第14話漁業開始

 試験は遠く離れた的に矢を当てるだけの単純なものだった。

 矢は三本与えられて、射られた箇所によって点数は異なる。

 その合計点が基準を超えれば、晴れて狩人として認められる。


 ブロウはやや緊張していたが、難なく基準点を超えた。

 私も同様に合格し、二人共狩人としての資格を手に入れた――と思ったが、世の中には上手くいかないこともある。


「なんだと? 私たちに仕事を斡旋できない?」

「ええまあ。経験不問の依頼は来ていませんから」


 件の受付係はこういった事態に慣れているらしい。

 何度も説明したであろう文言を淀みなく言う。


「そもそも狩人は大勢いますから。その中で経験のない、しかも期限付きのあなた方を雇う漁師の方はあまり……というより皆無なんです」

「うーむ。そうだろうな。私でも雇いはしない」


 隣のブロウが「どうしよう、アンヌさん」と困った顔をしている。

 私の考えは甘かったかもしれない。

 しかし弓を買った上に狩人の資格を得た今、引き下がるわけにも――


「よう。どうやら無事に合格したようだな」


 後ろから声をかけられた――振り向くと、先ほど弓を選んでくれたテンダーが立っていた。私は「まあな」と短く答えた。


「しかし、困ったことに私たちを雇う者がいないのだ」

「そうだろうな。あんたら余所者のようだから」


 テンダーは受付係の女に「俺がこいつらを雇うよ」と告げた。


「えっ? 本気ですか?」

「ああ。困っているようだしよ。簡単な漁ならこなせるだろ」


 受付係は「テンダーさんがそうおっしゃるのなら」と早速手続きに入る。

 私は「何が狙いだ?」と問う。

 ただの好意とは思えなかったからだ。


「狙いねえ……そこの少年はともかく、あんた相当の腕前と見た」

「…………」

「おいおい。そこで黙るのは無しだろ? あんたの立ち姿や振る舞いから分かるんだ」


 知らない土地ゆえに気を張っていたのが仇になってしまった。

 今後は気をつけよう。


「どうやら誤魔化しは聞かないようだ。私たちも漁業ができればそれでいい。テンダー殿の船に乗ろう」

「いいのか、アンヌさん。ちょっと怪しいけど」


 ブロウが慌てて忠告するが「それ以外に選択肢はない」と肩を竦める。


「それに騙されてもそれが経験となる」

「案外楽観的だな……」

「話はまとまったか? なら俺の船に案内しよう」


 テンダーは受付係から許可証を渡され、懐に仕舞った後、私たちを連れて組合から出る。

 カレニアとの合流はまだ時間があった。船を見てみよう。


 テンダーの船は一面水色に塗られた小舟だった。

 小回りは利きそうだが、大型の淡水魚を捕らえるには些か小さすぎるとも思える。


「こんな船で狩りができるのか?」

「こんな船とは失礼だな。試しにやってみるか? 軽い獲物なら短時間で獲れる」


 私の疑問を払拭するのが目的らしく、テンダーが提案してきた。

 私は不安そうなブロウの肩に手を置きながら「いいだろう」と答えた。


「よし。なら乗り込んでくれ――すぐに出航する」


 テンダーは巧みに船を操り、アドゥの城からどんどん人気のないほうへ進ませていく。

 意外と速度を出せるようだった。


「ここで撒き餌をする――大型が出るかもしれないが、基本的には中型だろう」


 ざぱっと餌を撒くテンダー。

 私とブロウは矢を構えた――ぶくぶくと表面が揺れる。


 中型の魚が水面に上がる――私は矢を放った。

 我ながら見事に当たり、魚は水面に浮かぶ。


「ほう。見事だな」


 網でその中型の魚を掬って、手早く処置をするテンダー。

 ブロウも私に負けじと矢をどんどん放っていく。

 ここは上質な漁場らしく次々と魚が集まっていく。まるで入れ食い状態だ。


「これなら目をつぶっても当たるね」

「そうだな……っと」


 ぶるりと嫌な予感がした。

 そして予感は当たり――水面から大型の魚が現れた。

 中型の魚とは桁違いな大きさ――十倍近くある。


