第35話

▫︎◇▫︎


 クラリッサは、真っ黒な汚れた生き物を愛おしそうに抱いて連れて帰ってきたマリンソフィアに、即倒しかけていた。


「そ、その獣は………、」

「みゃあ!」

「? 見ての通り、可愛いにゃんこよ」


 マリンソフィアは頬ずりしそうなくらいに満面の笑みで仔猫を抱き上げ、くるんと1回ターンした。汚れきった仔猫は愛らしく鳴いてぱたぱたと両手を振った。


「それじゃあ、お風呂に入れてくれる?」

「うぐっ、」


 アルフレッドはクラリッサに憐憫の視線を与えたが、決して助け舟は出さない。マリンソフィアが、有無を言わさぬ口調で命じていたからだ。


「あの、………後輩のおチビに任せても構いませんか?」

「おチビちゃん?いいけれど、どうして?」


 クラリッサはごくんと唾を飲み込み、意を決したかのようの顔を上げ、泣きそうな顔でマリンソフィアに訴えた。


「私、シロさまの時は言えなかったのですが、猫嫌いなんですっ!!」


 シロというのは、亡くなってしまったマリンソフィアの愛猫で真っ白なもふもふの毛に、深い海色の瞳を持っていた美猫の名前だ。言われてみれば確かに、クラリッサはシロに触れたことすらなかったかもしれない。


「………じゃあ、おチビちゃんを読んできて。あぁ、でもその前に、猫が平気か聞いてから連れてくるのよ」


 マリンソフィアはそう言うと、琥珀色の仔猫の瞳をじーっと見つめた。


「アル、この仔のお名前考えて」

「え?」

「わたくし、名付けの才能が皆無らしいの。わたくしがつけたら、この仔は問答無用で、『クロ』か『琥珀アンバー』よ」


 マリンソフィアはじとっとした視線をアルフレッドに向けた。アルフレッドはあまりな名付けに口元を引き攣らせた後、じっと仔猫を見つけた。


「オス?メス?」

「………オスみたいね」


 猫の身体をぐっと持ち上げたマリンソフィアは、じーっと仔猫を見つめたあとに断言した。


「じゃあ、………『黎桜りお』、異国の言葉で『黒』って意味の『黎』って字に、花の『桜』って言う文字を合わせて『黎桜りお』。どう、かな?」

「ーー………………すごい」


 自身なさげなアルフレッドに、マリンソフィアはきらきらと瞳を輝かせた。


「すごいよ、アル!!素敵なお名前をもらえて良かったね♪ 黎桜りお!!」


 満面の笑みで仔猫ごと身体をくるくる回したマリンソフィアに、アルフレッドは嬉しそうに笑った。


「ちなみに、どういう基準でソフィーは名付けたんだ?ま、まあ、聞かなくとも分かるが………」

「真っ黒で綺麗なもっふもふの毛だから『クロ』、透き通った綺麗な琥珀色の瞳だから『琥珀アンバー』」

「………先代の猫の名前の候補は?」

「真っ白で綺麗なもっふもふの毛だから『シロ』と、サファイアみたいに綺麗な瞳だったから『蒼玉サファイア』」

「………分かった。色々と分かった。お前はもう、絶対に名付けはするな」


 アルフレッドは苦笑混じりに額を抑えて言った。


「うん、安心して。シロの名付け以来、わたくしはわたくしが考えて名付けを1度もしていないわ。孤児院から拾ってきた『名無し』の子たちのお名前も、全部クラリッサに考えてもらっているの。一応名付け親はわたくしってことになっているけれど、実際のところは、クラリッサが考えた候補の本の中から響きが気に入ったお名前をその子につけているって現状だから」


 マリンソフィアは慈善活動の一環で、1ヶ月に1~5人、孤児院から子供を引き取っては育ててを繰り返している。中でも見た目が良くて勉強熱心で優秀な子だけをそのままお店の従業員として育て、それ以外の子は将来の夢を聞いてそれになれるように手助けをしている。もちろん、優秀で良い見た目を持っている子供にも選択肢として『青薔薇服飾店ロサ アスール』で働くことを提示しているだけで、無理強いはしていない。マリンソフィアは、あくまで人材発掘のために子供たちを育てているのだ。

 そして、孤児院から引き取った子供たちの中には、当然ズボラな委員長やシスターのせいで『名無し』と呼ばれる状態の子たちが存在している。経歴を調べ上げても、どのようにして捨てられたかや、どこに行かされていたかしか分からず、お名前のない子だ。


「………ちなみに、前回つけたヤツの名前は?」

「エレオノーラよ」

「………女か?」

「男の子よ!!『レオ』ってちゃんと男の子っぽい響きを入れているじゃない!!」


 ぷくぅーっと頬を膨らませたマリンソフィアに、アルフレッドはお名前を選択して名付けて尚それかと、盛大に突っ込みたくなってしまうのだった。


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