第23話

▫︎◇▫︎


「ふわうぅ………、」


 ーーーちゅんちゅんちゅん、


「よく寝たわね………、なんでわたくし着替えているの?」


 真っ白な純白のひらっひらなネグリジェを見つめて、マリンソフィアは首を傾げた。肌触りが良くて、デザインはとっても可愛らしいものだ。


「………縫い目も綺麗にできているし、サイズもぴったり。これは誰が作ったのかしら?」


 自分が作った作品は全て暗記しているマリンソフィアは、見覚えのないネグリジェにやっぱり首を傾げて悩み込んでしまう。

 だが、次の瞬間に首元にネックレスがないことに気がついて大いに焦った。


(ネックレスはどこ!?)


 ーーーコンコンコン、


「おはようございます、マリンさま。朝食とお着替えを持って参りました」

「ど、どどど、どうぞ………」


 ネックレスがなくなっていることで焦っていたマリンソフィアは、何も考えずに返事をしてしまっていた。普段ならば、そんなこともなかっただろうに、何故か返事をしてしまったのだ。


「マリンさま?いかがなさったのですか?」

「あ………、」


 気がついた時には、クラリッサがお部屋の中を歩きまわっているマリンソフィアのことを心配そうに眺めていた。


「………ネックレスはどこにやったの?」

「ネックレス、ですか?薔薇の」

「そうよ。アレはとっても大事なものだから………」


 マリンソフィアは泣きそうな顔をしてぎゅっとネグリジェの胸元を握った。

 だが、クラリッサは一瞬キョトンとした後に普通に微笑んだ。


「心配しなくとも、大丈夫ですよ。ちゃんとベッド横の宝石箱の中に入れています。ちゃんと確認しましたか?」

「ベッド、よこ………」


 急いでベッド横に戻ると、マリンソフィアは青い鮮やかなサファイアを薔薇の形に彫った飾りがついている宝石箱を開いた。すると、1番上に真っ赤なルビーのネックレスがこれでもかというほどに輝いていた。


「手入れが足りずにくたびれていたので、少しだけ拭かせていただきました。いかがですか?」


 マリンソフィアは優しくネックレスを撫でた後、穏やかに微笑んだ。


「手入れをしてくれてありがとう。わたくし、壊したら嫌で、手入れをする勇気が出なかったのよ」

「そうだったのですね。ですが、手入れを怠ると壊れる可能性があがってしまうので、しっかりと手入れをした方がよろしいかと」


「そうね。これからはキッチリとすることにするわ」


 ネックレスを手に取って首にかけたマリンソフィアは、真っ白な髪をサラリと流した。


「さあ、着替えと朝食を渡しなさい。わたくし、そのくらいは自分でできるから、そのかわりに契約書を持って来てくれると嬉しいわ」

「承知いたしました」


 深々と頭を下げて去っていくクラリッサの背中を見つめた後、マリンソフィアは宣言通りに昨日の青いロリータワンピースとはまた違う青いマーメイドラインのワンピースを身につけて、そして朝食を食べた。いいシェフを雇っているだけあって、些細な品物でさえもとても美味しい。


「ふふふっ、やっぱりうちのシェフは最高ね」


 マリンソフィアはペロリと平らげた朝食を前に、にこりと笑った。シェフには好き嫌いを伝えているために、マリンソフィアの嫌いなものを一切出さない。けれど、栄養素についてはちゃんと計算してくれているらしく、ここで食事をした後は、必ず体調がとっても良くなる。


 ーーーコンコンコン、


「あら、結構早いわね。流石はわたくしの秘書だわ」

「………褒める前に、入室許可をください」


 呆れたように入って来たクラリッサを見て、マリンソフィアはくすくす笑った。


「えぇ、覚えておくわ」


 契約書を受け取ったマリンソフィアは、クラリッサのページさらさらっと手を加えて、元々異常な金額だった給金を2倍以上に跳ね上げ、そして勤務時間と仕事量をも1,5倍以上に増やした。


「これでどうかしら?」

「………異存ありません」

「そう、よかったわ。特別手当ては大きなお仕事をこなすごとにいつも通りあげるから、接客業も引き続き頑張ってちょうだい。我が『青薔薇服飾店ロサ アスール』の一等星さん」


 他の従業員が密かにつけたあだ名で呼ばれたクラリッサは、むうぅっと眉間に皺を寄せたが、やがてくつくつと笑って、そしてじっとマリンソフィアを見つめた。


「どうやって従業員の噂話までをも制御しているのです。それは私のお仕事では?」

「いいのよ、楽しんでやっているのだから。今日は予定が全くないから、来週までの分を全部仕立てちゃうわ。デザイン案をお客さまのお名前別に全部描き上げておくから、30分後に来週分までのドレスを持って、デザイン案を回収しに来てちょうだい」


 マリンソフィアは優然と笑うと、作業室に向けて歩いていった。

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