悪魔の足音と神の贋作

悪魔の足音と神の贋作 -1

 シスターの一日は、規則正しく進んでいく。

 祈りを捧げ、食事を取り神に仕える。そんな生活をそれぞれがする昼時に、エヴァとリベリオは教会内の一室でじっと睨み合っていた。昼間はリベリオの、夜はエヴァのテリトリーである告解部屋。ミサと夜以外人もこないからというリベリオの提案から会議室と化したそこで、リベリオの方が大きめの溜息を零す。

「やはりあのシスターコーラルは怪しい、あれからどこにいるのかわかってないじゃないか……他の教会にいたり応援に呼ばれたなら、それは誰かしらが知っているだろ」

 リベリオの話は確かに一理ある。

 あの集会の日から数日経ったマーレット教会だが、コーラルの姿はどこにもなかった。それどころかコーラルがどこにいるのかを知る者は誰もいない状況で、それこそ最初からいなかったようにコーラルの消息がつかめない。院長などに聞けば話も早いと思ったが、あいにく本部への定例報告でそれもできない。材料だけを見ると、コーラルを疑う要素しかない状況だ。

 けど、だからと言ってコーラルだけを疑う事がエヴァにはできなかった。

「……確かに、コーラルも怪しい面はあるかもしれません。しかしながらなぜいなくなったのか動機が見えてきませんし、そもそも彼女も失踪の扱いです。なら、彼女だってリベリオ様の言う失踪事件の被害者かもしれません」

 とてもではないが、コーラルがシスターとしての仕事を放棄してどこかへ行くとは考えられない。なにか理由があると、そう思っていた。

「……それに」

 エヴァには、他を疑う要素が他にもあった。

(やはり、あれは……)

 あの時の、少し寂しそうな声。

 心の声であるのは、わかっている。誰のものかまではわからなかったそれはその場にいたシスター四人の方から聞こえたもので、確実にコーラルのものではなかった。ならば、あの声の主は誰だったのだろうか。

 そんな言葉にはできない事を考えていると、エヴァの様子に気づいたリベリオが顔を覗き込んでくる。

「……なにか、気になる事があるのか」

「……いえ、なにも」

 結局あの声については、リベリオに話せていない。

 まだ言うべきではないと、言っていいものかわからないと思った。

 エヴァは、声が聞こえるだけでしかなくその心の声にどのような意味があるかまでは読み取る事ができない。その聞こえた声が隠したいものなのか、それとも思っただけで深い意味はないのか。

 だからこそバレちゃった、という一言がどのような真意のものかわからず、エヴァは否定をするように首を横に振った。

「……今日のところはこの辺にしましょう、コーラルがいない以上私達も憶測で話す事になってしまいますし、長くリベリオ様がいないと他のシスターが怪しみます」

「……そうだな」

 若干不服そうな顔を作るリベリオだったが、そんな事にいちいち触れていたら時間がなくなってしまう。

 強引だった自覚はあるが、それでもリベリオの背中を押しながらエヴァは告解部屋から静かに出る。誰も入れないように鍵を閉めてなにげない顔で回廊を歩いていると、外の方に目が止まった。

「あれは……」

 無邪気に遊ぶ、子どもが数人。

「あぁ、今日は休日ミサだったからな」

 確かに、今日の午前中はエヴァもリベリオも大忙しだった。

 通常のミサと違い、休日ミサは人の入りが倍になる。一人一人の対応を行い、ミサで祈りを捧げる。ミサの後は教会内の庭で遊ぶ事が許されているため、人気もそこそこ高かった。

「……外で子どもが遊んでいるのは、そこまで珍しい事ではないと思うが」

 リベリオの言う通り、これは普段からの話だから珍しいものでもない。回廊横も庭になっているからこそ、それはエヴァ達と同じように回廊を通るシスター達の心が和む時間だ。

 けど、違う。

 エヴァが気になったのは、子どもの事ではなく。

『帰りたくないなぁ……けど帰らないと、弟が悪魔に連れていかれちゃう』

 そんな、不吉な内容だった。

(今のは、どの子の声……?)

 視界に入っている子どもだけで、ざっと七人。

 誰なのかがはっきりわからず、目を細める。一人一人、他の子どもが視界に入らないよう注意しながら見ていく。聞こえてくる声はどれも少し違うもので、気のせいだったのかと思った、瞬間。

『僕が、集会に参加しちゃったからだ』

(この子だ……!)

 一人、木の陰になっている場所で座る子どもに目を向けた瞬間、また声が聞こえてきた。茶褐色の髪が特徴的な、そばかすの少年。彼だ、と思いながらじっと見つめていると、無垢だからなのか声ははっきりとエヴァの耳まで届く。

『家のお手伝いをしないで夜の集会に行ったから、僕は悪い子だから悪魔に目を付けられちゃったんだ。いなくなったみんなと、同じになっちゃう』

(悪魔、いなくなったみんな……)

 ヘロンベル教ではピクシーと逆の存在として描かれる事の多い、悪魔という存在。夜明の鷹の信仰対象であるその存在でも、だからと言って人を攫うような悪魔ではないはずだった。 

 けど彼の言葉からは、やはり悪魔が人を攫ったかのように聞こえてしまう。

『いなくなったみんなも、夜の集会に、コーラルお姉ちゃんやアンナお姉ちゃんと神様に内緒で遊んだから怒られていなくなったんだ……だから弟の病気も、治らないんだ。このままだと、僕がいい子にならないと弟も連れて行かれちゃう』

「っ……」

 そこまで聞いたところで、エヴァは目を逸らした。

 とてもではないが、息が苦しくなり聞いていられなかったから。

「……どうした、なにか聞こえたか」

「っ、いえ、なにも」

 心配そうに声をかけてきたリベリオに、自分でもしどろもどろな返事をした。

「……午後のお祈りの時間なので、急ぎすね」

 ごまかすように、そんな事を言いながらリベリオを追い抜かす。

 言葉にどんな意味があったのか、それがわからず違和感だけがエヴァの中で大きくなっていた。

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