第22話

「確かに、わたくしはあなたに秘書まがいのことをずーっとさせてきたわ。でも、これからはわたくしがそれをすれば良い。秘書なんて必要ないかしら」

「………分かっています。でも、………のことが私は心配で仕方がないの。平気そうに笑っているのを見ると、痛々しくて仕方がないのよ」


 くしゃりと顔を歪ませたクラリッサに、マリンソフィアははっとした。小さい頃から面倒を見てもらっているが故に、感情をぶつけたり、やりたい放題してしまっていたが、クラリッサも生身の人間だ。キツイ言葉を浴びせればその分傷ついてしまう。マリンソフィアは失態を悟ってぎゅっとくちびるを結んだが、やがてクラリッサの前へと足を進め、そしてクラリッサにぎゅっと抱きついた。いつのまにか、見上げていたはずのクラリッサと、身長が並んでいた。


「………わたくし、ものすっごくわがままなの。欲しいものは全部、カケラも残すことなく手に入れたいし、独占したい。それに、朝にあんまり強くないし、すぐに興味を無くしてポイってものを捨てちゃうの。長続きしたことなんて、お裁縫意外に何にもないし、今は侯爵家のお姫さまでもない。ご飯の好き嫌いも多いし、お風呂が大好きで、時間があるときには毎日2回はお風呂に浸かっちゃう。それに、言葉もとってもキツくて、たくさんの人を傷つけた。社交界で生き残るためにたくさんの人を引っ掛けてきたし、これからは侯爵家という後ろ盾を失った、『青薔薇服飾店ロサ アスール』を守るためにも、もっと過激に動き回らないといけない。それでも、………それでもはわたくしについて来てくれる?たっくさん無茶をするし、今回は特に、………で物事に取り組まないといけないの。それでも、本当にそれでもいいの?」


 泣きそうな声音を聞いて、クラリッサは一瞬きょとんとしてしまったが、やがてじわじわと自分への問いかけの意味がわかって、鼻がツーンとしてきた。クラリッサは自分からマリンソフィアの身体を抱く手を強めた。


「もちろんよ。私は、あなたのことが大好きだから」


 クラリッサが泣き笑いで言った言葉に、マリンソフィアはクラリッサの胸に顔を押しつけてわんわん泣いた。自分が必要とされていることが分かって、とても安心した。


 しばらくして泣き止んだマリンソフィアの顔は、とても酷い有様だった。


「もうっ、お化粧した顔で泣いちゃダメでしょう?」

「………クラリッサお姉さま、お顔拭いて」


 出会った当時の呼び方で呼ばれて、クラリッサはつい、きゅんとしてしまう。今は甘やかすべきところではないと重々理解しているクラリッサは、ちょっとだけ突き放すような呆れた表情を作って、マリンソフィアの方を見る。


「子供じゃないんだから………」

「お姉さまはわたくしの侍女よ。お顔を整えるのもお仕事でしょう?」

「私は『秘書』です」


 ぐすぐす言いながらも、首を傾げながら自分を侍女にすると宣言したマリンソフィアの耳は赤く染まっていた。何を恥ずかしがっているのかは分からないが、ものすごくレアだ。


「そんなの知らない。秘書も侍女も一緒よ。少なくとも、クラリッサは両方するんだから」

「それはそうだけれど………」


 困ったように言うと、マリンソフィアは勝ち誇ったような表情をする。やっぱり、こういうところはまだまだ子供だ。


「あぁそうだ、後でちゃんと契約書を書き換えなくっちゃ。お給金を増やして、労働時間を変更して、………お部屋ももっと豪華にしないと、他の従業員に示しが、つかない、………わ」


 マリンソフィアは色々と思考を巡らせながら、そのまま倒れるように眠ってしまった。クラリッサはそんな主人にびっくりしながらも、愛おしそうに主人の顔に濡れタオルを持ってきて崩れてしまったお化粧を拭き取った。


「本当に、世話のかかるご主人さまだこと。私1人でマリンちゃんのこと運べるかしら?」


 懐かしい呼び方で彼女の顔を覗き込むと、彼女はむにゃむにゃとお返事をした。大変愛らしい。

 クラリッサはマリンソフィアを軽々と抱き上げると、寝室へと運び込んだ。ベッドに優しく寝かせてあげると、ころころと転がって何かを掴もうとする仕草をしたあと、やがてクラリッサの制服の裾を掴んだ。


「おねえちゃま………」

「ーーー………」


 可愛すぎるご主人さまを起こさないように、クラリッサはそっとマリンソフィアの身体を拭いて純白のネグリジェに着替えさせた。


「おやすみなさいませ、我が愛しのご主人さまマリンさま


 額にキスを落としても、寝坊助で眠りの深いマリンソフィアが目覚めることはなかった。

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