「あ、アンヌさん! あれでかいよ!」

「ブロウ。頭を狙え」


 私は魚の眉間を狙って撃つ――当たったものの、まったく怯むことなく、テンダーの船に体当たりする。

 どしんと船全体が揺れ、湖水が船内に入る。


「わああああ!?」

「ブロウ、怯むな! どんどん射れ!」


 私は矢をどんどん継いで、魚めがけて射っていく。

 ブロウも顔をきりりと引き締めて――撃つ。

 テンダーは船を操り、魚から適切な距離を保つ。


「あんたら、あいつはかなり手強い! えらを狙って弱らせろ!」


 テンダーの声を聞いて、無意識にえらを狙う。

 頭や顔中、矢だらけになってもまだ闘志がある巨大な魚。

 その魚が、またも船をめがけて体当たりしてくる――いや、これは勝機だ!


「ブロウ! とどめは任せたぞ!」


 私は弓を置いて、剣を抜き――体当たりしてくる魚に向かって、飛んだ。

 剣先は巨大な魚の額に突き刺さった――めちゃくちゃに暴れまわる。

 ぐりぐりとねじり込み――それから一気に引き抜いて「ブロウ、ここを狙え!」と大きく空いた傷口を示す。


「ああもう! アンヌさんは無茶するなあ!」


 私は魚から離れて、湖に着水した。

 ブロウが放った矢は、魚の額の傷に吸い込まれるように刺さり――魚は絶命した。


「あんた、大丈夫か?」


 船のヘリに手をかけたとき、テンダーが手を差し伸べてきた。

 私は捕まって「これで狩りは成功だな」と引き上げられながら言う。


「ああ、大成功だ。そして度胸と技量は俺の想像以上だったな」


 テンダーの呟きに私は疑問を投げかけられなかった。

 そのぐらい、狩りの難しさを痛感していたからだ。



◆◇◆◇



 時間も時間だったので、アドゥの城へ戻ってきた私たち。

 仕留めた魚を見た漁師や狩人は「大物だな」と素直な反応を見せた。


「しかも脂がのっていそうだ。こりゃあ高値で売れるぞ」

「競りにかけるだろうから、かなりの……」


 すぐにテンダーは市場の競りにかけた。

 結果として大金となったそれは、切り分けられて売られることになる。

 テンダーは「これがあんたらの分け前だ」と言って売り上げの七割寄越してきた。


「多すぎないか? これではお前の分が……」

「危険を冒したのはあんたらだからな」


 テンダーは「また明日、仕事を頼みたい」と言う。


「大物を狙うつもりだ。今日のところはゆっくりと休んでくれ」


 テンダーが手を振りつつ去っていく。

 ブロウは「いい人で良かった」と単純すぎることを言う。


「どうかな? 私には裏があると思うが」

「疑うのは良くないよ。こうしてお金くれたし」


 お人よしだなとブロウを見て、私たちはカレニアと合流することにした。

 カレニアはちょうど申請を済ませたようで、私たちが稼いだ金を見せると「そんなに稼げたんですか!?」と驚いた。


「結構な大物を捕まえたんだ。それで、申請のほうはどうなった?」

「やはり二週間はかかるそうです。でも紹介人がいれば一週間で済むそうですが」


 紹介人のあてなど私たちにあるわけがない。

 とりあえず、私たちはアドゥの城の中でも豪華な部類に入る宿屋で二部屋借りて、明日に備えることにした。


 晩御飯もできる限り豪勢なものにした――カレニアは節約すべきと言ったが、これまで質素なものしか食べられていないので、今日ぐらいはいいだろうと説得した。


 魚料理がずらりと並べられたテーブル。

 美味しそうに食べるカレニアとブロウを見ながら、テンダーの目的を考える。


 あの者は、何を考えているのだ?

 何が狙いで私たちに近づいた?


 考えても答えは出ないが、考えることは無意味ではない。

 部屋に帰って、カレニアの隣で寝ていても考え続ける。


「ま、詮の無いことだな……」


 目を閉じて、夢の世界へ向かう。

 ゆっくりと沈んでいく――

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