第34話

 アルフレッドは、苦しそうなマリンソフィアを咄嗟にきつく抱きしめた。マリンソフィアの身体がびくりと揺れるが、アルフレッドはそんなことに構うことなく彼女の今にも儚くなりそうな身体を、逃さないようにぎゅっと抱きしめる。


「それでも、いい」


 思っていたよりも掠れた声が出て、アルフレッドは苦笑する。

 そして、この話題はマリンソフィアにとって辛く苦しいものであると判断して話題転換を決意する。本当はもっと情報を聞き出したいところだが、これ以上アルフレッドはマリンソフィアを傷つけたくなかった。


「ソフィー、僕は君に無償の愛を与え続けるよ。だから、僕のことを見て。僕は君に何も求めないから」

「………そんなの、仮面夫婦よ」

「それでも、僕は君が欲しいんだ。いずれ教えこんであげるよ。『恋』や『愛』というのがどういうものかを」


 マリンソフィアは困ったように笑って、そして誤魔化すようにフラペチーノを飲みきった。アルフレッドはそんなマリンソフィアを愛おしげに眺めながら、マリンソフィアの耳元にくちびるを寄せてそっと囁く。


「今日は一段とよ。僕の妖精姫ソフィー

「っ、」


 マリンソフィアの顔が瞬く間に顔が真っ赤になる。不意打ちはあまりにも酷い。


「………僕が思うに、ソフィーの反応はもう『恋』をしているんだけどな………。僕って自意識過剰だったっけ?」


 ボソボソと彼が言った言葉は耳に入らなくて、マリンソフィアは必死になって囁かれた耳を抑えた。


「アルの、いじわる。あなたといると、心臓がうるさいのよっ、」

「そっか、僕も君と一緒にいると、緊張で脈が早くなりよ」

「っ、」

「ずっと君のこと以外考えられないし、君が例えこの国王太子であるとしても、他の男の婚約者だったってことにもムカつく。僕には君しかいないんだよ、ソフィー」


 マリンソフィアは真っ赤な顔で口をぱくぱくさせた。


「もう帰るっ!!」

「そっか、送っていくから、5分まって」


 言うや否やぱくぱくと朝食を食べきったアルフレッドに、マリンソフィアは大人しく『青薔薇服飾店ロサ アスール』まで送られることにした。


 ーーーからんころん、


「まいどー、」


 マスターからのにやにやした視線をうけて、羞恥に顔が染まるのを感じながら、マリンソフィアはアルフレッドのせいでふらふらし始めた足取りで、アルフレッドにエスコートされながら帰る羽目になったのだった。


▫︎◇▫︎


 帰り道、少しでもマリンソフィアと一緒にいたいアルフレッドが、急に回り道をして帰ろうと言い出したために、マリンソフィアとアルフレッドは『青薔薇服飾店ロサ アスール』まで遠回りをして帰宅することとなった。


「みゃあ、」


 唐突に、歩いていた場所のそばにあったゴミ箱の中からとても愛らしい声が聞こえる。


「アル、ちょっと止まって」

「………そんなに猫の鳴き声が気になるの?」

「えぇ、気になるわ。拾ってくる」


 マリンソフィアは断言すると、ゴミ箱の方に迷わず直行した。


「みー、みー、」


 道端のゴミ箱の中を覗き込むと、真っ黒なもふもふの毛に、琥珀のような黄金の瞳を持った仔猫がゴミ箱の中から出られなくなって鳴いていた。真っ黒な首輪をしていないところから、この仔が飼い猫でないことはすぐに分かった。


「おいで、」


 ゴミ箱の中に雪のように白い手を突っ込んだマリンソフィアは、仔猫の方から自分の手の方に猫が来るのを待った。仔猫は初めの方はものすごく警戒していたが、やがてふらふらとマリンソフィアの手の方に近づき、すりっと擦り寄った。


「ふふふっ、いい子ね。今出してあげるわ」


 マリンソフィアは仔猫のことを撫で回してそう言うと、躊躇わずにゴミ箱の中に両手を突っ込んで汚れまくった仔猫を救出した。仔猫はマリンソフィアに懐いたのか、ゴロゴロ鳴きながらマリンソフィアの手の中でご機嫌そうに揺れている。マリンソフィアはハンカチをアルフレッドからもらい、仔猫をそれに包んでから抱き込んだ。クラリッサがせっかく縫ってくれた、アルフレッドが可愛いとせっかく言ってくれたドレスを汚すことは、とてもできなかったのだ。


「アル、すぐに帰るわよ。この子の冷えてしまっている身体を早く洗って暖めてあげなくっちゃ」

「………………」


 先程まで申し訳なさや不安だったとしても、自分に向いていた意識が子猫に取られてしまったことを不服に思いながらも、アルフレッドは急ぐようにして仔猫を庇いながら歩くマリンソフィアの後を、ゆっくりとした歩調で彼女を見守るように歩くのだった。そそっかしい彼女がこけそうになるたびに手を貸すのも、求婚を受け入れてもらい、婚約者となったアルフレッドの務めだ。


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