまう。

「とてもではないですが、こんな事祭司様には話せません」

(確かに、こんな事を言ったら信者でいられなくなるかもしれない)

 教会へ運営資金として、信者が納めるお金。

 ヘロンベル強ではお気持ちとしてとなっているから金額こそ決まっていないが、それでも捻出するのが難しい信者が多いのが実情だった。

「……なにに、使われたのですか?」

「……それはっ」

「ここは神のみぞ聞く、祭司の耳にも届かない告解部屋。私は管理人にすぎませんので、口外はしません」

 もちろん、嘘ではない。

 あまりに過ぎた犯罪、それこそ殺人などで自首を進める事はあっても、決して首根っこを掴んで差し出す事はない。

 ベロンベル教の教会は、神の領域。導くものであり人の裁きを入れるのは、この場でするものではない。それがこの国の、暗黙の了解だから。そしてなにより、それが告解部屋のシスターであるエヴァの考えだったから。

 そんなエヴァに一瞬だけ悩んだ様子だったが、小窓越しの彼女は覚悟を決めたようにふう、と深く息を落としながら言葉を選んでいる様子だった。

「……鷹に、鷹なら病気である息子の命を救えると言ってくれたのです。お金を納めなければ、私の身を悪魔が喰うと言いながら」

「っ……」

 その言葉は、エヴァも知っている。

 夜明の鷹、お人好しと呼ばれている今の教皇を良しとしない集まり。

 そんな存在が、人を救うような事をするだろうか。

 ましてやヘロンベル教の悪魔はただの必要悪、人を食べるなんて実害を起こすほどではない。

「悪魔のささやきと言ってしまえば言い訳ですが、あれがなければ……」

(また、悪魔……)

 昼間の事を思い出して、顔をしかめる。

 思えば最近、悪魔と言う言葉をよく聞くようになった。

 例えばミサの時の心の声や、すれ違った時。なにかにつけて聞こえてくるその悪魔という存在が、エヴァには曖昧なものになっているような気がした。

「……悪魔というのは、どのような悪魔だったのでしょう?」

 だからつい、そんな事を聞いた。

 エヴァの問いかけに最初は躊躇うような仕草を見せたが、すぐに身体を揺らす。小窓越しで顔までは見えなかったが、おそらく首を横に振ったのだろう。

「顔は、仮面で隠していました……ただ路頭に迷っていた私をどこで見つけてきたのか、突然鷹が救ってくれるとだけ言ったのです」

 思っているほど情報はなく、エヴァは肩を落とす。けど、続けて聞こえてきた声はさっきまでとは少し違い。

『けどそういえば、大きな傷があったような……そんな事、ピクシー様が求めている情報とは違うかもしれないけど』

 大きな、傷がある。

 身体的な特徴はエヴァにとって、じゅうぶんと言っていいほどの内容だった。けど、もう少し情報はないか。そう思いながら小窓越しの手元を見ると、彼女はなにかに気づいたように指先を震わせている。

「けど、最近その金額も上がり私にはとても、このままでは、私は悪魔に……」

「……マダム、落ち着いてください」

 突然声に焦りの表情が浮かび、反応に遅れてしまった。けれどもそれは確実な恐怖と不安が滲んでいて、心の声もそれは変わらない。

「す、すみませんピクシー様、私そろそろ戻らないと、大変有意義な時間でした!」

「え、あ、ちょっと!」

 追おうとしたが、彼女はすでにドアの向こう。急いだところで追いつかないのは、あの時の母らしき女性を追いかけた時に知っている。

(突然どうしたのか……いや、多分使い込みの話をした事で急に怖くなったとかだとは思うけど)

 やるせなさと取り残されたエヴァだけが残る告解部屋で、力なく首を横に振る。

「使い込み、なぁ……」

「…………」

 代わりと言わんばかりに彼女が出ていくのと入れ違うタイミングで、リベリオが静かに部屋へ入ってきた。自室のような振る舞いをする彼に、エヴァも肩を落としながらも目線を向ける。

「ごきげんようリベリオ様、何故あなたがここに」

「シスターの事が気になってな」

『どんな話を聞いているか気になって』

「本音が丸聞こえですよ」

 興味だけできたというのは丸わかりの声に、深く溜息をついた。 

「祭司にすら話せない事を聞く告解部屋なのですが……」

 これでは、さっきの彼女へ伝えた内容が嘘になってしまう。祭司の耳にも届かないと言ったところが、そもそも最初から聞いてしまっていたのだから。

「安心しろ、俺も口外はしないよ……ここはあくまでも、非公式な告解部屋だからな」

 つまり今は祭司の仮面をつけていない、教皇の息子リベリオとしてらしい。エヴァに見せる面がほとんど教皇の息子としてだからなにが違うのだろうと思ったが、言葉にするのはやめておく。

「それにしても、悪魔か……」

 リベリオも、エヴァと同じ部分で引っかかった様子だった。

『あいつもたまに言ってたな』

(あいつ……この前言っていた、ご友人でしょうか)

 エヴァも、リベリオと同様に引っかかっている事はあった。彼女の残した悪魔に、と言う部分。それはまるで、悪魔が彼女を見ていてなにかをしようとしているみたいだったから。なおさら、あの言葉にどんな意味があるのか気になってしまう。

「……シスター」

だからこそそんな中でリベリオに呼ばれたエヴァは、心の声を聞かずともリベリオの言いたい事がわかってしまう。

「……一応いつもの確認ですが、断るというのは」

「侍従役として、協力してくれないか?」

 白々しいと、つい思う。

 それを言われればエヴァも断るに断れないし、その事をこのリベリオという男は知っているから。

「……侍従役の範囲で、なら」

「あぁ、助かる」

 不本意だったが、文句の言葉は飲み込んで。

 飲み込んだ言葉を聞かれず、心の声がリベリオに聞こえなくて本当によかったと思えてしまった。

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