第15話死に起き

 朝、起きるとき――私は『死に起き』をする。

 毛布の中で自分が死ぬところを想像するのだ。

 こうして死んでおくことで、一日を仕切り直すことができる。


 弓、鉄砲、槍、刀などでズタズタにされることを想像する。

 大波にのみこまれ、火の中に飛び込み、稲妻に打たれ、地の底におとされ、数千丈の崖から身を投げることを認識する。

 こうすることで病死や事故死の死期の心を思い描くことができる。

 毎朝、ゆるみなく死んでおくことが大事なのだ。


 これは私が鍋島藩士だった頃より行なっていた、いわば習慣のようなものだ。

 私の父も同じく行なっていた。だから私と父は『死人』だった。

 高名ないくさ人であろうとする――いつでも死ねる人間だったのだ。


 しかし、こうして第二の人生を与えられていると、死んでも死ねないという考えが支配する。

 だが、そうだったとしても――死人の訓練をやめる気は起きない。

 習慣であることもそうだが――武士だった頃を否定するような気もするのだ。


 だから、いつものように一通り己の死を想像して、私は起きた。

 隣にはカレニアがくうくうと寝息を立てていた。

 彼女を起こさないように、慎重にベッドから出て、顔を洗い、身支度を整えて剣を持っていく。


 宿屋の裏手で素振りでもしようと思って向かうと、既にブロウが二刀をもって、型の稽古をしていた。おそらく祖父に教えてもらったであろう動きは無駄が無かった。


「朝から精が出るな」

「アンヌさんか。うん、少しでも強くなろうと思って」


 ブロウは刀を納めて「休憩するから、アンヌさんに譲るよ」と近くの木に寄りかかった。

 私は剣を抜いて、素振りをした後、実戦を想定した斬撃を繰り出した。

 たった一回の攻撃では仕留められる可能性は低い――薩摩国で一撃必殺の武術が興っていたらしいが、私は知らない――ゆえに、二段階、三段階と順々に繰り出せる攻撃を行なう。


「アンヌさんには、師匠がいたのか?」


 ブロウの問いに「いや。いない」と答えた。

 この世界で私に剣術を教えてくれた者などいなかった。


「自己流になっているな。後は想像で補っている」

「想像? それで強くなれるのか?」

「そのために、今動きを鍛えている――」


 私は動きを止めて、ブロウに近づいた。


「そうだな……その木に矢を当てるのは容易いだろう」


 ブロウが横にどいたのを見て、私は剣で小さな丸を木に刻んだ。

 私は「この丸を遠くから射抜けるか?」と問う。


「どのくらい遠くから?」

「あそこまでだ」


 私は当てられるか微妙なところを指し示した。

 ブロウは顔を歪めて「無理だよ」と答えた。


「俺、弓あんまり上手くないし。こんな小さな丸には……」

「丸に当てようとするからいけないのだ」

「はあ? よく分からないよ?」


 私は小さな丸の外側に大きな円を描いた。

 ちょうど丸が中心となるようにだ。


「……これならどうだ? この大きな円の真ん中に当てると思えば、難しくないだろう」

「…………」

「要は想像する力だ。自分に有利な考え方。そして自分が優位に立てる考え方をする。それが戦闘において大事なことだ」


 ブロウは私の言葉を繰り返し考えたようで「そっか……」と最後は納得した。

 そして「だからアンヌさんの矢は当たるんだな」と笑った。


「ブロウ。弓矢を持ってこい。教えてやる」

「いいの? ありがとう!」


 ブロウは笑顔のまま、感謝を告げた。

 私はにこりともしない。

 何故なら、ブロウの祖父を殺したのは私だからだ。

 いつか教えた弓矢の技術で射殺されても仕方ない。

 それもまた、死に起きで想像していた。



◆◇◆◇



「みんな、今日の漁は中止だ! 急いで知らせに行け!」


 テンダーとの待ち合わせで漁業組合に行くと、建物内の人間は騒然としていた。

 みんな、慌てて走り回っていて、余裕もなさそうだった。

 受付も閉鎖されている。仕事を受けられる状況ではない。


「どうしたんだろうね?」

「分からん。とりあえず、テンダーと合流しよう」


 とは言ったものの、テンダーの姿も見えない。

 どうしたものかと困っていると、やたら背の高い中年の男が「あんた、テンダーが言っていた狩人か?」と話しかけてきた。


「そうだが……お前は?」

「俺はロナウドってんだ。テンダーに雇われた狩人の一人」

「私はアンヌ。こちらはブロウだ」


 こちらも名乗ると「やっぱりそうか」とロナウドは頷いた。

 そして困り切った顔で言うべきかどうか迷っている様子だった。


「どうした? 何か言伝でもあるのではないか?」

「そうなんだが……まさか女子供だとは思わなかった」

「はあ!? おじさん、俺たちを馬鹿にしているのか!?」


 ブロウが食って掛かるが「馬鹿にはしていない」とさらに困るロナウド。


「とても危険なことをするんだが……」

「気遣いはありがたく受け取っておく。それよりテンダーの話が聞きたい。私たちはこの国の余所者だから、事情が分からないのだ」


 ブロウを抑えつつ、私が努めて冷静に言うと「ああ。案内するさ」とロナウドは言う。


「何にしても、あの『白鯨』が現れたんだ。恐ろしいったらありゃしねえ」


 白鯨とは何なのか?

 私には皆目見当つかなかった。だからテンダーの話を聞かねばならない。

 そう考えて、ロナウドの案内でテンダーがいる場所に向かうと、その建物の中には大勢の人間が詰めかけていた。


「うひゃあ。これ全部狩人か?」


 ブロウが驚くのも無理はない。

 私もまた驚いていた――まるで合戦でもするような雰囲気だったからだ。


「テンダー。連れて来たぜ」


 ロナウドが声を張り上げると「全員揃ったな」とテンダーが奥から現れた。

 昨日とは違う迫力――凄まじい熱意を感じる。

 まったくの別人のようだ。


「これから白鯨を討伐しに行く。まず人数を半分に分けて――」


 説明をしていくが、内容が入ってこない。

 白鯨とは何か?

 これだけの人数でなければ討ち取れないのか?

 それほど危険なモノなのか――


「各々、準備が整ったら、港に来てくれ」


 テンダーが説明し終わると、詰めていた狩人たちは三々五々と出て行く。

 私とブロウ、そしてロナウドはテンダーのほうへ向かう。


「テンダー。これは一体何なんだ?」

「お前は知らないと思うが、このオーツには化け物がいる」


 テンダーはにこりともせず、淡々と事実だけ述べる。


「何十年と生きている、暴虐を振るう淡水魚の王――それが白鯨だ」

「…………」

「俺の親父は白鯨に挑んで死んだ」


 テンダーは闘志の燃えている目で、決意を述べた。


「あの白鯨を仕留めることが、俺の生きる目的なんだ」

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武士道令嬢 ~悪役とは死ぬことと見つけたり~ 橋本洋一 @hashimotoyoichi

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